21.争奪戦
コルルクの窃盗事件については、町の神殿が情報を持っている、と店主が教えてくれた。
では退治の詳細を訊きに、と皆が宿屋の外へと出掛かった時。
「我らは昼食をまだ採っていないぞ。戦前には腹拵え、は戦士の嗜みだ」
アルベルト卿が、食事をすることを主張した。
アンデッドのアルベルト卿に言われるのはどうかと思うが、確かに、朝から馬車に揺られ通しだったその他の《生身の人間》は、結構腹が減っていた。
店主に、コルルク料理の次に人気の料理を頼み、全員席に着く。
昼の食堂はまだ開店前だった『飛竜亭』だが、上客のためにと、店主は笑顔で準備してくれた。
「お待たせしました。こちらが、ナデシコのフライとメレンゲのスープです」
食材の名を聞いて、和哉は「えっ」と目を丸くする。
ナデシコ、とは、和哉の故郷では、武道やスポーツで功績を上げた女性のことだ。
本当は花の名で、先人がしとやかでも芯の強い日本女性の様子を『大和撫子』と称したことが切っ掛けである。
しかし、花の撫子も、その名を拝した女性達のナデシコも、食べ物ではない。
この世界のナデシコとは、なんなのか……?
大きめの木のプレートに乗せられ眼前に置かれた木皿の上の、揚げ物らしき物体を和哉はじっと見詰める。
まさか、人肉じゃないよな? と、和哉はぞっとする。
これまで色々なモンスターを《たべ》させられて来たせいか、どうしても妙な想像をしてしまう。
手をつけない和哉に、アルベルト卿が声を掛けた。
「少年、もしかして、ナデシコも知らぬのか?」
「あ? えっと……、は、はい……」
「ふむ」と、アルベルト卿は、本当ならばそこには骨しかないはずの顎を撫でた。
「ナデシコ、は、ええと……、ブタ、は知っておるか? あ、知っておるか。うむ、ブタの親類のような生き物だ。農家ではよく飼っておる」
「生育が早く、手間もかからない。主に自家用だが、肉質も軟らかいので市場に出してもよく売れる」と、ジンの付け足しが入った。
要するに、ナデシコとは、こちらでは小型のブタのこと。
所変われば品変わる、の典型だった。
「じゃ、じゃあ、メレンゲは……?」
ついでとばかり、スープの具材も訊いてみる。
メレンゲは、地球では、卵白を泡立てたものだ。それ自体に味は無い。
ジンの答えは、地球とおんなじ、卵白を泡立てたものだった。
つまり。
ナデシコのフライは、和哉にとってはトンカツで、メレンゲのスープは、野菜と卵白の中華風スープだった。
「ふむ。これはこれで中々いけるな」
どこへどう入ったのか。
アンデッドのアルベルト卿は、フライを二皿、スープを三皿お代りして、《生身の人間》以上に昼食をたらふく食べた。
元が骸骨なだけに、身体の何処からか入ったモノが出て来たら困る、と、はらはらしていた和哉だが、そんな心配は無用だったようだ。
胃袋は、異次元にでもおいてあるのか?
それにしても、結構むちゃくちゃな設定だな、と、和哉は密かにナリディアのキャラメイクにいちゃもんを入れた。
昼食を済ませた和哉達は、当初の予定通り、教会へと向かった。
教会は、大概どこの村や町でも東西南北の外れにある。
ジンによれば、町中にばかり人が住んでいる訳ではないからだ、という。
村や町の区切りから外へ出れば、確かにモンスターと遭遇する確率は上がるが、それでも、畑や牧畜は、村の中ばかりでは出来ない。
村からはみ出して住む農民のために、教会は町や村の外に向かって出入り口を開けているのだ。
「それでも、都市になればいくつもの教会があるので、本殿は街の中央にあるのが普通だけど」
ジンはそう言いながら、町外れの教会の玄関を押した。
と。
中には先客が居た。
******
「だからよっ、神官さん、モンスターの情報はっ、他の連中には言わねえで、俺らにだけ教えろってのよ」
傭兵か冒険者のようだが、とにかく柄の悪い二人組だった。
神官にしつこく話し掛けている男は、ゆうに2mは越えていそうな大柄で、黄色っぽいばさばさの金髪を背中の真ん中辺りまで伸ばしている。
袖なしの黒革のベストから出ている二の腕は、大人の女性のウエスト程もありそうだ。
力自慢の闘い方に相応しい、金色の巨大なバトルアックスを、ベルトで背中に吊っている。
もう一人は、相棒よりは小柄だが、それでも筋肉隆々なのには変わりはない。
こちらもぱさついた、黒と銀色が混ざった不思議な色の髪を、長く背に流している。
しつこい二人を追い払おうと、神官は首を横に振り続けていたが、和哉達が入って来たのに気が付くと、渡りに船とばかりに、足早に近づいて来た。
「あなた方も、コルルク窃盗のモンスターの討伐をご希望ですか?」
「うっ……、ああ、はい。宿屋で聞きまして――」
肯定したロバートのすぐ後ろに、先程の真っ黄色の頭の男が、怒りの表情で立った。
「おいこらっ!! コルルク窃盗モンスター退治は、俺らの仕事だっ!! 力もねぇくせに、勝手に横から入ってくんなっ!!」
あんたも勝手に教えるなっ、と吠えた大男を、若い神官は気丈に睨み上げた。
「情報はどなたにも公平にお知らせします。それが、星天使リリディア様の神官の役目ですから」
「情報を聞いた早い者順じゃねえのかよっ!?」
「退治して下さった方皆様に、報酬はきちんとお分けします」
「おいっ、おまえらっ!!」黄色頭が、和哉達を睨んだ。
金色の目が、ぐるりと和哉達を一巡したあと、ぴたっ、と和哉の目の上で止まる。
これは肉食獣の目だな、などと、和哉は冷静に相手の視線を受け止めていた。
いや、肉食獣、ではなく、肉食モンスターかもしれない。
今までの経験が功を奏したのか、これ程の圧力のある相手に睨まれても、不思議と怖いとは思わなかった。
それだけ自分のレベルが上がった、ということだろう。
人間相手ではレベルは読めない。が、万が一、相手がモンスターなら読める。和哉は試しに男達のレベルを読んでみた。
すると。
《ワ―タイガー レベル220》
《ワ―ウルフ レベル200》
――この人達、人間じゃないんだ。
ワ―タイガーもワ―ウルフも、かなり知能の高いモンスターである。
が、傭兵をやっている、などというのは、ゲームでもあまり見たことがない。
いや、和哉が知らないだけなのか。
ぼうっ、と目を見返していた和哉をどう思ったのか、ワ―タイガーの男がずいっ、と一歩、近付いて来た。
「俺らが絶対にコソ泥を捕まえるっ。いくら話を聞いたからって、勝手に手ぇ出すんじゃねえぞ」
「それは」アルベルト卿が、胸をそびやかした。
「モンスター傭兵ごときに言われる筋合いではない」
やっぱりアンデッド。
モンスターはモンスターが分かるらしい。
が、ワ―タイガーのほうは、アルベルト卿がアンデッドだとは気が付いていないようだ。
「なっ……、なんでっ、俺らの……?」
「それだけモンスター臭ければ、すぐに知れるというものだ。――言っておくが、こちらは貴様達より余程腕の立つ剣士魔術師が揃っている。指図をするのは勝手だが、盗賊退治の邪魔は、貴様達のほうがするでない。よいな」
「なっ、なんだとおっ!?」大男は、金色の目を、落っこちそうなほどにひん剥いて、怒鳴った。
「てめえっ!! 誰にモノを言ってやがるっ!! 《金冠のデュエル》っつったら、レリーア辺りじゃ名の知れた傭兵だぜっ!! おまえらみたいなポッと出にバカにされるような俺様じゃねぇっ!!」
「ほう、それは失礼。生憎私は、長く旅に出ていたのでな。それに、元近衛軍槍騎士隊なので、王都周辺での武功の者は知っているが、辺境までは疎くてな」
完全にワ―タイガー・金冠のデュエルを見下した言い方に、デュエルが頭に来て、背のバトルアックスを下ろした。
「もー聞き捨てならねぇっ!! やいっ、元正騎士か槍騎士か知らねえが、どっちが本当に強えか、ここで勝負しろいっ!!」
「バカ者が」アルベルト卿が、冷やかに言った。
「神聖なる教会で武器を振り回すなど。……これだから、田舎の傭兵は」
「こンのやろーっ!!!」
デュエルがアックスを振り被る。が、武器はアルベルト卿へと届く前に、別な太い腕に抑えられた。
「止めとけってデュエル。そっちの人の言う通り、ここは教会だ。ここん中で騒動を起こしちゃあ、俺らの今後に支障が出る」
ワ―ウルフの男は、相棒とは真逆に、至って冷静だった。
済まないな、と一言謝ると、まだワウワウ喚いている相棒を引っ張って、教会を出ようとした。
「ああ、でも」と、ワ―ウルフは、相棒のデュエルを外へ追い出してから、和哉達を振り返った。
「もし、本当に俺達のほうが早く窃盗野郎を捕まえたなら、悪いが賞金は俺達が全部貰うぜ?」
銀の目を狡猾に光らせたワ―ウルフに、ジンが、
「好きにすればいい。――本当に出来れば、だけど」と、無表情で言い返す。
あれ? 怒ってるのかなジン、と和哉は少々ビビる。
ワ―ウルフは、ジンの実力など知る由もないので、彼女の言葉を虚勢と受け取ったらしい。
「威勢のいいお嬢ちゃんだ。約束、忘れるな。――そうだな。それと、それだけ大口を叩いたんだ、俺達に負けた時は、そっちのお嬢ちゃん二人に、俺達の夜のお相手もして貰おうか」
ククク、と野卑に笑う男に、アルベルト卿はいかにも汚いものでも見るような顔付きで、返した。
「淑女に向かって何たる口の利きようかっ。そのような不届きな約束は出来ぬっ」
「そーかいそーかい。じゃあ、何が何でも俺達が先に賊をとっ捕まえて、ついでにあんたらも伸して、女は奪うことにするか」
そっちのほうが楽しみかもな、と、いかにもモンスターらしい物騒な台詞を残して、ワ―ウルフは神殿の扉を閉めた。
束の間、出で行った連中の背を見送った後。
「……ふざけた輩だ。あんな連中に、我らが先を越されては、末代までの恥である」
末代って、と、和哉は呆れる。
既に死人のアルベルト卿に、《末代》が存在するのかどうか?
和哉とおんなじ事を考えていた人物が、憤慨した様子で喚いた。
「アンデッドの末代なんて、知りゃしないだわよっ!! それよりっ、なんなのよあいつらっ!! ジンとコハルだけが女みたいな言い方しくさってっ!!!
あたしの方が、よっぽどいい女に決まってるでしょうがっ!!!!」
礼拝堂に響き渡るカタリナの怒りの大音響に、和哉もロバートも、アルベルト卿さえも、慰める言葉が思い浮かばなかった。
妙な二人組、登場。




