30.決死の闘い
「ひとつ聞くけど」和哉は、アマノハバキリを青眼に構え、言った。
「どーして、この剣が欲しいんだ?」
女騎士は、面の奥から凄みのある笑みを見せた。
「そのような逸物、中々手には入らない。私は、様々な国の剣をコレクトしている。――いや、違うな。その剣は、誰かに渡すために、奪うように言われていたのだ。……誰だったかは、思い出せないが」
和哉は、この女騎士も多分、アルベルト卿と同じ時期に、ディビル教によってアンデッドにされたのではないか、と、思った。
50年、この屋敷の何処かに魂だけ止め置かれ、記憶がほぼ風化してしまっているのに、最初に聞かされた命令だけを覚えている。
アルベルト卿も、核心の部分は話してくれていないが、50年前、この国では大変なことが起こっていたのではないのか?
その事態は、今でも続いていて、和哉達は期せずして、昔の禍根に巻き込まれている。
そう考えると、なんだか無性に腹が立って来た。
自分も、多分ロバートも同じだと思うが、地球消滅というアクシデントで、半分は自身での選択といえ、この世界で楽しく別人生をやって行こうと思って来たのだ。
すなわち、お宝探しての大冒険。
モンスターを倒して、レベル上げて。
ちょっとしたRPG気分が味わえれば、それでよかったのだ。
いきなりここまでの大騒動に巻き込まれ、自分の実力よりはるかに勝る相手と、しかも、存在意味もまだ教えられていない魔法剣のために命のやり取りまでしようとは、思ってもいない。
「……ほんと、悪魔かもな、月天使は」
チート技をくれ、とは頼んだが、危ない刀までくれ、とは言わなかった。
アマノハバキリが、もしナリディアの『サービス』なら、あの世で思いっ切り文句を言ってやる。
相手のド迫力に圧倒され、青眼に構えたまま、後はどうして動いていいのか戸惑っている和哉に、女騎士は、何を思ったのか両手剣を下げた。
「――え?」打ち込んで来るとばかり思っていた和哉は、思わず構えを解きそうになる。
和哉の一瞬の隙を狙い、女騎士のバスタードソードが上がって来た。
鋭い踏み込みと同時にずり上がる剣先を、和哉は下げたアマノハバキリの腹で、どうにか止めた。
「カズヤさまっ!!」
コハルが、堪え切れないとばかりに悲痛な声を掛けて来た。
「中々、いい腕だ」
兜が無ければ互いの顔が20センチくらい、という近さで、氷のような響きを持つ魅惑的なハスキーボイスが褒めた。
力量が肉薄している男なら、女騎士の言葉に色気のある皮肉のひとつも言えただろう。
だが、思った通り、というか、それ以上の剛腕に押し込まれている和哉には、女騎士の揶揄に乗る余裕も無い。
力技に対抗するのに噴き出た汗と、死と紙一重という恐怖のための脂汗が、同時に体中から噴き出る。
ぎしっ、という重い音を残し、女騎士は自分の剣を押さえ付けていたアマノハバキリを払い除けた。
次に絶対来るだろう刺突に備え、和哉は空かさず相手から離れる。しかし、動きを読んでいた女騎士は、和哉が動くより速く、剣先を横へ薙いだ。
「くうっ!!」
右手首の下辺りをサンドウォームの皮の篭手ごと深く斬られ、和哉は呻いた。
血が、見る間に肘へ向かって川の如く伝い落ちる。
すぐさま《癒し》の術で血を止めなければ、次撃を防ぐのが危うくなる。が、相手がそれを許さない。
左からの打ち下ろしの次撃に、痛む腕を堪えてようよう凌ぐ。
ジンの声が飛んだ。
「――の御使いの名を讃え、その御力を代行する。《治癒》」
白い光がジンの手先から生まれ、和哉の、傷付いた右手首に絡まる。
神聖魔法の《治癒》によってたちどころに止血と傷を塞いで貰った和哉は、痛みが薄れたことで、自分を切り刻もうと迫っていた両刃の剣をどうにか跳ね返せた。
「一対一の勝負、と言った筈だが?」女騎士は、美少女の神官戦士を忌々しげに振り返る。
「闘いに手は出すな、とは言われたけど、助けるな、とは言われていない」
「そうか」と、女騎士は冷たく言い放った。
「では、おまえ達がこの男を助けられないようにすればよいのだな」
パチン、と、女騎士は指を鳴らした。
途端。
巨大な生物が、突如としてジンとコハルの頭上に現れた。
アンデッド・ドラゴン。
しかも、和哉の召還獣となったものより、ひと周りは大きい。
骨が透け、とうに死んでいるのが明白なものの、白い体躯から、恐らく生前は水と氷の魔法が得意なホワイトドラゴンであったと思われる。
和哉の召還獣であるアンデッド・ルムブルドラゴンは、生前の特性の炎のブレスが、アンデッドになっても使えた。
とすれば、このホワイトドラゴンも、吹雪のブレスが使える筈。
「召還魔法は、俺だけが使えるんじゃなかったのかよっ!?」小声で毒づいた和哉に、女アンデッド・ウォリアーはにやっ、と笑った。
「私は、竜騎士でもある。彼は私の相棒。死した現在でも、私の呼び掛けには応えてくれる」
女竜騎士はアンデッド・ホワイトドラゴンに「行け」と短く命じた。
「やばいっ!!」和哉が声を上げたと同時に。
アンデッド・ホワイトドラゴンの猛烈な吹雪のブレスが、ジンとコハルの頭上から発された。
避ける暇もあらば。
二人は腕で頭を庇った形のまま、氷像となってしまった。
「これで、本当に一騎打ちだな」女騎士が、満足そうに頷く。
和哉は、奥歯をぎりりっ、と噛みしめた。
この女騎士は、アマノハバキリが目当てなのだ。逃げても、目的の刀が手に入らなければ、何処まででも追って来るだろう。
だから、勝負を掛けた。
だが、別な選択肢もあった。
アマノハバキリを、闘わずに渡してしまえばよかったのだ。
そうすれば、ジンとコハルをあんな目に遭わせずに済んだ。
和哉は、自分の傲慢さと馬鹿さ加減と、女騎士のやり方に、無茶苦茶に怒りと後悔を覚えた。
剣を青眼に構え直す。
そのまま上段に振り被ると、和哉は猛烈な勢いで相手に向かって行った。
「うおおぉぉぉっ!!!!」
通じるなどとは思っていない。ただ、怒りと勢いだけだ。
右肩口に剣を構えた女騎士は、胴ががら開きの状態で突っ込んで来る未熟者を迎え撃つべく、冷淡に剣を突き出す。
和哉の胴にバスタードソードの太い剣先が吸い込まれるその刹那。
「バカ者がっ!!」
不意に、和哉と女騎士の間にアルベルト卿が現れた。
アルベルト卿の身体が、見事和哉の楯となる、筈だった。が、残念ながら、女騎士の剣先はアルベルト卿の身体を通過し、和哉の腹に深々と突き立った。
熱く焼けるような感触が内臓から伝わり、和哉は一瞬、目の前が真っ赤になる。
丈夫で硬いサンドウォームの皮の鎧を易々と切り裂いた女の剣は、そのまま、肋骨などものともしない切れ味で和哉の腹から心臓に向かって引き上げられる――
が、それはさすがにアルベルト卿の剣が阻止した。
腰から半身を抜いた剣の腹で、女騎士の刃を完全に抑え込んだ。
女騎士の背後に回っていたロバートが、彼女の気を逸らすために斬り掛かる。
剣を和哉から引き抜き、ロバートへと向けようとする女騎士の腕を、今度こそアルベルト卿が捕まえた。
「目を覚ませっ!! ガートルード卿っ!!」
やはり知り合いだったのか、という言葉が頭に浮かんだのを最後に、和哉の意識は闇に沈んだ。
******
気が付くと、和哉は見知らぬベッドの上で仰臥していた。
古びた天蓋からは、これも古風な天蓋布が垂れ下がっている。物はとても良いのだろうが、いかんせん、年月が経ち過ぎているようで、色褪せが酷い。
天井に描かれた、ユリだか蘭だかの花の刺繍も、白か淡いピンクか、はっきりしない。
……そこまで思って、もしかしたら、と和哉は首を動かした。
広い寝室に、煤けた布が被せられた、調度の数々。
間違いなく、ここはまだ、ロッテルハイム邸だった。
間もなくして、自分が何をしていたかを思い出した和哉は、慌てて起きようとする。
だが。
身体が思うように動いてくれない。まるで海の底にでも沈められたかのように、腕も足も、のろのろとしか持ち上がらない。
「ちっくしょっ……。なんで……?」
苛立ちながらもようよう上半身を起こした和哉に、いきなり制止の声が掛かった。
「何なさってるんですかっ!? お起きになってはなりませんっ!!」
ベッドの側へ駆けよって来たコハルが、和哉の肩を押し戻す。コハルの手を振り払おうとして、しかし、自分の腕に全く力が入らないことを、和哉は自覚した。
結局、忍者娘のなすがままに再びベッドへと横たえられた和哉は、情けなさと疲れから、大きく息をついた。
「俺、どーなっちゃったんすか?」
「女性の騎士と闘われたカズヤさまは、騎士の剣に腹部を刺されました。そこまでは、覚えておいでですか?」
和哉が頷くと、コハルはきゅっ、と、ベッドの端に乗せた自分の両手に力を入れた。
「アルベルト卿が助けに入られて。でも、卿は、実体化なさるのがほんの少し遅れてしまわれたせいで、カズヤさまは刺され……。カズヤさまの身体から剣を引き抜いた女性騎士――ガートルード卿は、カズヤさまが倒れられた後、アルベルト卿と斬り合いになり、アルベルト卿は……、ガートルード卿の剣を受けて、霧散なさいました」
驚きに、和哉は跳ね起きた。
あのアルベルト卿が、負けた?
いや確かに、女騎士は強かった。レベル600は、アルベルト卿よりも上だろう。
だが、アルベルト卿の方が、騎士としての経験値は上だったはずだ。
そんなアルベルト卿が、負けた――?
「うそだ……」零れた言葉に、コハルは小さく嗚咽を漏らした。
「私も、嘘だと思いたいです。でも、本当に、私達の目の前で、アルベルトさまは女性騎士の剣に骨を砕かれ、霧のように消滅されたのです。消えられる寸前に、カズヤさまに、「実体化が僅かに遅れて、すまない、と伝えてくれ」とおっしゃられて……」
「じゃあ、俺をここへ運んだのは?」
アルベルト卿が女騎士ガートルード卿に負けて消えたのなら、和哉が生きているのが妙だ。
ガートルード卿は、和哉の命を奪い、アマノハバキリを奪取すべく戦っていたのだから。
だが、コハルの口から出た答えは、意外なものだった。
「カズヤさまをここへ運ばれたのは、ガートルード卿です」
「どうして――」問い掛けた和哉に、コハルの声ではない答えが返って来た。
「目が覚めたのだ。――私と、私の相棒ブランシュを、ここに閉じ込めた人間を思い出した」
冷たいハスキーボイス。
声のした方向へ、和哉は顔を向けた。
部屋の入口に、兜を取った女騎士が立っていた。
ええと!!
なるべく早く、次話をアップするよう努力します!!




