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18.『神器』の主

 まさに、間一髪。

 和哉の胸板がアルベルト卿の槍の餌食となる寸前、召喚した赤竜が実体化したのだ。

 姿はアンデッドのままだが、召喚獣になったためか、幾分先ほどよりも現実的な感じになった。

 特に、槍先を止めた尾などは、生きているのとほぼ変わらない感じである。

 赤竜は、槍を己の尾から素早く引き抜き、一歩飛び退ったアルベルト卿を、赤い両眼で睨む。

 アルベルト卿は、青白い死者の顔を更に青くして、和哉を見詰めた。


「こんな、隠し技があるとは。幻獣を召喚する技など、初めて見た」


 え、と、和哉は思わず声を上げそうになった。

 召喚師、という職業(ジョブ)は、和哉のやっていたRPGゲームでは、定番で割と人気の高い職業だった。

 ここにその職業、といか、技が無い、というのも、ちょっと驚きである。

 完全なゲーム世界ではない、という認識を、和哉は改めて持った。

 槍を構え、和哉と召喚獣を見据えたアルベルト卿は、静かに問い質して来た。


「どうしても、この剣を欲しいのか?」


 やっぱりこいつどっかズレてる、と、和哉はずっこけそうになる。

 欲しい、んじゃなく、コハルは返して欲しいのだ。

 アルベルト卿は、コハルの話を、全く聞いていない。

 指摘しようとした和哉より先に、カタリナの大声がアンデッド・ウォーリア―を罵倒した。


「なぁにを言ってるんだかよっ、この、ボケアンデッドっ!!」


「なんだと?」アルベルト卿の、青い顔が怒りに歪んだ。


「その剣は、あんたのもんじゃないのっ!! コハルちゃんのご主人の一族のものなのっ!! あんたっ、

どーしてそれがわかんないのかさよっ!?」


「私は騎士だ。一度契約を結んだものは、たとえ死しても守る。この剣を守るようロッテルハイム子爵と契約した以上、何があってもそちらが優先される」


「いっしあたま~~」ロバートが、どうしようもない、というふうに首を振った。


「契約のためなら道理も曲げる、ってか。――ばぁかかっ!!」


 カズヤっ、こんなバカ黒焦げにしちまえっ!! と、ロバートがらしくなく強く叫んだ。

 同感だった和哉は、アンデッド・ドラゴンに命じた。


「ブレスを撃てっ!!」


 大きな赤い身体を後方に反り返らせ、アンデッド・ドラゴンが炎のブレスの構えを取る。

 アルベルト卿は槍を左脇に抱え、ドラゴンと和哉目掛けて突進して来た。

 ドラゴンの口から、高温のブレスが吹き出される。和哉達まであと半分という距離に来ていたアルベルト卿の身体を、灼熱の炎が襲った。

 炎の熱で周囲が光り、中央のアルベルト卿がどうなったのか、一瞬見えなくなる。

 突然。

 ブレスの中から槍先が現れる。

 投げられた槍は、召喚者の和哉の喉下を狙った軌道を、違わずに飛んで来る。

 避ける間もない。

 和哉の悲鳴と、ジンの鞭が槍を巻き取るために空を走る音が、地下広間に同時に響いた。

 ジンの鞭を僅かで躱した槍は、しかし、和哉の喉を切り裂くことは出来なかった。

 コハルの投げた二個の手裏剣が、和哉の右脇に落ちた槍の柄に刺さっていた。

 召喚者が襲われたことで止まったドラゴン・ブレスの中から、膝を着き蹲ったアルベルト卿が現れる。

 今度こそ、アンデッドの命が尽きたか、と、和哉達が固唾を呑む中。

 アルベルト卿はゆっくりと、首を上げた。


「しゃーっ!? なんで、ドラゴン・ブレスを浴びてアンデッドが生きてるんだよっ!?」


 ロバートの尤もな疑問に、コハルを除いた全員が頷いた。


「アマノハバキリのせいです」コハルが、硬い声で言った。


「神剣であるアマノハバキリは、持ち手を守ります。特に、炎からは百パーセント、守り抜きます」


「じっ、じゃあ、アルベルト卿を倒す方法は、剣で勝負する以外……」


「無い」


 言い淀んだ和哉の後を、アルベルト卿が続けた。


「私と勝負しろ。アンデッド使い」


 冗談じゃないし、なんか色々、間違われているし、と思いつつ、和哉はブンブンと首を振って後退る。

 だが、アルベルト卿は和哉が怖気ているのも関係なしに、投げてしまった槍の代わりに、背負っていたアマノハバキリの刀袋の口を開いた。

 左手で柄を握り、引き抜き様に和哉へと切り込む。

 和哉は召喚獣を動かして、刃と自分との楯にした。しかし、アマノハバキリの刀身は、あっさりとアンデッド・ドラゴンを斬り裂き、消し去る。

 そのままの勢いで己の頭上に落ちて来るアマノハバキリを、和哉は、もうどうしようもない、と覚悟して、膝を着いた。

 不思議と、怖さは消えていた。悪い意味で腹が据わった。

 刃の軌道を見据えながら、膝立ちのまま、頭上で両掌を合わせた。

 途端。

 すとっ、と、冷たい金属の感触が、両掌に伝わった。


「――なっ……!!」


「うわあっ!!」


「きゃあっ!!」


「ぎょえぇっ!!」


 一斉に、仲間達から驚愕の声が上がった。

 和哉自身も、一体自分が何をしでかしたのか、当初、分からなかった。

 漸くその行為が何なのか気づいたのは、コハルの一言だった。


「神剣を、白刃取りするなんて……っ」


 ――そうだ。この格好は、《真剣白刃取り》……


 しかも。


「うっ、動かんっ!!」


 見事にがっちり挟んでしまったらしく、アルベルト卿が刀を押そうが引こうが、和哉の手から刃は離れない。

 まるで、掌に吸い付いているようだ。

 しかし、このままでもどうにもならない。放せば斬られるので、和哉は、肘から両手を左へ捻った。

 あれだけ強かったアンデッド・ウォーリア―の身体が、いとも簡単に和哉の捻りに合わせてころりと床へと転がった。

 その拍子に、アルベルト卿の左手が、アマノハバキリの柄から離れた。


「やぁったぜっ!! カズヤ!!」


「スゴイじゃないのさっ!!」


 白刃を持ったまま、放心して床に崩れた和哉に、ロバートとカタリナが駆け寄る。コハルも「凄かったですっ」と、感極まった様子で和哉の背に抱き着いて来た。

 忍者装束の下の爆乳が、容赦なく和哉の肩甲骨にプリプリと押し付けられる。

 緊張が解けて来て、コハルの乳の感触に気が付いた和哉が頬を真っ赤にしている横で、アルベルト卿が、すっくと立ち上がった。


「私の負けだ、アンデッド使い」


 言われて、和哉はぎょっとなり、慌てて背からコハルを振り払う。

 傍から見れば居ずまいを正したように見えるが、和哉は、自分の邪な気持ちを見抜かれたくなかっただけである。

 剣を膝前へ置いて正座した格好の和哉に、正面に、同じように座ったアンデッド・ウォーリア―が頭を下げた。


「約束通り、剣は君に返そう」


「あ、はい……。っても、これ、そもそも俺のもんじゃないけど……」


 和哉は、自分の背後で畏まったコハルを振り返る。と、コハルは、困ったような顔で和哉を見返した。


「……なんか、ヤバい、ことが?」


「はい。あの……、実は……」


「『神器』は主を自ら選ぶ」コハルの後ろから、ジンが言った。


「アマノハバキリは、カズヤを斬らなかった。その時点で、『神器』の主がカズヤと決まった」


「え……、ええっ!?」和哉は心底仰天した。


「待て待て待てってっ」ジンの言葉に、ロバートが鋭く反応する。


「確かに、カズヤはアンデッドの正騎士さんとの勝負に勝った。けど、カズヤ自身は剣士じゃねえぞ? それでも、アマノハバキリはカズヤを主と認めるのか?」


「そうそう」と、カタリナも同意した。


「いくら神の剣って言っても、剣でしょうが? 意思があって主人を選べるなら、剣士で、しかももっと技のある人間を選択するのが筋ってものだわさ」


「わぁるかったねっ。剣士は剣士でも、まだまだヒヨッコの駆け出し剣士でっ。しかも、剣より他の技のほうが得意だったりしてさっ」


 仲間も忘れているが、和哉も一応は剣士レベルがあるのだ。ただし初級クラスで、しかも実質中身が無いが。


「カズヤの現在の剣士レベルは、上級下レベル。ロバートと並んでいる」


「えっ? うそっ」和哉は、思わず顔がニヤけそうになった。


 剣士として剣を振るうことは、今日までの異世界(ここ)での短いバトルの中で、殆どしてこなかった。なのに、剣士のレベルは、他の技量に合わせて勝手に上がっていたのだ。


「カズヤの何処を気に入ったのかは、『神器』のみが分かること。でも、アマノハバキリがカズヤを主と認めたのは、紛れも無い事実」


 そんなのってアリかよ、と、同じ剣士として妬ましいのか、ロバートが口を尖らせた。

 カタリナは「そんなものなのかねぇ」と、老けた顔に皺を増やした。


「でも」と、仲間の不満な様子を無表情で眺めながら、ジンが続けた。


「私も、カズヤには折角だから、アマノハバキリの主に相応しい腕になってもらいたいと思う」


 和哉は、ジンの台詞にぎくり、とする。

 振り返ると、案の定、例のドSスマイルで、ジンがこちらを見ていた。


「……ジンさん? もしかして、何処かの腕のいい剣士のアンデッドさんを、俺に《たべ》ろとか、おっしゃいません、よね?」


「コハルは、どう思う?」ジンは、和哉の質問を無視して、アマノハバキリをずっと捜していたハットリ一族の忍者娘に話を振った。


「……アマノハバキリが主を選んでしまった以上、主から引き離してオオミジマに『神器』を持って帰ることは出来ません」コハルは俯いた。


「イチヤナギ宗家のフミマロさまには、何とご報告したらよいのやら……」


「でも、強い剣士を『神器』が選んだと言えば?」


 ジンの言葉に、コハルは渋面ながらも「それならば……、フミマロさまもある程度のご納得は、されるのでは」と頷いた。


 ジンは、ブラスの瞳に獰猛ささえ加えて、和哉を見た。


「この屋敷には、ドラゴンと闘い無念にも倒れた騎士達が、未だに多く彷徨っている。――カズヤ」


《たべ》放題だ、と、ジンが微笑んだ。


「じょ――っだんっ、じゃ、ないっ!!」和哉は、目一杯の反抗を試みた。


「そりゃ、俺のチート技はアビリティ《たべる》だけどっ!! だからって、アンデッド・モンスターまで《たべる》気力は、無いっ!!」


「《たべ》て、モンスターの能力を手に入れられるのか?」


 真正面に座っていたアルベルト卿からの不意の質問に、和哉はびっくりする。

 答えたのは、やはりジンだった。


「カズヤの能力たべるは、サーベイヤ国の第一級機密に匹敵する。アンデッドと言えど元は正騎士。アルベルト卿には、くれぐれも軽々しく他言されないよう」


「なるほど。――わかった。ではひとつ、カズヤの能力がアップ出来るよう、私も協力しよう」


「どっ、ど――して、急にっ!?」


 敵から180度。協力者となったアルベルト卿は、同じフロアに居た、かつての仲間の正騎士のアンデッドを、あっさり捕まえた。


「フィリップ卿は私とは違い、剣技に優れている。彼を《たべ》れば、カズヤの剣士としてのレベルは確実に上がるだろう」


 にっこり、と笑いながら説明するアルベルト卿の隣で、脚を折られて動けなくなった骸骨体のフィリップ卿が「なんというっ!! 仲間を売る気かっ!? アルベルトっ」と半泣きで抗議する。

 いくらなんでも、元人間を捕食する気は全く無い和哉も、「そうだそうだっ!!」と一緒に拳を振り上げた。

 しかし。


「負けた腹いせと、ドラゴン戦でへまをやったフィリップ卿への恨みだ」という、アルベルト卿の理由と。


「アマノハバキリの主となられたのです。強い剣士になってください」という、コハルの願いと。


「アンデッド・ウォーリア―からも本当に能力が吸収出来るのか、知りたい」という、ジンの好奇心とに圧されて。


「いっ、やっ、だあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 絶叫も空しく、和哉はまたもやジンに口を開けられ、フィリップ卿を《たべ》た。

うっ・・・

また、最後が気色悪くなってしまい、申し訳ありません・・・

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