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33.望郷の念

 ロッテルハイム邸での一件の翌日。

 和哉は再度マランバルの洞窟探検に出掛けた。

 せっかくの洞窟探検お宝探しデビューなのに、妙な方向に事態が行ってしまったのが悔しかったからだ。

 冒険者としてこの世界へ来たのだ、やはり探検デビューはきちんとこなしたい。

 前回は、お伴はデュエルだけだったが、今度はジンとコハルも付いて来た。

 コハルは、和哉の剣の守護役として、どうしても行くと言い張って。

 ジンは、ただ暇だという理由で、だったが。

 和哉としては、ムサい大男のワ―タイガーとの二人だけの探索より、美少女二人も一緒のほうが、張り切り甲斐があるので嬉しい。

 たとえ少女達が、どちらも和哉に微塵も興味が無くとも。


「アマノハバキリと話は出来た?」


 地下一階のキラー・バットの大群をミスリル鞭で撫で斬りにしながら、ジンはいつもの無表情で聞いて来た。

 和哉は、急降下して来るキラー・バットを、デュエルから借りた小剣で斬り伏せつつ、複雑な心境で「まあね」と答えた。


 昨夜、宿に戻ってから、仲間には少しの間一階の食堂で待機してもらい、和哉はアマノハバキリを、一人部屋で抜いてみた。

 白木の鞘から現れた青白い鋼を見詰めるうちに、ガートルード卿の言った通り、刀身から青い竜の幻影が現れた。

 しかし、現れたあれを、そこらの獣やモンスターと一緒に扱ってよいものか?


 圧倒的な、『気配』の塊。

 視えているのは、確かに故郷の地球・日本の寺院などで見た青竜とほぼ変わらない。だが、そこから発せられる『気配』は、明らかに、獣でもモンスターでも、人間でもない。

 途轍もなく大きく、深い、何か。

 その何かが、己の身が剣となった経緯を、和哉の『脳内(こころ)』に直接、伝えて来た。

 それは、複雑にしてありうべからざる真相だった。


「……この状況、では、ちょっと話しにくいんで……」


 自分の特技(?)《エンカウント100パー》のせいで更に増えたキラー・バットをちょん切りつつ、和哉はジンに答えた。


「なら、いい。これ、片付けてから聞くから」


 あっさり話を引き取ったジンに、一抹の寂しさを感じた和哉だが、その後もキリなく湧いて出るモンスターに、ジンの素っ気なさに凹んでいる暇は奪われた。


 ******


 マランバルの洞窟で、和哉達は結構な数のモンスターと遭遇した。

 キラー・バットの他にも、ラミアのヘルキーニアの居る部屋と隣接した部屋には、巨大なミノタウロスが頑張っていた。

 図体がでかい割には動きがのろかったので、ジンのミスリル鞭とコハルの幻惑の術で翻弄している間に、デュエルが戦斧で斬り付け、和哉は火トカゲの得意技《壁登り》で天井から火炎放射した。

 巨大な戦斧と角がかなり危険だったものの、ジンの切れ味鋭いミスリル鞭に片角は見事に切り落とされ、コハルの幻惑の術で方向を見失ってあらぬ方へ斧を投げ付けたところを見計らって、デュエルが片腕を斬り落とした。

 和哉は、アマノハバキリをこういった戦闘に使っていいか分からず、結局、天井から落下しつつ、ミノタウロスの首を小剣で一突きし、倒した。


「なんでぇ。せっかくの魔法剣を使わないんかい?」


 デュエルは、宝の持ち腐れと言わんばかりに睨んで来た。


「カズヤが主なんだろ? なら、その剣だって使われるのを嫌がるわけねえだろが?」


「そうなんだけど……」


「結構強い敵だったし。ガートルード卿の応援を頼んでもよかったんじゃ?」


 別な方向からのジンの苦言に、和哉はどう話したらいいか、と束の間考えた。


 マランバルのロッテルハイム邸に残る、アンデッド・ウォーリア―で竜騎士のガートルード卿とは、和哉は《呼び出し召還》の契約を結ぶことにした。

 アルベルト卿は、彼女との旅を切に願っていたが、和哉も、ガートルード卿の言葉に一理あると思い、卿の意向を尊重した。

 ガートルード卿の歯を《たべ》たことでラミアのヘルキーニアと同様の効果が得られると、ナリディアが昨晩教えてくれてたので、今日の朝一番でロッテルハイム邸へ行き、和哉はガートルード卿に《呼び出し召還》の承諾を得た。


「いつでも、危ないと思う時に呼んでもらって構わない。私と相棒は、今のところこれと言って忙しくはないようだから」


 快く承諾してくれたガートルード卿のことを皆に話すと、それは心強い味方が出来た、と喜んでくれた。

 中でも一番喜んだのは、やはりアルベルト卿だった。


「では、我らがピンチの時にはガートルードに会えるのだな」


 うきうきとした表情で呟くアルベルト卿に、和哉だけでなく、ロバートもジンもカタリナも、果てはコハルとデュエルも、絶対昔なにかあった、と確信した顔をした。


 洞窟のモンスター、とりわけミノタウロスについて、応援を頼めというジンの言も尤もだった。

 知力は低いとはいえ、ミノタウロスは危険なモンスターだ。他のザコモンスターに比して桁外れのパワー。戦斧を振り回すだけの単純攻撃だが、当たればタダでは済まない。

 おまけに、見かけ通り唖然とするほどのタフさを持ち合わせている。

正直、このメンバーで、しかも通常攻撃に近い戦法でよく倒せたと思う。

 和哉がアマノハバキリで戦うか、ガートルード卿を召還したほうが、もっと楽に倒せたはずだ。

 が、和哉は、そのどちらも使わなかった。使う気が無かった。

 ガートルード卿に関しては、自分達が望んで危険に飛び込んでいるような洞窟に、わざわざ来て貰うのがおこがましい気がしたのだ。

 ガートルード卿には、本当に、自分達が予期せぬ危険に巻き込まれそうになった場合にのみ、召還しようと決めている。それは、ヘルキーニアに対しても同じだった。


 では、アマノハバキリを使用するのは、どうか?


 オオミジマの『神器』にして、本体は真竜(リアディウス)という、途轍もない魔法剣である。

 たかが洞窟のモンスターに、おいそれと抜いていいとは、思われない。

 それは、昨夜のアマノハバキリ――青竜と話した時から、特に和哉は強く感じていた。


 アマノハバキリの本体の真竜(リアディウス)――は、和哉達の故郷、地球の、しかも日本の、『神竜』だった。

 水を司る『神竜』を、この異世界の魔術師が特殊な方法で転移させ、刀とした。

 古代のオオミジマの呪者の一人がその術を行ったということだが、今ではオオミジマにその術を使える呪者は居ないらしい。


 異世界の『神』なる存在を転移させ、なお且つ、刀にその力を閉じ込めてしまうとは、当時の呪者は大層な呪力の持ち主だったのだろう。

 しかし、呪者の強引な呪力で転移させられた青竜にとって、異世界が心地よい筈がない。

青竜はずっと、望郷の念に駆られていた。

 この世界も、緑があり水も豊かだ。が、青竜の住むのはやはり地球――山野に四季の宿る日本が恋しいと、青竜は和哉に切に語った。


 だが、地球はもう無い。


 月天使、いや、宇宙空間管理システムエンジニア・ナリディアの計算ミスで、暴走宇宙と衝突し、宇宙ごと弾けて霧散してしまった。

 青竜も、その事実は知っていた。あらゆる異空間、異世界に棲む仲間から、テレパシーのようなもので通信が送られて来たのだそうだ。

 無くなってしまったものは、いくら惜しんでも戻っては来ない。しかし、剣に縛られ自由を奪われた身としては、どうしても最後に一度、故郷へ帰還したかったという思いが強いと。

 そこに、同じ故郷の人間が現れた。

 魔法剣として、条件が整わなければその人間を主とは出来ないが、和哉はぎりぎり、アマノハバキリの主たる条件を満たしていた。


 故郷の匂いのする人間と、少しでも一緒に居たい。

 それが、アマノハバキリ――青竜が、和哉を主とした理由だった。


 故郷を恋うる気持は、和哉も分からなくはない。

 和哉自身は、地球での自分の在り様をリセットしたくて、この異世界を選んだが、いきなり訳もわからず連れて来られていたら、やはり帰りたい気持が強かっただろう。


 青竜の気持を察した時点で、和哉は、真竜(リアディウス)の宿った剣を、大事に扱わなければならないと、心に誓った。

 いかに主に選ばれたからといって、意思が通じ、仲間に等しい剣を、無茶な使い方など出来ない。

 もし、強い敵に当たり刀が折れたりしたのなら、和哉は仲間を失うのと同じ悲しみと後悔をするだろう。


 隠されていた数点のお宝の他、洞窟で倒したモンスターの落し物やら毛皮やらを換金しに教会へ向かう道すがら、和哉は仲間達にその話をした。

 聞き終わって、教会の扉を潜る際、コハルは難しい顔で和哉に言った。


「もし、そのお話が本当なのでしたら、オオミジマの主家の方々は、かつて飛んでもない罪を犯されたことになります」


「異世界の『神』を無理に転移させたことが?」和哉は訊いた。


「そうです」コハルは深く頷く。「本来、主家の方々のお使いになる呪は、オオミジマの民や土地を守るためのものだと、私は聞かされていました。呪は強力であり、間違ってもこちらから攻撃するために使ってはならないものだと、フミマロ様も仰って……。それが、異界の『神』をこちらへ取り込み、その上、魔剣に仕立ててしまうなどと……」


「言語道断」と、ジンが続けた。


「どんな経緯があったかは知らないけど、それは各御使いの承諾も得ていない行為。恐らく、アマノハバキリを作ったせいで、オオミジマのその呪は、御使いによって封じられたんじゃないかな」


 ジンの言葉に、和哉はあることを思い付いた。


「ある種の呪――魔法、かな? を、御使いが封じられるんなら、転移させられた異世界の真竜を、元の世界に返すことも出来たんじゃ――」


「それは、ムリ」無表情のままのジンに、和哉の考えは斬って捨てられた。


「御使いの《御力》も、無限じゃない。転移させられた者に掛けられた術を、詳細に解いて、元に戻す作業は、『神』でも出来るかどうか」


 和哉は一瞬、どきりとした。


 そうだ。


 ナリディア達が月天使や日天使と呼ばれ、御使いと呼ばれているからには、その上に『神』が存在する、と、この世界の人々は考えているのだ。

 真実は『神』ではなく、宇宙空間管理システムエンジニアのリーダー、もしくは、その組織の取締役だと思われるが。

 ナリディア達が、仕事で、膨張宇宙の計算割り出しや、宇宙同士の衝突回避のプログラム作りをしているのを指揮監督している人物は、多分、組織の決めた、あるいは、もっと大きなグループなり国家(?)のような存在の定めた規則に従っている。

 その規則の中に、真竜を監視する項目はあっても、強制移動させられた真竜を、元の場所に戻すという一文は、存在しないのかもしれない。


 そもそも、扱いに注意を要する真竜を、右から左に安易に移すなど、ナリディア達のマニュアルにはないのだろう。


 不法な魔術によって、真竜が生まれた場所からこの異世界に転移させられ、何も起きなかったのは、奇跡に近い。

 高次エネルギーの塊である真竜(リアディウス)をいきなり別世界へ放り込むのは、ガソリンに火をくべる程に危険なことだ。

 エネルギー飽和状態になった世界が崩壊しなかったのは、真竜を刀に閉じ込めたためかもしれない。

 だとすれば、アマノハバキリをディビル邪教集団に渡すのは、本気で危険だ。


 和哉は、改めて自分が背負ったものの重さに身震いした。


 そんな心配をしながらもお宝の換金も終わり、『ラーンの槍亭』へ戻る道すがら。

 コハルがぽつり、と零した。


「兄は……、コタロウは、もしかしたらもう、生きていないのかもしれません……」


「どうしてそう思うのさ?」和哉は驚いて訊き返した。


「昨日、ロッテルハイム邸で捕えた魔術師が、アルベルト卿を蘇らせたのを見てそう思いました。兄は、もしかしたら、テルルの別邸でディビル教の奴らに捕まり、もう人ではないものにされているのではないのかと」


 淡々と負の可能性を語るコハルに、和哉は胸を締め付けられる。


「でもさ、まだ本格的に探してない訳だし……」


「その可能性は、否定出来ない」


 取り繕おうとした言葉を遮った機械的なジンの声に、普段通りだが、和哉はいつも以上に冷たいものを感じて咎めた。


「そんな言い方……。コハルちゃんだって、半分は生きているって信じてるんだからさ」


「いんや」と、デュエル反対意見を口にする。


「カズヤはやさしーから、コハルに心配させたくねえんだろうけど。俺もジンの意見に賛成だな。もし、コハルの兄貴が生きて――って、まともな姿で生きてるんなら、もうそろそろ何か言って来てもいい気がする。けど、なんも連絡が来ねえってのは、やっぱ……」


「生きてはいないか、アンデッドとなって、記憶を塗り替えられて使役されているか」


「でもっ!!」


 往来の真ん中だというのも忘れて、和哉は思わず声を張ってしまった。

 仲間達の言うことも分かる。

 だが、それを認めてしまうと、あまりにコハルが気の毒だ。


「でもっ、まだわかんないじゃないかっ!! 見つかってないんだしっ!!」


 夕暮れの買い物に忙しい人々や、宿へと急ぐ旅人が、和哉の大声に驚いて振り向く。

 構わずに、和哉は喚いた。


「俺は、仲間を見捨てない!! 仲間の大事な人も、見捨てたくないっ!! だってそれは……」


 そこまで言い掛けて、和哉はあることに気が付いた。


 抜け落ちている、家族の記憶。


 この異世界へと転移する時、ナリディアとした約束だ。


『ご家族を、忘れることです』


 その言葉の意味することが、今、わかった。


 望郷の念を抱かないこと。

 もし家族の記憶が残っていれば、いつかまた会いたくなる。

 地球はもう無くなっているにも関わらず、自分が家族とは違う世界を選んだにも拘わらず。

 その時、和哉の心はどうしようもない後悔と悲しみと、不安に包まれるだろう。

 青竜と同じように。

 張り裂けんばかりの悲しみを抱えて、それでも諦められなくなれば、自暴自棄に陥る可能性もある。


 ディビル教の連中がそれだ。


 無論、幼い頃から忍者として鍛錬を積んで、いざという時取り乱さないコハルのような人間も居るだろうが、普通の、安穏とした生活を送って来た人には、まず無理だ。

多分、ナリディアは、転生した人間の絶望していく姿を、いくつも見て来たのだろう。


 だから、和哉達に約束させたのだ。家族を忘れろ、と。


 それは同時に、異世界(ここ)で新たに出合った仲間達を、大事にすることで補えという意味だ。

 新しい家族を、異世界(ここ)で築けという意味だ。


 怒鳴ったと思ったら急に黙り込んだ和哉を、ジンがそろっと覗きに来た。


「何か、分かった?」


 和哉の心を見透かしたような問いに、不意に和哉は涙が溢れた。


「うん……」と頷いて、右手の甲で両目を覆う。


 デュエルが呆れたように「なんでー。どうしたよ? 怒鳴ったかと思ったら、急に泣き出して。いっそがしいなー」と、溜息をついた。


 悪い、と小さく返したが、流れ出した涙は何故かなかなか止まらない。

 つ、と、柔らかい手が、開いている左手を捕まえた。


「帰ろうよ」


 ジンの、少女らしい柔らかい声に促され、和哉は切ない心を抱えたまま、往来の、未だ向けられている好奇の眼差しの中を歩き出した。

再開しました。

なんだか、ちょっと和哉がマジメです。

・・・悪いモンでも《たべ》たかな~

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