115.吸収
『やっぱり無効化したか。ま、それくらいは分かってたけどな』
反応してくれればいいだけだから、と、ガロットは牙を剥き出して嗤った。
「反応?」クラリスは慎重に杖を構え、マーナガルラに聞く。
和哉は嫌な気配を感じて、湖面の彼方を見る。自分達の居る場所の対岸、北側の水面が、異様に膨れ上がって来た。
「クラリスっ、あれっ!!」
上位魔族を睨みつつ、大賢者が和哉が指した方をちらりと見る。
ルースやガストル、デュエルも北の方へと目をやった。
膨れ上がった水面が見る間にこちら側へと押し寄せて来る。
水の中には、夥しい数の魚が居た。
黒い小魚。そのどれもが、大きく口を開け鋭い牙をこちらへ向けている。
「牽制、かっ!?」
デュエルがぎりっ、と奥歯を噛み締める。
「いや。多分あれは——」
言い掛けたガートルード卿を、竜型になったオーガストがいきなり咥えた。
ひょい、と放り上げると、自分の背に乗せる。
「オーガストっ !!」
『文句は聞かない。ガートルード、俺は危険だと判断した時には、あなたを最優先で守れと大賢者に言われている』
「ならジンも——」
「私は大丈夫」
ガートルード卿の提案を、神官戦士の少女はにべもなく断った。
腕に巻いてあるミスリル合金の鞭を、スルスルと解く。
「カズヤが戦うなら、私も戦う。そのために、ここに来たのだから」
「んなら私もっ」
人型のまま背中の双剣を抜いたエルウィンディアに、クラリスが大喝をくれた。
「ばっかもんがっ!! おまえはすぐに竜型になって、ルースとガストルを乗っけるんじゃっ!!」
「えーっ、なんでっ!?」
「上から攻撃しろってよっ」ロバートが片目を瞑ってみせる。
ぶぅっ、と膨れたエルウィンディアだったが、クラリスの言葉に従い竜型になると、傭兵二人を背に乗せた。
『馬じゃないんだからねっ、しっかり捕まってないと、落っことすわよっ』
「落とされても構わん。出来れば魔物の上に落としてくれ」
ガストルの太い声に、エルウィンディアは『えーっ、可愛くないっ』とまたぶすくれる。
『どーでもいいけど、身内で長々くっちゃべってるんならこっちから仕掛けるけど?』
ガロットが、苦笑しながら立ち上がる。その背後には黒い魚を大量に含んだ水が、壁のように迫っていた。
「——氷壁っ!!」
クラリスが氷の魔法を飛ばす。第一波の水の半分程が凍り付いた。
が、すぐ後ろから二波が押し寄せて来る。
先の氷を割って襲い掛かって来る魔物入りの波と同時に、ガロットが和哉に飛び掛かって来た。
『おまえさえ封じてしまえばこっちの勝ちだっ!!』
予測していた和哉は、両生類の大ジャンプで大きく後方に飛ぶ。
巨大な狼パンチをどうにか避け、もう一度横っ飛びに逃げようとした時。
ガロットの身体が二つに分かれた。
「っな!?」驚愕の声を上げたのはロバートだった。
ガロットから分離したヘルロットは、和哉の動きを見切ってそちら側へと跳躍して来た。
和哉が着地するより先に。
ヘルロットがずらりと長い牙が並んだ口を大きく開け、和哉を頭から飲み込む。
——しまったっ!!
ジンが自分の名を叫んだのが聞こえたが、振り向いた先は魔物の口の中の闇だった。
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あっさりと和哉を飲み込んでしまえたのに、ヘルロットは拍子抜けした。
『なぁんだ、言われていたよりチョロかったね』
にぱあ、と笑ったヘルロットに、ガロットが顔を顰めた。
『油断するな』
その間にも押し寄せて来る魔魚の第二波も、クラリスが氷の壁で防ぐ。
ガロットはにやけている双子に構わず、ジン達に襲い掛かった。
ジンが、腕のミスリル合金鞭を波うたせる。降ろされるガロットの脚を薙いだ。
翻る鞭を軽々と魔物が避けたその時。突然クラリスの魔法陣が光った。
「ごめんっ!! 遅れたっ!?」
魔法陣から現れたのは宣人とフミマロだった。
「フミマロ殿っ!?」大賢者が驚愕の表情で二人を見た。
「ノブトっ、あいつやっ!!」
クラリスに片頬で笑むと、フミマロがガロットを指差す。宣人は、今にもジンとカタリナを踏み潰そうとしていた魔物に手のひらを向けた。
「『吸収』っ!!」
『なっ——!?』
宣人の掌から黒い球体が現れる。と、瞬く間にガロットを包んだ。
一秒も無い間に、マーナガルラの片割れは宣人の『特殊能力』によって吸収された。
和哉を飲み込んで安心していたヘルロットが、焦ったのか、湖の方向に走り出した。
クラリスの魔法の氷を飛び越え、水の中へ逃げ込もうとする。
しかし。その眼前に銀色の球体が現れた。
球体は一秒とかからず人型となる。
魔王の子にしてハイクラス・ラミアの息子ヨアヒムは、母譲りの銀の髪を、まるで生き物のようにヘルロットに巻き付けた。
『おっ、おまえっ、はっ!?』
「魔王の下へ逃れようとしても無駄だ。——あやつはおまえなど助けない」
『ふざけたことをっ!!』
ヨアヒムの髪を振り解こうとヘルロットが暴れる。マーナガルラの猛犬の頭は、緑色の不気味な霧を吐き出す。
だが、ヨアヒムは平然とした顔で言った。
「ラミアの子の私に毒は効かない」
『ならっ、こっちならどうだっ』
ヘルロットが大きく口を開けた。炎を吐こうとしたその刹那。
「——氷山」
クラリスが巨大な氷の山を作り出すと、ヘルロットの口へ投げ込んだ。
吐こうとしていた炎がヘルロットの口中に押し戻される。
喉が焼かれ、猛犬が吠えられぬまま悶絶する。
ヨアヒムは、すかさず髪を大きく振った。まさしく蛇のようにマーナガルラを締め上げていた銀の髪が、湖からその巨体を陸へと飛ばす。
飛ばされながら、ヘルロットは自分の内側から何かに引き摺られていく感覚に襲われた。
『なん——っ!! これっ!!!』
受け身を取れぬまま湖岸に叩き付けられたヘルロットの身体は、大きく跳ねる。
四肢を突っ張り、何かから逃れるように暴れる魔物は、瞬く間に捩れて小さくなる。
ジン達が呆気に取られて見守る中。
ヘルロットは忽然と消え失せた。
うわあ・・・
間がまたずいぶん空いてしまい申し訳ありません!!
今年の夏の暑さで体調崩してました、と言うのは言い訳ですよね^ ^;;
とにかく頑張って書いてますっ




