105.マーナガルラ
「マーナ……、ガル、ラ?」
妙な名前である。
ガルガロンといい、この星の上位魔族は、和哉が子供の頃にはもう放送されてはいなかった某特撮プロの怪獣の名前に似ている。
その内、キング○ドラとか、○ジラとか、出て来そうだ。
珍妙な顔をしていたらしい、大賢者が白い眉を跳ね上げて「なんじゃ?」と和哉を覗き込んできた。
「いやその……。憶えにくい名前だなぁと」
「ふん。……まあ、魔族の名なんぞどうでもいい。マーナガルラは、本体は狼と犬の二つの頭を持った怪物じゃ。人型の時は少年の姿が多いの」
「武器は?」尋ねたロバートに、クラリスは、
「人型の時は剛金の爪。メルティと同じだの。本体は、狼の頭が炎、犬の頭が毒霧じゃ」
「ややっこしいっ!!」
エルウィンディアが膨れっ面で言った。
「毒霧は厄介だな。それに、剛金爪も」
ガートルード卿が難しい表情で腕を組んだ。
「毒は、カズヤは平気だろうが、他の者はどう避けるか、だな……」
「ふうん。毒が大丈夫な人間なんて居るんだ?」
突然。
背後から声がした。
全員驚いて振り向くと、愛らしい容姿の少年が和哉達を笑いながら見ていた。
年齢は13、4歳。青い巻き毛に青い目をしている。クラリスが言った通り、左手には手袋型の爪の武器を装備している。
少年は皮肉めいた笑顔のまま、和哉達に一歩、近付いて来た。
咄嗟に、全員が身構える。
「あはは。そんなに怯えなくてもいいよ? 僕は実はあんまり戦うのって好きじゃないんだ。君達が僕の邪魔さえしなけりゃ、全然無視するから大丈夫」
「邪魔するなって……。何する気だ?」
和哉の問いに、少年・マーナガルラは青い目をくるりと動かした。
「あれれ? そこの賢者さまに聞いてないの? 魔族の僕が目覚めたのは、この世界の魔力を全て吸収するためさ」
「——え?」聞き返した和哉に、マーナガルラは心底呆れた、という顔をする。
「え? って。君ら、ガルガロンを倒したんでしょ? 何のために倒したわけ?」
「あれは……。ガルガロンの封印が剥がされて、あいつが出て来たから」
「ガルガロンの目的も僕と同じだったはずたよ。——魔族は、世界に充満してる魔力を食べて成長する。ある意味竜と似た存在だ」
「一緒にするな」
オーガストが、さも嫌そうに否定した。
「俺ら竜は魔力を食べると言っても、魔族みたいに底無しじゃない。自分に必要な分だけ吸収する。おまえらは、片端からバカみたいに吸いまくる」
「バカみたい、っていうのは、聞き捨てならないね」
マーナガルラの青い目が剣呑な光を放つ。
「魔族も必要な分だけ吸収してるだけだよ? その分量がちょっとそこらの魔物なんかより多いだけだ」
「……世界が、破壊される程の量が、ちょっと多いというのは、相当間違っていると思うけど」
ジンが、凄みの効いた声で言った。
マーナガルラが、にいっ、と口の端を釣り上げた。
「世界を破壊って言ったって、たかがこの世界一つだよ? 異界はそれこそ数万とあるんじゃない? 僕らが一つ食べ尽くしたって他にもあるんだから、大したことないでしょ」
「はあぁっ!?」
和哉は呆れ半分、怒り半分で声を上げた。
「何言っちゃってるんだそこのボンボンっ!! おまえらにとってはたかがひとつだろーが、この世界に住んでる人間にしたら、ここしか無いっての、分かって言ってんだろーな? そこんとこマル無視してんなら、俺は絶対許さないぞっ!!」
「あっはははははっ!!」
マーナガルラが、身を折って大笑いした。
「ここに住んでる人間が、なに? だから? 僕らにとって、そんなの全然関係ないねっ!! それこそ僕ら魔族は人間の魔力も全部吸収するんだよ? ……エサが死ぬのは当たり前でしょ」
「あのなあっ!!」
前のめりになる和哉の肩を、ロバートが止めた。
「見解の相違が大き過ぎるだろが。獲物を前にしてヨダレ垂らしてるキツネに、獲物のウサギが『私たちにも生きる権利があるんですっ』って主張したって、ケダモノは聞く耳持たないって」
ロバートはわざと『キツネ(fox)』と『ウサギ(rabbit)』を彼の母国語・英語で言った。
和哉には判ったが、ジン以外の味方、そしてマーナガルラは判らない。
「……おまえ、何処の人間?」マーナガルラが本心から不審だという表情でロバートと和哉を見た。
「色んな異界を喰って来てるんなら、俺の母国語くらい判るだろうが? それとも、さっき言ってた『異界はたくさんある』ってのは、ただの聞き齧りか?」
「なに……?」
愛らしい少年の顔が、一瞬、醜悪な獣に変わる。
気付いているのだろう、ロバートはさらにマーナガルラの『上から目線』を踏み付ける。
「長く生きてる上位魔族だったら、他にも俺らが知らない事実を知ってるはずだろ? 例えば、旅の賢者が何者なのか、とか、真竜ってなんなのか、なんて」
「わ……、判ってるに決まってるだろっ!! ふんっ、バカバカしいっ」
——物凄〜〜く、素直なお子さま。
顔に大きく『判りません』と書いてある気がして、和哉は笑い出しそうになる。
ロバートは三度目の追い討ちを掛けた。
「大体、おまえ本当に上位魔族か? ホンモノだったら、ここに途轍もない魔力の塊が居ることくらい、とっくに分かってるんだろーな?」
「魔力の、塊?」
マーナガルラは今度こそ顔に『?』マークを大きくくっ付けて首を傾げた。
「……やれやれ、てな感じだな」
ロバートは大袈裟に呆れてみせた。
「おまえの目の前のボーイ、じゃない、青年の剣が何なのか、分からないのか?」
首を傾げたマーナガルラは、すぐに気が付いたらしい。青いガラス玉のような目を大きく瞠った。
「まさか……、それ、真竜?」
「当たり」
途端。
少年の魔族は弾かれたように後方へ飛んだ。
「な——っ!! 何で普通の人間がっ、真竜を従わせられてるんだっ?!」
「おまえ、本当に上位魔族なのか?」オーガストが、真面目な顔でマーナガルラに尋ねる。
マーナガルラは青い巻き毛を、まさに犬のように逆立てて唸った。
ええと(^ ^;;)
お子様上位魔族のお出ましです・・・




