4.初仕事
和哉は結局、翌日の昼間まで寝ていた。時計はないので、窓から入る陽の強さで昼と知れるだけだ。
ロバートはすでに部屋にはおらず、和哉の靴と革のベストは、きちんと畳まれてベッド下の収納に入っていた。
したことも無いような過激な運動=モンスターとの戦闘の後だが、不思議と身体に疲れは残っていない。
ただ、空腹はどうにもしようがなくて、和哉はのろのろと靴を履くと、階下へ降りた。
食堂は、だが誰も居なかった。
「どーすっかな……」
空きっ腹を抱えたままうろつくこと数分。
ようやく、隣の教会へ行けばいいことを思い出した。
教会の裏口から礼拝堂へ入ると、宿屋のオヤジから神父服に着替えていた神父と、ロバートが居た。
何やら真剣な顔で話し合っていた二人だったが、和哉を見付けると、途端に笑顔になった。
「よっ、ようやく起きたか、ボーイ」
「よくお休みになれたようで」
「ロバート」和哉は、少々不機嫌な表情を作って、二人の側へと寄った。
「いいんだけどさ、その、『ボーイ』っての、やめてくんない? っていうか、どうして俺ら言葉が通じてんのかさ、逆にさ、『ボーイ』って英語だけ、なんでちゃんと英語に聞こえるんだよ」
「それは」と、ロバートではなく、神父が説明してくれた。
「こちらの世界へおいでになった方々は、皆さま自動翻訳で共通言語が話せるようにセットされています。ロバートさんは、言葉の間に、わざと無変換の部分を作り、元の言語を話されているのです」
なんだかコンピュータの説明を聞いているような気がした。
しかし、質問の答えとしては、どうにか分かった。
「そうなん」と、和哉は頷いた。首かかくん、と揺れたと同時に、和哉の腹がグーッと盛大に鳴った。
「これは失礼しました。早速、お昼御飯を用意しましょう」
神父は慌てて、裏口から宿屋へと戻った。
残されたロバートに、和哉はもう一度同じことを聞いた。
「『ボーイ』は、神父さんが言ったように、変換を無にしてしゃべってるんだ。慣れてくれば、カズヤにも出来るようになるぜ?」
「――頭で、切り替えてる訳?」
「ま、そんなとこだ」
面白そうなので、日本語が話せないか練習を始めた和哉に、ロバートが、
「それよりよ。カズヤと俺のパーティに初仕事だぞ」
「『あー、こ……』んにち……、えっ、なんだって?」
藪から棒に仕事の話を切り出され、驚く和哉に、ロバートは「いいジョブだぜ」と片目を瞑った。
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宿の食堂で出されたランチは、タンドリーチキンと雑穀ライス、アボカドサラダにコーンスープだった。
完全に地球使用のメニューに面食らいながらがっつく和哉の隣で、同じプレートを食べながらロバートが笑った。
「食事まで異世界風だと、ストレス溜まりまくりになるからだろうな。その辺、ナリディアは細かく調整してくれたんだろうよ」
胃袋が満腹を伝え始めた頃、ロバートが仕事の話を切り出した。
「村の北側にある共同牧草地で、最近結構な数のモンスターが出るらしいんだと。村にいる冒険者が交代で退治してるんだけど、全然減らねえらしい。どころか、日を追って増えてるんだ。それで、神父さんがご神託をしたところ、どうも、西の山の洞窟にボスのモンスターがいて、そいつが次々どっからか仲間を呼び集めてるらしい。だから、そのボスを倒しに行くんだ」
「ちょっと待ってよ。それ、もしかして、本気でロバートと俺だけで、ってことじゃ、ないよね?」
とても簡単に説明してくれた仲間に、和哉は遅ればせながらびびった。
昨日、この村に到着する間にも、夥しいと言っていい数のモンスターと闘った。
さして強い相手ではなかった、とは言っても、数で来られたので最後の方は本当に体力も限界だった。
ザコで四苦八苦する程度の自分なのだ。いきなりボス戦はご免被る。
「言っとくけどさ、俺、まだレベル17なんだぜ? それでボス戦って、早くね?」
「へえ。ここに来るまでにもうレベル17になってんのか!! そいつは頼もしいぜっ」
渋面を作るどころか、満面の笑みで和哉を褒めるロバートに、いや待てよ、と和哉は突っ込む。
何が? と、ロバートは、別メニューで頼んでいたヨーグルトドリンクのジョッキを傾けた。
「そのボスモンスターって、一体どんなレベルなのよ? 50とか60とか、全然上のクラスだったら、俺ら全滅っしょ」
「ああ、そうか」ロバートは、今気が付いた、というように手をひらひらと泳がせると、飲みかけのジョッキを食卓へ置いた。
「俺のレベルを言ってなかったな。32だ。腕力が30、魔力が10。クラス中級の下剣士だ」
「レベル30……」
同じころにこちらへやって来て、どうしてレベルにそんなに差が出るのか?
和哉の疑問を見透かしたように、ロバートが続けた。
「ナリディアが俺達をここへ送ったのは、いっぺんに、じゃあないんだ。時間的には、多分ひと月かふた月くらい、掛かってる。俺はどうやら最初の頃にここへ来た組だったみたいでな。――そのせいで、組む仲間がみぃんな、俺よりレベルが低かったんだ」
「……かったんだ?」ロバートの過去形が、物凄く気になる。
ロバートは、少し困った顔で、高い鼻の頭をぽりぽりと掻いた。
「まあ、そうだな。実力差ってのは怖いもんで。こっちへ来て、3人くらいと組んだんだけどな、誰も、まあ……、生き残らなかったんだ」
最悪、だった。
後で知ったことだったが、この頃のロバートは、冒険者仲間では『死神のロビー』というあだ名がついていた、らしい。
「……言っとくけど」と、和哉は目一杯不快感を露わにして、ロバートを睨み付けた。
「俺は、まだぜんっぜん、全くの、駈け出した。昨日やっと戦闘を経験したばっかっていうくらいの。その俺と一緒に、ってか、二人だけで、その、ボスモンスターを倒そうっていうんなら、悪いけど、パーティは解消してもらう」
自分にはまだムリっ!!!! ということを、和哉は必死にアピールした。
そんな和哉に、ロバートは、にっ、と、最初に出会った時と同じ、人好きのする笑顔を向けた。
「わかってるってボー……、っと、カズヤ。おっしゃる通り、ボスは強敵だ。だから、俺は、俺達二人だけで倒しに行くなんて無謀なことは言わない。
仲間を増やす。心当たりはあるんだ」
「……誰?」
「この村に住み付いてる魔女だ。腕は折り紙つきなんだが……、性格が、その、ちょっと問題でね」