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40.冒険者協会

 内郭門を抜けて、最初の広場の右側に、冒険者協会の建物はあった。

 街並み全体を白とレンガ色で統一している南レリーアの色彩に沿った冒険者協会の表玄関は、左右に白い漆喰を塗った石造りの大柱を備えた、大きな建物だった。

 壁はレンガで造られており、その幅は、和哉が見た限り、ざっと15メートル。中央に白い両開きの扉があり、高さはどう見ても3メートルはありそうである。


「すっげー……、でかい」馬車から下りて、和哉は白い扉を見上げ呟いた。


「びっくりしたか?」と、アルベルト卿が笑う。


「ああ……、うん。冒険者協会って、権威があるっていうけど、どこの街のもこんなにでっかい建物なんか?」


「そこそこ」ジンが言う。


「受付とホールが広くないと、仕事を探しに来た冒険者や傭兵が大勢の場合、入れなくなるし。ただ、南レリーアのここは、カルバス地方でも一番大きい」


 馬を駅に返して来る、と、デュエルは馬車を引いて大通りを戻って行った。

 何処となく表情が硬かったのは、これから養父の会長に自分の過ちを告白しなければならないからか。

 デュエルに続き、ルースと傭兵二人は、騎馬を冒険者協会の横手の厩舎へ預けに行った。

 

「ウルテアとの戦では、この街がサーベイヤ全騎士団の参謀基地でもあったしな」


 アルベルト卿が、懐かしげに冒険者協会の柱に触れた。


「北レリーア砦と共に、テルルのロッテルハイム邸も、その頃は砦として使用されていたのだ。ロッテルハイム子爵は、斥候として自身の手勢30人程と、敵が何時国境へ侵入して来るかを見張っていた。崩れてしまって今は無いが、館の山側の先端に、物見の塔があったのだ」


 そうだったんだ、と、和哉はテルルの、廃墟となっていたロッテルハイム子爵邸を思い出す。


「あの頃、ウルテアとは休戦と開戦を幾度も繰り返していた。そこへ持って来てルドルフ卿の暴挙……。ディビル教の連中に、まんまと争いを利用されたのだな」


 渋い顔になったアルベルト卿に、ロバートが「仕方なかったんじゃねえの」と労うように言った。


「昔は昔、現在(いま)は現在。とにかく、デュエルの親父さんに会うのが先だろ」


「そうであったな」


 デュエルが、馬車ごと駅舎に馬を預け、戻って来た。

 ルース達が手続きを終え合流したところで、一行は冒険者協会の大きな扉を開いた。


 ******


 建物の中は、ジンの言った通り、傭兵や冒険者で溢れていた。

 入ってすぐの右手には大きな掲示板があり、仕事の依頼であろう書類が、所狭しと貼られている。

 奥には長いカウンターがあり、十人ほどの男女が、問い合わせている冒険者達とやり取りをしていた。

 

 扉を背にした左側にはまた別のカウンターがあった。

 カウンターの手前には、5、6人が囲めるほどの円卓が五台、並べられている。

 円卓を使用している冒険者らしき男達は、卓の上に荷物を広げ点検したり、軽食らしい食べ物を置いていた。


「あっちのカウンターって、なんな訳?」


 左側を指差した和哉に、デュエルが「薬やら備品を売ってる売店だ」と答えた。


「他の町や村じゃ、神殿か宿屋が売ってるよね?」


「南レリーアにも、備品屋や薬屋はある。けど、扱っている品の善し悪しが店によってばらばらなので、初めてここへ来た冒険者や傭兵は、まず品質が保証されている冒険者協会の売店で購入する」


 ジンの良く通る声が、雑踏を貫いて和哉に説明してくれた。

 が、その声に振り向いた、近くに居た冒険者の一人が、デュエルを見て「あっ!!」と声を上げた。


「おいっ、『金冠のデュエル』だぜっ」


 男の言葉に、他の冒険者や傭兵も、和哉達を一斉に見る。

 デュエルは、やばい、という顔で、そっぽを向いた。


「テルルで捕まったって話だったじゃねえか?」

「何で南レリーアに居るんだ?」


 冒険者達の騒ぐのを聞いて、和哉は、携帯やFAXといった超速の電信やメディア媒体も無い世界なのに、随分と早く情報が伝わっているんだな、と内心驚く。

 もしかして、通信の魔法でもあるのか? とも思ったが、これまで宿泊した街では、そういった魔法を使う人間について聞いた覚えはない。

 あれば、多分ジンやアルベルト卿が教えてくれるはずだ。


「けど、『金冠のデュエル』の名も落ちたもんだぜ」騒ぐ傭兵の一人の言葉が、和哉の耳に入った。


 そこで改めて、デュエルがカルバス街道沿いでは『金冠のデュエル』という二つ名で呼ばれる腕利きの傭兵だったことを、和哉は思い出した。

 誰もが名を知る傭兵の悪事だ、和哉達がマランバルで手間取っている間に噂話が急速に伝播したとしても、おかしくない。

 悪い噂ほど、得てして広まるのは早い。

 和哉達を見ている傭兵や冒険者達の眼差しは、不審に満ちている。

 ここは早く抜けたほうがいいと思い、和哉は「さっさと行くとこへ行こう」とデュエルを促した。 

 その時。


「デュエルっ!!」


 右側の人込みの後ろから、女性の高い声が響いた。

 デュエルはびくっ、として、その方向を見る。和哉やジン達も、誰だろうとそちらを向いた。


 筋肉隆々の巨漢が多い冒険者や傭兵の男達の間から、滑るようにこちらへ近付いて来たのは、小柄な少女だった。

 耳の下辺りで斬り揃えられた癖のない髪は、金と藍色が混ざった、不思議な色合いをしており、やや吊り上がり気味の大きな目は、人間とは明らかに違う、銀色の縦虹彩である。

 一目で亜人である、と分かる。

 どんなモンスターとの混血なのかは分からないが、ガートルード卿やジンとはまた違った美人だな、と、和哉は思った。


「メルティ……」怒った顔で前に立った少女を、デュエルはいかにも情けない顔で見下ろした。


「このっ、バカっ!!」


 メルティは、黒い袖無しのウェアから出ている白い華奢な腕を目一杯伸ばし、飛び上がるように長身のデュエルの頬を叩いた。

 小気味良い音を発したデュエルの頬は、その一撃で見事に赤く手跡がつく。

 いきなりデュエルが叩かれたことに驚きつつも、小柄でもやはり亜人は人間と違い、かなり力が強いんだな、などと、和哉は妙な感心をした。


「あんたとディスノが勝手に家を出て行って、母さんがどんなに心配してたと思ってんのっ!?」


 メルティが、噛み付かんばかりの勢いで怒鳴る。

 デュエルは、小さな声で「ごめん」と謝った。


「色々、噂になってるわよ、あんたとディスノの悪事。父さんも困ってる」


「そのことで、その……、親父さんに話をしようと思って……」


「だったら、さっさと行きなさいっ!!」


 メルティの剣幕に圧され、肩を落としてデュエルが歩き出す。

 その背を、アルベルト卿が止めた。


「あ、いや。我らも立ち合わせて貰いたいのだが」


「――あなた達は?」メルティが、怪訝な顔でアルベルト卿を見上げる。


「我らが、テルルにてデュエルを捕えたのだ。デュエルの養父殿が南レリーアの冒険者協会の会長と知って、彼をここまで連行して来た」


「じゃあ、ディスノを倒したのも……」


「俺だ」ロバートが、低く言った。


「仲間を助けるためだった」


 メルティは険しい顔で、ロバートに近付く。


「だからって、殺さなくてもいいじゃないっ」


「すまねえな。急いでて手加減が出来なかったんだ」


「違うんだ、メルティ。ディスノは本気でカズヤを殺そうとしてて――」


 ロバートの弁護に入ったデュエルに、メルティは喰って掛かった。


「なによっ!! だったらあんたが止めれば良かったでしょ!? ディスノは、一緒にここで育った兄弟じゃないっ!!」


 涙声で抗議するメルティに、だがジンが冷やかに言った。


「こちらにしてみれば、盗賊は盗賊。仲間が殺され掛ければ、やり返すのは当然の防御」


「それは……!!」悔しそうに両手の拳を握り締めるメルティに、ルースも、諭すように言った。


「神官戦士の嬢ちゃんの言う通りだな。兄弟が殺されて、あんた感情的になってるんだろうけど、殺るか殺られるかの現場になったら、相手の事情なんて斟酌してらんないのが剣士だ」


 ウェアの下は、髪と同色の動きを重視したスリムなパンツを着用しているという格好からして、メルティも武術の心得があるのだろう。もしかしたら、傭兵か冒険者をしているのかもしれない。

 だからだろう、ジンとルースの言葉に、ぐっ、と唇を噛み締めて二人を睨む。


「メルティ……」眼に涙を溜めて黙った義理の姉妹を、デュエルは心配そうに見詰めた。


「……悪かったわ。デュエル、早く父さんのとこ、行って」


 押し殺した声で言うと、メルティは和哉達を擦り抜けて、大扉から出て行った。


「しょうがねぇなあ。女はこれだから」


 呆れたといった調子で肩を竦めたタイスを、ルースが横目で睨む。タイスは、おっとっと、と呟いて、元上司の怒りの視線から眼を逸らした。


 ******


 デュエルの養父、南レリーア冒険者協会会長のデレク・ファンベルトは、元は『疾風のデレク』と呼ばれた、凄腕の傭兵だった。

 今でも筋骨隆々たる立派な体格だが、若かりし頃は、今以上に小山のような筋肉をしていたという。

 人間としては並外れた膂力で桁外れに大きなバスタードソードを振り回し、あっという間に二十匹のゴブリンを倒した、という伝説は、現在でも傭兵や冒険者の間で語られている、と、和哉は部屋へ通される間にジンに教えて貰った。


 白髪を短く刈り込み、やはり白くなった口髭をきれいに切り揃えたデレク会長は、入室して来た養子を、鋭い緑の目で睨み付けた。


「お、親父……、俺……」デュエルが、大きな身体をこれ以上ない程に小さく丸める。


 窓際に立っていたデレク会長は、大きく息を吸い込むと、「まずは、お客人方、そちらのソファにお掛け下さい」と、巌のような声音で静かに言った。


 和哉達は言われるままに、10人は座れそうな、大きな半円形のソファに腰を下ろした。


 デュエルは入口の扉前に立ったままだ。


 デレク会長は、和哉達と向きあう位置にある肘掛椅子に腰掛けた。


「皆様には、テルルの神官様より私の愚息が大変ご迷惑をお掛けしたと、速便にて伝えられております。まことに、お手数をお掛けして申し訳ありません」


 自分達がマランバルに居る間に、テルルの神官の手紙が会長に先に届いていたらしい。


「特に、カズヤ殿には、ディスノが剣を向けたとか。……昔から無鉄砲で短気な性格の倅でしたが」


 言葉を切ると、デレク会長は肩を落とし、下を向いた。


「先程、メルティ殿と申される令嬢に、ディスノ殿を斬ったことを責められ申した」アルベルト卿が、我が子の死に落胆している様子の会長に言った。


「カズヤが人質になって剣を突き付けられている状態だったんで、背後から剣を振るって斬ったのは俺です」


 ロバートは、まっすぐ会長を見て告白した。


「お嬢さんの言った通り、ディスノ、さん、を斬ってしまわず、気絶させることも出来たんですが、そうはしなかったのは、仲間の危機で慌ててたからっていうか、剣士の性っていうか……」


「いや、いや……」下を向いたまま、デレク会長は首を振った。


「盗賊働きをするような愚かな息子です。しかも、卑怯にも人質を取るなどと。賊に成り下がったのなら、殺されても当然。むしろ、正騎士殿のお仲間に成敗されて安堵しました」


 デレク会長はそう言うと、決然とした面持ちで顔を上げた。


「デュエル」扉前に立つ、大柄な養い子を睨み付けた。


「は、はい」


「これから、おまえを南レリーアの正騎士団の駐屯所に連れて行く。騎士団長殿には、おまえの罪状を全て話し、相応の罰を与えてもらう」


 有無を言わさぬ強い口調に、デュエルは「はい」と、力無く肯首した。

踏ん張ってますが、やはりカメ並みののろさでしか筆が進んでおりません。


次のお話を3、4日後にアップしたあと、またもや少し間が空くと思いますが、お待ちいただければ幸いです(汗)

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