16.アマノハバキリ
さっきまで巨大な咆哮で周囲を威嚇していたアンデッド・ドラゴンが消えた途端。
どわっ!! という表現が正しいと思うほど、他のアンデッド・モンスターが湧いて来た。
「うっわー、さすが、エンカウント100パーの男」
ロバートが、和哉のもう一つの嬉しくない称号を口にした。
それを言うなっ、と喚きたかったが、それどころではない数のモンスターに囲まれてしまい、和哉達は、あっという間にてんてこ舞いになった。
だが幸い、どのアンデッド・モンスターも大したレベルではなかった。
『スケルトン レベル7』だの、『アンデッド・ポイズンドッグ レベル8』だの、『ナイトゾンビ レベル15』――これには少し手こずったが――だのが、4~5体ずつのグループになって襲って来た。
「もうっ、めんどうくさいったらっ!!」カタリナは、アンデッドのグループ全体に火の魔法を浴びせ、1、2ターンで焼き殺していた。
和哉も火トカゲのブレスで、ほぼ1ターンで全部倒した。これには和哉自身、正直驚いた。
「な? 剣が強くなくったって、闘う方法はいくらでもあるんだぜ」
ロバートに得意げに言われて、不承不承頷く。が、内心ではやはり、男なら、冒険者なら剣士として格好良く立ち回りたい。――この期に及んでも、和哉はそう思ってしまう。
ジンが両腕のミスリル鞭を振り回し、襲って来るアンデッドをことごとくみじん切りにしている側で、コハルが体術でスケルトンの関節を外して動けないようにしていた。
「なるほどなぁ。あいつらには関節外しって、効くわな」
横から錆びた剣を突き出してきた『ナイトゾンビ』を無造作に斬って捨てて、ロバートが感心したように頷く。
それを聞いていたコハルが、苦笑した。
「でも、忍者の私にはこれ以上の技はないんです。火遁の術もありますが、あくまでも遁は身を隠すための術なので、敵に大きな打撃は与えられませんし」
「アンデッドは、よっぽど腕が良くないと剣で闘っても斬り殺せないさね」
最後の一体を魔法で火あぶりにして、カタリナがコハルに近付いて来た。
「さて。そろそろエンカウントも底をついたみたいだし。コハルちゃんの言ってた家宝ってのが何処にあるのか、探すかえ?」
コハルは頷くと、「場所は分かっています」と、アンデッド・ドラゴンが立っていた位置の背後にあった床面のタイルの一部を指差す。
「ここの下に、イチヤナギ家の家宝、アマノハバキリがあります」
「これって……」和哉は、しゃがんでタイルの模様を見る。その脇に、ジンが、同じようにしゃがんだ。
「さっき、ジンが言ってた、アンデッド・ドラゴンをここに縛り付けてたって呪文だよね?」
ジンは「そう」と頷く。
「同時に、地下室の封印にもなっている。この術を施した人間は、アマノハバキリ剣がイチヤナギ家の家宝でオオミジマの『神器』だということを、十分に知っていた。――ドラゴンと呪文と。封印は二重にされている」
「じゃあ、このまんまじゃ、地下への通路は開かない? のかな」
和哉は、コハルを見上げる。忍者娘の優しげな顔に、不安の色が浮かんでいる。
「何をどう、解けばいいんだい?」カタリナが無造作にジンに訊いた。
「魔力でどうにかなるんなら――」
「カズヤ」ジンが、不意に和哉の腕を掴んだ。
「この上に毒を撒いて」
「――へ? まっ、魔法陣の上に?」
なんでそんなことを、と言い掛けた和哉を遮り、ジンが続ける。
「魔法陣のペイントは多分、血。ドラゴンの。和哉の毒なら血が溶けるかもしれない」
そんなんで、術が解けるのか? 和哉は一瞬、戸惑う。が、これまでのジンの助言に間違いは無かった。
ジンは、明らかにただの神官戦士ではない。
なら、彼女の言葉に従うのみだ。
「分かった」和哉は頷くと、頭の中で毒を吐くのをイメージする。次に、本当に口を開き魔法陣の上に俯いた。
和哉の口から、大量の粘液のようなものが流れ出る。毒蔓からラーニングした毒成分だ。
透明な粘液性の毒は、胃から逆流が起こる時のようにもっと『吐く』感じになるのかと思っていたが、そうではなく、口の中からどんどんと溢れ出て来ていた。
正確には、唾液の出る場所辺りから。
瞬く間に魔法陣の上一杯に流れ出た毒は、ジンの言った通り、少しずつではあるが魔法陣の呪文を溶かしている。
和哉は、ある程度一杯になったところで口を閉じる。と、口の中から出ていた毒も、ぴたり、と止まった。
ずっと出っ放しでも困るけど、と思いつつも、こんなに簡単に特殊技が使いこなせる自分に、2度びっくりする。
自分の技に驚いている和哉に、更に驚いている人が言った。
「人間が……、幻術ではなく本当に毒を吐くのなんて、初めて拝見しました」
コハルの尤もな感想に、ロバートとカタリナが「だろうな」と頷いた。
流れて崩れた魔法陣から、唐突に光が湧き上がった。何事かと和哉達が一歩下がった次の瞬間。
魔法陣が描かれていたタイルが、音を立てて割れた。
ロバートが近付き、割れた間から中を見る。
「当たりだ、ジンちゃん。階段があるぜ」
******
カタリナが創り出した火の魔法のランプで階段を照らしつつ、和哉達はロッテルハイム邸の広間の地下へと降りて行った。
アンデッド・ドラゴンと、それに続くアンデッド・モンスター達との戦闘によって、外はもうすっかり暗くなっていた。
内も外も変わらない暗闇の中で、和哉達はかなり広い地下空間の中に足を踏み入れた。
カタリナが、もう2つ、少し大きめの火の球を創り出し、宙に浮かせる。
ぼうっ、とした明かりの中に、複雑な文様のタイルを敷き詰めた、がらんとした空間が浮かび上がった。
四方の壁にも何か絵か文字が描かれているが、かなり近寄らなければ判読出来ない。
「この空間は……。封印の間、ということでしょうか?」コハルが呟いた。
「そう考えても、いいんじゃないかい? とにかく、嫌に魔力が濃い場所だよここは」
ねえ? と、振られても、和哉にはよく判らない。ただ、むっとする濃密な、眼には見えないが、例えるなら霧のような、靄のような、しっとりとした重い粒子が、部屋に充満しているようには感じた。
「このままだと、この地下で夜明かしだなあ」火の球を横に浮かせて貰いながら先頭を歩いているロバートが、力の抜けた声で言った。
「ええっ!? ここで夜明かしって……」ジンの後、三番目を歩いていた和哉は、パーティーリーダーのあまりな決定に、少しだけ泣きそうになる。
「ここって、完全にアンデッドの巣窟じゃん。どうやって寝るんだよっ!?」
「あらま。ジンちゃんがいるだろーが。神官戦士が居れば、アンデッドの真ん中でだってぐっすりお休み出来るぜ? 神聖結界が張れるんだから」
あ、そーなのか、と、和哉は改めてすぐ前の少女の背を見た。
アンデッド・モンスターは、闇の生き物だ。基本的に聖なる結界の中には入れない。
あまりにもジンがドSなので、和哉はついつい彼女が神官戦士だということを失念してしまう。
「それによ」と、ロバートが陽気に言った。
「地下へ入ってから、全くモンスターにエンカウントしてねえよ? ってことは、ここには2匹目のボスモンスターが――」
ロバートの口と足が、急に止まった。
「なんだ、よ?」大男の後ろから、和哉は不安になって顔を出す。
そこは、壁際だった。上の広間で言えば、主賓が座る高座のある場所である。
広間と同じように高座を設えたその場所には、背凭れの高い木の椅子が置かれていた。
椅子にはこの家の主なのか、見事な銀の甲冑を着た騎士が、細長いものをしっかり抱いて息絶えていた。
カタリナは、小さな火の球をその遺体の側へと飛ばす。
遺体が抱いているものは、かなりぼろぼろにはなっていたが、オオミジマで使われているシルクの刀袋――オオミジマ独特の、細く細かい絹糸の、艶やかな刺繍が施された逸品――であると分かった。
コハルが、弾かれたように遺体に近付く。
「これ……、これはっ、間違いなく、アマノハバキリですっ」
彼女が手を伸ばし、主家の『神器』を騎士の遺体から取り上げようとしたその時。
騎士の、銀の兜がぐぐっ、と上がった。




