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35.ガル・ガロットにて

 ガル・ガロットでは、至って平和に過ごせた。

 アルベルト卿は、ディビル教の手掛かりがふっつり切れたのに少々がっかりしたようだったが、ともかく大立ち回りの後でもあったので、和哉達にすれば、束の間でも休息が取れたのは有難かった。


 路銀の心配も、途中で倒したデスディンゴの皮と『炎の石』が道具屋で思いのほか高く売れ、元々の金額と合わせ、懐はかなり豊かだった。

 宿は大通り沿いで一番大きい『銀狐亭』。

 なんで『銀狐』なんだろうと、和哉は首を傾げたが、どうせ2、3日の滞在なのだからいいか、と、亭主に理由は尋ねなかった。


 とりあえず、この街ではあまり手の掛かる仕事なりはせずにおこうという取り決めで、朝食を済ませた後、皆一斉に通りへと出た。


「この間のデスディンゴ退治で結構儲かったし。今日はお店回りでもするかしらね」


 マランバルのバザー程ではないが、ガル・ガロットもそれなりに女性の気を引く店や露店が並んでいる。

 暇にあかせてぶらつく算段のカタリナに、財務係のロバートが釘を刺した。


「懐があったかいからって、あんまり無駄遣いすんなよ」


「余計なものなんざ買わないだわさよっ」ふん、と、カタリナがそっぽを向いた。


「どーだか。バアさんは光ものに目がねえからな」


「だあれが、ババアだってっ!? だれがっ!?」


 デュエルの次に、一行の中では大男のロバートに、カタリナは今にも本気で噛み付きそうな勢いで喰って掛かる。

 側で見ていたアルベルト卿が、こほん、と咳払いをした。


「往来で、淑女に不快な言葉を投げ掛けるのは、紳士とは言えんな」


「ええっ? 怒られんの、俺かよっ」


 てっきり大声で喚いたカタリナを咎めると思っていたロバートは、アルベルト卿を睨んだ。


「大声出して、傍迷惑なのは、カタリナだぜっ!?」


「だが、その切っ掛けを作ったのはロバートだ。淑女を老婆呼ばわりしていい筈がないだろう」


「だってよ……」と、反論しかけたロバートの袖を、和哉はちょいちょい、と引いた。


「アルベルト卿は、正騎士なんだから。絶対、女を怒ったりしないぜ?」


 そうでした、と、ロバートは頭を掻いた。


 街を散策するというカタリナとコハルに、ロバートはデュエルを見張りにつけて金を渡した。

 ワ―タイガーのデュエルは、亜人だが、育ての親が南レリーアの冒険者協会副会長というのもあってか、金銭感覚はカタリナよりも意外としっかりしている。

 それでどうして、コルルクの盗み食いなんぞという泥棒をやったのか、皆目分からない。


「北レリーアで警備軍に引き渡してしまうのは、ちと惜しい人材かもな」とは、アルベルト卿。


 実のところ、和哉も同意見だった。

 北レリーアには寄らず、このまま南レリーアまでデュエルを同行させてしまおうか、とも考えていた。


「だが、犯した罪は罪だからな」


 惜しいと言いつつ、やはりそこは元正騎士。アルベルト卿は法に厳格である。

 仕方ないかな、と、和哉もロバートと話していた。


  ******

 

 宿の前で他の仲間と別れ、ロバートと和哉は防具屋へ行った。

 ガートルード卿に斬られた篭手を、同じサンドウォームのものを買い替えた。

 その後、和哉とロバートはジンと共にガル・ガロットの教会へと向かった。

 

 宿屋で休養がてら呑気に過ごすことも考えたが、やはり今後もディビル教の連中がいつ現れるか分からない状況ではある。

 ならばやはり多少なりとも鍛錬をしておきたいというのが、ロバートと和哉の一致した意見だった。

 宿の裏手にもちょっとした庭はあるが、大男のロバートが剣を振り回すのには、どう見ても狭い。

 どこか剣の練習場所になりそうな広い場所はないかと宿の主に訊いたところ、教会の裏手に小さな闘技場があると、教えられた。


 ガル・ガロットの教会を預かる神父は、まだ二十代らしい若い男で、ひょろりとした長身に丸メガネを掛けた、いかにも人の良さそうな風体だった。

 闘技場で剣の稽古をしたい旨をジンが告げると、快く三人を案内してくれた。


 夏至祭などの祭の折に、街の腕自慢がトーナメントを行うという闘技場は、よく芝の手入れがされた、小さいながらよい作りの建物だった。

 芝の感触を確かめると、和哉とロバートは、神父から借りた木剣を構え、早速打ち合いを始める。


 ロバートは、和哉が毎度見ていても凄いと思う、傭兵流の鋭い剣技で斬り込んで来る。

 最初は、こんな素早い剣を避けられるか、と舌を巻いたのだが。

 右に、左に、と、変幻自在にステップを踏みながら打ち込むロバートの剣を、現在の和哉は、自分でもびっくりする程上手く受け流した。

 フィリップ卿やガートルード卿を《たべ》たことで覚えた、サーベイヤの正騎士の剣技が、変則な傭兵の剣捌きを見事に見切っていた。

 正面から突きを仕掛ける、と見せかけ、体躯で劣る和哉に、ロバートが体当たりをかまそうとする。

 が、和哉は大柄な金髪傭兵の動きを、ワンステップで躱した。


 相手に逃げられ、背中を見せたロバートの肩に、和哉は空かさず木剣の先を当てる。

 当然、力は入れていない、それでも、勢い余ったロバートは、見事に芝の上に転がった。


「勝負あり」


 最前列の見物席から二人の立会いを見ていたジンが、機械的に言った。


 始めてから、多分10分くらいだろう、と、和哉は思った。

 それでも、リザードの鎧の下のシャツは、びっしょりと汗を掻いている。

 額の汗を片手で拭った和哉に、ころりと仰向けになったロバートが、「ちっきしょうっ」と小さく吐き捨てた。


「ったく、本当に強くなりやがって」


 木剣を脇に置いて、上半身だけ起こしたロバートに、和哉は何と答えて良いか分からず、首の後ろを掻いた。


「……ええと、」


「カズヤが強くなったのは、アビリティ《たべる》のせいばかりじゃない」


「んじゃ、他はなんのせいだって?」


「意思」ジンは短く言うと、立ち上がった。


「――意思ぃ?」ロバートは、怪訝な顔で、闘技場の芝へ降りて来る美少女を見る。


「強くなりたいって意思なら、俺にだってあるぜ?」


「カズヤは、アマノハバキリに選ばれた。その剣を守るため、その剣に相応しい剣士になろうとしたために、大変な苦境に何度も立ち向かった」


 確かに、と、和哉は思い返す。


 アマノハバキリに出合ったことで、死闘とも言える闘いを、2度も経験する羽目になった。

 アルベルト卿と、ガートルード卿。二人のアンデッド・ウォーリア―との闘いが、和哉を強くしたのは間違いない。

 その辺りは、ロバートも認めざる得ない事実である。


「けどよ……」しかし、地球仲間の剣士は、まだ少し残っているらしい不満に口を尖らせた。


「どうして和哉ばっかりなんだ? なんだか、誰かさんが和哉をめっぽう贔屓しているとしか思えねえ」


「それは無いと思う」ジンは、ステンレスシルバーの長い髪を、ふわりと風に靡かせロバートに近付いた。


「正確な数値は人によってばらばらなので何とも言えないけど、普通、デュエルのような亜人でない限り、傭兵や一般剣士の腕力レベルは60から150の間。職業クラスは、中級上から上級下。それ以上になる者は、まず少ない。サーベイヤの正騎士でも、上級中騎士から上の者は、100人中3人いるかどうか。

 アルベルト卿とガートルード卿は、かなり特別な存在だと思う。

 ちなみに、農夫や商人の腕力レベルは、平均が15程。

 それでも腑に落ちないら、御使いに直接お聞きすればいい。――私から見れば、二人とも平等に贔屓されているようにみえるけど」


 和哉ははっとした。

 ジンは、明らかに和哉達の秘密を知っている。

 同じように気が付いたロバートが「それって、」と、美少女神官戦士を問い質そうとした時。


「ああ、こちらにいらしたのですね」


 闘技場にコハルが入って来た。


 ******


「北レリーアの警備軍は、先週、正騎士団が全て引き揚げたということだ」


『銀狐亭』の一階の食堂で、アルベルト卿が、特別ルート――つまり、アンデッド仲間からの情報――で聞き及んだ事実を報告してくれた。


「何でも、王都に不穏な噂が立っているらしい。そのため、王都警護の強化に、各地の警備に当たっていた正騎士団の幾つかが、呼び戻されたという」


「じゃあ、今北レリーアの砦の警備に当たってるのは……」きょろり、とデュエルが金の目を動かす。


「傭兵騎士団だ」


 傭兵騎士団は、隣国ウルテアとの小競り合いが続いていた20年程前まで、人数に限りのある正騎士団の補填部隊として発足した。

 ウルテアと和平が成立した今でも、辺境の砦警備や地方の中規模盗賊集団の殲滅など、正騎士団が出るまでもない戦闘に必要なため、ある程度の部隊が保持されていた。


 そのひとつが、北レリーア砦の警備隊だった。


 北レリーアの砦は、ウルテアとの戦の折、敵軍への最前線の砦として多くの兵が詰めた場所である。

 当時、丘陵が続く北レリーアの西部、マニュエルルス河の北側まで、ウルテア軍は攻め込んで来た。

 大河を越えれば、半日も掛からずに南レリーアに到着出来る。

 北部第一の都市であり、北部の農産物や材木などの集積地でもある南レリーアを落とされるのは、サーベイアとしてはかなり痛い。

 それを防ぐため、マニュエルルス河の対岸に巨大な砦が築かれた。それが、北レリーアの砦である。

 岩山一つを丸々砦とした、難攻不落の要塞だが、その大きさゆえに守備の兵士の数が他の砦の2倍は要る。

 正騎士団だけでは到底足りないため、必ず傭兵騎士団が2個小隊は駐屯していた。


「傭兵騎士団だけ……、ってことは、今デュエルを連れて行っても、取り敢えず牢屋に入れられるだけってことか?」


 素朴な疑問を口にした和哉に、アルベルト卿は、苦い顔で頷いた。


「罪人についての裁判権を傭兵騎士団の団長が委託されていることも考えられなくは無いが、恐らく、正騎士団の団長は王都警護は短期と考えて、殆どの権限の委託はせぬままだろう」


「よく解ってるじゃない、オジサン」


 不意に、和哉達の座っているテーブルの右側から女の声がした。

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