41.確執
デレク会長にデュエルを預け、和哉とロバート、それにコハルは受付で冒険者の登録手続きを済ませた。
その後、会長が紹介してくれた宿『巨人の槌亭』へと向かった。
さすが北カルバス地方一の大都市だけに宿の数も多いが、その分、質も様々らしい。
中には高い料金を要求する割に、サービスの悪い宿もあるとか。
故に、冒険者協会では、協会の推薦基準を設け、ここならばという宿を傭兵や冒険者に勧めている、という。
会長お勧めの宿『巨人の槌亭』は、冒険者協会と同じ道沿いで、協会から100mほど北へ行った場所にあった。
南レリーアの宿は、何処も他の街の宿に比べて格段に大きい。
『巨人の槌亭』も、レンガ造りの3階建てという、これまでの街の宿とは桁違いな大きさだった。
一階は、他の街の宿と同じく食堂である。違うのは、食堂の奥にもうひとつ扉があり、酒場が別に設けられていた。
「子供連れの泊まり客も来る街だから」
南レリーアは、貴族だけでなく裕福な商人が避暑地としてやって来る。一家で来る者も多いという。
そのため、各宿が家族用の広い客室もいくつか持っている。
ジンの説明に、和哉はなるほどと納得した。
和哉達が『巨人の槌亭』に入ったのは、午後4時を回っていた。
宿屋の食堂に置かれたぜんまい仕掛けの大時計の、時刻を知らせる大きな鐘の音には、和哉は毎回びっくりする。
自分でもこんなにヒビリだとは知らなかったくらいに、鳴り出すとびくっ、とするのだ。
その度に、ロバートやカタリナに笑われている。
コハルは、笑っては悪いと思っているのか、可愛らしいピンクの頬をひくつかせ、必死に笑いを堪えているのが分かる。
和哉のビビリを全く気にしないジンとアルベルト卿が、宿泊者名簿に全員の名前を書いていた。
「我らは、ご婦人方と男共の部屋を別とするが、ルース、君達はどうするかね?」
ルースは、元部下達の顔を見る。
「騎士殿とご一緒で構わないか?」
「俺はいいぜ?」と、タイス。
「亜人が一緒じゃないしな」
アンデッド・ウォーリア―は良くて、ワ―タイガーは駄目なのか?
和哉は、ダルトレット人の感覚にかちん、と来たが、ここでタイスに喧嘩を吹っ掛けても宿が困るだろうと、顔を顰めただけで言葉を飲んだ。
和哉のむかつきに気が付いたらしいロバートが、短く苦笑して和哉の背中を軽く叩いた。
各自、荷物を割り当てられたベッド脇のチェストに入れて鍵を掛けると、階下へ降りて早めの夕食を採ることにした。
卓につくなり、アルベルト卿は、早速大好物のコルルクの丸煮を3人前と、北カッスル産のベイベリーという果物の果実酒を、一升樽ごと注文した。
和哉も、何だかんだで食べそこなっていたコルルクの丸煮と、あるというので、日本でおなじみの豆腐のサラダを頼んだ。
多分、これもナリディアの配慮だろう。
「何だ? そのサラダは?」食いしん坊のアンデッド・ウォーリア―は、見たことの無い料理が卓に置かれると、首を伸ばして覗き込んで来た。
「えーと……。豆腐、という、最近出来た新しい食品を使ったサラダです」
和哉は、自分やロバートが異世界人だあるという事実を知らないルース達にバレないように、慎重に言葉を考えて説明する。
が、ルースから意外な反応が返って来た。
「ああ。最近王都の周辺でも流行ってるって話だね。味は素っ気ないんだけど、
ソイソースを使ったドレッシングとは抜群に相性がいいって」
地球の英語圏の人々が使っていた故郷の調味料の呼称を異世界の住人であるルースの口から聞いて、和哉はびっくりする。
同じく驚いたらしいロバートが、「いっ、いつ頃から流行り始めたって?」と、少々うろたえ気味に尋ねた。
「半年くらい前からだな。王都の調味料店でソイソースを開発したら、あっという間に評判になって、宿屋の調理場だけじゃあなくて、貴族の屋敷や大商人の家でも、常備のソースとして置かれるようになったらしい」
尤も、あたしはまだ一度も食べたことは無いよ、と言いながら、ルースはちゃっかり和哉の目の前のボールに入ったサラダにフォークを突っ込んだ。
「あっ、こらっ!! カズヤの品であろうがっ」和哉の注文品であるのに、何故かアルベルト卿が怒る。
聞く耳持たないルースは、「へえ、ほんとにこりゃ旨いわ」と、口をもぐもぐさせながら、ニマッ、と笑った。
「人の食事に断りも無く手をつけるとはっ」
断りはしたが、人の注文分を丸々ぶんどったお方に、それを言う権利があるのか? と、和哉は内心ぼやく。
ルースは、おどけた調子でひらひらと手を振った。
「ちょっと味見しただけ。んな、ケチくさいこと言いなさんな。食べたきゃまた頼めばいいでしょうが」
注文した当人を差し置いて口喧嘩をしている二人を横目に、和哉は、先にルースに食べられてしまったものの、自分も豆腐サラダに手をつけた。
「……ほんとに旨い」日本の、ファミレスなどで食べた味とほとんど変わらない豆腐の旨みに、和哉は胸の奥がほんのり暖かくなるのを感じた。
結局、おいしいというので他のメンバーも皆豆腐サラダを注文した。
和哉は、逆に初めてちゃんと食べたコルルクの丸煮が、アルベルト卿が夢中になるのも納得できる味だと、至極感心した。
最後の一皿のコルルクをアルベルト卿が平らげた時。
「アンデッドのくせに、あんな大食いして……。一体、何処に入ってるんだよ?」
タイスの呆れたような呟きに、和哉は「さあ?」と返した。
「あの人は、特別なんだ、きっと」
笑んだ和哉に、タイスはちっ、と小さく舌打ちした。
******
翌日、『巨人の槌亭』へメルティが訪ねて来た。
朝食を採り終わった直後だった和哉達は、食堂に入って来たメルティに一瞬、全員が緊張した。
ディスノの仇打ちに来たのかと心配した和哉は、急いで立ち上がり、ロバートの前へと回る。
だが。
「昨日は、悪かったわ」
側へ来て、ロバートの顔を見るなり、メルティは頭を下げた。
「ディスノのことで頭に来てて……。父さんにも怒られた」
しゅんとした様子で謝る少女に、ロバートは、「俺も、悪かったよ」と苦笑いを見せた。
心配が杞憂に終わり、和哉はほっとして席に戻る。
ロバートが、自分の隣の椅子に座るよう、メルティに促した。素直に従ったメルティは、一呼吸置くと話し始めた。
「デュエルは、昨日のうちに父さんが正騎士団の駐屯所に連れて行ったわ。……本人も反省してるし、途中で、あなた達を手伝ってモンスター退治もしたから、一ヶ月の禁固で、猶予付きだって」
「えっ、じゃあ、無罪放免と一緒?」喜んだ和哉に、メルティが頷く。
「父さんは厳罰を、って団長に言ったんだけど、人殺しをしている訳じゃないし、デュエルが二度と罪を犯さなければいいって」
ルースが「やっぱりな」と、溜息をついた。
「養子とはいえ、南レリーアの冒険者協会の御曹司を牢屋にぶち込める度胸なんて、今の正騎士にはないのさ」
皮肉っぽく片肘を卓についたルースを、メルティは睨んだ。
「デュエルは、本気で反省してるわ。――あなた達ダルトレット人には分からないだろうけど」
「亜人の反省なんて、当てになるかよ」タイスが鼻で笑う。
きっ、と眦を釣り上げ、怒りに白い頬を真っ赤にしたメルティが、勢いよく椅子から立ち上がった。
「私達はっ、半分でも、あんた達とおんなじ人間よっ!!」
「けど半分は、脳みそ空っぽのモンスターだろうがっ」
嘲笑うタイスに、メルティが飛び掛かろうとする。その腕を、アルベルト卿が掴んだ。
「申し訳ない、メルティ嬢。ここはひとつ、堪えてくれ。――タイス、もう少し口を慎め。ここはダルトレットではない、サーベイヤだ」
窘められたタイスは、ふん、とそっぽを向くと、席を立って宿から出て行ってしまった。
ルースは、元部下の背を苦々しい顔で見送る。
「済まなかった。あいつは子供の頃、冒険者だった父親を仲間だった亜人の裏切りで殺されたんだ。あいつの父親は、ダルトレット人には珍しく亜人を嫌わなかった人だったらしいんだが、それが裏目に出た形になったのが、どうしても許せないらしい」
「人の思い込みは、大きな切っ掛けがなければそうそうは変えられない」無表情にジンが言う。
メルティは、気が抜けたようにすとん、と椅子に座り直した。
「ディスノは……、短気で無鉄砲で喧嘩っ早くて、私達兄妹もちょっと困ったことも多かったけど、根は優しかったの。きっと、今度の家出だって、ディスノがデュエルを誘ったんだと思う。……悪いのはディスノだって分かってるけど、でも、どうしても、悲しくって、悔しくって……」
「どんな形であれ、身内を亡くすのは辛いものだ」
アルベルト卿の慰めに、コハルが黙って頷いた。
和哉は、項垂れたメルティの姿に、ふと、誰かを思い出した。
白く細い、頼りなげな容姿。
肩過ぎまで伸ばした、真っ直ぐな黒髪が、俯いた顔を隠して――
ぼんやりと脳裏に浮かんだ姿は、だが次の瞬間、泡が弾けるように消えてしまった。
う~~
予定のアップを一日オーバーしてしまいました。
すみませんっ。
次は、ちょっと間が空きます。
3月になる・・・かな(汗)
いよいよまた、宝探しやらモンスター《たべ》放題やら(あううっ)
と、とにかく頑張りますっ。




