23.マランバルの休日
コルルクを大量に盗み、食い散らかしていた事実について、デュエルは素直に白状した。
「北カルバス街道に出没してたモンスターが日に日に減って、だんだん仕事も無くなって来たんだ。
俺達は、知ってると思うが、人間の3倍くらい喰う。喰わなきゃ動けねえ。だのに、仕事量が減って、喰いもんを切り詰めざる得ない。……半月くらい前から、俺もディスノも、もう腹が減って限界だった。そんな時、コルルク農家から、夜の鳥小屋の警備の仕事が来た」
我慢の限界だったデュエルとディスノは、警備する筈のコルルクをこっそり喰ってしまった。
最初は10羽程。だが、ばれないと分かると、次には20羽になり、30羽になり……。
和哉達に捕まる直前には、2000羽の養殖場の半分を、二日間で食い尽くした。
「しかし、君達ほどの腕があれば、北レリーアの警備軍でも、傭兵隊員としてそれなりに優遇するだろう? そちらは当たってみなかったのか?」とは、アルベルト卿。
捕まって後ろ手に縛られた格好のまま、ディルさんの農場の地下室の土間に座らされたデュエルは、悲しげに笑った。
「あんた、世間を知らねえな。今時亜人の俺らが、仮にも国軍の予備軍に当たる傭兵隊に入れる訳がねえ」
「そうか……。現在は隣国ウルテアとは、和平がなっているのだな」アルベルト卿は、本来無いはずの顎を撫でた。
「南レリーアの商隊の用心棒なら、いくらか口があったはず」
ジンの言葉に、デュエルは溜息混じりに頷いた。
「ああ。確かに、南レリーアにまで行けばな。そう……、俺とディスノはバカだったんだ。南レリーアにまで戻ったら、なんとかなるって分かってた。けど、
あそこには俺らより腕のいい傭兵がたくさん居る、いい仕事なんて殆ど回って来ないって、思い込んじまった。今になって考えたら、そこまで卑屈になんなくてもよかったんだ。
曲がりなりにも、北カルバス街道で二つ名なんて貰っちまったんだから――」
「金冠のデュエル?」和哉は訊いた。
「そうだ。けどその二つ名が、俺に変なプライドを植え付けた。『南レリーアにまで行って、商家の用心棒なんてチンケな仕事が出来るか』ってな」
「いらねえプライドってやつかぁ」ふうむ、とロバートが唸った。
「そういう事なら、おまえにはカズヤの爪の垢を煎じて飲ませてやるぜ? なにせ、この少年は、レベル上げのためなら何でもするっていう、剛毅な人間だからな」
何を言い出すんだっ、と睨んだ和哉に、ロバートは人の悪い笑みを向けた。
「ともかくも」アルベルト卿が、断罪者の顔で、デュエルを見下ろす。
「コソ泥といえど、罪は罪だ。警備軍の取調べを受け、きっちりと償わねばならぬ」
「え~~と、そのことだけんどよ」
地下室の入り口方向からいきなり声がして、和哉達は驚いてそちらを見た。
ジンの先導で階段を降りて来たのは、この農場の持ち主のディルさんだった。
ディルさんの後ろからは、周辺の、デュエル達に被害を蒙ったコルルク農家の数人が続いていた。
「ま、コルルクを喰われっちまったのは、正直、オラ達も腹立たしいわ。けどよ、聞いたら、窃盗は裁判じゃ10年の禁固刑だってえじゃねえの。しかも、犯人が亜人だと、下手すりゃすぐに死刑だって。
そりゃちっと酷いんじゃねーかって、オラ達話してたんだ」
アルベルト卿は、不思議なものを見るように、ディルさん達農夫を見上げた。
「身を粉にして育て上げた大切なコルルクを何千羽も勝手に喰われて、それでも、このバカ者を許す、と申されるか?」
「んだ」と、ディルさん。
「人間喰われたんだらば、そりゃあオラ達だって生かしちゃおかねえ。けんど、そこのにーちゃんは、腹が減って、つい、コルルクさ喰っちまったんだべ? オラ達にとって、コルルクは確かに売りもんだけどよ、この鳥は繁殖力も旺盛だ、犯人が「もーしねえっ」ってくれたら、まーたすぐに、オラ達はコルルクを元通り、この農場一杯にすんのに、そんなに時間はかかんねえべ」
んだ、んだ、と、後ろの農家仲間の皆さんも頷く。
「それによ」と、ディルさんは続けた。
「北レリーアの警備隊にコソ泥とっ捕まえましたって伝言に行って、伝言が警備兵連れて帰ってくるまで、どー早くっても10日はかかるべ? その間、そのでっかいにーちゃん、喰わして生かしておかにゃなんねーんだべ? そら、オラたちには結構難儀だべ。
こんなこと、とっ捕まえてくれたあんたらに頼むのもどうかと思うんだがなや……」
ディルさん達農家は、大地主も交えて協議の結果、デュエルを自分達で警備兵に引き渡さない代わりに、和哉達に北レリーアまで連れて行って欲しい、と言って来たのだ。
もちろん、ただではない。
神殿に預けていた報奨金プラス、迷惑料としてもう30カラング出すという。
仲間は戸惑っていたが、和哉は思い切って「いいんじゃね?」と了承の声を上げてみた。
「然り、然り」アルベルト卿は、満足気に頷いた。
「少年が、慈悲の心で決定した事柄だ。我らに何の異議もない。そうだな?」
アンデッド・ウォーリアーに念を押されたロバートとジンは、無い、と頷いた。
そうして。
デュエルは和哉達が預かり、北レリーアまで連れて行く羽目になった。
「ありがてぇっ!! ほんとに改心すっからよ、ひとつ下僕ってことで、頼まあっ!!」
実質開放されて、でかいワータイガーが子供のように泣いていた。
が。
四方丸く収まったように見えたのも束の間、やっぱり横槍が入った。
「どーしてっ!! このオオバカワータイガーなんぞと、レリーアまで仲間になんなきゃならないんだわさっ!?」
デュエル達にコケにされたのを決して許していないカタリナが、デュエルが馬車に乗り込むのを全身全霊で拒否した。
「だいたい、あんたは人が良すぎるんだわよっ、カズヤッ!! だからジンにナメクジ喰わされたり、アンデッド・ウォーリアーを喰わされたりっ」
「あっ……、あれは力を得るためで……。お人よしでやってる訳じゃ……」
事実だが、ある意味飛んだとばっちりである。しどろもどろに抗議する和哉に代わり、ロバートがカタリナを宥めに掛かった。
「まあまあ。こいつもきっちり反省してるんだし、カタリナが許せねえってのも分かるけど、ここはひとつ、広い心で頼むよ」
カタリナは、デュエルがレリーアまで同行するのは、不承不承認めた。が、獣臭いから馬車に乗せるのは嫌だと言い張った。
すったもんだの挙句。
デュエルは御者台にずっと乗せることで落着した。
テルルの町を午後に出発すると決め、和哉達は『飛竜亭』に一旦戻った。
昼食は、なんとディルさん達農家のお礼というとで、アルベルト卿待望の、コルルクの丸煮だった。
「ああっ!! これぞ至高の味っ!! 我が懐かしの美味っ!!」
感激するアンデッド・ウォーリアーは、呆れる和哉の分までコルルクを平らげた。お陰で、和哉は『至高の美味』を味わい損ねてしまった。
「ほおらっ。やっぱりカズヤはただのお人よしだわよっ」
出発の馬車の中。コルルクを食べ損ねて悄然としていた和哉に、カタリナは鼻を鳴らした。
「だって、アルベルト卿が、あんまり食べたそうにしてたもんだから……」
「だからって、自分がパンとスープだけで済ますなんて、考えられないだわよっ」
「いやいや、済まなかったな少年」アルベルト卿が、改めて謝ってくれた。
「私の悪い癖でな。好きな食べ物には、どうも見境が無くなってしまう」
「それって、俺らと変わんねーんじゃねえの」御者台のデュエルが、無遠慮にゲタゲタと笑う。
一瞬憮然とした顔をしたアルベルト卿だが、軽く首を振ると、「いや、全くだ」と薄く笑った。
「人も亜人も、夢中になるものには己を忘れる。――ともかくも、次の町で我らは一息入れるとしよう」
「次の町?」訊いた和哉に、ジンが答えた。
「マランバラ」
「どんな町?」
「テルルよりも、いくばくか大きいな」と、アルベルト卿。
「ジン嬢。失礼だが、《マランバラ》ではなく、《マランバル》だ。――そう、マランバルには初心冒険者向きの洞窟がある。そこそこのモンスターの巣にもなっていたと思うので、少年にはよい経験が出来ると思うぞ?」
ダンジョンやお宝探しなんかの経験はまだ無かった和哉は、アルベルト卿の提案に胸が躍った。
「ぜひ、行ってみたいっす!!」
「俺も行ってみるかな?」と、ロバートが乗っかって来た。
「それじゃ、あたしら女の子はショッピングと行こうじゃないかだわよ?」
「おんなのこぉ?」おどけたロバートをカタリナが張り飛ばす。
「コハル……さん、は、その、お兄さんの消息を探すの?」和哉は、皆の意見を黙って聞いていた忍者娘に尋ねた。
ロッテルハイム邸で消息を絶ったと思われるコハルの兄のコタロウだが、アルベルト卿の力を借りても、コタロウがロッテルハイム邸にいる『気配』は無かった。
「邸内外で亡くなっていれば、身体が残っておればゾンビかワイトに、魂魄だけならゴーストかレイスになって彷徨っておる筈だが……。それらしい者を、私は知らぬしな」
ロッテルハイム邸の主で、アンデッドの最上位のスペクターあるアルベルト卿が知らないのなら、コタロウは生きて、邸を出たのだろう。
だが、その後何ゆえ、主家イチヤナギにすら連絡を絶っているのか。
「考えられるのは、邸に張り込んでいた何者かによって、拉致されたか……。私にも、不本意ながらその辺りに少々心当たりがある」
「ロッテルダム邸で、良からぬ事をやっていた連中がいるってか?」
ロバートの指摘に、アルベルト卿が頷く。
「そやつらの顔、テルルでは見掛けなかった。邸からそんな遠くない町に居るのは確かだ。とすれば、次の町のマランバル」
「ってことは、俺らはそれぞれ、初心冒険者の訓練と、コハルの兄貴の捜索と、女子組は買い物? ……いっそがしい休日だな」
「だが、得るものは大きいと、私は踏んでいるがな」
何やら意味深な笑みを、アルベルト卿は和哉に向けて来た。
******
テルルからマランバルまでは、徒歩で3日。しかし、疲れ知らずのアンデッド・ホースの馬車は、一昼夜で着いてしまった。
カタリナの大反対でワゴンの中には入れないデュエルは、器用に御者台で眠り、今まで御者代わりで大変な思いをしていたロバートは、ワゴンでいびきを掻いて皆の不評を買っていた。
マランバルは、テルルと同様、草原の中に高い外壁を巡らせた、典型的な城郭都市だった。
ただ、中は、アルベルト卿の言った通り、テルルの3、4倍もありそうな、大きな街だ。
外壁の上には歩哨の通路があり、ところどころに、町の警備隊の隊員だろう、歩哨が立っている。
「テルルは外壁も低かったし、歩哨も、門番しか居なかったもんなあ」
例によって町の近くで馬車を隠し、和哉達は徒歩で町へと入る。
午前中のマランバルの町並みは、市場でごった返していた。
店舗を構えた店の前にまたテントを張り出し、ありとあらゆる品物を、木製台や籐籠の上に山積みにしている。
カタリナ達女性陣が目当てにしていた、飾り物や服、靴などもある。
「ここのこの色!! いいんでないかえ?」一軒の、比較的大きな屋台店舗の、梁から吊るした見事なドレスに、カタリナが食いついた。
「ええ。すっごく綺麗ですねっ」と、コハル。
「そう言えば、コハルはずっとその衣装なのかえ?」
カタリナは、枯葉色の、頭まですっぽりと覆ったコハルの、オオミジマの忍者の格好をしげしげと見た。
「こちらではその衣装、却って目立つんじゃないのかい?」
「あ……、はい。でも、他に、こちらの衣装を買うお金も、私は持たされておりませんでしたので……」
あくまで兄コタロウを迎えに来ることが仕事であったため、長期にアデレック大陸に滞在する積もりではなかった、と、コハルは言う。
「ふむ」アルベルト卿が唸った。
「コハル嬢は、これから兄上探しと、神器の守役とをこなさねばならぬ身。アデレック大陸にも長期に滞在することとなる。ならば、こちらの女性武人風に身なりを整える必要もあろう。それと、私の見たところ、その忍者の装備は必要最低限ではないのか?」
コハルが頷くと、アルベルト卿が更なる助言をして来た。
「装備を強化したほうがよかろう。これから先、我らと行動を共にするなら、多少危険な目にも遭うであろうしな。その折、戦力にならぬでは、コハル嬢も心苦しかろう」
「あーなら、いっそ俺達全員装備を一新しますか?」ロバートの言葉に、和哉とジンが「賛成」と手を上げた。
和哉達は、当初の予定を変更し、女子部の買い物に付き合いつつ、防具と武器を整えることにした。
武器屋と防具屋も露天で出ていたが、一行は、街で一番大きい武器防具店に入った。
そこで、和哉はサンドウォームの皮の鎧と篭手、膝当てを買った。
ロバートはリザードの皮の鎧と篭手を、アルベルト卿は銅の腕輪を買った。
「アンデッド・ウォーリアーが銅の腕輪って、何の効果があるんすか?」
小声での和哉の疑問に、アルベルト卿はにっ、と、意味深に笑った。
「不死の身とはいえ、弱点はある。この腕輪は、少年の手に渡ってしまった剣の代わりだ」
腕輪に付いていた説明書を、卿は和哉に見せた。
「『魔法具・炎系魔法半減』……」
なるほど、と、和哉は納得する。
女性陣は、カタリナは魔力がアップする指輪を、ジンは力が上がるミスリルの腕輪を買った。
「たっけぇぞっ、これ?」ジンの腕輪に、支払いの時、ロバートが目を剥いた。
「20カラングもするぜ」
ディルさん達から貰った迷惑料を、ほぼ使ってしまう金額である。だが、ジンは何時にも増しての無表情で言った。
「『追加効果』もあるから、それくらいは当たり前」
『追加効果』ってなんだ? と、和哉とロバートはミスリルの腕輪の説明書を見た。そこには、『カウンター時雷撃』と書かれていた。
「……抜け目ない」思わず漏れてしまった和哉の感想に、ジンは剛毅な笑みを返す。
最近は、ドSなだけではなくて、物凄く男前な性格だとも、和哉は思っている。
で、肝心のコハルは、ダーマスク鋼合金の胸当てと篭手、火トカゲのバックスキンのマント、同じく火トカゲのバックスキンのブーツを買った。
武器は、ロバートがミスリルとダーマスク鋼の合金のバスタードソードを、コハルは一角熊の牙から作られたショートソードを購入した。
全員の買い物全ての金額は、40カラング。
結構な金額になったが、アルベルト卿の持ち金と、和哉達がこれまで働いた金額で、十分に払えた。
元々の武器や防具は、旅人の迷彩柄外套を除いて、殆どを持ち物倉庫へ放り込んだ。
和哉は当初から無意識にやっていたのだが、持ち物倉庫は、異界からの移住者が全員ナリディアから贈られた、無尽蔵の大きさを誇る倉庫だった。
「ゲームで、どんなにモノ持ってても、手が一杯にならないアレだ」
にやっ、と笑ったロバートに、和哉はなるほど、と納得した。
持ち物倉庫を持っている和哉達3人に他のメンバーは少し驚いた様子だったが、じき、便利だということで自分達のものまで預けて来た。
「兄貴らは、ほんとに凄いな」デュエルまでが、にこにこ顔で自分の買い物を預けに来る。
「いいけど。預けた物を定期的にチェックしろよ。俺もカズヤも、おまえらの持ち物番じゃねえんだぞ」
冗談半分で言ったロバートに、デュエルは「へいへい」と頭を掻いた。
装備の調達が終わると、一行は女性組と男組に分かれた。
財務省のロバートからある程度の金額を受け取ったカタリナが、若い二人を引っ張って、本格的にファッション漁りに繰り出す。
合流場所は、今夜の宿と決めた『ラーンの槍亭』である。
ジンの、ステンレスシルバーの髪が背に揺れる姿を見送って、和哉はアルベルト卿に従って歩き出した。
「こちらの行き先は、洞窟の管理組合だ」
あああ、また変な仲間が増えました・・・




