22.コソ泥と剣士
窃盗が出るのは夜と相場が決まっている、らしい。
和哉達は、リリディアの神官からコルルクの飼育をしている農家の場所を聞いた。
あちこちの農家がモンスター被害に遭い、残っているのは、テルルの町の南西の、ディルさんの農場とムンさんの農場だけだという。
「どちらも中規模なコルルク農家です。飼育している鳥は1500羽程。それを殺されれば、もうテルルの町にはコルルクは居なくなります」
今は町への出荷は抑え、親鳥をひたすら匿っている状態だという。
和哉達は、夜讐に備えて道具屋でテントをひと張り買った。
農場には入らず、見える位置で夜警する積りだ。
「あの二人組は、農家に泊まり込んだみたいだな」様子を見に行ったロバートが、テントに戻って来て農場がどうなっているかを説明してくれた。
「コルルクは、夜はかたまって寝る習性があるから、小屋に入れて、厳重に周りに柵を巡らせてるみたいだ。農家の若いの二人と、さっきの傭兵のうちどっちか一人が、交代で夜通し番をするようだ」
「なら、こちらが先に賊を捕まえられる隙がありませんね……」コハルが困った顔をする。
あいつらが先に窃盗を捕まえたら、あいつらはコハルとジンをいいようにする。
そう、ワ―ウルフは宣言した。
コハルは、その辺が引っ掛かっているようだ。
が、レベル120の神官戦士が、220はあるとしても、簡単にモンスター傭兵に屈してしまうとは考えにくい。
更に言えば、そんな事態になれば、間違いなくアルベルト卿も和哉も、二人に加勢する。
万が一にも、傭兵側に勝ち目は無い気がする。
「隙が無い訳じゃないな」コハルの不安と、和哉のいきがりを払拭するように、ロバートが冷静に言った。
「農場の広い敷地の周囲の何処から賊が来るか。3人だけじゃあカバーしきれねえだろ」
「然り」アルベルト卿がこっくりと頷く。
「いくら夜目の利くモンスターと言えど、敷地の全てを一度に見渡すのは不可。対して、こちらは……」と、和哉達の人数を目で数える。
「……ま、これだけ居れば、1人100mとしても、あやつらの間を埋めるのは容易いだろう」
「……なんか、怪しげ」思わず呟いた和哉の肩を、カタリナがばちっ、と叩いた。
「あいつらになんか、負けるわけにはいかないんだわさっ」
まだ女扱いされなかったことを怒っているようだった。
出掛けに『飛竜亭』でケータリングして貰った夕食を焚火で温め直して食べると、まずは男連中が農場の周囲に出た。
夏ではあるが、サーベイヤは北部の国である。夜はどうしても薄手の外套が一枚必要になる。
和哉もロバートも、旅人が身に着けている迷彩色の外套を羽織った。
温度湿度は無関係のアンデッドのアルベルト卿は、貴族の遠乗り乗馬スタイルそのままで、和哉達の後に続く。
ただ一点違うのは、今夜は剣ではなく本来の武器の槍を持っている。
「どうして、今夜は槍なんすか?」
和哉の問いに、アルベルト卿は、さも重大発表のように、こほん、とひとつ咳払いをした。
「賊は、跳躍が得意な連中だからな。槍のほうが有利だ」
「跳躍って……。まだ、誰がコルルクを盗んでるのか分かんないのに?」
「凡その見当だが。あの二人組のモンスター傭兵だろう」
「えっ、どうして……?」和哉は、アルベルト卿の推察に驚く。
「神官に、窃盗の情報を自分達にだけ流せと、しつこく言っていた。逆に言えば、他の討伐参加組に、窃盗の特徴や手口を知らせたくない、という意味に取れる。それは、自分達の犯行を隠蔽したいがため、と私は看た」
「それで、あいつらだってか」後ろから、反対側を、連中に気付かれないよう覗いて来たロバートが、和哉達に追い付いて来た。
「確かに、卿の見方にも一理ありだな。奴ら、神官さんに念押しするのが、しつこ過ぎだった」
「けど、それだけじゃあ、賊と決めるのは……」
ふむ、と、アルベルト卿は唸る。
「ならば、ロバートはもう一度、農場の見張りの若い衆を探しに行ってくれ。私と少年は、淑女たちの待つテントへ帰るとしよう」
おいおい、俺だけ貧乏くじかよ、とぼやくロバートを置いて、アルベルト卿は和哉を促すと、さっさとテントへと引き上げた。
引き返す道は、さほど遠くは無い。
夏草のにおいが夜風に混じる中を歩くこと数分。
突然、目指す方向から、武器の競り合う音がした。
「あれっ!?」と和哉が叫んだのと同時に、アルベルト卿が走り出した。
追う和哉とアルベルト卿が、ジン達が待つテントに着いた時。
アルベルト卿が予想していた通り、例のモンスター傭兵がそこにいた。
ジンは光の神聖魔法で自分の周囲に明かりを浮かべ、また相手に密着させるように同じ光玉を放っている。
両手の鞭を長く伸ばし、ワ―タイガーとワ―ウルフを牽制している。
ワ―タイガーのデュエルは、桁外れにでかいバトルアックスを構え、ジンを睨み付けていた。
「おうおう嬢ちゃん、中々やるじゃねえか。でもよ、俺ら二人相手じゃあ、おまえじゃあちっと荷が重いぜ?」
「さっさと、その危ないもんは仕舞いな」ワ―ウルフが言った。
こちらは、幅広のバスタードソードを左手に持ち、にやにやと笑っていた。
ジンの後ろでは、コハルも手裏剣と忍者刀を構えている。
カタリナは、相手に聞こえないようにぶつぶつと長い呪文を詠唱していた。
2対3の睨み合いに参戦しようと動いた和哉を、だがアルベルト卿が止めた。
「えっ、だって、あのままじゃあ……」
「君は、ジン嬢が、あの二人に負けると思うかね?」
和哉は唸った。
確かにジンは、女の子としては腕力もある。ミスリル鞭の技など、男でも敵わないだろう程に上手い。
だが、やはり女子は女子だ。
ワ―タイガーやワ―ウルフのような、体力自慢のモンスターを、しかも同時に2体相手となると、やはり難しいのではないか?
しかし、アルベルト卿は「動くな」という。
ジン達の危機を前にして、一体何考えてんだ、このオッサン、と、和哉はむっとする。
アルベルト卿の制止など無視して助っ人に入ろうと、和哉が一歩前へ出た時。
ぶわあっ、と何かが空から降って来た。
黒っぽい物体は、完全に和哉目掛けて飛んで来ている。夜でもあり、初めはそれが何か、和哉は判別出来なかった。
どうしたのか? と目を丸くした次の瞬間。喉元に怜悧な刃物が付き当てられ、漸く自分がどうなったのか分かった。
「おおっと、動くなよ兄ちゃん。俺はデュエルほど力持ちじゃねえんでなぁ、動かれると、うっかりこの剣でおまえの喉をプツッと突いちまう」
ワ―ウルフは、獣臭い息を和哉の耳に吐き掛けながら、クククッ、と笑った。
「神官戦士の嬢ちゃんよぉ、仲間の兄ちゃんを殺されたくなかったら、大人しくその両手の危ないおもちゃを、外しな」
ジンが、うっかり捕まった和哉を、無表情で見ているのが見えた。
和哉は、自分の愚かさに、今更ながら恥ずかしさと怒りを覚えた。
こうなることが予測出来たから、アルベルト卿は「動くな」と言ったのだ。
で、ワ―ウルフが『跳躍』するのを和哉より先に察知したアルベルト卿は、アンデッドの身を利用して、上手く闇に隠れ難を逃れている。
「飛んで火に入る夏の虫、だったな、兄ちゃん。お嬢ちゃん達を助けに来たんだろうが、これじゃあ却って、足手まといってやつだな」
うるせえっ、と、和哉は内心で悪態をついた。
しかし、喉元に刃がある状態では、どうあってもワ―ウルフの腕からは逃げられそうにない。
ジンが、両腕からミスリル鞭をゆっくりと外す。
デュエルが、素早くジンの後ろに回り、コハルに襲い掛かった。
「えいっ!!」コハルは、それでも、傭兵が自分達に近付かないよう忍刀を振り回す。
デュエルは、いかにもひ弱そうなコハルの剣を、笑いながら躱す。
「はっはあっ!! それじゃあ、当たらねえなあ、嬢ちゃんっ!!」
楽しげに、デュエルが下卑た顔をコハルに近付けたその時。
ぼんっ!! という破裂音がして、デュエルの背中に火が付いた。
「うっおっ!?」
「なんだあっ!?」
火はたちまち、ワ―タイガーの革の胸当てとアックスのベルトを燃やす。その頃になって、やっと熱さが分かったワ―タイガーが、慌てて地面に転がった。
「うわあっちちちっ!!!」
「ざまあごらんだわよっ!!」唱えていた魔法を発動させ、相手に火を付けたカタリナは、すっきりした、という顔で、草むらに転げる賊を見下ろす。
「あたしを小バカにした報いさねっ!! もっと熱がりなっ!!」
「てめえっ!!」ワ―ウルフが、和哉の襟を掴んだ手に力を入れた。
「小賢しい真似しやがって、このババアっ!! 仲間がどうなってもいいのかっ!?」
「だぁれがっ、ババアだってっ!?」カタリナが、大声で噛み付く。
振り向いた魔女の手が、和哉に暗号を送っているのに気が付いた。
『合図したら、思いっ切り沈め』
誰が何をするのか、和哉には分からなかった。
首を抑えられたこの格好で、どうやって思いっ切り沈むのか?
そこでふと、和哉はこの外套には右脇に釦が付いているのを思い出した。
和哉は、強い力で引っ張られ、苦しい体制ながら、そっと右手を首元に持っていく。
「苦しいか?」勘違いしたワ―ウルフが、楽しそうに和哉に囁いた。
「焦らなくっても、今、ミンチにしてやるからな――」
カタリナの手が、『沈めっ』と小さく振られた。和哉は、上げた右手で外套の釦を引き千切り、自分の首を賊の手から解放する。
枷が外れ前のめりに倒れる和哉に驚くワ―ウルフの首が、夜の闇に飛んだ。
一瞬の出来事だった。
ドサッ、と草地にうつ伏せた和哉とは反対側に、ワ―ウルフは仰向けに倒れる。
やっとのことで背中の火事を消したデュエルは、相棒が倒されたのに気が付き、飛び上がった。
「なっ……、なにしやがったっ!?」
「俺が、相棒の首をすっ飛ばしただけだ」
大剣を肩に担いだロバートが、倒れたワーウルフの身体をまたいで、闇からぬっ、と現れた。
デュエルがぎょっとした顔をする。和哉も、不覚にもびっくりして小さく「きゃっ」と悲鳴を上げてしまった。
「やっぱりてめーらが、コソ泥してやがったんだな?」
「なっ、なんのことだ?」
ロバートの指摘に、デュエルの目が泳ぐ。
分かり易い奴だな、と、和哉は内心で呆れた。
「ディルさんとこの若い衆に、さっきおまえらの荷物をこっそり見て貰ったんだ。そしたら、ハンパじゃねえコルルクの羽が、枕カバーに押し込まれてた。おまえら、盗んで食ったコルルクの羽を、他の町で売り捌いてたんだろが?」
ロバートが、いつの間にそこまで見に行ってたんだろう?
和哉は、そこで漸く、アルベルト卿とロバートが、最初から傭兵達を疑って動いていたのに気が付いた。
先程、テントに戻る時も、アルベルト卿はわざとロバートを農場の確認に残した。
がそれは、若い衆に傭兵の荷物をこっそり見せて貰うためだったのだ。
「……ずっりい」殺されるかと、背筋に大量の冷や汗を掻いた和哉は、二人のやり方に些か拗ねる。
ロバートが、にやっ、と笑った。
「ま、怒るな少年。『敵を欺くには、まず味方から』って、日本じゃ言うんだろ?」
程なくして、アルベルト卿がテントの傍に現れた。手には、ロバートが言っていた、モンスター傭兵達の荷物と枕カバーが握られている。
「コルルクは、大変有益な鳥である。身は食料としては美味であるし、羽も、淑女の華麗なるドレスを飾るに相応しい。それに目を付け、更に、自分達の食欲を満たさんと悪事を重ねたのは、サーベイヤの正騎士として見過ごしには出来ぬ。
――おまえは、明日の朝、北レリーアの駐屯軍に引き渡す手続をする。それまでは、農場の地下室に監禁だ」
背中に火傷を負ったデュエルは、草の上に座ったまま、がっくりと項垂れた。
大きな背を丸め、まるで悪戯を叱られた猫のように大人しくなったのに、和哉はほっとすると同時に、なんとはなしに哀れを感じた。
テルルでの話は、これでひと段落、の筈です。
・・・って言いながら、気分次第筆次第なのが、自分でも怖い・・・




