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25.地下二階のアクシデント

 ラミア。


 和哉のかつての故郷、地球では、砂漠地帯に生息するとされる、架空の魔物だった。

 攫った子供や、誘惑した若い男の血を啜る、とされた。時には、誘惑した男の子供を産むこともある、と。

 和哉が遊んでいたゲームでは、ここと同じような形の洞窟のミッションで、中ボスで出て来た。

 ステータス異常《誘惑》が強烈で、これに引っ掛かるとキャラが勝手に味方を攻撃してしまい、下手をすると全滅する。

《誘惑》された味方をわざと殴れば、大体ステータス異常が直るのだが、時々、殴っても正気に戻らない時があった。

 全滅はしないまでも、かなり難儀な戦いだった、と記憶している。

 今、そのラミアと、現実で対峙している。


 レベル4000。HP4000、魔力5500、腕力3700。特技《誘惑》《吸血》。

 和哉が召喚獣とした、アンデッド・ドラゴンよりも強い。

 

 強い上に、妖艶――息を呑むほどに美しい。

 CGキャラクターも美しかったが、リアルはその数倍、いや、数十倍も美しく見える。

 もしかしたら、もうラミアの《誘惑》に掛かっているのか? と、和哉は自分を疑った。

 それにしても。

 身体を拘束している、この伸び縮みする細長いものは、何だ?

 ゲームでは見たことは無かった、ラミアの武器だろうか?

 和哉が、割と冷静に考えていると。


「こいつらっ、毒蛇だっ!!」デュエルの叫びが聞こえた。


「マジッ!?」和哉は、今更ながら焦って自分の身体を縛っているモノを見た。


 薄明かりに見えるモノの身体は、ヌメヌメ、クネクネしており、その体色は、黒と黄色の縞模様。

 デュエルの言う通り、どこからどう見ても、毒蛇だ。

 和哉には《毒耐性》がある。が、この蛇に自分の《毒耐性》が効くのかどうか?


「本気で、毒蛇っぽいっすね……」


 涙目で同意した和哉の耳に、ラミアのハスキーボイスの溜息が聞こえた。


「何の意味があるのかは知らぬが……。タイデス砂漠の古代宮殿の地下に押し遣られたと思ったら、今度はサーベイヤの北の洞窟。ほんに、契約者どのは魔物の使いが荒い」


 独り言なのだろうが、聞き捨てならない内容だ。


「それって、どういう意味?」尋ねた和哉に、ラミアの、薄明かりでもギラギラと光る、縦虹彩の銀の目が向けられる。


「そなた、わらわに訊いておるのか?」


 頷く和哉に、ラミアがくっ、と目を細めた。


「獲物の分際でわらわに問い掛けるとは。肝が据わっておるな、青年」


『少年』から『青年』になった、などと、場違いな感心が和哉の頭を過ぎる。


 ――ああ、そう言えば。


 ラミアは北アフリカの古代の女王だった、という話もあった。だから、態度が偉そうなのか、とも思った。


「まあ、よい。契約者との約束もある。一度はそなた達と戦わねばならぬ。……手も無くこちらが勝利するとしても、な」


 ゲームでも、ラミアはやたら強かった。異世界(こっち)でも、やっぱり強そう――というより、和哉は縛り上げられている辺りでもう負けている。


 一度は戦う、と言われても、このまま喰われるのがオチなんじゃ……、と半ば諦めた時。

 不意に、和哉達を戒めていた毒蛇が、するり、と力を弱めた。

 床に転がった形のままで開放された和哉とデュエルは、次に、周囲がいきなり明るくなったのに驚く。


「明かりは好かぬが、そなた等には必要であろう」


「まぶし……っ」


 薄暗闇に慣れていた和哉は、数倍の明るさに突然晒され、束の間、チカチカする目を閉じる。

 頭を振り振り上半身を起こすと、ラミアがさも可笑しいと言わんばかりに笑った。


「やれやれ。これまで戦った相手は、明るくなればすぐに周囲を観察し、身構えておったが……。そなたは、わらわと子供達が怖くはないのか?」


 そうか、と、和哉は漸く納得した。

 ラミアは蛇の化身だ。その子供が毒蛇であるのは、あり得る話。

 改めて、和哉はラミアの白い蛇体の周囲に取り付いた子蛇達を確認した。毒々しい色合いの子蛇達は、それでも母が愛しいのだろう、甘えるようにラミアの身体に巻き付いている。

 ラミア自身に、こちらに対する敵意が感じられない上に、恐ろしいがなんとなく可愛らしい子蛇までちょろちょろしている光景を見せられて、和哉は、怖さよりも和んでしまった。

 戦意喪失はデュエルも同じだったようで。


「あのよ」と、和哉を手招きする。


 耳を寄せると、「これって、どーしてもあの美人の姐さんと、俺ら戦わなきゃなんないのかよ?」と、困った顔をした。


 仕方が無いので、先ほどの話を蒸し返してみる。


「あのー。契約者との約束って、なんすか?」


 ラミアは溜息をつくと、肩に乗った子蛇をそっと優しく白い腕へ誘導した。


「そこな男も亜人のようじゃな……。そう、わらわも亜人じゃ。わらわの種は、大抵のものが人語を解す。さりとて、わらわの種が、皆亜人という訳ではないのだが、わらわと同じ上位のものは、大体が人との混血――亜人じゃな」


 亜人が、人間から受け入れられないという話は、デュエルから聞いた。

 しかし、それと契約と、どういう繋がりがあるのか?

 まだ話の先が分からない和哉は、じっと、美しいが恐ろしい女の姿を見詰める。


「母が人の場合は、亜人は人の里へは入れられぬ。では、母が魔物の場合はというと、こちらも同族からは受け入れられぬ。人の血を受けると、我ら魔物は、どうしたものか、魔力が強くなるのじゃ。当然、ねぐらの争いで、純潔のものは亜人には勝てぬ。そのために、わらわは幼子のうちに同族にねぐらを追われた」


「そっか」と、デュエルが頷いた。


「俺は、種族のせいなのか、純潔のやつらより力が物凄く強くなった。魔力はからっきしだけどよ。……いろいろ、違うけど、嫌われるのはおんなじなんだな」


「ふむ」ラミアが、興味深そうにワータイガーに近付いた。


「わらわの種は、特に魔力に長けておる。そなたらの種は、力が勝っておるのじゃろう。人と交わり亜人として生まれると、その長けておる部分がより増強される、のであろうかの」


 そこまで聞いて、和哉は、当初の自分の質問の答えに、まだまだ行き着いていないのに気が付いた。

 確かに、デュエルやこのラミアのような、混血種《亜人》の存在と、その力に関する話は面白い。面白いが、自分達がどうして、こんな簡単な洞窟で、出現する筈の無い、モンスターの上位種と対峙しているのか?

 契約者との約束で戦っている、とラミアは言っていた。何のための契約で、どうして自分達と戦うのか?

 更に、契約者とは、誰なのか。

 少々苛立って顔を顰める。和哉の心境に気が付いたラミアが、すっ、と、滑るように傍へ来た。


「契約者、との話を聞きたいか。……本来ならば、話してはならぬものなのだが。そなたらがあまりにも簡単にわらわの罠に引っ掛かり、その後も、あまりにも敵愾心がないので、つい口を滑らせてしもうた。

 だが、まあ、よいであろう。

 わらわは、同族にねぐらを追われた身じゃと、先程伝えたの?」


 和哉は、自分の表情を覗き込む美しい女に、頷いた。


「行く当ての無いわらわに、この星の主――正確には、星の御使いになるのかの――月天使が、救いの手を延べてくれた。ただし、条件付で、な。

 その条件が、安全なねぐらを与えてくれる代わりに、月天使が指定する人間と闘い、その人間のレベルアップを手伝え、というものじゃ」


「月……天使?」その名を聞いた途端、デュエルは身体を硬直させた。


「姐さん、その、悪魔と契約しなすったのかい?」


 ――あ、やっぱり悪魔って話が、まかり通ってるからか。


 ただのおっちょこちょいなオペレーターなんだけとけな、と元地球人は思う。

 確かに、おっちょこちょいの度が過ぎてるきらいもあるが。

 和哉は、ボサボサの金髪を完全に逆立てて、ナリディアを怖がる男が、少し気の毒になる。

 対照的に、ラミアは、きょとんとした顔でデュエルを見下ろした。


「悪魔? 月天使は、御使いであろ? 本人はそう名乗ったぞ? 可愛らしい子供であったが」


 この世界に生きていて、ナリディアを《可愛い子供の御使い》だと純粋に信じているのも、逆に面白い。

 和哉は、ラミアがナリディアと契約を交わす姿を想像して、少々顔がにやけてしまった。


「気持ち悪い奴じゃの、勝手に相貌を崩しおって」ラミアに見つかって、ドン引きされる。


「ああ、すいません。で、契約って、それだけなんすか?」


「それだけじゃ。今まで戦った相手は4人。そのうち2人は、特に月天使のお気に入りのようじゃった」


「で、戦った人達は……?」


 そこが問題だ。

 ラミアがこうして生きている、ということは、戦った相手は、皆、死んだということではなかろうか?

 和哉の懸念に、ラミアはくつくつと、さも面白そうに笑った。


「そうじゃな。わらわが生きておるということは、本来なら、戦った者達は生きておらぬ、ということじゃ。が、そこが、月天使との契約。相手が負けても殺すな、と、言い渡されておる」


「逆の場合は?」和哉は、ラミアが倒されれば、残された子蛇達が不憫だと思った。


 だが、その懸念も無かった。


「わらわは月天使によって、契約の間は不死の身となっておる。思い切り斬り付けられようと、死なぬ」ただ痛みは如何とも出来ぬが、と、美しい顔を歪ませた。


 そこで初めて、和哉はナリディアが自分とラミアを引き合わせた意味に気が付いた。

 戦って勝てば、レベルが上がるのは間違いない。だがもうひとつ、和哉のアビリティなら出来ることがある。

 ラミアを、召喚獣にすることだ。

 もちろん、召喚獣にすれば、和哉が死んだとき、ラミアも死ぬか、ナリディアとの契約が解けて不死の身ではなくなる。

 が、それこそが、ナリディアの狙いではないのか?


「あの」和哉は、小学生が教師に質問をするように、片手を勢いよく上げた。


「御使い様、からは、俺らと戦えって以外、なんも言われてませんか?」


「ない」だが、ラミアの答えはきっぱりしていた。


 ならば、和哉の召喚獣になるというのは、和哉の思い過ごしか……。

 しかし。


「ああ、だが」と、ラミアが何か思い出した。


「人を探していると、申されていたな。その人探しを、次に戦いに来る人間――ということは、そなたらか?――に託したいので、力を貸してやれと」


 やっぱり、と、和哉は頷いた。


「多分、月天使は、ラミアさんに、俺の召喚獣になってくれって、思ってるんす」


「召喚……。なんだ? それは」ラミアが、芸術的な形の眉を顰める。


 それは、そうだ。

 この世界には、《召喚》というアビリティを持った者は、ほとんど居ない。ラミアが和哉の言葉を不審がるのも分かる。


「ええと、ですね。召喚獣っていうのは、俺と戦って負けたモンスターが、俺の持ち物になって、呼び出した時に戦って貰うっていう――」


「では何か? わらわが、そなたの下僕になる、ということか?」


 微妙に違う。

 下僕は、どんなことでも自分の命令としてやらせることが出来るが、召喚獣は、戦いの時にしか呼び出せない。しかも、戦い方は、ある程度こちらが指示出来るものの、基本的にそのモンスターの技術以上のものは頼めない。

 どちらかと言えば、「代わりに戦って下さい!!」と、和哉はお願いする立場な気がする。

 ニュアンスの違いを、どう説明したらよいものか?

 悩んでいると、ラミアがふと、思い出したという風に、口を開いた。


「そう言えば……。ずいぶんと以前、そなたと同じようなことを申した青年がおったな。わらわに召喚獣になってくれと、土下座した者がおった」


「え……? そんな人が?」和哉は、驚いて身を乗り出した。


 アビリティ《召喚》は、和哉だけの《チート技》だと思っていた。が、和哉の他にも、ナリディアに授けられた人間がいたのか。


「その人は……、その……?」勢い込んで聞いてから、和哉ははたと気が付いた。


 ラミアがその人物の申し出を受けていたら、今当然、和哉達の眼前にはいない。きっぱり断ったからこそ、ここで対峙しているのだ。


 ラミアは、そのことに気が付いた和哉に妖艶な笑みを見せる。


「そうじゃ。わらわは断った。その男は、諦めてわらわの血を、代わりにくれと、申した」


 モンスターイーターだ。間違いない。

 その人物は、和哉とほぼ同じアビリティを持っている。

《召喚》と《たべる》。

 ナリディアは『他の方では到底真似出来ない《チート》な技とレベルアップ方法』で、和哉を盛り立てると言っていたのだが、どうやらその言葉は嘘だったようだ。


 もう一人、居たのだ。

 和哉と同じ《チート》技を備えた人間が。異世界(ここ)に。


 自分だけが特別ではなかったのが悔しい訳ではない。だが、なんともやり切れない気分が、和哉の胸を圧し包む。

 急に黙り込んだ和哉に、何と思ったか、ラミアが白い腕を差し出した。


「その男と同じじゃ。わらわはそなたの召喚獣にはならぬ。じゃが、血は分けてやってもよい」


 それは不意に心に沸いたメッセージだった。あるいは、ナリディアが、何らかの手段で、彼の脳内に直接送った伝言だったのかも。


「いや。《たべる》じゃダメだ。あんたが召喚獣でなければ、俺はそいつと戦えない」


「戦う? そなたが、あの男と、何のために?」ラミアは、心底驚いたという顔で、和哉を見た。


「多分。俺はその男と、戦うことになる」いずれ、という言葉は、口の中で言った。


 ラミアは「ふうむ」と唸ると、白い腕を組んだ。


「じゃとしても、わらわは、召喚獣とやらにはなれぬ。この通り、子供達もおる。そなたの持ち物として常に共にあるという状態は、不可能じゃ」


「他の……、方法では?」和哉は食い下がった。


 召喚獣といっても、アンデッド・ドラゴンのように、常に和哉の『荷物』として持ち物倉庫に隔離しておかなくてもよい方法もあるのではないのか?

 ラミアがその方法を知っているかは、分からないが。

 と、、美しいモンスターは、蛇体を捻り、くるりと後ろを向いた。


「他の方法、としては、強制魔法じゃな。わらわの名をそなたに与え、そなたがわらわを呼んだ時、いつでもその場所に瞬時に移動するという法じゃ」


 それならば、異次元物入れ隔離にしなくても済む。

 だが、かなり高度な魔法ではないのか?

 和哉の魔力と能力で、そんな魔法が、果たして操れるのか?


「それは……、魔法レベルで、どれくらいあれば、発動出来るんすか?」


「魔力2000もあれば発動出来ようが……。そなた、見るところ、魔力がまるで足らぬの」


 ダメか、と、和哉はがっくり項垂れた。

 召喚獣になってくれれば、恐らく、ナリディアが探している、和哉と同じ《チート技》を持った男とも、対等にやり合えたのに。

 いや。実際には、まだ一戦交えると決まった訳ではない。

 訳ではないが、どうしても、きな臭い感じが取れない。


「分かりました」と、和哉は顔を上げた。


「明日、もう一度出直してきます。もし御使い様から承諾が出たら、改めてあなたの名を聞きに来ます」それしか、方法が無い。


 ナリディアが自分に何をさせようとしているのか、一度確認しなければ、ここは進めない気が、和哉はしていた。


「月天使と交渉すると? ……それはよいが、当てはあるのか?」


 月天使ナリディアの気紛れさ加減は、ラミアもよく知っているらしい。

 心配してくれる相手に、和哉は確信を持って頷いた。


「大丈夫。俺には秘策がありますから」


 数分後。和哉とデュエルは、小さな蛇たちに見送られ、ラミアの部屋を後にした。

 戦うために入った洞窟地下二階の小部屋だったが、妙に穏やかな気分で出られて、二人は同時に拍子抜けする。


「結局、俺らダンジョンに何しに入ったんだ?」


 デュエルの自問に、和哉も全く同意見だった。


 洞窟から出ると、和哉は管理組合の係員に、地下二階のラミアの部屋の事を伝え、一般の冒険者が無暗に近付かないよう警告してくれるように頼んだ。

 もちろん。

 レベル4000もある大モンスターに、マランバルの洞窟に挑む程度レベルしかない冒険者がチャレンジする筈もない、と、係員は頷いた。

 そちらの問題は片付いたので、和哉達は取り敢えず『ラーンの槍亭』に戻った。


 宿の部屋へは、まだ他のメンバーは戻っていなかった。

 夕食までに時間もある。

 和哉は、いい機会だと思い、早速ナリディアをとっ捕まえようと、自分のベッドに横になった。

ラミア出た――――!!

と思ったら、なんか妙な展開に……

すみません……

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