43.二人の姫君2
ジンは、人間ではなかった――
確かに、知りあってからこのかた、不審な点は多々あった。
女の子にしてはあまりにもぶっきらぼうな物言い。感情を全くと言っていいほど表さない、綺麗な顔。時々、思考がストップしたかのように動作を止める、などなど。
だが、それらのことが全て、ジンがアンドロイドであるが故の現象だったのか。
地球でも、アンドロイドの研究はされていたし、ほぼ人とそっくりな女性型のものも製造、実用化されようとしていた。
が、ジンのように、全く人と変わらない、むしろ人よりも優秀な能力を持ち合わせたアンドロイドは出来上がってはいなかった。
それを考えると、和哉としては、中世欧州のような、化学発展がまだまだというこの異世界にジンというアンドロイドが存在するのが、不思議というよりショックだ。
無から何かを作り上げる創生魔法には、強大な魔力が必要だと、ジン自身が説明した。
創生魔法が使えた唯一の人物だろうと思われた旅の賢者は、もうこの世界にはいないという。
600年も前の伝説の人なのだから、居なくて当然だろうが。
しかし魔法で造られたのでないなら、一体誰がジンを作成したのか?
「私の我がままなのだ」イディア姫の車椅子をゆっくりと押しながら、グレイレッド殿下は入室して来た。
「イディアは、生まれつき身体が弱かった。4歳にはもう、歩くのすらおぼつかなくなり、幾度も魔法医に診せた。しかし、いくら治癒魔法をかけても良くなることはなかった」
イディア姫を部屋の中央の小ぶりの円卓の前へと着かせると、グレイレッド殿下は、和哉達を卓の周りの椅子に座るよう、促した。
和哉は、動き出したはいいが混乱する思考にめまいがするのを堪えながら、どうにかロバートの隣へ座る。
イディア姫が、奥に控えていた侍女に、お茶の支度をするよう命じた。
グレイレッド殿下が、続きを話し始めた。
「どうにかイディアを治せぬものかと、強い魔力を有する魔法医を何人も館へ招いた。そうして、イディアが6歳の時、あの方に巡り合ったのだ。――伝説の、旅の賢者に」
「「ええっ!?」」ロバートと和哉は、ユニゾンで叫んでしまった。
「それって……、えっと、噴水を作ったという、賢者のことですか?」
まさか、と思いつつ訊いた和哉に、「そう」と答えたのはジンだった。
「あり得ないだろ。旅の賢者って、600年前の人じゃんか? それにジンはさっき、この世界にはもうそんな大きな魔力を持ってる人は居ないって、言っただろ?」
異議申し立てしてから、和哉ははたと思った。
元地球人の和哉達の寿命は大体80から100歳程度。
だが、同じ宇宙空間内でも別の星の生まれだったカタリナは、和哉達よりずっと寿命が長い、と言っていた。
旅の賢者も別世界の人間ならば、600歳くらいは軽く超える長命種族なのかもしれない。
もう死んでいるはず、と考えてしまったのは、自分が地球人の常識にとらわれていたからだ。
「悪い。前言撤回する」ばつが悪くなって頭を掻いた和哉に、ジンは「別にいいけど」と、抑揚なく答える。
くすっ、とイディア姫が笑った。
イディア姫の笑顔で、ジンにいつもの調子でタメ口を聞いてしまっていたと気付いた和哉は、ジンが、アンドロイドとはいえ姫君だったのを思い出して、あわわ、と口を押さえた。
だがジンはもちろん、グレイレッド殿下もイディア姫も、和哉の物言いを気にする風もなく、話を進める。
「旅の賢者様は、今はこの世界にはおられません」と、イディア姫。
「確かに、600年もの間、生きておられるのは不思議です。けれど、本当に父上が申された通り、わたくしが6歳の時に、わたくしの病状を看て下さり、その後、他の世界へと旅に出られた、というお話なのです」
イディア姫の言葉に、グレイレッド殿下が続く。
「イディアの病は、賢者様の魔力をもってしても、治すことは出来ぬ、と仰られた。魔法も万能ではない、徐々に衰えてゆく奇病である故、止めることもままならぬ、と。
賢者様が去られた後、私は、最後の望みと日天使フィディア様にイディアの治癒を、館内の神殿にてお願いした。すると、願って100日目に、フィディア様が私の夢においでになった。だがフィディア様も、自分の力ではどうしてやることも出来ぬ、と仰られたのだ」
「じゃあ、イディア姫は……」言いさして、ロバートは膝に置いた手をぐっ、と握った。
和哉は、ジンがアンドロイドだと聞かされた時以上に衝撃を受けた。
目の前の、ジンにそっくりな愛らしい姫は、間違いなく死に向かって時を過ごしているのだ。
それも、和哉と同い年ほどなのに、和哉よりもずっと早い死に向かって。
怒りのような、やるせないような。形容し難い感情が、心の奥から湧き上がって来る。
涙が零れそうになり、天井を見上げた和哉の、膝に置いた手に、そっとジンの指が触れた。
「私は、イディア姫の耳目として、月天使様によって造られた。一生この館から出ることの叶わない姫に代わり、月天使様の神官戦士として様々な場所へ赴き、私の見聞きした事柄を姫と、月天使様に即座に伝えるのが役目」
「月天使って……。ジンは、ナリディアの神官戦士だったのか?」
和哉は心底驚いて、隣のジンを見詰めた。
ジンは、黙って頷いた。
「かなあ、とは思ったが、びっくりしたわ」と、ロバートもジンを見た。
確かに、ナリディア達の科学力なら、アンドロイドを創り出すのも容易いかもしれない、と、和哉は納得する。
グレイレッド殿下が、経緯を語った。
「フィディア様は、自分では力不足ゆえ、月天使様に懇願せよ、と仰った。
そのご宣託に、私は大いに困惑した」
だろうな、と和哉は内心頷く。ナリディアはこちらの世界の人々には、悪魔と呼ばれているのだから。
「逡巡したが、フィディア様のご宣託を信じ、私はナリディア様にイディアの病気の治癒を願った。すると、今度はナリディア様が夢においでになったのだ。
ナリディア様は、やはり病気の治癒は叶わぬ、と仰せになった。イディアの病気を治すのは、御使いの御力を持ってしても無理であると。
その代わり、イディアが短い生を存分に充実して逝くことできるよう、イディアの耳目となるアンドロイドを造ると仰って下さった。
アンドロイドなるものが、最初私は何なのかさっぱり分からなかった。 が、イディアにそっくりな、人とほぼ変わらぬ人形だと説明され、実際にジンが送られて来た時、本当に驚き、また嬉しかったのだ。――健康なイディアに会えた気がして」
「わたくしも、嬉しかったのです」と、イディア姫はジンを見て笑んだ。
「双子の妹が出来たようで。その上、ジンが旅することでわたくしも館に居ながら、旅が出来る……。ナリディア様には感謝申し上げております」
「ジンは、特殊データ転送機能付きのアンドロイドってわけか」ロバートは、和哉にだけ分かるような言葉で呟き、腕を組んだ。
それでだったのか、と和哉は思った。イディア姫は、和哉が名乗ってもいないのに、和哉の名を呼んだ。
それは、ジンから直接情報を得ていたからか。
得心して、和哉はあることに気が付いた。
「見聞きしたことを、即座に伝える……?」
と、いうことは――
「もしかして、ジンが見てるものを、イディア姫はリアルタイムで見てるってわけ?」
『リアルタイム』という言葉を、うっかり翻訳無しで言ってしまったので、ジンだけでなく、イディア姫、グレイレッド殿下、しかもロバートにまで首を傾げられた。
日本語英語は、ジン達にだけでなく、イギリス人のロバートにも通じない。
しまった、と、和哉はこちらの言葉に置き換える。
「ええと、実況中継……、ってか、ジンが見てるものを、同時刻にイディア姫も見てるっていうこと?」
「ええ、そういうことです」イディア姫が頷いた。
「わたくしは、ジンが旅をしたり戦ったりしている全てを、同時に『観て』いるのです」
それで、カズヤ様のような方とも出会えて、と、イディア姫はほんの少し、頬を染めた。
病気のせいか、他の女の子よりずっと透き通った白い肌に、すっ、と紅色が差す様は、どんな男子でも心拍数が跳ね上がる筈だ。
しかも。
「実は、本日お越しいただいたのも、カズヤ様にじかにお会いしたい、と、わたくしがジンに我がままを言ったからなのです」
和哉は、もしかしてイディア姫に好かれているのか、と思い、かっと耳が熱くなった。
が。
「イディアは、カズヤがモンスターの力を《たべる》で吸収するのを見るのが好き」
ジンの一言で、和哉はジンに色々、いろいろ《たべ》させられて悶絶している自分を、同時にイディア姫も見ていたのだと、改めて気付いた。
こっ恥ずかしいにも程がある。
耳どころか首まで熱くなった和哉に、にこっ、と、ジンが笑う。
肌の色は対照的だが、イディア姫とそっくりな、誰が見ても可愛いと思うであろう美少女の笑みは、だが和哉には獲物を見付けて喜んでいる肉食獣のように見える。
話の間に運ばれて来ていた紅茶を、とにかく気分を変えようと和哉は一口飲んだ。
「今、父上とイディア姫が話された事柄は、分かっていると思うけど、他のみんなには内緒だから」普段の、抑揚のない言い方で、ジンが念を押した。
「カズヤとロバートは、ナリディア様のなされているお仕事を理解出来る世界から来てるから、ここへ連れて来た」
「ってことは、カタリナは理解出来ない?」和哉の問いに、ジンは頷いた。
「カタリナの居た世界は、こことさほど変わらないらしい。だから、月天使様もカタリナにどうして転生するのか、詳しくは話していない」
そういえば、と、和哉は、最初にナリディアに会った時の、彼女の言葉を思い出した。
『地球の方々は、他の星の方と比べて文明が進んでいらしたので、お話しても理解されますので、ご説明させていただくのですが』
自分達の居た世界の科学が、他を凌駕していたという事実を再認識する。
それと、とジンが付け足した。
「私が、月天使様の神官戦士であるというのも、他言無用」
そりゃ口が裂けても言えねえわ、と、ロバートが肩を竦めた。
「それにしても、ひとつ疑問があるんだが」ロバートが、真顔になってジンに訊いた。
「どうして、イディア姫とジンは色違い……、っていうか、そっくりな容姿なのに肌の色やら髪の色やらが違うんだ?」
「それについては、私には分からない」ジンは、グレイレッド殿下を見た。
『娘』に目線で振られて、王弟殿下はやや困惑した表情で答えた。
「ナリディア様は、『処々の事情で』と仰せになられただけで、ジンがイディアと色が違う理由は、お教え下さらなかった」
「知りたきゃ、月天使様に直接お尋ねしろってわけか」
ロバートは、呟いて腕を組んだ。




