17.アンデッド・ウォーリアー
骨だけの姿で銀の鎧兜を身に着けていた騎士は、顔を上げると、徐々にその頭蓋骨の上に生前の面差しを取り戻していく。
シールドを上げた青白い顔は、30歳前後。深い緑の瞳には、ただのアンデッド・モンスターではない知性が見えた。
生前は知性派の美丈夫であったらしいアンデッド・ウォーリア―は、アマノハバキリ剣に手を伸ばしていたコハルを見上げた。
「この剣に、何の用だ?」声は、まるで直に頭に振って来るようだ。
聞く相手に恐怖の念を抱かせる死者の《声》に、だが、忍者娘は怖気付かずに答えた。
「この、アマノハバキリは、我がハットリ一族の主、イチヤナギ家の家宝にして『神器』です。どうぞ、我らハットリの者にお返し下さい」
「この剣は、ロッテルハイム子爵がさる王族から『何があっても守るように』と拝命されたものだ。たとえ、そなたが言うイチヤナギ家が本当にこの剣の元の持ち主だとしても、その証が無い以上、渡すわけにはいかぬ」
「そんな……」コハルは、白い頬を真っ赤にして、困り果てた顔をした。
「その剣は、60年前、オオミジマのイチヤナギ家から盗まれたものに、確かに相違ありません。我らハットリ一族は、主家イチヤナギの命を受け、長らく探して参りました。――どうか、お返しください」
重ねて返却を懇願したコハルに、しかしアンデッド・ウォーリア―は、冷徹な態度で拒絶した。
「先の持ち主がどうであれ、私は、ロッテルダム子爵の命に従う騎士。子爵の『守れ』という命令が解けぬ以上、渡すわけにはいかぬ」
言うなり、アンデッド・ウォーリア―は、アマノハバキリを抱えたまま、ゆっくりと立ち上がった。
銀のブーツまで入れると、2メートルに届くかという長身が魔法の火に照らされたその姿は、まさに、最強の怪物と言える恐さだ。
気丈にアンデッド・ウォーリア―とやり合っていたコハルだが、さすがに怖気付いた様子で、高座から一歩後ずさる。
和哉は、これは戦闘になるな、と、半ばうんざりした。
誰も口を開かないままの数秒の後。
「……どうあっても、この剣を渡せと言うのならば、私から、力ずくで奪うがいい」
アマノハバギリを背に回し、椅子に立て掛けてあった槍を手に取ったアンデッド・ウォーリア―に、ロバートが「ちょい待った」と、手を上げた。
「あんた、闘って奪えって言うけど、こっちは多勢だぜ? 一対一じゃあなくっていいんだな?」
青白い美丈夫は、ふん、と顔を歪めた。
「見れば、そなたたちは冒険者のようだ。仮にもサーベイア正騎士軍に席を置いていたアルベルト・ユーバック、民間の剣士に遅れなど取らぬ」
「おーおー、大した自信だぜ」ロバートは軽口を叩く。が、その目が本気で笑っていないのを、和哉は見て取った。
――不味い相手、じゃないのかぁ……
しかし、乗りかかった船だ。コハルのために、剣は取り返してやりたい。
掛かって来い、というのなら、一斉に攻め掛かっても斬り防ぐだけの力量はあるのだろう。
和哉は、ロバートの次に戦力となるジンを見た。
ジンは、だが、だらりと両手を下げたまま、じっと、アンデッド・ウォーリア―の後方の壁を見詰めている。
明らかに意識がここに無い、という表情である。
この期に及んで現実逃避かっ!? と、和哉が焦ったその時。
ぱっ、と、ジンのブラスの瞳に生気が蘇った。
「ロッテルハイム子爵は、30年前に最後の当主が亡くなられて、家は断絶している」
ジンが告げた情報は、アンデッド・ウォーリア―――アルベルト・ユーバック卿は初耳だったらしい。
青白い顔を驚愕に凍りつかせ、暫し、メタリックに彩られた美少女の神官戦士を見詰めた。
「いや――いや。そんな事は、知らぬ。私は、ロッテルハイム子爵が、さる王族から――」
「その王族とは、恐らく、当時のサーベイア国王の4番目の弟君のルドルフ・カーナディヒ卿だろう。ルドルフ卿は、ロッテルハイム子爵にその刀を預けた後、王族にはあるまじき詐欺の罪で南レリーアのガンロック教会塔に収監されて、その半年後に自害されている。――尤も、自害は表向きで、民衆の非難を聞き入れた王が、暗殺を命じられたようだったが」
「詐欺……? 尊き身分の、サーベイアの王族が、詐欺?」アルベルト卿は、動揺するまま、再び高座に座り込む。
がらん、と音を立てて、アルベルト卿の手から槍が滑り落ちた。
「そんな……、そんなことが、あってよいものか? いいや、あってはならぬ」
アマノハバキリを掴んだ手に、ぐっと力が入る。
アルベルト卿は、ぎりっ、とジンを睨んだ。
「娘、よもや私をたばかったか? 正義の日輪、その御使いであられるフィディアに剣と共に誓いを立て騎士となるサーベイヤの王族が、詐欺など、汚らわしい罪に手を染めるなど、考えられぬっ」
ジンは、大きく息を吐くと、言った。
「卿がどう思われようが、事実は事実。私は、南レリーアで学んだこの国の歴史の中に、その事実が記されていたからお話ししたまで」
「ううむ……」暫時、頭を抱えたアンデッド・ナイトは、だが、再び決然とした面持ちで顔を上げた。
落とした槍を拾い上げ、その穂先を、何故か和哉にぴたり、と向ける。
「やはり、私には信じられぬ。そなたらと一戦交え、もし、そなたらが勝利したのなら、私はその話、受け入れよう」
むっちゃくちゃな奴だなっ!! と和哉は腹の中で悪態をつく。
事実が飲み込めないからって、闘って、負けたら信用してやるって、どういう了見だ?
和哉の怒りは正当だが、相手は完全に臨戦態勢に入ってしまった。
アルベルト卿は、アマノハバキリを再び背に背負い直し、槍を構えて、一歩、また一歩、と、和哉達へ近付く。
「どうした? 誰が私の一番槍を受けるのだ?」
まともに武器でやりあったら、絶対負ける。が、相手はアンデッド。弱点は火。
しかし、火の魔法で攻撃して、肝心のアマノハバキリに支障があったら――
躊躇する和哉の右脇で、全く躊躇しない魔女が呪文を唱えた。
「出でよ、炎球っ!!」
直系1メートルはあろうかという、遠慮会釈もない火の球を創り出し、カタリナはアルベルト卿にぶつけた。
が。
アルベルト卿は、アンデッドでありながら、なんとでかいその火球を、槍であっさり受け流した。
後方へと飛ばされた火球は、石壁に大きな黒焦げを残して、消える。
「ちぃっ!! さすがに減らず口を叩くだけあるわいな」
「カタリナぁ、刀に火の球ぶつけて、何かあったら大変……」
言い掛けた和哉の後ろから、コハルが「大丈夫ですっ!!」と声を張った。
「言い伝えでは、アマノハバキリは火の神を斬った神剣です。ですので、火でどうにかなってしまうようなものではありませんっ」
「あ、なら、暴れても大丈夫か」
ロバートが言い、アルベルト卿に躍り掛かる。桁外れに大きな幅をしたロバートのバスタードソードを、だが、アンデッド・ウォーリア―は造作もなく槍で受け止めた。
その隙を狙い、ジンがミスリル鞭を繰り出す。しかし、アルベルト卿は、変幻自在に動くジンの鞭を、ぎりぎりで交わした。
「さすが、サーベイアの正騎士」
「感心してる場合かえっ」
ロバートに突っ込みを入れながら、カタリナが二度目の呪文に入った。
大きな呪文を使うのだろう、一瞬、明かりとして浮かべていた火球が描き消える。
空かさず、ジンが神聖魔法で光の球を地下広間に放った。
白い清らかな五つの光に、アンデッド・ウォーリア―は束の間己の目を覆った。
「……そーだった。アンデッドは神聖魔法にも弱いんだった」呟いたロバートが、ジンを見た。
しかし。
「私の魔法くらいでは、アルベルト卿は倒せない。――カズヤ」
いきなり名を呼ばれて、和哉は「ひゃいっ」と、変な声を出してしまった。
「召還魔法を使って」
「し……、召還魔法?」
何のことやら分からず、キョトンとする和哉に、ジンは、いつもの無表情から更に表情を消して、言った。
「さっき吸い取ったアンデッド・ドラゴンを呼び出して」
「え……、ど、どうやって……?」
「『出ろっ!!』って、唱えりゃいいんじゃねえの?」
まだ呪文の終わらないカタリナを庇いつつ、ロバートがアンデッド・ウォーリア―と対峙する。
右から斬り付ければ左へ、左へ斬り付ければ右へ、巧みにアルベルト卿はロバートの剣を交わす。
だが、ロバートの攻撃を受けるばかりで、アルベルト卿は攻撃して来ない。
「ちっ!! 俺らの技量を測ってんのかっ!?」
「なかなか、いい腕だ。ここで倒してしまうのは惜しい。――だが」
ロバートの剣を受けた槍を、巻くよう振る。正確な正騎士の槍技は、あっさりと冒険者の剣をその手から奪う。
右方向へと剣を飛ばされたロバートは、次に来たアルベルト卿の突きを、床に転がることで辛うじて避けた。
ジンのミスリル鞭が、援護射撃とばかりに、伸びたアルベルト卿の腕に巻き付く。が、アルベルト卿は仮の肉体の筋力にものを言わせ、鞭ごとジンを引き倒した。
「くっ!!」床にしたたか肩を打ち付け、そのまま引き回されて、ジンの美麗な顔が初めて苦痛に歪んだのを見て、和哉は猛烈に腸が煮えくり返った。
「『我が召還に応えよ!! 死せる赤竜よ!!』」
口が勝手に動いた。
和哉の召還呪文と同時に、カタリナの大魔法が発動する。
「炎球爆裂っ!!」
いくつもの、直径1mはありそうな炎の球が、アルベルト卿の周囲を瞬時にぐるりと囲む。と、間を置かず、球が次々と炸裂した。
和哉もジンもロバートも、少し離れていたコハルさえも、地下広間を唐突に埋めた真昼の陽の如き炎の炸裂に、思わず目を瞑る。
爆炎は天井までを焦がし、完全にアンデッド・ウォーリア―の姿を包んだ。
これはさすがのアンデッドでも大ダメージでだろう、と和哉が思った時。
アルベルト卿が炎の壁の中から、和哉のまん前へ躍り出て来た。
「――ええっ!?」
あれだけの炎を全くものともしないアンデッドに驚いた和哉の胸元目掛け、アルベルト卿の鋭い槍先が走る。
「避けろ――!!」叫ぶロバートの声も間に合わない。
和哉の胸板に槍先が吸い込まれると見えたその瞬間。
鋭い金属音が、和哉の前で起こった。
「――なんだとっ!?」先に驚愕の声を上げたのは、アルベルト卿だった。
アルベルト卿の繰り出した一閃は、召還された赤竜の、鉄にも勝る太い尾でがっちりと遮られていた。
まだまだ続く戦闘シーン……すみません(汗)
あとちょっと、で終わる、はず?




