42.二人の姫君
メルティが帰った後。
ルースとガストルは、道中の戦闘で剣の痛みが酷くなったので武器屋へ研ぎに出すと言って、宿を出て行った。
コハルも、テルルのロッテルハイム邸へ赴く前に世話になったという人に会いに行く、と言って出掛けた。
残った和哉達5人は、午前中は特に出掛けなくてもいいのでは、というアルベルト卿の提案で、部屋でくつろごうと階段へと向かう。
アルベルト卿がさっさと2階へ上がる後をカタリナが追うように上がり、少し遅れてロバート、和哉、ジンが上がった。
4、5段上がった辺りで、ジンが不意に和哉を呼び止めた。
「実はこれから、一緒に行って欲しいところがある」
ジンからのいきなりのお誘いに、和哉は胸が高鳴る。
「どどどっ、どこへ?」
「よっ、積極的だなジンちゃん。女からデートに誘うなんて」
上る足を止め振り向いたロバートがからかう。ジンは、感情を映さないブラスの瞳でロバートを見上げ、「違う」と否定した。
「カズヤに、会って欲しい人がいる。ロバートなら、一緒に行っても構わない」
ロバートもいいという言葉に、もしかして、ナリディアに関係のあることなのか? と和哉は推測する。
ジンから、上のロバートへ目を移すと、ロバートもそうと察した様子で、ふうむ、と唸った。
「……例の件か?」
問われたジンは、黙って頷く。何のことか分からず、和哉は首を傾げた。
「カタリナは、どうする?」
「あたしが、なんだって?」1階の踊り場にいたカタリナが、階段の手摺から顔を出した。
ジンはカタリナを見上げて、首を振った。
「何でもない」
「あ、そ」カタリナは、何時になく文句も言わず、すぐに頭を引っ込めた。
ヒールの音を響かせ、とっとと二階へ上がって行く。
ナリディアが関係する事柄なら、同じ転生組のカタリナにも話を振ってもおかしくはない。
だが、ジンはカタリナを誘わない。ロバートも異議を唱えなかった。
不思議に思い、和哉は尋ねた。
「会わせたいって……、どんな人?」
「今は、言えない」ジンの答えは素っ気ない。
「やばい相手って、言ってなかったか?」ロバートが、渋い声で言う。
「やばい相手だけど、和哉には会っておいてもらわないと、困る」
「えー……」和哉は、どうしようか、と戸惑った。
だが、ジンが言い出したら人の都合などお構い無しなのは、これまでの付き合いで十分承知している。
嫌だと言っても、最終的には後ろ襟を掴まれて引っ張って行かれるに決まっている。
「……分かった」と、言うしかない。
「ロバートは?」和哉は、行った先で最悪のアクシデントが起きた場合を考え、助け手が欲しいと大男の剣士を振り仰いだ。
懇願の気持を込めて見詰める和哉に、渋い顔のままのロバートは、ややあって根負けした、という感じで「行くよ」と小声で承諾した。
******
和哉達3人は、急に出掛けることになった、とアルベルト卿とカタリナに告げた。
「ああ、分かった」アルベルト卿は笑顔で承諾してくれた。
いちゃもんをつけるかと思ったカタリナだが、意外にあっさりと「行っといで」と、和哉達に手を振った。
宿を出ると、和哉とロバートはジンの後について大通りを北へと向かう。
事があった場合に備え、というより、アマノハバキリを置いては行かれないので、和哉は背に刀を背負って歩く。
ロバートも、バスタードソードを剣帯に吊るして出て来ていた。
立ち並ぶ店は避暑に訪れた客目当ての土産物屋が多い。
商店名らしい看板の脇に、手作りだと分かる立て看板やら幟旗やらが、往来にはみ出している。
その光景は、驚くほど和哉の故郷の観光地と似通っている。
「クレーム・カルクケット、ってなに?」
多分食べ物だろうとは思うのだが、黄色に赤い文字で書かれた幟を、和哉は指をさしてジンに尋ねた。
「中にクリームと果物を挟んだ焼き菓子」
簡潔なジンの答えに、和哉はたい焼き、もしくはどら焼きかな、と想像した。
大通りを、宿からかなり南西へと行った先に、突然広場が現れた。
円形の広場の中心には、欧州にあった、彫刻を配した噴水が作られている。
南レリーアの噴水の彫刻は、地球の大理石に似た石を用いた、翼を大きく広げ周囲の騎士達を威嚇するドラゴンだった。
「すげえな。この噴水」ロバートが感心した様子で、大きな白い彫刻を見上げる。
「ハルバード王の時代に造られたものだから、今から600年ほど前のものになる。作者は、一応不明」
「え、なんで?」これだけの彫刻を作った作者なら、名が残るのが普通だろう。
ジンの答えは、だが和哉の常識を超えたものだった。
「この街には元々、井戸が無かった。そのため、人々はマニュエルルス河まで毎日交代で水汲みに馬車で行っていた。がある日、旅の賢者が人々の苦労を知り、一夜にしてマニュエルルス河から魔法で水路を作り、この噴水まで作った、と言い伝えられている」
「へええ。そんなすげえ魔法使いが居たんだ」ロバートが、更に驚いたという声で言った。
「で、今でも、そんな魔法使いっているのか?」
「いや」と、ジンは否定した。
「無から何かを創り出す創生魔法は、大きく魔力を消費する。魔法理論は分かっていても、そこまで大きな魔力を有する者は、この世界にはまず存在しない。言い伝えられている旅の賢者は、多分、この世界の人間ではなかったのかもしれない」
モチヅキ・ノブトが宇宙同士の接触の際に起きた歪みによって出来た『穴』に落ち、異世界へ来てしまったのを考えれば、その無名の大魔法使いも、『穴』に落ちて移動して来た、とも思える。
あるいは、自ら『穴』を開けてこちらに来たか――
和哉が旅の賢者について色々思案している間に、ジンとロバートはすたすたと先へ行ってしまった。
慌てて後を追う。
ジンが、広場の西に位置する大きな通りに入る。通りの入口に門があり、両端に兵士が1人ずつ、立っていた。
「この先って、もしかして貴族なんかの屋敷がある?」
兵士は、アルベルト卿やガートルード卿が着用していたものと似た、銀色の甲冑を着けている。しかし、出合った二人の騎士の兜には無かった、赤い鳥の羽のような房が、門兵の頭のてっぺんに付いていた。
貴族の屋敷の連なる通りを守護する兵士を飾り立て、権威を示すためのものなのだろう。
和哉はネットや写真で知っているだけだが、欧州の王城の門兵にも、そういった意味合いで派手な軍服を着せるところもあった。
地球でも外国旅行の経験など無かった和哉は、珍しくて、しげしげと門兵を見てしまった。
物珍しくて面白く思っている和哉の前を歩くロバートが、ジンに不満を言う。
「カズヤを、貴族や王族には会わせるなって、俺は前に言った筈だぜ?」
「それは、分かってる。けど、これから行く屋敷の人物にだけは、会っておいて貰わないと、困る」
誘った時といい、困る、というジンの言い方が、和哉は妙に引っ掛かった。
「何で?」和哉の疑問に、だがジンはちらりとブラスの瞳を和哉に向けただけで、答えなかった。
ロバートも、苦り切った表情を顔に張り付かせたままジンの後に続く。
さすがに通りの入口に門番を置くほどのことはある。
並ぶ建物は敷地も含め、どれもこれまでの大通りの商家のものとは段違いに大きい。
門も、馬車が入れるようにか、5mは幅がありそうだ。
奥へ行くほど屋敷の規模は大きくなる。身分の高い貴族や王族が、通りの奥の方へ屋敷を連ねているためだろう。
それにしても、南レリーアの街がこんなに大きとは、と、和哉は改めて驚いた。
3人共黙って歩くこと30分ほど。
前庭の木々に隠れ、建物の全体が見えないような屋敷が、通りの両側に現れる。
更に奥へと歩いて行くと、通りの突き当たりの屋敷の門前に着いた。
ひと際壮大な門構えの屋敷である。
格子の鉄門扉は、石柱を挟んで左脇に小さな通用口があった。通用口は、これまで通って来た他の屋敷にもあったが、この屋敷の通用口は、それ自体が馬に乗ったまま通れそうなほどに大きい。
「……誰の、お屋敷なん?」ここに来て、今更ながら貴族の屋敷の巨大さ、その権威の高さを実感した和哉に、ジンは平坦に、「入れば分かる」とだけ答えた。
通用口のノッカーをジンが叩くと、中からすぐに人が出て来た。
若い騎士らしい男は、ジンの姿を見るなり、恭しく礼をした。
「お帰りなさいませ。どうぞ中へ」
「うむ」と頷いて、ジンは通用門を潜る。
俄かに緊張し始めた和哉と、眉間に皺を寄せたままのロバートに、ジンは目線で中へ入るように、と促した。
屋敷の中は、前庭からして和哉の想像を超えていた。
通用口から館の玄関前まで、レンガが敷かれた道を、若い騎士に先導されて歩く。
道の左右には、綺麗に手入れされた夏バラが色とりどりに咲き誇り、芳香を放っている。
バラは、通用門から玄関までの道のりだけではなく、正面門からの道沿いにも、これでもかというほど植えられている。
立木のものが大半だが、枝分かれした小道の途中に休憩所のような東屋があり、そこには蔓バラが、アーチを描いて咲いている。
温い風に混ざる香りの中を歩きながら、和哉は、まるでバラの品評会場に来たようなその種類の多さと、庭の広大さに圧倒される。
冒険者協会のものよりも更に大きな、焦げ茶色の木に精緻な彫刻を施した門扉の前に到着すると、騎士は「お着きになられました」と、声を掛けた。
門扉が、まるで地球の自動ドアのようにするすると音も無く開いた。
中から現れたのは、青い上等そうな生地をたっぷりと使った長衣を纏った、痩せた中年の男だった。
「お帰りなさいませ、ジン様」
騎士と同じく恭しく頭を下げた男に、ジンは「うむ」と、微かに笑んだ。
「お元気そうで何よりでございます」
「ブロスも、息災だったか?」
「はい。――殿下がお待ちでございます」
ジンと、ブロス、と呼ばれた男のやり取りを見ていた和哉は、間違いなく、ジンは本物の王族だと確信した。
ロバートが、「こいつは本気でヤバい」と小声で呟いた。
ブロス、とジンが呼んだ人物に案内され、和哉とロバートは広いエントランスを抜け、正面の大階段から二階へと上がった。
淡い緑色の、毛足の短い絨毯が敷かれた廊下を奥へ奥へと進む。
突き当たりを右に折れ、行き着いた部屋の扉の前で、ブロスが「ご到着なさいました」と呼ばわった。
中から、「入れ」と、太い男の声がした。
ブロスが扉を静かに開けると、まずジンが、滑るように中へと入る。
躊躇っていた和哉は、ブロスに「どうぞお入りを」と急かされ、恐るおそる部屋へ入った。
最初に和哉の目に飛び込んで来たのは、床面から天井まで開口部のある大きな履き出し窓と、そこから続く長い半円形のテラスだった。
窓は開けられており、左右に掛けられた薄手のカーテンの、括られていない右側の布が、風に靡いて柔らかく揺れている。
テラスには、ブロスの着衣と似ているが、遥かに上質だと一目で分かる黒い長衣を纏った壮年とおぼしき立派な体格の男と、二つの車輪が付いた木製の車椅子に座った少女がいた。
「ただいま戻りました、父上」ジンが、壮年の男に優雅に一礼する。
少女の右に横向きに立ち、外を見ていた男が振り返る。赤茶の髪と同色の豊かな髭を蓄えた、威厳ある風貌が、優しい笑みでジンを見る。
「よく戻った。ジン(月光)姫」
はい、と頷くと、ジンが和哉達を振り返る。いつものように真っ直ぐ自分を見詰めて来るジンのブラスの瞳に、和哉はますますビビった。
表情にド緊張しているのが出ているのだろう、ジンは目線を和らげて、言った。
「黙っていたのは、色々と支障があるから。悪いとは思っていた。――で、あちらの方が私の父上、サーベイヤ国王アレクサンダー陛下の弟君、グレイレッド殿下。そして、」とジンが言い掛けた時。
車椅子の少女が、ゆっくりとこちらを向いた。
赤みがかった長い金髪に、白い頬。薄紅色の唇と、色合いは違うが、その顔立ちはジンと瓜二つだ。
和哉ははっ、と息を飲んだ。次にかっ、と頬が熱くなった。
襟元に細かなレースをふんだんにあしらった白いドレスを着た少女は、和哉を見て、にこりと笑った。
「初めまして、カズヤ殿。イディアと申します」
「私のオリジナル。姉、とも言える。イディア(陽光)姫だ」
「オ……、オリジナル?」どういう意味なのか?
もしや、色違いだが双子、とかなのか? と訝しんだ和哉に、ジンが衝撃の告白をする。
「私は、イディア姫の姿を模した、アンドロイドだ」
和哉は一瞬、頭の中が真っ白になった。
毎度遅くてすみません(汗)
次話も、ただいま着手中です。
カメなりに頑張っております・・・ってか、ナマケモノ?




