11.金とお宝
翌日は、和哉は昼まで宿屋でゆっくり寝ていた。
急激なレベルアップは体力も増強してくれたため、さして疲れは感じていなかったのだが、身体がそうでも気持が、何となくダラダラになっていた。
いつの間にか和哉のマネージャー的な役割をしてくれているロバートは、教会とパブを回って、適当な宝探しの話を拾い集めて来ると言って、朝もはよから出て行った。
遅めの朝食を食堂で採り、再び部屋へ上がって自分のベッドでゴロゴロしていた和哉のところへ、ジンがやって来た。
「あー? どうしたん?」
昨日は、村へ帰還するなり祖母の家へと直帰したジンは、今日はいつも通りの無表情で和哉の隣の――ロバートのだが――ベッドは腰掛けた。
表情はいつも通りだが、服装は違った。今日は、迷彩柄の外套を羽織っていない。
日本の着物のように、襟元で合わせを交差させた白い上着は、共布の太めのサッシュベルトで留められている。下は、薄い青色の、足首を絞った形のふんわりとしたズボンだ。
全体的に身体の線が隠れている服装だが、それでも、ベルトで絞められたジンの腰がほっそりとくびれているのはよくわかる。
和哉は、ちょっとドキドキしながら、近くに座った少女を見上げた。
そんな和哉のトキメキになど全く頓着していない様子で、ジンは、
「次は、何処へ行く?」と紋切り型の質問をする。
和哉はう~ん、と唸って、枕を抱えた。
「それについては、ロバートに訊いて。今、次の行先を探しに行ってっから」
「南レリーアへ行かないか?」
「……あ?」
異世界に来てからまだ日が浅く、それこそこの村と西の山にしか行ったことの無い和哉は、ジンの提案の南レリーアが何処にあるどんな場所なのかも、全く見当がつかない。
和哉が『こちらのことが分かっていない』という事実に気が付いたらしいジンは、さらり、としたステンレスシルバーの髪をそよがせて、和哉に顔を近づけた。
合わせの胸元が広がり、中の谷間がちらり、と見えた。
和哉の《たべる》コマンドに異様に反応して、空前絶後といっていいドS娘になるジンだが、こうして普通にしていれば、はっと息を飲むほどの美少女だ。
おまけに、想像していたよりも胸が大きい。
ブロンズの肌に似合う、大きなブラスの瞳に見詰められて、和哉は男子として大いにときめいた。
「だっ……、だだだっ」
思わずやましい反応が身体に勝手に出てしまい、これは不味いと、ベッドの端まで後ずさる。
和哉の態度を訝って、更に、ジンが近付いて来た。
「“だだだ”?」オレンジゴールドの、ふっくらと形良い唇から、和哉が漏らした意味不明の言葉の復唱が流れる。
ジンにしてみれば、別にウブなチェリーボーイをからかってやろうなどという意図など全く無いのだろう。それだけに始末に悪い。
和哉の心拍数が、これ以上はムリっ!! という速さまで跳ね上がり、血液が顔と、あらぬところへ集結し出したその時。
「だっだいま~。と?」
ばったん、と部屋のドアが盛大に開いて、ロバートが帰って来た。
「うっわっ!!」
別になにもしていないのに、和哉は慌てて枕を自分の頭に載せ、防御の姿勢を取ってしまった。
ロバートは、さも面白そうに、ジンに言った。
「おいおい~~。いたいけな童貞クンをからかっちゃいけないって、おじさん前に言わなかったか? ジンちゃん」
聞いていて、和哉はややむっとする。
――そりゃあ、確かにまだ童貞だけど。女の子の前でしゃあしゃあと言うことねえだろうがよ。
枕の脇から、ロバートを睨んだ。
ロバートを見上げたジンは、本当に分からない、という顔で、
「カズヤは童貞だったのか?」と聞き返した。
「多分」
「推測で言うなっ」
投げ付けた枕を、ロバートはひょいと躱す。
げらげらと下品に笑う同部屋人に、和哉は「なんなんだよっ」とむくれた。
「冗談は置いといて。カズヤ、ちょっとこの村を出てみないか?」
「あ――。それなら、さっきジンにも……」
言い掛けた和哉を押し退けるようにして、ジンがロバートに喰いついた。
「南レリーアへ行きたい。連れて行け」
「……そこって……」
言い差して、ロバートは少し難しい顔をした。
******
「金とお宝の街、南レリーアっ!!」
カタリナが、地球で見たタロットカードに似た、奇妙な絵が描かれたカードを宙に撒いて、叫んだ。
「多くの古代神殿と、古代の王城、それと、強い魔術師たちの怪しげな塔の林立する岩山。荒野にはドラゴンっ!!」
「ドラゴンっ!?」
聞き返した和哉を、カタリナが真後ろのロッキングチェアに押し倒した。
「そうっ!! ドラゴンっ!! この世界で最大にして最強の肉食モンスターっ!!
奴ら一頭でも倒せたら、倒した者には《竜殺し(ドラゴンスレイヤー)》の称号が与えられるんだよっ!!」
ゲームでも見たことがある。
《竜殺し(ドラゴンスレイヤー)》は、相当レベルが上がらなければ獲得できないジョブだった。
揺れるロッキングチェアの背に掛かっていた、カタリナのものらしき赤いショールが、和哉の腕に巻き付く。
和哉はびっくりして腕を振った。が、どうやら、この椅子に腰かけると、自動的にこのショールは肩に掛かるようだ。
「取れないよ」と、短くカタリナが笑う。
「そのショールも、実は南レリーアで見付けたのさ。魔力を吸い取るショール。でも、ショールの魔力が満タンなら、逆に巻き付いた相手に魔力を足してくれる」
「そんな――ものが?」和哉は、何とかショールを引き剥がし、チェアから立ち上がった。
「そう。南レリーアには、そのショールクラスのお宝なんか、ごろごろ眠ってる。冒険者が一獲千金を狙いたいなら、絶対に行くべきところだね」
カタリナは、さっき撒き散らしたカードの中から、床に落ちていた一枚を拾い上げた。
「けど、あんたは……、まだ迷ってる」
カードを見ながら問い掛けて来るカタリナに、和哉ははっとした。
迷っている、というよりは。
「……ジンが、気になってるのさ」
カタリナが、ばんっ、と持っていたカードを机の上に叩き付けた。
「あんたは、行く、と言い出したのがジンなのが気になってる。あの娘が何を考えて、南レリーアに行きたいと言ってるのか? それが知りたい」
にぃっ、と、カタリナが笑った。
和哉は、素直に頷いた。
昨日、和哉達の宿屋に来ていきなり「南レリーアに行きたい」と言っただけで、ジンはその理由は言わなかった。
ジンは神官戦士だ。
南レリーアが一獲千金の街だとしても、神官戦士には、金目のものなど関係無いのではないのか?
その辺の事は、なぜかロバートも知らないと言った。
知っていそうな感じなのだが、どうして、ロバートは口が固い。ジンから口止めされているなら、てこでも言わないだろう。
だから、和哉よりは付き合いが長そうなカタリナに、情報を貰おうと、パブに来た。
「カタリナ、さんは、どうしてジンが、南レリーアに行きたいのか、ご存じなんじゃ……?」
「いいや」だが、大占い師は、あっさり首を振った。
「あの娘は謎だらけだ。あたしには、昔南レリーアに住んでたって言っただけだ。――けど、その辺りで何かあるのかもね」
とにかく、と、カタリナは、散らばっていた他のカードも拾い始めた。
「あんたは、明日には南レリーアに行くことになる。あたしも、あんたや他の二人とは、どうやら一蓮托生らしい。――行った先のことは、まだ未定みたいだけどさ」




