38.取引
「一体、何をやったんだ?」
危機から逃れられたのも束の間、ルースは険しい表情で和哉に問い質した。
「石化の魔法なんて、見たことも聞いたこともないぞ?」
「ええと……」
正直に説明してよいものやら。
和哉は、困ってジンを見た。
ジンは、いつもの無表情で、砕けたハイドラの死体を眺めつつ、言った。
「カズヤのアビリティについて、詮索しない方がいい」
「……ふうん」ルースは、人の悪い笑みを浮かべる。
「もしかして国絡みな秘密ってヤツ?」
「おいおい、物騒なことは考えんなよ、姐さん」ロバートが、おどけた調子で釘を刺す。
が、ルースは無視して、ジンに近付いた。
すっと手を伸ばすと、少女の細い首に掛けられた銀の鎖を指に取る。
「これ、王族の関係者だけが持つのを許されてるペンダントだろ?」
服の胸元から引っ張り出された、銀製の月と太陽のデザインのペンダントヘッドを、ルースは指先で撫でた。
「サーベイヤの神官には、王族や高位の貴族の出身者が多いって話だが、あんたもその口かい?」
和哉は思わず「えっ?」と小さく驚きの声を出した。
ジンは謎が多い、と、以前カタリナが言っていた。
もし、本当にサーベイヤの王族の出ならば――いや、コハルと出会った時、コハルもジンのペンダントを見せられて、「和哉のことは国家の機密か?」と尋ねていた。
ということは、やはり、ジンは王家と何がしかの拘わりがあるのかもしれない。
まさか姫君、なんてことは無いと思うが、と、和哉は内心で少々びびった。
無遠慮に自分の持ち物をいじり回す女傭兵を、ジンは、いつもの無表情で、黙ってじっと見ている。
ジンが答える気が無いとみて、ルースはペンダントを放した。
「……まあ、いいや。あんたが何者でも、こっちには関係ない話だけどね。ただ詮索するな、って言うんなら、見返りは貰わないとね」
「仮にも、一度はサーベイヤの紋章を着けた剣士が、口止め料を請求とは」
呆れたものだ、と鼻を鳴らすアルベルト卿を、ルースは睨んだ。
「剣士って言ったって、あたし達は傭兵だ。国は、あたし達に対して一定の対価は払っても、それ以上、命の保証まではしない。いざって時の捨て駒にだってする。あんた達正騎士みたいに身分や財産を保障されてない分、骨の髄まで国に忠誠なんか誓う必要はない。――死んでまでサーベイヤの騎士であろうなんて、これっぽっちも思っちゃいないね」
「ほう。私のことは気付いてたのか」
「当たり前だろう」タイスが言った。
「冒険者も兼ねる傭兵が、モンスターかそうでないか見極められなくて、どうするよ」
「然り」アルベルト卿は、深く頷く。
「見くびっていたのはこちらの方だったか。それは失礼した。……で、アンデッド・モンスターの私は、君たちにとって狩るべき対象かね?」
「いいや」ルースは笑って手を振った。
「生きてる人間の仲間になる程、しっかり自我のあるアンデッドに手出しはしないよ。しかも、あんたかなり強そうだし。返り撃ちはごめんだね」
で、話を戻すけど、と、ルースは和哉を見た。
「あんたの特殊アビリティを黙ってる代わりに、あたし達にそれ相応の支払いをするの、しないの?」
「何が望み?」ジンが訊いた。
ルースは、頭一つ半は背の低いジンの、ブラスの瞳をじっと見詰める。
ジンは、相変わらずの、何を思っているのか分からない表情で、ルースの赤い瞳を見返している。
と、ルースがにやっ、と笑った。
「貴族の地位」
「おいっ、本気で言ってんのか?」思わず突っ込んだのは、デュエルだった。
「貴族なんて、最下級の男爵だって、それなりの功績を上げなきゃ許可されないぜ? それを、脅しで獲ろうなんて……」
「脅すなんて、人聞きの悪い。これだから亜人は頭が悪くて困る。あたしが言ってんのは、それだけの対価がある情報なのかどうかって話さ」
明らかに半分冗談のルースの提案に、アルベルト卿はむっとした様子で腕を組み、ロバートは「あほか」と、草叢から馬車へと戻った。
ジンは小首を傾げると、静かに答えた。
「本当に、貴族の地位が欲しいのなら、掛け合ってみてもいい」
逆に、ルースがぎょっとする。
「マジで言ってんのそれ?」
「カズヤの能力は、なるべく吹聴して欲しくないし。本人もそれは望んでいない。最も困るのは、サーベイヤの外にカズヤの存在が漏れること」
「……なるほど、ね」女傭兵は、真顔になる。
「分かった。そこまであんたが言うってことは、もし、あたし達が何処かの国にこのにーちゃんの情報を売った時点で、サーベイヤの暗殺隊に狙われるってことだ。――そりゃご免だわ。黙っとく」
「え? サーベイヤの暗殺隊って……?」
和哉は始めて聞く物騒な集団名に、思わずジンとアルベルト卿を見る。
アルベルト卿は、ジンに頷くと、和哉に答えた。
「どの国にも、表の顔があれば裏の顔がある。サーベイヤの正騎士団が軍事においての表の顔なら、暗殺隊は裏の顔。不都合な情報を漏らした者を、密かに処分するのが、主な仕事だ」
「オオミジマでの私達ハットリ一族のような存在ですね」とコハル。
「オオミジマには領土を取り仕切る主家とその家臣団、武家がおります。武家は、サーベイヤで言うなら正騎士団に当たります。ハットリ一族と他の忍者は、公に出来ない任務を担います。――時には、暗殺、なども」
「物騒な話なんだわさ」カタリナが、不貞腐れたようにショールを巻き直す。
「どっちにしても、カズヤもあんた達傭兵騎士も、まだ死相は出てないんだわよさ。当分付き合わなきゃならないようだけどね」
「そんなことが、分かるのか?」タイスが、冗談だろうという顔で言う。
「私はこれでも一流の占い師だわよ」カタリナが、ふん、と顔を上げる。
「人の運勢を見誤ったことなんざ、今までいっぺんだってないわさね」
「占いなんて、信じらんねえな」
タイスが、小馬鹿にしたように肩を竦める。
ぎろっと相手を睨み、くわっと口を開いたカタリナを、和哉は止めた。
「まあ待てって。カタリナの占いが本当に当たるってのは、その内この人達にも絶対分かるから。吼えるんならそん時にしてくれって」
とにかく、ここで言い争っていても仕方がない。
気勢を削がれたカタリナは、そのまま踵を返して馬車へと戻った。
仲間が馬車に乗り込むのを見ながら、和哉はやれやれ、と胸を撫で下ろす。
この先も、まだ道中は続く。
これ以上の揉め事が起きたら、身が持たない、と、内心で溜息をつく。
だが、和哉の心配を余所に、男前な神官戦士の美少女はルース達に平然と言った。
「南レリーアに着いたら、本当にルース達の身分の件は掛け合ってみるから」
ジンが本気だと受け取ったらしいルース達は、「分かった」と短く頷くと、自分達の馬を取りに、草叢から街道へと戻った。
やっと次話が上がりました!!
次は、二、三日中にアップ出来ると思いますです。
頑張りますっ。




