34.再び旅へ
「これから、また街道に出るし、一応確認しておいたほうがいいいから」
お宝探検をした翌日。
朝食を取った和哉達は、次の街ガル・ガロットに向かうことに決めて、支度を始めた。
その途中、ジンが全員の現在の職業クラスとレベルについて、報告してくれた。
「……一番アップしたのは、和哉。現在クラス上級上剣士、上級上騎士、上級中竜騎士」
「竜騎士……、って、もしかして、ガートルード卿の『歯』か?」
からかい半分のロバートの台詞に、和哉は歯を《たべ》た時の感触が蘇って身震いする。
「やーめてってっ。その話はっ」
「いいよなぁ、そのチート技。《たべ》ればガンガンレベルアップ出来るっての」
和哉が嫌がっているのを知りながら、わざとロバートは話を続ける。
からかいだけではなく、やっかみも半分あるなと悟った和哉は、仕方なく聞かない振りを決め込んだ。
「肉や魚食って力がつくのとおんなじってか? けど、俺なんか剣振り回してるだけで、ちっともアップしねえ。カズヤはそれよりも数倍も早くレベルが上がるもんなあ。おまけに特殊技もほいほい覚えられるし。職業レベルも付いてくる。すげーすげー」
「けどよ、モンスター喰うのって、気持悪くねぇの?」デュエルが、分かり切ったことを訊くので、和哉はついきつく返答した。
「きっっっもち悪いに、決まってんだろっ!!」
「ジンの『あーん』がなけりゃあ、《たべ》られないだわよさねぇ?」
最近、完全に語尾が崩壊しているカタリナにまで、ニタッと笑いながら、揶揄される。
隣で一角熊のショートソードの手入れをしていたコハルが、ちらりと気の毒そうな眼を和哉に向けた。
「しかし、カズヤだけではなく、ロバートやジン嬢もずいぶんと強くなったな」
さすがはアルベルト卿。助け船も兼ねてだろう。
和哉ばかりがクラスアップしたかのようだが、ジンやロバート、カタリナ、デュエル、コハルも、それなり以上にクラスアップしている。
装備点検など必要ないアンデッドの身のアルベルト卿は、生身の仲間達の成長ぶりを指摘し、満足気な笑顔を作った。
和哉の次にアップしたのは、和哉をやっかんだロバートだった。
元々腕力レベルが人間にしては高かったが、チート技も無しに211も上がっている。
デュエルのような亜人種では珍しくはないが、人間では驚異的な伸びようである。
しかし、それだけマランバルのロッテルハイム邸での戦闘は、危険と隣合わせだった、とも言える。
それと、ジンが神聖魔法で新たに蘇生と精神防御を習得してくれたのは、これからの旅に大変心強い。
攻撃魔法を使用する敵には、時として、精神的ダメージを及ぼす魔法を用いて来るものも居る。
人間だけではなく、モンスターでも、一角熊などの大型種は、咆哮で相手の精神を弱らせる。
そういった敵に遭遇した時、精神防御の魔法は役に立つ。
蘇生は、文字通り、瀕死になった味方を、早い段階ならば完全復活させられる、治癒魔法の最強呪文だ。
滅多に使用して欲しくは無いが、使える、というのが分かっているだけで、心強い。
「我らは、中々よいパーティと言える」
上機嫌のアルベルト卿に吊られ、和哉も、ややどころかかなり彼に嫉妬気味だったロバートも、機嫌を直した。
******
支度が整った和哉達は、次のガル・ガロットの街を目指し、再びアンデッド・ホースの牽く馬車に乗った。
北カルバス街道が通る地形の大半は、なだらかな丘陵地である。ところどころの森林と、森を取り巻く灌木、それを過ぎると丈の高いスゲ科の植物が生い茂る草原が、どこまでも広がる。
その真ん中に、馬車が対面で通れる程の幅の土道が出来ている。
森の高木の中に、テルルからマランバルまでの道でも見た、夏柳の薄紅の花が、周囲の濃緑に色を添えていた。
街道を徒歩で歩くと、当然、《エンカウント100パー》の和哉は、際限なくモンスターを引き寄せてしまう。
が、この馬車に乗っている時は、どういう効果なのか、《エンカウント100パー》が効力を発しない。
テルルからマランバルまでは、少なくともそうだった。
だが。
「うおっとっ!! デスディンゴの群れが出やがったっ!!」
御者台に座っているデュエルが、大声で叫んだ。
「20頭くらいは居るぜっ!!」
和哉は、窓から顔を出した。
デスディンゴとは、異世界へ来て最初に遭遇したキラー・ドッグの大型種で、キラー・ドッグの倍はあろうかという大きな牙と、赤茶の荒い毛並みに、本当に炎を宿した鬣を有している、という説明を、ジンから聞いた。
和哉は、窓から外をそっと見る。
馬車からの距離は、目視で約20から30メートル程。
レベルが上がったせいなのか、結構遠目でもモンスターの特徴が分かる。
スゲの間に僅かに見え隠れするデスディンゴの群れの大半のレベルは、30だった。
「本当に、火の鬣を持ってる……。結構レベル高いんだな、デスディンゴって」
現在の自分の腕なら、楽に倒せる相手ではある。が、問題は数だった。
「炎系の魔法はほぼ効かないだわね、水か氷系でないと。でも、あたしの魔力じゃ役立たずだわさっ」
火系の魔法を得意とする魔女カタリナは、レベルアップによって水系と雷系の魔法も使用可能となったのだが、まだまだそちらは低レベルの術しか使えない。
悔しそうにデスディンゴを睨むカタリナを余所に、ロバートはアルベルト卿に対策を仰いだ。
「卿、作戦は?」
「ふむ。このまま突っ切る、という手もあるが、あれはかなりしつこいモンスターだからな。追って来るのは間違いない。ガル・ガロットへ入る前に倒すしかないな。でないと、街の中にまで乱入し兼ねん。
ただ、あやつらの毛皮は見かけ以上に丈夫なのでな、一頭を一人で倒すとすると、2回は斬り付けなければならんな」
モンスターは、レベルが低いからといって全部が全部、易々と倒せるわけではない。
相手も生き物。それなりに強みを持っている。
「なら、カズヤにガートルード卿を召還してもらえば?」
ジンの提案に、アルベルト卿は「確かに」と頷く。
「ガートルードの竜ブランシュならば、デスディンゴなど一撃で倒すだろう。――が」と、アルベルト卿は和哉を見た。
「これしきの敵にガートルードを召還するのは、カズヤは潔しとせぬのだろう?」
気持を見透かされて、和哉はぎくり、とする。
コハルが言った。
「ならば、『神器』アマノハバキリをお使い下さい。……これ以上こちらがぐずぐずしていれば、モンスターは早晩、襲い掛かって来ますっ」
ワ―タイガーのデュエルとおっつかっつの、気配を察することに長けた忍者娘は、可愛い顔を険しい表情にして和哉を睨む。
和哉は、ほんの束の間、逡巡する。
ガートルード卿の召還をしないのならば、この状況を切り抜ける最短の方法は、自分がアマノハバキリで戦う事だ。しかし、出来れば、背の刀は使いたくない。
モンスターの血で仲間を汚すのが、嫌だ。
そう思った和哉の脳裏に、ふと、アマノハバキリ――青竜の『声』が聞こえた。
『私を使って構わない。私は、あなたを主としたのだから』
一昨日対話した時と同様、青竜は直接和哉の頭の中に許諾の意を伝えて来た。
『主のためになるのは、わたしも嬉しいのだ』
仲間がそこまで言ってくれるのなら。
和哉は腹を括った。
背中の刀袋の紐を無言で外す。
「……俺が、倒す」
言うなり、馬車の扉を開けて和哉は外へと飛び出した。
《エンカウント100パー》は伊達じゃない。
出た途端、すぐ近くの草叢から、キラー・ラビットがジャンプして来た。
全く別方向からのモンスターの襲撃に、和哉は一瞬怯む。
刀を構えるのが遅れ、キラー・ラビットの牙が右腕に喰い付こうとしたその時。
「ぼさっとしてんじゃねえよっ」
和哉のすぐ後から馬車を降りたロバートが、灰色の大きな牙ウサギの胴を、一刀両断にした。
反対側から馬車を狙って来たキラー・ラビットを、デュエルが片付ける。
「こっちはいっからっ。あの群れ、早いとこなんとかしてくれってっ」
ぱさついた、剛毛の金髪を振って、デュエルはデスディンゴの群れを指す。
和哉は頷くと、街道へと出て来た数頭に向かって走り出した。
「加勢する」和哉のすぐ後ろを、ジンがついて来た。
和哉が軽く頷くと、ジンは足を止めずに右腕のミスリル鞭を長く伸ばした。
大きく弧を描いて宙を飛ぶ鞭を、デスディンゴの群れの先頭の2頭が避ける。
が、3頭目は避け切れずに後ろ脚を鞭に取られた。
大きく傷が入ったが、斬り落とすまでには行かない。アルベルト卿が言った通り、デスディンゴの毛皮は硬く、ジンの鞭でも簡単には斬れない。
一度鞭を引き、再び振るおうとしたジンに、和哉は「草の陰の奴らを追い立ててくれ」と頼んだ。
先に避けた2頭が、和哉に向かって跳躍して来る。カズヤはアマノハバキリを中段に構え、デスディンゴの前足を狙った。
切れ味鋭い真竜の刀は、和哉の読み通り、見事一撃でデスディンゴの足を切り捨てる。
「すっげえ!!」背後で、デュエルの大声が聞こえた。
あまりの切れ味の良さに、和哉は一瞬ぎょっとなった。
最初に使っていた木剣や、借りた小剣などとは比べ物にならない。
太いデスディンゴの前足が、まるで大根でも切ったようにすかん、と飛び、どっと血が噴き出した。
しかし、今はその感触に呆然となっている暇は無い。
悲鳴を上げて倒れたモンスターを踏み越えて、次に来るやつの胴を薙ぎる。
しっかりと両手で柄を握り、だが手首と肘は余裕を持たせて回転させながら、和哉は3方向から来るデスディンゴを、全て斬り伏せた。
ジンが、鞭を振るって街道へと追い出したモンスターの中には、デスディンゴだけでなく、キラー・ドッグやポイズン・ラットのようなものまで混ざっていた。
そちらは、いつの間にか側で剣を振るっていたアルベルト卿が、まるで紙でも斬り裂くようにすいすいと片付けてくれた。
モンスターとて動く生き物。斬れば血が出て――黒い血だったりもするが――刀身を濡らすのが当たり前なのだが、アマノハバキリは水の魔法剣だからなのか、斬った後、血脂が寸滴も残らない。
斬り続けても、脂で敵が斬れなくなるというのが無い刀で、和哉は、これまで正騎士を二人も《たべ》たことによる剣技を駆使し、あっという間にデスディンゴの群れを蹴散らした。
20頭ほど居た群れは、ほぼ半数が死体となり、残りは息はあるが戦闘不能となった。
デスディンゴの毛皮は、かなり高価なものらしい。ので、デュエルがとっとと死体から皮を剥いで和哉の持ち物倉庫に入れていく。
瀕死のモンスターからは、『炎の石』という、これも珍しいアイテムが獲れた。
「見事だった」アルベルト卿が、剣を納め、和哉に笑い掛ける。
「どうも」と返しながら、和哉は引き攣った笑顔をアルベルト卿に向けた。
「剣の腕前が上がっているとは分かっていたが、大したものだ。デスディンゴの群れを、ほぼ一人で片付けるとは」
「いや……」和哉は、褒められたこそばゆさに眉を顰めた。
「俺、だけの力じゃないっすから。大半は、この刀、アマノハバキリの力です」
「だが、カズヤはその剣を使いこなせるだけの腕になった」
アルベルト卿が、アンデッド・ウォーリア―とは思えない、晴れやかな表情で和哉を覗き込む。
「もっと自分に自信を持て。君は、今や我ら正騎士と同じ実力を持った剣士だ。確かに、一風変わった方法で剣技を体得したのだとしても、それを恥じる謂れは無い」
「はい」と頷いた和哉の心は、少し軽くなっていた。
ナリディアにチート技をくれと言ったのは自分だ。今更そのことを恥じる必要は無いのだ。
ただ、ちょっと、自分が想像していたものとは、方向性が違っていただけで。
「わぁるかったよ」後ろから、ロバートが頭を掻きつつ声を掛けて来た。
「カズヤは、最初にちゃんと例の人と約束したんだもんな。それに勝手にジェラシー持つなんて……。最低なことした。すまん」
出発前のからかいを今頃謝られても、と思いながらも、和哉はロバートの気持を素直に受け取ることにした。
「ロバートは、正攻法で強いじゃんか」
「それしか考えてなかったからな。でも、人はそれぞれだ」
うん、と頷いて、和哉は再び馬車に乗った。
ロバートが、なんやら和哉に嫉妬してます。
んがっ、彼もまともにいったら強いんですう。
負けるなっ ロバート
……って、誰が主人公なんだ?




