44.秘密
今夜はグレイレッド殿下の館に泊まるというジンに、他の仲間には殿下の素性は伏せてくれ、と、和哉達は頼まれた。
確かにサーベイヤ王弟殿下がジンの父と知れるのは、仲間といえどまずいだろう。まして、現在は少々信用ならないふしのある元傭兵騎士3人も一緒だ。
宿屋へ戻る道すがら、ジンは商売人の育ての伯父の家へ泊まるということにしようと、ロバートと和哉は話し合った。
宿へ着くと、ルースとガストル、それと不貞腐れて出て行っていたタイスが戻っていた。
アルベルト卿とコハル、カタリナも含めて6人は、既に昼食を済ませていた。
お茶を飲みながら――アルベルト卿だけは、酒樽を確保していたが――のんびりしている仲間達に、和哉とロバートは合流する。
遅い昼食を頼んだ二人に、ルースが、「神官戦士のお嬢ちゃんはどうした?」と尋ねて来た。
「今夜は伯父さんの家に泊まるって」来たな、と、和哉は、予定していた話をさりげなく告げた。
「へえ。南レリーア育ちかも知れないと思ってたけど、ジンはこの街に親戚が居たんだわさねえ」
カタリナが、銜え煙草で商売道具のタロットカードを紙箱から出し、するするっ、と卓の上に広げた。
伏せて扇型に広げた72枚のカードの中から、1枚を、慣れた手つきで引き抜く。
「……なるほどねぇ。無愛想な娘だけど、ここにはいい思い出がたくさんあったんだ。だから、帰って来たかったんだわさね」
カタリナの言葉に、ルースが眉を顰める。
「その、伯父という人物は、王族かい?」
「多分」嘘が苦手な和哉は、内心ばれないかとひやひやしながら、平静を装ってコールスローサラダを口に運ぶ。
「伯父さんって人は、元は貴族だったらしいけど、今は商人になってるって話だったぜ」対して、ロバートはしれっとした顔で付け加えた。
「俺らは途中で別れたから、それ以上は聞かなかったし、会ってねえけど」
ロバートの説明に、ルースは片眉を上げる。
「……王族に縁のある元貴族の商人、か。まあ、他国でも聞かない話じゃあないな」
腕を組んで、ルースが椅子の背に凭れかかる。
和哉は、ちょっと意味が分からずアルベルト卿に訊いた。
「貴族出の商人って、正騎士団に頼み事しやすいんっすか?」
「うむ。元貴族でも王族と遠縁だ、となれば、確固たる身分保障になる。正騎士団としても、出自のはっきりとした、王族の後ろ盾がある商人から駐屯所の物資などを仕入れたほうが、安全なものを仕入れられる。
一方、商人も、正騎士団御用達という看板で広く商売が出来るのだ。持ちつ持たれつ、の間柄だな。ゆえに、御用達の商人の口添えであれば、傭兵の騎士団復帰などもすんなりといくであろう」
中世欧州だと思えば、それもありなんだろう。が、身分階級が無くなった世界で生まれ育って来た和哉には、やはりちょっと違和感がある。
頑張れば這い上がれる世界と、頑張っても、生まれながらの身分は覆せない世界。
本当に、この世界を選んでよかったのか、と、和哉は改めて悩む。
そんな和哉の気持を見透かしたように、コハルが言った。
「オオミジマでは、より勇猛果敢な武士が讃えられます。私達忍者でも、よい働きをすれば、一族の身分を上げることも出来ますし、カズヤさまのような、他国人でも力ある冒険者や傭兵ならば、破格の対応もされます」
「へえ。オオミジマじゃあ、武士は家柄だけじゃないんだ?」ここにもそんな国があるのかと、和哉は目を見開く。
「はい」コハルは微笑んだ。
「ある程度、武士も家柄で身分が決まってはおります。ですが、『神器』を守る守護職の御三家に仕える者は、力と技を要求されますので身分は問わない場合も多いのです」
「そう言や、オオミジマってのは、えらくモンスターが多いって話を聞いたな」
背凭れに寄り掛かり、足を組み、肩までに切り揃えた銀髪の後ろ頭で手を組んだタイスが、横目でコハルを見遣る。
コハルは「はい」と、タイスを見返した。
「『神器』に魅かれて妖魔がやって来るのだ、と、我が主が申しておりました。――私には、その理由までは分かりませんが」
「だから、闘うブシには力を要求する、ってか」ふうん、と、タイスは天井を仰ぐ。
「話が脱線したな」ルースが、不機嫌そうに呟いた。
「とにかく、神官戦士のお嬢ちゃんは、王族に縁のある血筋だってのは分かった。……あたしらの処遇についてどうにか頼んでみるって話は、嘘じゃなさそうだから待ってやるよ」
ルースはそう言うと、席を立った。
終始黙っていたガストルも、部屋へ戻るらしい元上司に続く。タイスは、「向かいの飲み屋へ行くわ」と、また宿を出て行った。
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遅めの昼食を採った後。
和哉はグレイレッド殿下との面会でド緊張したせいか、どっと疲れが来た。
ちょっとひと眠りしたい、と仲間に断り、自分の部屋へと上がる。
ベッドに横になると、すぐに睡魔がやって来た。
目が覚めると、螺旋階段が幾つも中空に浮いている世界に居た。
階段の色は、それぞれ異なる。白、緑、赤、黄、青。果ては濃紺や虹色のものまでがあり、ゆっくりと回転しながら、前後左右、上下に、切れ切れに漂っている。
空中を、ゆっくり滑り降りて、長大な白い階段の、中程であろう踊り場に降り立った和哉は、異様な景色に呆然とする。
中世欧州的な異世界とは真逆の、近未来的というか、コンピュータの中のような風景。
「ここって……、もしかして、ナリディアの世界か? ってことは、俺まだ寝てるんだ?」
と、眼前の空間に電波ノイズのような縦縞模様が走った。白黒のノイズは、すぐに人の形を取る。
ナリディアだった。
「申し訳ありません。ちょっと亜空間閉鎖装置の具合が悪くて、こちらの緊急用閉鎖空間にお呼びしました」
いつものきゃぴりんスタイルだが、丁寧に頭を下げた上に真面目な口調のナリディアに、和哉は少し驚く。
「何だか、様子が違うみたいだけど?」
「まっ、私はいっつも変わりませんよ?」両手を頬に当てて、くにっ、と腰を曲げて膝を折ってみせたナリディアに、和哉は、ちょっとだけ彼女を感心した自分を反省した。
「……で、なんすか? 月天使様のいきなりのお呼び出しは?」
「あー、えっとぉ、ジンのことです。あの子のことをグレイレッド王弟殿下からお聞きになったでしょ。それの補足なんですう」
アンドロイドだった、ジン。制作したのは、目の前に居る、きゃぴりん御使い様だ。
密かに好きだった娘が、人造人間だと知ってショックを受けた和哉だが、アンドロイドだと分かっても、ジンへの気持は冷めていない。
彼女のオリジナルであるというイディア姫もとても可愛らしい女の子だと思ったが、やはりジンとは違う。
気になって仕方ないジンの生みの親である作り手からの補足とは、一体何なのだ?
和哉は、心臓がどきどきした。
「ジンのこと、お好きでしょ?」ナリディアは、直球ド真ん中で和哉の心を読んで来た。
「あー……、いや、その……」和哉は、自分の頬が熱くなるのを感じる。
「和哉さま達は、ジンとイディア姫の体色がどうして違うのかについて、疑問を持ってらっしゃいましたよね?」ナリディアは、和哉の表情を窺うように、じっと見詰めてきた。
「ああ、うん。何で?」
「それはぁ、ジンの役割のためと、私達の行使制限のせいなんですう。
私達宇宙空間管理システムエンジニアは、それぞれ担当区域の宇宙の生命体の観察管理もしているのですが、各宇宙の惑星に発生した生命体への関与はタブーなんですう。ですので、本来なら、そこに居る筈のない人間を作って送り込むのは、制限違反なんです」
「じゃあ、ジンの存在っていうのは……」ナリディアの違反行為で生まれたのか。
「それって、上司に怒られない?」
「はい。きっちり、怒られました」
きゃぴっ、と笑いながら言うナリディアに、和哉は軽く目眩を感じた。
「あんたさ、宇宙空間管理システムエンジニアとしての自覚とか、責任感とか、義務感って、ないわけ?」
「まあっ、しっつれいな。いくら和哉さまでも、怒りますよぉ? 私だって、これでも主任管理官として、マジメ~~に、仕事して参りました。
でもぉ、イディア姫の件に関しては……」
急にナリディアが言い差した。
何だろう? と、和哉は心配になる。
「……たとえ、高機能有機コンピュータの私達にだって、感情はありますもの。そのようにプログラミングされておりますから。ですから、グレイレッド王弟殿下の、イディア姫に対する親心に、深くふかあく、ご同情申し上げてしまったのです」
「え……、ナ、ナリディアも、アンドロイドだったの?」
容姿が妙なのでもしやとは思っていたが、やはりナリディアも人工体だったのか。
予感していたとはいえ、驚いた和哉に、ナリディアはニッ、といたずらっぽく笑った。
「驚かれましたぁ? でも、私達はアンドロイドではありません。
私達は、本来は人型ではありません。私達の本体については、ちょっと形容し難いので申し上げませんが、人間と接触する場合には、意識体として同じ姿を取らせて頂いております」
「意識体……」そういえば、と、和哉は最初にナリディアと会った時のことを思い出した。
あの時、ナリディアは「地球の皆さんは真我の上にアストラルボディを被せた形で、私達が個々に保護をしています」と言っていた。
地球が消滅した時に、和哉達の元の身体は無くなってしまったのだ。とすると、現在異世界で寝ている和哉のボディも、人造物、なのだ。
今更ながら気が付いた重大な事実に、和哉は愕然とした。
そんな和哉の心を察したらしいナリディアが、優しい声で言った
「大丈夫です。宇宙空間管理システムエンジニアは皆、完璧に和哉さま達地球の方々の元のお姿を、寸分違わず再生致しましたので――ととっ、そっちのお話ではなくって、ジンについてですね」
この期に及んで自分の身体のことでがっくりしていても仕方がない。
気を取り直して、和哉はナリディアに脱線した話の続きを聞いた。
「ジンは、イディア姫の遺伝子を詳細に調査してから、グレイレッド殿下と妃殿下の遺伝子を使って作りました。ですから、完全なイディア姫のコピー・アンドロイドというわけではありません。双子の姉妹、という方が正しいですね。
ですが、双子で生まれたのではないイディア姫に、いきなりそっくりな妹が現れたのではこの世界が混乱してしまいます。
ですので、双子と分からないよう、ジンの色素を調整しました。それが、上司の譲歩案でしたので」
「なるほどね……。けど、随分思い切った色違いにしたね」和哉の感想に、ナリディアは「でも、綺麗でしょ?」と、にっこりした。
確かに。
ジンは綺麗だ。特にブラスの瞳とオレンジゴールドの唇は、いつ見ても和哉の心臓をドキドキさせる。
「ジンの性格については、私とイディア姫のテレパシー・カメラとなるために、極力感情を抑える処置をしてあります。そのため、ジン自身の考えや自我は、あまり表に出ません。ですが、ジンに全く人間らしい感情が無いわけではないんですう。
強くはありませんが、ジンにはジンなりの気持がちゃんとあって、行動しています」
それを聞いて、和哉はほっとした。
もし、ジンが全く感情の無い人形なのだとしたら、あまりにも酷だ。
考えが顔に出ていたのかもしれない。ナリディアが、今まで見たこともない、とても優しい笑顔で和哉に言った。
「けれど、このお話は、ジンにはしないで下さいね。ジン自身は、私とイディア姫のテレパシー・カメラだというのは分かっていますが、自分の感情を私に封じられているのは知らないんです」
「何で、教えないの?」
自身の身体については自分で知っておきたいと、誰も思うだろう。
和哉の疑問に、ナリディアは困ったような顔をした。
「もし、誰かに自分の感情をコントロールされてるって知って、怒らない人間は居ないのではないでしょうか?」
「――そりゃ、そうか……」和哉は、自分の想像力の無さを反省した。
ジンは、人造とはいえ人間なのだ。
だから、自分はジンに惹かれているのだ。ジンが和哉をどう思ってくれているかは、分からないが。
「ジンも、和哉さまがどうやら好きなようですよ?」
からかうように笑うナリディアに、和哉は更にかあっ、と顔が熱くなった。
ジンちゃんの秘密話、まだ続いてます~~
長くてすいません(汗)
次こそバトル?




