14.忍者コハル
「ニンジャか、その娘は?」ロバートも、初めて見る衣装に興味津々といった顔で覗く。
和哉は、驚いて飛び退いたものの、忍者娘の装束の腹に、どす黒い染みがあるのをしっかり見付けた。
「これって……、アンデッド・ドラゴンに蹴られた?」
「みたいだねぇ。――カズヤ、アンデッドの毒の解毒は出来る?」
前回の西の山のボス戦の時、様々なステータス異常を引き起こす蔓モンスターのボスの一部を《たべた》ことで、和哉はある程度のステータス異常を回復出来る術をマスターした。
ただの毒なら、毒蔓モンスターのものと違わないだろう。
「やって、みる」改めて、和哉は、少しドキドキが治まって来たのを見計らって、忍者娘の身体の上へ手を翳した。
息を整えて、眼を閉じる。
相手の身体から、毒のイメージ――黒い流れのようなもの――が出で行くように、と想像する。
和哉が毒消しをしている間にも、アンデッド・ドラゴンが怒り狂ったように咆哮を続けていた。
「うっさい竜だわね。早いとこ始末しちゃいたいだわよ」
猫が虎を威嚇するような仕草で、カタリナはアンデッド・ドラゴンを睨付けた。
和哉は横目で見ながら、早いとこはムリだろう、と内心でツッコミを入れる。
その数秒後。
掌がすっ、と軽くなった。
忍者娘の体内から毒が消えた、と判断した和哉は、ゆっくりと手を引っ込める。
と。忍者娘がゆるゆると目を開けた。
「おう。毒消しが上手くいったみたいだな」ロバートがにっ、と笑った。
「あなたたちは……?」カタリナの腕から慌てて上体を起こそうとする忍者娘を、「慌てなさんな」と、魔女が止める。
「あんた、今まであのクサレドラゴンの毒で気を失ってたんだよ」
カタリナの悪態が分かったのか、アンデッド・ドラゴンが怒りの咆哮を上げる。
ドラゴンの咆哮は、人間のみならず、大型の肉食獣や凶暴なモンスターにさえ恐怖を与える。
心臓に悪いから止めてくれ、と、和哉は内心で怯えつつ目を閉じた。
「そう。何があったんだか、こっちが聞きてぇな?」
側にしゃがんだ大男に、忍者娘は口布を外した。現れた顔はまだ若かった。
十代後半と見える、優しい美貌の少女は、礼儀正しく一礼した。
「私は、コハル、と言います。代々イチヤナギ家の筆頭忍者として仕えたハットリ一族の者です」
へー、と、ロバートが目を丸くした。
「その名前からして、この辺の人間じゃないな。俺らは、まあ、いってみりや余所者なんで、あんたが何処の国の人間か、いまいちわかんねぇんだ」
すまんな、と言った金髪の剣士に、コハル、と名乗った忍者娘は「いいえ」と首を振った。
「そういう方々が、この世界に近頃多くおいでになったという噂は、方々で耳にしております。――私達ハットリ一族は、主家のイチヤナギ家共々、このアデレック大陸に隣接するオオミジマに住んでおります」
コハルの説明で、和哉は初めて、自分が今居る場所が大陸だと知った。
アデレック大陸、という名がついていて、コハルの故郷が大陸に隣接する島国なら、もしかしたら他の大陸もあるのかもしれない。
推測する和哉を余所に、コハルの話は続いた。
「オオミジマには、イチヤナギ家の他に、ロッカク家、タダノコウジ家の三家があります。三家はそれぞれ、『神器』と呼ばれる宝物を、家宝として代々伝えておりました。
しかし、今から60年前、イチヤナギ家の『神器』アマノハバギリ剣(天羽々斬剣)が、何者かによって盗まれました。我がハットリ一族は、イチヤナギ家の命の元、決死の覚悟で跡を追いましたが、行方はようとして掴めませんでした。
『神器』の行方がここと知れたのは、2年前、アデレック大陸から来たという薬師の話からでした。薬師は昔、アデレックのある国で捕まった大盗賊が、処刑される前に、オオミジマから大層な宝物を盗み出したと叫んだと、子供の頃に聞いたとのことでした。私の兄のコタロウが、すぐさまアデレック大陸に渡り、1年後にこのロッテルハイムの館にありそうだ、と伝えて参りました。しかし、兄はその頼りを最後に、半年経っても戻らず……」
「それで、あんたがはるばるサーベイア国のこの辺境の北カルバスまでやって来たってわけか……」
「でも、ロッテルハイム邸にあるって、どうして判ったんだい?」
カタリナの質問に、コハルは「判りません」と下を向いた。
「兄の手紙には、ただ、この館の広間の地下に、アマノハバギリが隠されている、とだけ書かれておりました。どうして突き止めたかまでは……。そのことも含め、私は兄に会って聞きたかったのですが……」
「どっちにしろ、このドラゴンを退けないと、君のお兄さんの行方も分からないってことかな?」
和哉は、纏める積りで言った。いい加減、グルグルと唸り声を上げるドラゴンから離れたかった。
「んじゃ、いっちょう、アンデッド・ドラゴンを《たべ》ちまうか?」ロバートが和哉をからかう。
「ちょっ……、止めて下さいよっ。死んでるっても、ドラゴンなんて《たべ》られませんって」
「《たべる》……?」コハルが、不思議そうに和哉を見上げた。
「あなたは、モンスターを《たべる》技をお持ちなのですか?」
途端。
ロバートが和哉に、ごめん、と片目を瞑って来た。
和哉のチート技は、他人には漏らさないと言っていた筈なのに、うっかりコハルの前で話してしまった。
「あー……、うん」今更ロバートを責めても仕方ない。和哉は肯定した。
「ただその……、俺は、ただの冒険者、ってか、ほんとにまだ駆け出しだし、その、あれだ。あんまり技のことは……、言いたくないっていうか、何ていうか……」
本当は『完全他言無用!!』と言いたい。が、なんとなく、コハルの柔らかい雰囲気のせいか、強い言葉が口から出ない。
と、思いもしない方向から、助け船が出た。
「特殊技だし。あまり他国の人間に知られると困る」
ジンが、いつもの無表情で、じっ、とコハルの顔を見詰める。
「あなたは……?」
「わたしは、神官戦士ジン」名乗ると、ジンは胸元から銀色のペンダントらしきものを引っ張り出してコハルに見せた。
コハルが、見せられたものにはっと目を見開く。それから、畏れたようにジンを見た。
「それは……、サーベイア国の機密である、という意味でしょうか?」
強く問い返したコハルに、ジンは「そう、思ってもらって構わない」と答えた。
和哉は内心で「どえらい状況になってきた~~っ!!」と叫んだ。
自分の存在が、下手をすると、もしかすると、国家間の問題になるのか?
いやいや、そこまで大事じゃないだろう、とすぐに否定する。
が、ジンはそうは思っていないようだった。
「カズヤの存在は、サーベイヤ国内でも秘密中の秘密。それを、オオミジマの人間が知ったとなれば、サーベイヤの王侯貴族も黙っていない」
「ちょっと、それって大袈裟……」さすがにロバートがジンを止めようと口を出した。
が、コハルにはジンの言葉が効いたようだ。
「分かりました。カズヤ殿の件は、口外致しません。助けられた恩もございますし」
「それと、もうひとつ」と、ジンは付け足した。
「《たべる》だけでなく、カズヤはこれから新たな技を習得する。それも、他言無用に」
「え? 俺まだ何かあるの?」
自分のことなのに全く分からない。
思わず訊いた和哉に、ジンは、例のドS顔でニマァ、と笑った。
和哉のさらなる大技? といい、ジンちゃんのますますの謎々といい、書いてるほうも、ナゾナゾです。
いいのかおい(汗)




