108.深謀遠慮
空間は、ナリディア達が謁見に使用する異空間によく似ていた。
中へ入ると、前後左右が分からなくなった。
ドーム型、というより、どこまでも続く平らな床面という感じである。
「これ、一人で行けって言われたら絶対迷うヤツだ……」
ぼやいた和哉に、ジンが呆れた顔で言った。
「目的地が明確なら、ただ真っ直ぐに歩けばいいだけ。明るいし、どうやっても迷わない」
ジンの言葉に、和哉は改めて周りを見た。確かに、ナリディア達の接見の空間と違い、かなり明るい。
同じように周りを眺めていたロバートが、ひとつ息を吐いた。
「こんなに明るく出来るなら、なんだってどっかの誰かさんはそうしないんだよ?」
「志向性の問題」
「はあっ!?」
頓狂な声を上げたロバートに、先を行くヘルキーニアが振り返った。
「何をそんなに騒いでいるのかえ? 御使い様の有り様は、十分に理解しておろうが」
「そうさな。御使い様方の振る舞いはわしには理解出来んが。ま、色々とご都合があるのじゃろ」
大賢者にも言われ、ロバートは唸った。
「出力をセーブしてるとか、そういう話なのか……?」
「あり得るなあ」和哉は納得する。
「そうじゃ」クラリスが後方のエルウィンディア達を見た。
「竜の二人は入り口で待っておれ。手が必要になったら呼ぶのでな」
「ええぇ〜? どうして?」
風と水のドラゴンの娘がぷうっと膨れっ面になる。
「あたしと兄さんが居たらジャマってこと?」
「そうではない」クラリスは形良い眉をぎゅっと寄せる。
「おまえ達は大事な『足』じゃでな。万が一マーナガルラとの戦闘で飛べなくなるような怪我でもされれば、わしらが困る」
「そぉんなヘマな戦い方しませんっ!! もう、大賢者様って、あたし達をちっとも信用しないんだからっ」
「エルウィンディア」オーガストが跳ねっ返りの妹竜を嗜める。
「大賢者様の言葉に従った方がいい。このメンバーで長距離飛行が可能なのは、俺とおまえだけだ」
「そうだっけ? 大賢者様は、確か大鷲のお友達がいるでしょう?」
彼らの翼を使えば、相当な距離を飛行できるはずだ。
エルウィンディアの文句に、クラリスがふん、と鼻を鳴らした。
「巨大鷲のダルタニスのことを言っとるんだろうが、彼奴とは特殊な契約をしておる。滅多なことでは呼び出せんわい」
「滅多な……、って、命に関わるようなこととか?」
訊いたエルウィンディアにクラリスは、
「解っとるならよいわ」と、むっすりと返した。
「ならば私も残ろう」
少し先を行っていたガートルード卿が、言ってオーガストの隣へと戻った。
「オーガストは私の騎乗竜だ。主の私に何かあっては、彼も王都へ戻りづらいだろう」
「あー、それは、そうかも」
和哉は納得して頷く。
「なら、カズヤも残るか?」揶揄い半分で尋ねて来たロバートに、和哉が口を開こうとした時。
「ばっかもんがっ!! カズヤが居らんで、どうやってマーナガルラを倒せるんじゃ!!」
クラリスの真顔の叱責に、ロバートは首を竦める。
「んなの、解ってるって。言ってみただけだろうがっ」
「ガートルード卿も、オーガストの心配は良いが、今回ばかりは認められんぞい。相手は上位魔族の中でも1、2を争う強敵じゃで。竜二人にここへ留まってもらうのは、誰かに不測の事態があった場合の保険じゃ」
銀髪の美女竜騎士は、一瞬、アイスブルーの眼を瞠ったが、すぐに普段の冷静な表情に戻った。
「なるほど。——大賢者の深謀遠慮に、若輩が僭越を申し、お詫び致します」
片腕を胸の前で水平に折り、騎士の礼を取ったガートルード卿に、クラリスは、
「なに、納得していただければそれで良い」と頷いた。
「話は、纏まったのかえ?」
先頭のヘルキーニアが声を掛けて来た。
「待たせたの」
返した大賢者に、ハイクラス・ラミアの美女はくっ、と銀の目を細めた。
歩き出して十分ほど。突然、目の前に巨大な城が現れた。
大小6基ほどの尖塔を持つ秀麗な城に、和哉はどこかで見たような感覚を覚える。
「……シンデ○ラ城?」
ロバートがぼそり、と言った。
「あ。やっぱそれだ。道理でどっかで見た気がした」
「でもこれ……」言いさして、和哉は口をへの字に曲げた。
件の白は『白鳥城』と呼ばれる白亜の城であるのに対し、眼前のものは、姿こそ似ているが外観は真っ黒である。
「これじゃ『黒鳥』だなぁ」
ロバートも声を落とした。
「何の話だえ?」
彼らの後方を歩いていたカタリナが、二人の二の腕を掴んで首を突っ込んで来た。
「いやな、俺らの故郷に似たような城があるんだが、それは白い鳥って言われてる綺麗な城なんだ。この城によく似てるんだけどな」
「へえ。あんたらの故郷の城に、ねぇ。あたしも、自分の故郷でこんな城を見たことがあるんだわよさ。あたしの居た地方じゃあなかったんだけどね。確か、キーラルアって名前だったんだわよさ」
「ええっ!? カタリナさんとカズヤ達って、おんなじ故郷出身じゃなかったんだ?」
「ちょっとっ、声っ」
驚いて声を上げたデュエルに、メルティが注意する。
デュエルは慌てて口を抑えた。
が、ただでさえバカでかいワータイガーの銅鑼声は、ドーム状の空間にものの見事に反響した。
「……来る」
ジンが、黒い城を見詰めたままぼそっと言った。
次話、やっと投稿です^ ^;;
遅くてすみません・・・よろしくお願いいたします。




