109.バッタかイナゴ?
城から黒い『何か』が、飛び出して来た。
和哉達が立ち止まっている場所から黒い城までは、ざっと見た感じで1kmほどある。
『何か』は、その距離を物凄い速さで飛んで来る。
「あれ、なんだと思う?」
和哉は、この後に及んで何故か呑気な自分に半ば呆れつつジンに訊いた。
ジンは、そんな和哉を横目で睨むと、いつもの平坦な口調で返して来た。
「どう見ても魔物」
「なのは、俺にも分かるんだけど。分類がなんなのかな〜〜って思って」
「分からない。あんな小さいガーゴイルが居るとも思えないし」
見た目大きなネズミほど。真っ黒で、頭には2本か1本の角があり、背の羽はコウモリのようだ。
ガーゴイルといえばそうだが、確かに小さい。
「デュエル、あんなの見たことあるか?」
「ねぇよっ!! ってか、カズヤのんびり眺めてる場合じゃ——」
見た目とは違い、至って小心者のワータイガーがビビり気味に咎め終わる前に、巨大な火球が魔物の群れにぶつかった。
小型の『ガーゴイル?』は、キーっ、というかギーっという感じの悲鳴を上げ、次々と焼け落ちる。
火球を飛ばしたのはカタリナだった。
「まったくっ!! 近くに来られたら厄介だわよさっ!!」
先頭の、ざっと100匹近くを焼き殺した魔女は、それでもまだまだ飛んで来る小魔物に向けて、2発目の火球を放つ。
またも大量に燃え落ちるが、その後ろから二手に分かれた魔物たちが、まるでバッタかイナゴの群れのように迫って来た。
「思い出したっ!! ありゃインプだっ!!」
ロバートが叫んだ。
和哉は、どこかで聞いたような名前に「ふん?」と首を傾げた。
「インプは1匹ずつの力は弱いが、束になって来られると厄介だ。——ですよね? 大賢者様」
「確かにの。オババがしたように、焼き払うのは効果的じゃが……」
「ちょいと賢者さまっ!? 誰がオババなんだわよっ!!」
カタリナは、真っ赤な肩掛けをぐいっと掛け直すとクラリスに近付く。同じく真っ赤なルージュを塗った口をクワッと開け、怒鳴った。
「自分の歳を棚に上げて、あたしを毎度毎度『オババ』って呼ぶんじゃないんだわよさっ!!」
「あー悪かったっ!! つい口癖になってしもうたようじゃ。カタリナの火の魔法の威力は十分に認めておるわいっ」
「まったく……。いちいち妙なことで揉めてる場合ではないぞえ」
ヘルキーニアが優雅に右腕を上げ、弧を描く。
と、指先から発せられた白い光が、腕の動きに沿って螺旋状にインプの大群を巻き込んだ。
「雷撃の変形か」クラリスが撫然と言った。
「これでも間に合いそうにはないぞえ。——城からはまだ小鬼が出て来るようじゃ」
「おうわっ!! 確かにっ」
デュエルの妙な雄叫びが全員に聞こえる前に、インプの大群が和哉達の頭上を覆う。
クラリスが腕を上げ一振りした。
「アイシング・キル」
大声ではない、静かな呪文だが、インプの群れは一瞬にして全て凍り付いた。
氷の塊となった小魔物達が、灰色の床の上にバラバラと落下する。凍っている魔物はそのまま砕け散った。
焼くのも早いが凍らせるのもアリか、と和哉が感心していると、ヘルキーニアの雷撃で黒焦げになったインプの群れが同時に落ちて来た。
「雷、アリかも」
「じゃが、何度も打ち出せるものでもないのでなぁ」
ヘルキーニアは平然とした口調で言ったが、額の銀髪からはつうっと汗が流れていた。
雷撃はさすがのハイクラス・ラミアでも魔力を消耗するようだ。
カタリナの火球二発に続いてクラリスの氷の魔法、ヘルキーニアの雷撃とぶちかまされたインプ達だが、黒い城からはまだまだ出撃してくる。
「キリねぇなっ!!」
ロバートが歯噛みしつつ、大剣を抜いた。
『テセウス』は、和哉が海竜エリオールから譲り受けた聖剣である。が、アマノハバキリが和哉を主と決めて離れなかったため、テセウスをロバートに譲ったのだ。
ロバートはフツノミタマノツルギにも好かれていたが、如何せん、オオミジマの『神器』の剣が二振とも島を離れるのはよろしくない。
フツノミタマノツルギは、従ってフミマロに返却した。
聖剣、と言われるだけあり、テセウスにも尋常ではない魔力がある。主な魔力は海竜が持っていただけあり、水の魔法だ。
ロバートがテセウスを一振りすると、その軌道から水飛沫が走った。
インプの群れへとぶつかった水飛沫は、そのまま氷の礫となり小妖魔達を悶絶させる。
もう一振りしようとロバートが振りかぶった時。
「待ってっ!!」と、それまで戦闘を見守る体だったメルティが声を上げた。
「どしたっ?!」兄のデュエルが義妹を見た。
「魔物の群れの中に……、ううん、下の方を、別なものが走って来るわっ」
ワーキャットのメルティは、視力より嗅覚が優っているらしく、小顔を上下に揺らして前方からの『におい』を探っている。
「間違いない。あれ、マーナガルラだわ」
「やっべぇじゃんかそれっ?!」
焦った表情でデュエルも得物を構え直す。
和哉は、竜騎士になったことで上がった視力で、メルティが指差した方向をじっと見た。
「……どうも、変だな」
先程対峙した時、マーナガルラは禍々しい大型の狼の姿に変身した。が、今、インプの前を走っているのは、どう見ても小型犬だ。
しかも、耳も尻尾もぺたり、と垂れている。
必死の体で駆けて来るのだが、和哉達に対して戦意があるようには見えない。
いやむしろ——
『たっ、助けてぇぇぇ!!』
マーナガルラは、泣きながらこちらへ向かって来ていた。
うう、ちょっと続きが遅れております・・・
頑張りますぅm(_ _)m




