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28.4人のゴースト

 アマノハバキリは、生きた剣だ。

 文字通り、自分の《意思》があり、主を《選ぶ》能力がある。

 何故そんな能力があるのかは分からない、と、コハルは言った。


「私がフミマロさまからお聞きしたのは、刀の有り様についてだけ。どのように造られて、どうしてイチヤナギ家がご守護するに至ったかは、お聞きしておりません」


 イチヤナギ家の者か、もしくはハットリ一族の長老の誰かなら知っているかもしれないと。


「魔法剣のひとつと思っていたが……。どうやらそれだけではなさそうだな」


 アルベルト卿が難しい表情で、和哉の手にある刀を見詰めた。

 和哉は静かに刀を鞘に戻す。

 デュエルが、ほっとした表情をした。


「そんなに、この刀から強烈なにおいがするのか?」


「人間にはわからねえだろーけど。もしこいつがモンスターの姿で現れたら、俺は真っ先にその場から逃げ出すぜ」


 ワ―タイガーの男は、大きな肩を竦めると、ぶるぶるっ、と身震いした。

 その仕草に、アルベルト卿とロバートが軽く笑う。


「刀のことは、いずれきちんと調べねばなるまい。しかしそれには、オオミジマのイチヤナギ家へ赴かねばならない。が、今は難しい。と、すれば、こちらに居て出来ることを、皆でやるしかない」


 ということで。

 和哉とデュエルは、翌日、昨日行った洞窟の地下二階のラミアの部屋を再度訪問した。


 ラミアは、二人を快く迎え、月天使から自分のほうへも説明があったことを伝えた。


「恩人の頼みは断れぬ。半強制的に、という約束だったのでな、我が名を捧げ、名を通して召還せよ」


「ヘルキーニア」というのが、ラミアの名だった。


 呼べるのは召還魔法の使える和哉だけ。呼ぶ回数も、一日に一度という制限をつけて、契約した。

 面白いのは、その《契約》の呪文だった。

 呪文はヘルキーニアが唱えた。

 呪文の冒頭で、互いがその条件でよいと合意の言葉を述べる個所がある。 普通に「はい」というだけなのだが、合意した途端、お互いの腕から青白い光が、細長い糸となって宙に流れ出た。

 ヘルキーニアの右手と和哉の左手から出た光の糸は、お互いの中間で絡まり合い、やがて一本の糸となって両端がそれぞれの腕に戻った。

 手首に巻き付いた《契約》の呪文は、一度青白い光を放つと、皮膚に吸い込まれるようにして消えた。

 と同時に、和哉の頭の中に《召還獣一覧》の文字が浮かんだ。


《召還獣一覧……アンデッド・ルムブル・ドラゴン レベル3000

        ハイクラス・ラミア『ヘルキーニア』 レベル4000》


 ヘルキーニアの名前が浮かんだのは、名による召還だからだろう。


 ラミアとの《契約》を済ませたあと、和哉とデュエルは洞窟からマランバルの街中へと戻った。

 宿屋の前で二人を待っていたのは、ジンだった。


「卿とコハルは、もう北の墓地へ行った。カタリナとロバートは、昨日卿が言っていた、ロッテルハイム子爵の屋敷へ」


 わかった、と頷いて、和哉は歩き出すジンの後に付いて、墓地へと向かった。

 昨晩聞いた通り、アルベルト卿は、『50年前当時』の関係者から話を聞く積りだった。

 だからと言って、真昼間の墓地で『関係者』がほいほいと出て来るとは、和哉には思えない。

 何かやり方があるのだろうとは思うが。


 ジンの足は、店舗が並ぶ賑やかな表通りから、どんどん人通りの少ない北の城壁通りへと向かって行く。


「あそこ」北通りへ入って程なくジンの指差す方向に、街の城壁に沿って、大きな地下階段が見えて来た。


『マランバル共同墓地』


 和哉は初めて、異世界(ここ)の人間たちの墓地がどうなっているのか、知った。

 階段を下りて行くと、中は物凄く広い空間になっていた。

 硬い岩盤をくり抜いて作られたらしい壁には、大小様々な大きさの穴が開けられており、そこに一人、ないし二人の遺骨が、紐で器用に骨全部を纏められて入れられている。


「カタコンベ……」という言葉が、和哉の脳裏に浮かんだ。


「なんだそれ?」後ろを歩いていたデュエルが、自然と漏れてしまった言葉を聞き取り怪訝な顔をする。


 どうやら、この世界の言葉として翻訳されなかったようだ。

 和哉は、教えたものかどうか、一瞬迷う。

 ジンが、足を止めた。


「共同墓地……。カズヤの故郷の、ある宗教が昔使用していた墓地。ここは、それに似ている」


 和哉は思わず、振り向いたジンを凝視した。

 ジンの説明は合っている。合っているが故に、驚かざる得ない。

 ジンは、間違いなく、異世界(ここ)の住人だ。

 それがどうして、和哉の世界の遺産を知っているのか?

 ジンは美少女だ。神官戦士としての才能も十分ある。和哉もジンの美貌に、少なからず、というより、かなり惹かれている。

 だが、神官戦士というジョブだからなのか、それとも、本人の性格なのか、ジンは10代の女子の持つ色気や恥じらいや、溌剌さが、微塵もない。

 もっと言えば、人間らしさも多少、欠如しているようにも思える。

 まるで、アンドロイドのような。

 その上に、この世界の住人が知る筈のない情報を知っている――一体、ジンは本当に人間なのか?

 奇妙な疑問が、和哉の不安を煽る。


 と、湧き上がった和哉の不安を掻き消すように、墓地の奥からアルベルト卿の明るい声が聞こえた。


「ああ、やっと見つけたぞっ!!」


 ジンも和哉もデュエルも、声のする方へ顔を向ける。と同時に、コハルの悲鳴が上がった。


「どっ、どうしたっ!?」和哉は慌てて駆け出した。


 続いたジンとデュエルも、アルベルト卿とコハルの元へと走り寄る。


「なにっ、一体……」


 問い掛けた和哉は、アルベルト卿の立つ前に、4人のゴーストが並んでいるのを見てぎょっとした。


「紹介しよう。私が生きていた当時、ロッテルハイム邸の家令だったクライムと、侍女頭のリーゼル、庭番のボルス、それと下男のジェスだ」


 ゴーストは4人共、古ぼけた灰色の衣装を身に纏い、ところどころが完全に透けている。

 頬はこけ、目は窪み、いかにも生前に恨みがあるような面持ちで、それでも紹介されたからか、ゆっくりと和哉達に会釈した。

 和哉も、『いかにも』なゴースト達に、恐る恐る会釈を返す。

 叫んだコハルは、アルベルト卿の、本来なら握れる筈のない袖を掴んで、側で縮こまっていた。

 どうやら、ハットリ一族の忍者娘は、ゴーストがかなり苦手らしい。

 対して、ジンは平然と和哉に続いてゴースト達を見詰めていた。


「さて……。さて。おぬしらを常世の眠りからわざわざ呼び起こしたのは、他でもない。私や、私の同僚達が、なぜテルル近郊のロッテルハイム子爵邸で、かような姿にならざるを得なかったか、何か知ってはいないか、ということなのだが?」


 茫洋とした顔つきの4人は、表情と同じく、霧のような声で答えた。


「そのことでしたら……、主がご存じでしょう。我らでは、詳しいことは、分かり兼ねますが……」


 家令のクライムの言葉に、アルベルト卿は顔を顰めた。


「その通りなのだが。ロッテルハイム子爵は既に御使いの御元に旅立たれておられるようでな。私の呼び掛けにお答え下さらなかった。なので、仕方なく、そなたたちの力を借りようと、ここへ出向いたのだ」


 ゴースト達は、顔を見合わせた。


「ご主人さまが、御使い様の御元に行かれたというのは、本当ですか?」侍女頭のリーゼルが訊いた。


「さよう。マランバルのロッテルハイム邸で、ご子息のウィリアム卿の侍従だった者に訊いたのだ。子爵は安らかな最期をお迎えになったと――」


「あり得ません」クライムが、はっきりと否定した。


 同時に、クライムの姿が、灰色から赤みを帯びたものに変わる。


「子爵は、あの者達に騙された。ディビル教の信徒に。ジャララバという、妙な男が指導者でした。奴は子爵に近付き、子爵を利用してルドルフ卿に近付いた。幾度か、テルル近郊のお屋敷でルドルフ卿がジャララバとお会いになっているのを、お見かけしました。

 子爵はジャララバにすっかり心酔なさっていて……奴のいいなりでした。しかし、ルドルフ卿が国家に対する詐欺の罪で投獄されるに至り、子爵の、ジャララバに対する心酔も解けました。――子爵は、深く後悔なさっておいででした。ルドルフ卿にジャララバを引き合わせてしまったことを」


「《幻惑》の術……」怒りを露わにしたゴーストの言葉に、和哉は、昨晩アルベルト卿から訊いた、邪教者が使うという術を思い出した。


「ジャララバが、子爵に術を掛けたとすれば、そやつの命令で、我ら北面の正騎士をロッテルハイム邸に集めた、ということになるか」


「アマノハバキリを、守らせるために?」和哉の問いに、庭番のゴーストが反応した。


「もしかして、あの、雨を呼ぶっていう、オオミジマのカタナのことかい?」


 ボルスがアマノハバキリを知っていたのに驚きつつ、和哉は頷く。


「……庭番だった俺が知ってるのは、不自然だって思われるだろうが。あのカタナがテルルの屋敷に来た晩、ご当主様が、カタナを庭先で抜いてごらんになったんだ。途端に、屋敷の庭だけに雨がザアッ、と振ったのさ。

 それを見て、あの妙な客が「間違いなく、本物でございます」って言ったのを、俺は庭番小屋から見てたんだ」


「アルベルト卿様方をお呼びするように申し付けられたのは、俺です」


 下男のジェスが、重い口を開いた。


「あの妙な客が来た夜遅く、ご当主様が直々に使用人部屋に来られて――普段は必ずクライムさまを通されるのに、あの晩だけは、ご当主様が来られたので、使用人一同びっくりしたんです――手紙を、至急北レリーアに駐屯している、正騎士隊に届けてくれと。それで、下男の中でも馬の扱いが上手い俺が、北レリーアの駐屯地まで行ったんです」


「明け方だったな。ロッテルハイム子爵からの火急の親書が届けられたのは」アルベルト卿が、深い声で言った。


「ルドルフ卿のお命に拘わる品が、ロッテルハイム邸にあるので、急ぎ邸に行き守護を頼みたいと、したためられていた。私は読み終えるや急ぎマランバルへ急行し、あの剣を受け取ったのだ」


 その後、ディビル教の連中に見付からないように別邸へ戻ったものの、アルベルト卿はジャララバの配下に操られたアンデッド・ドラゴンとの攻防で命を落とした、と、教えてくれた。

 死してなお、アルベルト卿はロッテルハイム子爵との約束を守ろうとし、アンデッド・ウォーリア―となったのだ。


 死者となっても自分達の言いなりにならなかったアルベルト卿を、ジャララバは別邸の地下室に封印するしかなかった。


「ルドルフ卿は、国王の命で暗殺された」ジンの無機質な声が、共同墓地内に響いた。


「ロッテルハイム子爵は、そのことを後悔していた。ならば、ロッテルハイム子爵が御使いの御元に向かわれてはいない可能性が高い。――もしかすると、ディビル教の者に、魂を囚われているかも」


「だが、ご子息の侍従は、子爵は安らかに永眠されたと、証言したぞ?」


 アルベルト卿の反論を、ジンは否定した。


「その者が、ディビルの手のものでないという証拠は、ない」


「そうか……。敵は『死人使い』か」アルベルト卿が唸った。


「ならば、ロバートとカタリナの二人だけでマランバルの子爵邸に行かせたのは不味かったかも知れぬ。――我らも、急ぎ合流しよう」


 アルベルト卿は、呼び出した4人のゴーストに礼を述べると、和哉達を促し、早足で共同墓地の出口へと向かった。

間が開いてしまいして、すみません。


まだまだ、アルベルト卿の過去がらみの話が続きますが、どうかお付き合いくださいまし~~

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