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20.食べ物の恨みは恐ろしい

 アンデッド・ホースの四頭立て馬車は街道を順調に進み、昼過ぎにはテルル近郊に着いてしまった。

 町の門の数メートル手前の藪の側で御者台から降りたロバートは、馬車(キャリッジ)のドアを開けてアルベルト卿に訊く。


「なあ、馬車を町には入れられないぜ? 駅に預ければ、こいつらがアンデッドだってのはすぐにバレる」


「ああ、そのことならば心配は要らぬ」アルベルト卿は、何か企んでいる顔でにやっと笑うと、和哉達を振り返った。


「済まんな。馬車での旅はここまでだ。町には、ここから歩いて入るとしよう」


 和哉とコハル、ジンは、アンデッド・ホースを森に隠すためにそうするのかと、アルベルト卿の言葉に従って馬車を降りる。


 カタリナだけは、「歩くのは面倒臭いんだわさ」と、ぶつくさと文句を言いながら、まだずるずると客車の後部に居座っていた。


「いつまでもそこで頑張ってると、馬と一緒に森の中に置いてくぞ?」ロバートの冗談に、アルベルト卿が「とんでもない」と目を剥いた。


「私は、馬と馬車をここへ置き去りにはせん。ただ、町に連れて入っても誰にも気付かれないように、アンデッド特有の魔術を施すだけだ」


「って? どーするんすか?」見当も付かない和哉の問いに、アンデッド・ウォーリア―は「端的に言えば、極小化するのだ」と、胸を張って答えた。


「姿を消す、というやり方もあるが、それだと、気配に鋭い剣士などに気付かれてしまう。それより、私の所有の印をつけコインなどに変化させ極小化し、私が持っているほうが気配も消え易い」


「それって……、一緒に乗ってる人間も、コイン型にされちゃう?」


 ひょっとして、と、恐々尋ねた和哉に、アルベルト卿は「まさか」と笑った。


「魂だけのアンデッドは、術で姿をいくらでも変化させられるが、生身の人間は肉体が邪魔をして、魔法使いでも変化させるにはかなりな制約がつく。もし、カタリナ嬢が潰れる馬車に乗ったままならば――」


 わざと言葉を切ったアルベルト卿に、和哉もコハルも、そしてカタリナ本人も、思わず固唾を飲んだ。

 十分焦らした、と思ったらしいアルベルト卿が、得意気にオチを言おうとした時。


「状態変化に耐えられない生身は、押し潰されて粉々になる」


 無表情のジンが、答えを言った。

 ぎゃああっ!! という、大音響の絶叫を発し、カタリナが馬車から飛び降りる。

 その傍らで、オチを取られたアルベルト卿が、ジンのブロンズの美貌を恨めしそうに睨んでいた。


「折角、楽しみにしていたものを……」


「人を脅かすのが趣味なら、あまりいい趣味とは言えない」


 抑揚のないジンの窘めに、ロバートが吹き出した。


「とっ……、とにかく、馬車のことは分かった。カタリナも降りたことだし、片付けてくれていいぜ」


 仏頂面のままアルベルト卿は馬車と馬を、一瞬でコインにして懐に仕舞い込んだ。


******


 テルルの町までは、馬車を降りたところからは10分も掛からなかった。

 町は、最初に和哉が居た村よりは数倍は大きかった。

 そして、街並みもきちんと整備されていた。

『最初の村』のメイン・ストリートは、村の入り口の門から教会までの道だが、簡単に小石が撒かれている程度の、大雑把なものだった。

 それに比べ、テルルの町の道は、きちんとレンガが敷き詰められて、歩き易いようになっている。


「やっぱ、町ってでかいんだ……」素朴な感想を漏らした和哉に、カタリナが口を尖らせた。


「当たり前だわよ。カズヤは今まで、どんな所に住んでたのよ?」


 どんな所、と言われても。

 地球のことならば、こんな田舎臭い舗装など、何処にもなかった。

 一部の観光地では、わざとこういったレンガ風の道路舗装をして、客を楽しませているところもあったが、日本の首都近郊の街の一般の生活道路は、ほぼ100%、取り敢えず車にも歩行者にも利便の良いアスファルト舗装だった。

 尤も、異世界の人間に『アスファルト舗装道路は無いのか?』と問うたところで、多分、首を捻られてしまうだろうが。


 カタリナは異世界(ここ)の住人ではないが、地球人でもない。

 言っても分からないだろうと思い、和哉は「もうちょっと、田舎」と答えた。


「じゃあ、テルルでも都会に思えるだろうわよね」


 真に受けたかどうかは怪しいが。カタリナはにっ、と、赤い口を釣り上げて和哉を見た。


 整備されたレンガ道を歩き、和哉達は、まず泊まり客の具合をみようと、アルベルト卿が言っていた『飛竜亭』へと向かった。


「何泊かしたいのだが、部屋はあるか?」


 昼の書き入れに合わせ忙しく準備をしている店主に、アルベルト卿はのんびりと声を掛けた。

 この忙しいのに、と、眉間に皺を寄せた店主は、しかし、アルベルト卿を見るなり、ぱっ、と笑顔になった。


「これはこれは。騎士様の御一行でございますか? はい、部屋はございます。スイートですと、お一人様ご一泊30テリングでございます」


「ぼったくりかあ?」と、ロバートが隣の和哉にだけ聞こえる小声で言った。


 同感、と頷いた和哉だったが、アルベルト卿の返事に目を剥いた。


「それでよい」


「ちょっ……、騎士さまよ」ロバートが、慌ててアルベルト卿の腕を引っ張った。


「スイートなんて、俺らの予算じゃムリだってっ。頼むから、フツ―の、6人部屋かなんかにしてくれねー?」


 一介の冒険者剣士ロバート提案に、だがアンデッド・ナイトはムッとする。


「何を言う。婦人も居るのだぞ? 2部屋続きのスイートでなければ、レディに失礼であろうが」


「だからっ、金が……」


「金ならある」大きく胸を反らすと、アルベルト卿は懐から硬貨の袋を取り出した。


 何やら揉め出した客に、不審な目を向けていた店主の前へ、アルベルト卿は袋を突き出す。


「この中に、10カラング金貨が10枚入っておる。それで、この人数何泊可能だ?」


「ごっ、50日は……」ごっくん、と、店主が唾を飲み下すのが分かった。


「では、この袋を店主に預けよう。我らが出立する時に、費用を引いて返してくれればよい。その代わり、袋をくすねようとしたり、管理を怠り盗まれたなどということが起きた場合は……」


 アルベルト卿は、ずいっ、と店主に顔を近付ける。和哉の立っている位置からでは僅かしか見えなかったが、一瞬だけ、アンデッドの顔に戻っていた。

 青白く、頭蓋骨が透けた容貌を見せられて、店主はヒッ、と悲鳴を上げる。


「朝起きた時には、お主の首がいずこかへ消え去っていると思え」


 店主は、太った首を高速で縦に振った。

 アルベルト卿は満足気に頷くと、震える店主の両手の上へ、自分の金袋をぽんっ、と乗せた。


「では早速。夕食にはコルルクの丸煮を出してくれ」


「コ……、コルルクの、丸煮?」オウム返しに訊き返す店主。


「そうだが?」アルベルト卿は、不思議そうに首を傾げた。


「珍しい料理ではあるまい?」


「ああ――、はい。ですが……。今は、コルルクは料理しておりませんのです」


「え? どういうこった?」無理矢理話に割り込んだロバートが、店主の居るカウンターに肘をついた。


「は、はあ……。コルルクが、ここ2、3ヶ月、モンスターに全部喰われる事件が起きてまして……。討伐隊も出てるんですが、中々、退治出来ないようで」


「なんとっ!!」アルベルト卿は、カタリナにも負けない大声で、大仰に驚いてみせた。


「それは由々しき問題だっ!! 私は、暫くぶりにこの国に戻って来て、コルルクの丸煮を食べるのを楽しみにしていたのに!!」


『暫くぶりに戻って来た』のは確かだが、別の国からじゃなくて地下からだろうに、と、和哉は内心で突っ込みを入れる。


「ううむ……。では、その、コルルクを喰い尽しているモンスターを退治すれば、丸煮が食べられるのだな?」


「そんな簡単な問題じゃない」ジンも口を挟んだ。


「親のコルルクも喰い尽されているのなら、モンスターを退治した後に、余所から繁殖用のコルルクを貰い受けなければならない。その親が子を産んで、食べられる大きさになるまで、少なくとも6ヶ月」


「なんとっ!!」


さすがに騎士バカ。アルベルト卿は、庶民の商売というものに疎かった。

アルベルト卿の、青味がかった顔色が、怒りで赤くなる。

 人間並みに『頭に血が上る』振りをしているアンデッドの、紫色になった顔を見つつ、和哉は店主に尋ねた。


「その、コルルクって、どんな動物なんすか?」


 そもそもの根本の話を聞かれ、店主も、アルベルト卿もジンも、拍子抜けした様子になった。


「おぬし……。コルルクが、何だか知らずにおったのか?」


 嘘をついても仕方ない。和哉は、素直にこっくり頷いた。


「コルルクは、猫くらいの大きさの飛べない鳥だ」と、ジン。


 へー、と返したのは、和哉だけではなかった。

 同じく地球からの移住組のロバート、異星からの移住者カタリナ、国の違うコハルも、なるほどと感心していた。

なんだ、みんな知らないで話を合わせてたのか、と、和哉は内心苦笑する。


 呆れた、という風に首を振りつつ、アルベルト卿は、静かに宣言した。


「とにかくも、だ。私の愛して止まぬ料理を奪った、にっくきモンスターは、この手で何としても退治する。――食べ物の恨みの恐ろしさ、思い知らせてくれよう」


 だから。

 死んでるのに何で食べるんだよ、という疑問は、怪気炎を上げるアルベルト卿には、和哉は言わないことにした。

だから・・・

どーして、アンデッドが食いしん坊なんだ・・・

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