26.月天使の捜しもの
夢の中のナリディアは、やっぱり最初に出会ったあの場所に居た。
「ご用のようですね?」
相変わらずのきゃぴりん声に、和哉はむっとする。
「分かってんでしょ? 俺が君に聞きたいこと」
ナリディアは、しゅんとして下を向いた。
「隠していた訳ではないんですぅ。まだ、お話するタイミングには、早いかなぁと、思って」
「けど、俺はあのラミアさんに聞いちゃいましたよ? 俺より先におんなじ《チート技》持ってる人が居たんなら、俺専用みたいに言わなくってもよかったのに」
和哉の文句に、何故かナリディアがにぱあっ、と笑った。
「あれれぇ? もしかして和哉さま、ヤキモチとかとかですかぁ?」
「ヤキ……って。――じゃあ、なくってっ」イラっとして、和哉は握った拳で自分の太股を叩く。
ナリディアは、また殊勝な態度を装う。
「ごめんなさい。……どうして、和哉さまとその人のアビリティが被っているかと、私が、意図的にラミアに和哉さまを引き合わせたことですよね?
――えっとぉ、アビリティが被っていた点ですが、これは、本当に、信じていただけないかもですが、忘れていました」
「……へ?」
ナリディアのことだ。こういう結論もアリかなと予想はしていたが、やはり、本人から事実として聞くと、呆気に取られる。
ぺこりと銀色の頭を下げ、「ごめんなさい」と謝る月天使に、和哉は息をひとつ、吐いた。
「で? 俺とおんなじ技の人は、この世界に居るんですか?」
「居る……、筈なんですが、10年前から、音信不通なんですぅ」
ナリディアは、なんともばつが悪そうに、モジモジとしながら答えた。
10年前、となると、地球消滅とは関係ない事態で、こちらへ来たのか。
「モチヅキ・ノブトっていう、こっちに来た時は中学2年生の男の子でしたぁ。異次元宇宙空間には、結構大小があってぇ、大きさの同じもの同士だと大衝突になっちゃうんですけどぉ、小さい宇宙空間と大きい宇宙空間の接触だと、わりと小さいほうがうまく擦り抜けてくれるんですう。だから、私達エンジニアも、大小の宇宙空間接触の時はぁ、接触時間と大きいほうの『穴』の位置方向の計算だけして、方向が合っていれば経過だけ観察するんですぅ。
けどぉ、あの時はほんとにアクシデントでぇ」
小さい宇宙空間が擦り抜ける時に、大きい宇宙に多少の歪みを残していったのだという。
歪みは大概、星の上ではその重力や自転・公転などの運動と時間によって、早めに修復される。
しかし、モチヅキ・ノブトは運悪く、修復最中の歪みの中へ落ちてしまった。
「万が一の事故に備えていましたから、すぐに救出は出来ました。でも、地球にお戻しするには、誤差が大きくなりすぎてしまっていたんですぅ」
「……誤差って?」
すぐに救出出来たのなら、時間的にもさほど誤差など起きないだろう。
疑問に思った和哉の質問に、ナリディアは、
「異次元空間の宇宙物理学的誤差です」と答えた。
つまり。
運悪く異次元側へ助け上げられたモチヅキ・ノブトは中学2年生の男子だったが、異次元宇宙空間同士は完全に時間がリンクしている訳ではなく、モチヅキ・ノブトが拾い上げられた時には、僅かに地球の時間が遡逆していたのだ。
その段階での、地球上のモチヅキ・ノブトは小学6年生。
そのまま帰れば、タイムスリップして過去の自分と対面してしまう。
かといって、こちらで時間調整をすることは出来ない。こちらにはこちらの時間があり、地球の時間の流れとは決して合わない。
「そこで、止むなくこちらの住人になって頂きました。それが、14年前です」
「じゃあ、4年間は、ナリディアと連絡が取れてたんだ?」
「はい。しかし……」
ナリディアは、ちょっと不安げな表情を作ると、話を進めた。
「この異世界も、地球と似たように、宗教の対立のようなものがあります。決して大規模なものではないのですが、邪教と言われるものも存在しています」
「邪教って、月天使信仰、とか?」
ナリディアは《悪魔》と呼ばれている。なら、ナリディアを崇める一派が邪教なのでは? と、和哉は揶揄い半分に訊いた。
ナリディアは、ぶっ、と頬を膨らませると、
「私はぁ、悪魔じゃあありません」と否定した。
彼女の表情が、宇宙空間制御のプロ、などという大層な役目のエンジニアとは思えない程子供っぽくて、思わず和哉は苦笑する。
「他の異世界宇宙からの移住の方が持ち込まれた、ディビルという神を信仰している一団のことですぅ」
ディビル、って、地球語で言う《デビル(悪魔)》のことじゃないのか?
思ったことをナリディアに告げると、そうではない、との答え。
「地球の方々がおっしゃる《デビル(悪魔)》は、ヤギの頭をして、細長い尻尾を生やして、人の悪心に付け込んで飛んでもないことをやらせるもののことですよね?
でもディビルは、灰色の髭と長い髪をして、魔法使いのローブを着て、長いサンザシの木の杖を持った、一見すると普通の人です。邪教と言われているのはその教えで、人間は竜を《たべる》ことによって、より強く高貴な存在になれるという……」
「ちょっと、待って」和哉は額を押さえた。
「《たべる》ってさ、確か、そんな誰もが使えるアビリティじゃないよね? なのに、どうして竜を《たべる》と、って、話になるの?」
「そこです」ナリディアは、急に真剣な顔をした。
まともな顔をしてもどこかアニメっぽい銀色少女に、笑い出さないよう注意しながら、和哉は耳を傾ける。
「《たべる》アビリティ自体は、異世界では私か、私の上司が許可した人物にしかプレゼント出来ません。しかし、彼らは、過去に《たべる》により竜の《力》を手に入れ、最強になった人物を高貴な人として崇め、また、《たべる》アビリティを持った人物を自分達の《導き手》と考えて、探し求めているのです」
「じゃあ、《たべる》を貰った人は、俺とモチヅキ・ノブトくんと、他にまだ居たんだ?」
「……ええと」ナリディアの銀の目が泳ぐ。
別に、『自分が最強じゃない!!』などと蒸し返して怒る気は、和哉にはもう無い。が、ナリディアにしてみれば、大口を叩いて《チート技》を付与し、和哉を異世界の住人として送り出した手前、この状況は立場が悪いと感じているのだろう。
「あー……。いいよ、もう。俺だけの技じゃなかったからって文句は、一度言ったし。――それより、その、モチヅキ・ノブトくん? だっけ? 彼の行方がわからないのが不味いんじゃないの?」
「そっ、そーなのですっ。邪教集団は、かつて私の担当ブロックとは別な異世界宇宙空間で《たべる》を付与され、竜と――真竜と対峙して《たべ》た異世界人ディビルの末裔が、教祖なのです。特殊アビリティは遺伝しませんので、その教祖自身には《たべる》アビリティはありません。しかし、彼らはいつか現れる、と思い込んでいる、真竜を《たべ》て、神に等しい力を手に入れた人物に、自分達の故郷の星へ連れて行ってもらえると、信じているのです」
「真竜を《たべる》と、本当に神に等しい力が得られる?」
真竜という名は初めて聞くが、とにかく竜はゲーム内でも最強の生き物だった。
特に、上位種のバハムートやリヴァイアサンといった、絵的にも仰々しいデカいモンスターは、誰もが倒すのに苦労した。
あの力を取り込めるとしたら、確かに相当なレベルアップになるだろう。
和哉の質問に、ナリディアは、恐々、と言った表情になる。
「実は……なります。真竜は、どの異世界宇宙空間にも存在する生物なんです。しかも、エネルギーが高すぎて、私達の制御下に納まらないのですぅ。時には、真竜一頭が暴走して、宇宙空間ひとつが潰れてしまうこともありますぅ」
「そんなに、強いんだ……」和哉は、予想以上の答えに、目を見張った。
「はい。ですのでぇ、真竜だけは『高次エネルギー対策室』の管轄で、常に全異次元宇宙空間の頭数を監視していますぅ」
「じゃあ、俺らが《たべる》アビリティで真竜の力を得ようとしても、難しいんじゃ?」
ナリディアは「通常は、そうですぅ」と頷いた。
「でも、エンカウントしてしまったら、そうも行かなくなります。ほぼ回避アビリティが効かない真竜は、エンカウントしたら、倒すか、こちらが殺されるかしかありませんから……」
ぞっとした。
和哉には、《エンカウント100%》のアビリティがある。
何処に居るかは分からないが、真竜の生息地へ踏み込んだら、間違いなくエンカウントする。
そこで、和哉は気が付いた。
「もしかして、モチヅキ・ノブトくんにも、《エンカウント100%》のアビリティを、付けた?」
しかし、ナリディアの答えは「ノー」だった。
「《エンカウント100%》こそ、和哉さま以外の方には、付与しておりません。それに、もし真竜に倒されたなら、私の通信分析モニターに引っ掛かります。《たべ》た場合も同様です。
従って、モチヅキ・ノブトさまが、真竜の生息地へ踏み込んだのか、真竜にエンカウントしたかどうか、は、本来なら私のモニターで分かるはずなのですが……」
「けど」と、和哉は、一番最初の、ラミアと自分の関係をどうしたいのか、という所まで、思考を戻した。
「ナリディアは、モチヅキくんが、この14年、少なくとも、行方不明の10年の間に、真竜のエンカウントしている可能性を考えてるんだよね? その上で、俺にモチヅキくんを探して欲しい。死んでいるなら、ナリディアには分かる。けど、死んでないから。
探し出して、もし何でもなければそれでよし。モチヅキくんが、どういう手段でか、単にナリディアへの通信をずっと絶っていただけ。
でも、10年も音信不通ってことは、ナリディアにも分からない何かがあると踏んでる。そのために、俺に強い味方をつけておきたい。それが、あのラミアさんだ」
「そうです」ナリディアは頷いた。
「本来ならば、私達管理者が探し出さねばならないのですが、そうなると、この世界に私や私の仲間が直接関与する羽目になります。
管理世界に直接関与する行為は、私達オペレータは第一次禁止事項なんです。ですので、ここは、心苦しいのですがぁ、和哉さまに、何とぞ、ノブトさまの探索をぉ、お願いしたいのですぅ」
最後の方は、絶対和哉が断らないだろうと踏んでの、ナリディアのきゃぴりん『お願い』だった。
少々ムカついたが、事情は真面目だ。
もし本当に、モチヅキ・ノブトが真竜の力を手に入れていれば、この世界の危機にも繋がる。
だが。
「まだ俺は、そんな大物と闘うレベル持ち合わせてないよ? 仮に、ラミアさんに力借りられたとしても、真竜と戦うなんて、絶対ムリ」
全面的に、すぐさま頼られても困る。
先に釘を刺した和哉に、ナリディアは、「それはもう、ご尤もです」と、何度も頷いた。
「もちろん、今のお仲間との旅と経験をご優先下さい。私達の組んだ和哉さまのプログラムも、そのようになっております。その過程で、もしノブトさまが見つかれば。更に、見つかった段階で和哉さま方の手に負えないと判断された場合は、ご連絡頂き次第、速やかにわたくし月天使が対処いたします」
珍しく、ナリディアと長々話しています・・・
また難題を押し付けられてるカズヤ。




