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19酒と料理と死人と生者

 北カルバス街道は、いい天気だった。

 和哉達が現在居るアデレック大陸は、今は夏の初めである。 

 とは言っても、和哉の生まれた地球上、日本も関東のフェーン現象甚だしい、異様に暑い夏とは違う。

 比較的北に位置するアデレック大陸の北部にあるサーベイヤ国は、真夏の最高気温も23度前後と、涼しいのだ。

 そのせいで、和哉は今の季節がこの世界の夏だとは気づかなかった。

 和哉に、サーベイヤ国の夏を教えたのは、新しく仲間になった人物だった。


「北カルバス街道には、夏柳が多く生息するのだ。今が身頃だな。ほら、あの、薄紅の小さな花をいくつも付けている、だらりと下がった枝が、そうだ」


 馬車の窓を覗きながら楽しげに解説してくれるアルベルト卿は、ロッテルハイム邸で出会った時とは、雰囲気を一変している。

 空色の乗馬服に同色のズボン、腰には護身用のロングソード一振りという、軽い身なりだ。

 銀の鎧兜に長槍という、物々しい騎士の正装と、どちらが似合うとも言えないな、と、和哉は思っている。

 そもそもどうして、地縛霊とも呼べる、屋敷憑きのアンデッド・モンスターが、和哉達の《旅の仲間》になったのか?

 もちろん、馬車を貸してくれるという、非常に魅力的な提案に、カタリナと和哉が負けたのもある。

 南レリーアまでの道中は、四つの宿場町を通り、さらに北レリーアの関門を抜けなければならない。

 徒歩で20日の、結構な旅行。馬車なら5日は短縮出来る。

 歩いて向かうより馬車があったほうが、絶対、楽に決まっている。


「私を仲間とするなら、ロッテルハイム邸の馬車が使える」と、アルベルト卿は自信満々に提案して来た。


 それもそのはず。

 馬車を引く馬も、全部アンデッドなのだ。

 水も餌も必要としないアンデッド・ホースは、休憩しければならない生きた馬に比べて格段と距離を稼いでくれる。

 見た目が少々奇妙な――ガリガリに痩せ細り、目の玉も、よく見ると全く動かなかったりするのだが――点を除けば、立派な四頭立てだった。

 

「いいんじゃない」ジンの鶴の一声で、アルベルト卿の同行が決まった。


 ついでに、コハルの同行も決まった。


「アマノハバキリの護衛のため、ぜひっ、皆様とご一緒させて頂きたくっ」


 床に額を擦り付けて頼む女の子を無碍に出来るほど、三人の男達は蛮人ではなかった。


 馬車は、まもなくロッテルハイム邸から一番近い宿場町のテルルに入る。


「町に着いたら、あんたは何処にいるつもりなんだ?」


 一応、他の通行人に妙に思われないよう交代で御者代に座っていたロバートが、アルベルト卿を振り返った。


「何処とは? 私は皆と一緒に宿にも泊まるが?」


「ええっ!? アンデッドが宿に泊まって、大丈夫なんすかっ!?」


 アンデッドの代表と言えば、和哉が知っている範疇では吸血鬼だ。吸血鬼は日の光を嫌い、夜になると若い女の血を求めて行動する、というのが定説だ。

 もちろん、アルベルト卿は吸血鬼ではない。が、アンデッドである以上、日光は苦手だろうし、食事なども必要ない、はずだ。

 しかし。


「実に50年振りの旅だ。宿に泊まるのも久しい。――今からとても楽しみなのだ。今はどんな料理が、冒険者の間では流行っているのだ?」


 死んでるのに、食うのか――

 和哉の知っているアンデッドとは、大分タイプが違う。

 異世界のアンデッドだからなのかもしれないが。

 和哉は、半ば心配、半ば呆れを隠しつつ、アルベルト卿に曖昧に微笑んだ。

 アンデッド・ウォーリアーは、そんな和哉の笑みをどうとったのか、さらに続けた。


「私が南レリーアの護衛官をしていた頃には、コルルクの丸煮とリリストサラダが、宿の一番人気だったが」


「コルルクの丸煮は、今でも兵士や冒険者の間では一番人気」


 答えたジンに、アルベルト卿は「おお、やはりな」と、満足気に頷いた。


「では、酒も今でも北カッスル産の果実酒が人気か?」


「もしかして、あんた? アルベルト卿? 結構な飲兵衛かえ?」馬車の後部座席に、丸まって居眠りしていたカタリナが、むくっと首を上げた。


 アルベルト卿は、カタリナのほうへと、嬉しそうに身体を捻る。


「部下達との飲み比べでは、負けたことはなかったな」


「で? その果実酒ってのは、そんなに美味いのか?」異世界の酒に興味を惹かれたらしいロバートが、御者台から 声を掛けた。


「なんだ? 剣士が北カッスル産を飲んだことがないとは。まさかおぬし、下戸か?」


「いやいや」ロバートは笑った。


「こっちには最近来たもんだからさ。まだ酒を酌み交わすような仲間も少なくて」


「ふうむ」と唸って、アルベルト卿は和哉の顔を見た。


「確かに、少年と少女と淑女のパーティでは、宿屋で祝杯、とはいかないな」


 どーせまだまだ子供だよっ、と、和哉はむくれる。


「今夜テルルに泊まるなら、あそこの宿『飛竜亭』で馳走してやろう。――今でも10カラング金貨は使えるのか?」


 訊かれたジンは、「使えはするが、宿屋にびっくりされる」と、いつもの無表情で答えた。


「今は、宿の泊まり賃が一泊20テリング。食事は別途で3テリング程度」


「それはまた……、随分と安くなったものだな。私が現役の頃は、宿泊代は100テリングだった。10カラング金貨2、3枚は持っていないと、半月も宿には泊まれなかったが。

――尤も、あの頃は他国との戦争もあり、また異様にモンスターの数か増え正規非正規の討伐隊も、頻繁に宿場を利用していたからな」


「今は、戦争は終結している。モンスターも、街道にはほとんど出なくなったし」


 ジンの言葉に、アルベルト卿はしみじみと「平和になったのだな」と呟いた。


「そのせいで、お金を持っている兵士や傭兵ばかりが宿を利用するということはなくなった。行商人や冒険者は、気前よく宿賃を弾まない。だから、宿代は下げざる得なかった」


「ええと」通貨の単位が全く理解出来ない和哉は、話に乗れずに、ジンとアルベルト卿の顔を交互に見た。


 和哉が分かっていないのに気が付いた神官戦士の少女は、自分の財布から銀貨と金貨を、1枚ずつ出した。


「こっちが10テリング銀貨。で、こっちが10カラング金貨。サーベイヤの国内通貨で、金貨は銀貨の100倍になる。10テリングの他にも、銀貨は100テリングと50テリング、1テリングがある。金貨は、1カラング金貨と、この10カラング金貨」


 ジンは、1テリング、50テリング、100テリング銀貨も、財布から出す。


「あいにく、今は1カラングの持ち合わせが無い」


「へええ。そうなんだ」和哉は、ジンの掌から小さな10テリング銀貨と、その2倍はある金貨を交互に摘まんでみた。


 銀貨、金貨共に、表と見られる方には《10》という、地球でも見慣れたアラビア数字が打たれている。その下に描かれた文様が単位を現しているのだが、読めない筈の異世界の文字が、すんなりと理解出来た。


「……こっちが『カラング』で、こっちが『テリング』か」


「なんだ少年? おぬしは硬貨を見たことが無かったのか?」


 実は……、と言い掛けた和哉を遮って、ロバートがへへっ、と苦笑いをして見せた。


「パーティで金を預かっているのは俺なんで。カズヤには、必要なものは俺やカタリナが買ってやってたんだ」


 なあ? と振られて、カタリナも慌てて首を振る。

 奇妙な顔をしているアンデッドらしくない古の騎士に、背後からコハルが言った。


「実は私も……、こちらに来てからはオオミジマの手形で買い物をしていたので、サーベイヤの硬貨はまともに見たことが……」


「ああそうか。他国の旅行者への配慮である旅行手形は、まだ有効なのだな。ならば、サーベイヤの硬貨を知らぬ者がいても道理。――済まなかったな、少年」


「……カズヤ、です」


 この先当分一緒に旅をするのなら、いい加減名前は覚えて欲しい。

 その気持を込めて言い直した和哉だったが、


「そうか、少年」


 アルベルト卿の和哉の呼び名は、『アンデッド使い』から『少年』で定着しそうな雰囲気だった。

馬車の中での食べ物&通貨の雑談。

これといって進展ナシですが、アルベルト卿がくっついてきちゃった~

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