13.いきなり強敵
ロッテルハイム邸の廃墟に四人が到着したのは、昼を大分回った頃だった。
背後に小高い森を背負った邸宅は、人が住み、よく手入れをされていた頃は、さぞや美しい住居だったと推測された。
現在の邸宅は、庭は薄のような植物が生い茂り、時折、人が植えたらしいバラの花や樹木が、壊れた住宅の壁沿いに立っている。
邸宅自体は、最初の村と同様レンガ造りで、半壊はしているものの、雨露を凌げないほどではない。
「なんで、ドラゴンなんかが人の家を襲ったんだ?」
和哉は、かつての玄関ホールとおぼしき場所で、割れた柱を見上げた。
荒野に棲むドラゴンは、野の獣を狩って糧を得る。が、自分の縄張りに無暗に侵入したりしない限り、人間を追い回して殺したりはしない。
和哉のやっていたゲームでは、そういう説明になっていた。
「さてな。俺も、ここでは日が浅いからな」確かに、ロバートも『地球が無くなった日』からの移住で、異世界には和哉より1ヶ月程度先に着いただけだ。
事情を知っているとしたら、ジンだろう。
しかしそのジンは、邸内へ入るなり、
「妙な気配がする」と、勝手に裏庭へ回ったきり、こちらへ戻って来ない。
しかも、カタリナもくっついて行っている。
「なにやってんだ? 神官戦士のお嬢ちゃんは」
ロバートは、自分もバラの棘を避けながら、裏庭へと向かう。何が出て来てもおかしくない、と、門扉をくぐる前にたっぷりカタリナから脅かされた和哉は、ロバートの尻を慌てて追う。
自慢ではないが、モンスターは平気だが、幽霊は大の苦手である。
映画でも、SFやアドベンチャー、ファンタジーは観に行ったしDVDを借りたりしたが、ホラーにはどうしても手が出なかった。
へっぴり腰で付いて来た和哉だったが、突然の大音響の悲鳴に腰を抜かしそうになった。
「なっ、なにっ!?」
急ぎ足で声のしたほうへと向かうロバートの後姿を、和哉は不安一杯の胸を抱えてついていく。
今の絶叫は、多分カタリナだ。滅多にあんな声を出さない魔女の恐怖の叫びは、ただでさえビビリになってる心臓に悪い。
ロバートが足を止めた。急ブレーキが間に合わず、和哉は、その広い背に思い切りぶつかる。
和哉の細っこい身体が体当たりをかましてもびくともしないイギリス人の剣士の大柄なガタイに、逆に和哉は尻もちをつく。
と、でかい仲間の長い脚の間から、別な景色が見えた。
大きく壊れた屋敷の壁。中は、大広間かなにかだったらしい。
辛うじて屋根が残り、庭木が野生化して入り込んで荒れ放題に荒れたその広い空間に、大きな生物がいた。
蝙蝠に似た薄い被膜の両翼を背に持つ、トカゲにも似た形をした、赤い身体の生物。
「ドッ ドラゴンッ?!」
叫んだ和哉に、ロバートが後ろを向かずに答えた。
「ああ。だが、こいつはアンデッドだ」
アンデッド。ということは、幽霊。
ここで暴れて、騎士の誰かに倒されたドラゴンの魂が、まだこの場に残っているというのか?
確かに、言われてみれば、身体全体がなんとなく薄い気がする。
「アンデッド・ドラゴンなんて、滅多に見ないぞ」和哉は首を捻る。
RPGなどで、アンデッド・ドラゴンはそのステージのボスだったりした。かなりな強敵である。
が、言ってみれば、この世界に来てまだ第二ステージでしかない和哉が、どうしてこんな、ゲームならば中盤の中ボスにいきなり当たるのか?
「だっ、誰かが、ここにドラゴンの魂を縛り付けてんのさっ!!」
前方からカタリナの声がした。
和哉の疑問からは微妙にずれたようでいて当たっているようなカタリナの言葉に、和哉は、ロバートの股の間から、広間の中の様子を見た。
カタリナは、アンデッド・ドラゴンが睨む先に、蹲るようにしてしゃがんでいた。肩腕に誰かを抱いている。
抱いた相手は、どうやら動けないらしい。ぐったりとカタリナの腕に上半身を預けている。
その服は、見覚えのある迷彩柄の外套だ。
「ジンっ?!」
てっきり美少女神官戦士だと思い込んだ和哉は、飛び起きてロバートの前へ出た。
「バァカっ!! 刺激するんじゃないよっ!!」
自分の大声のほうが余程刺激的だと思うのだが、カタリナは、アンデッド・ドラゴンの真正面に立ってしまった和哉に注意した。
「ジンはっ!? 無事なのかっ!?」
「わたしが、どうかした?」
半透明のドラゴンの真裏からジンの声がした。
和哉は、拍子抜けして「へっ?」と間抜けな声を上げてしまう。
半透明とはいえ、巨大なドラゴンの後ろはまるで見えない。どうしてジンがそんなところへ回り込んだのかも、不明である。
ともかく。ジンがアンデッド・ドラゴンの真後ろということは、では、カタリナが庇っているのは、何処の誰だ?
しかし、和哉が見知らぬ人間を見極めている時間は無かった。
アンデッド・ドラゴンが、咆哮した。
「やばいっ、ブレスが来るかもっ」ロバートが言った。
ドラゴン・ブレスと言えば、定番は炎だ。
しかし、アンデッドでも炎のブレスを吐くものなのか?
考えている暇は無い。ロバートが和哉を退けて動き出そうとするより先に、和哉はカタリナと見知らぬ人物に向かって走った。
炎ならば、火トカゲを《たべた》時に多少の耐性がついた。ドラゴン・ブレスに通用するかは分からないが、やるしかない。
大きく息を吸い込んだアンデッド・ドラゴンが、本当に炎のドラゴン・ブレスを吐いた。
カタリナと彼女の庇う人物にブレスが当たる前に、和哉は自分の外套の両端を掴み、大きく腕を広げて二人を包んだ。
その背に、火トカゲとは比べ物にならない程の、高温の炎が吹き付けられる。
「カズヤッ!!」
横の壁に転がって避けたロバートが、叫ぶ。
「あっちいっ!!」
和哉は、背の焼ける嫌な感触がしたものの、これは持ち堪えられる、と信じた。
数分して。
ブレスが止んだ。
その隙に、ロバートがカタリナと腕の中の人物を抱えて広間から出る。
背を焼かれた和哉は、少しの間、胸が詰まったようになって動けなかった。
が、不意に楽になったので顔を上げてみると、いつもの無表情のジンが、和哉の背中に治癒魔法を施してくれていた。
「あ……、ありがと」
「ぐすぐすしていると、もう一度ブレスが来る」
魔法を止めると、ジンは和哉の焼け残った外套の襟を掴み、ずるずると引き摺って外へと出た。
イヌじゃないんだからっ、と抗議したかったが、その直後、第二撃のブレスが来たので文句は立ち消えになった。
「……やはり、ブレスも広間からは出ないんだな」と、ロバート。
相当な威力の炎のブレスだったが、まるでそこに障壁でもあるかのように、広間から少し離れた和哉達のところへは、その熱の一部さえ伝わって来ない。
「カタリナの言った通り、このゴーストは、誰かが魔法でここに縛り付けてある。後ろにその証拠の、血の魔術文字があった」
ジンの、変わらぬ無表情の説明を聞きながら、和哉は、何だかスースーする背中に手をやる。なってるだろうとは思ったが、やはり、ドラゴン・ブレスで外套も革のベストも焼け落ちて無くなっている。
この先、この格好のままで旅を続けるのは嫌だな、と思っていたその時。
カタリナの腕でぐつたりとしていた人物が、微かに唸った。
掠れた弱々しい声音は、男女どちらのものかも区別がつかない。
「どうなんだ? その人。ドラゴンにやられたんだろ?」ロバートが、小柄な人物を覗き込んだ。
「ジンが回復呪文を掛けたんだけど……。他にもやられてるみたいでねぇ」
「カズヤ、診て」と、またも和哉はジンに首っ玉を掴まれて引き摺られた。
いい加減、ジンのイヌ扱いに怒る気もしなくなっている自分に、和哉はつくづく自分はドМかもと自覚する。
「そうか。アンデッドなら毒、っていう可能性もあるのか」
二人のやり取りなど全く眼中に無いロバートの指摘に、なるほどと考えて、和哉は小柄な人物の胸元を触った。
と――
「うっっっわあ!!」
ふわん、と柔らかいものが掌に当たり、思わず飛び退く。
その感触は、紛れもなく、女子のバスト。しかも、結構、爆乳サイズだ。
「あ。女の子だって、言わなかったわね?」
真っ赤になった和哉に、カタリナがにたあっ、と笑った。
女の子が着ていた外套を外す。と、現れたのは、灰茶の、襟を前で交差させ帯で止めた、日本古来の装束、忍び装束だった。
謎の忍者娘、登場。
結構爆乳・・・




