102.英雄って、ダレ?
クラリスは侍女を呼んで、和哉の食べられそうなものを作ってくれるよう頼んでくれた。
程なく届けられた目覚めの一品は、デュエルとアルベルト卿の因縁の食材にして、卿の大好物だったコルルクのミルク煮だった。
トロトロになるまで煮込まれた鳥の身は、香辛料のツンと来る匂いと野菜の甘い匂いが合わさり、今まで食べた中でも一際美味だった。
カリッと焼かれたフランスパンのようなバケットと一緒に、和哉はあっという間に平らげた。
「一年振りの食事だからの。余程胃袋が欲していたんじゃろ」
「ごちそうさま」と手を合わせた和哉に、クラリスはにいっ、と笑った。
「あっ……、と。俺だけ食べちゃったけど、みんなはいいの?」
「ああ。俺らはさっき下の食堂で食べたばっかりだ」とロバート。
「わしは食っとらんが、別に構わん。……っと、話の続きがまだあるのじゃろう?」
水を向けられ、ロバートは「ああそうだった」と、青い目をくるりと回した。
「エルとジンに引っ搔き回されちまったな。——ノブトとオオミジマのフミマロ様の妹姫、サクラコ様は、今年2月に婚約してよ。カズヤが目が覚めたら式を挙げるって言ってたんだ」
「えっ!? じゃあ俺待ちってこと!?」
「まあな。実際にはそればっかりじゃないけどよ」ロバートは男臭い顔を少し引き締めた。
「ジャララバに滅茶苦茶にされた国ん中を元に戻すのに結構時間が要るしよ。そっちがある程度カタがついたら、っていうのが本当のとこだろう」
クラリスは紅茶を一口飲むと、「それとの」と付け足した。
「アレクサンダー陛下とフミマロ殿の姉君カオルコ殿の挙式を先にせねばならんらしい。何でも、オオミジマでは嫁になるのも年功序列があるようでの」
「はあ……」
和哉は、故郷日本の古い風習にそんなのがあったかな、と、ぼんやり思い出した。
「んで、そっちは何時?」
「ああ。それも、カズヤ待ち」
聞いて、和哉は頭を抱えた。
「うー……。あっちもこっちも俺待ちにしなくっても……」
もし、和哉がこのままずっと目覚めなかったら、アレクサンダー陛下も宣人も結婚出来ない事態になった可能性があるではないか。
「俺が目覚めないかもって、そーいうこと、考えないかなあ?」
「考えねえな」ロバートが意地の悪い笑みを浮かべながら、和哉の顔を覗き込んで来た。
「ジンが、そうしろっつったんだ。俺やカタリナが、どーして疑うよ?」
——ナリディアか。
和哉はがっくりと頭を落とした。
ジンは、ナリディアとイディア姫の『耳目』として創り出されたアンドロイドだ。
と同時に、この世界とナリディア達御使いの本当の『姿』を知る和哉達へのメッセンジャーでもある。
ナリディアは、お調子者でドジもよくやらかすが、一応あれでも宇宙空間管理システムエンジニアの主任なのだ。
ナリディアより仕事は出来そうなフィディアよりも、桁外れに大きなCPUを擁している、らしい。
精緻で高度な技術を駆使して造られた、超高機能学習型巨大コンピュータ。
ために、時として、生身の人間とほぼ変わらぬ『情』に流される。
理由を考えて顔を顰めた和哉に、ロバートは気が付いたようで苦笑いをした。
クラリスが真面目な表情で和哉を見る。
「ノブトも、カズヤ抜きでの挙式には反対しての。オオミジマではカズヤは英雄じゃからの」
「え——英雄っ!?」
頓狂な声を放ってしまった和哉に、クラリスは、
「当たり前じゃろうがっ。前代未聞の大災厄を引き起こしたジャララバを退治したのは、誰あろう、カズヤじゃ」
どうだ、とばかりに胸を反らす大賢者に、和哉は困惑する。
「俺だけじゃ、ないだろう? 宣人だって頑張ってたし、クラリスもフミマロさまも——」
「けど、ジャララバっていう大物を仕留めたのはカズヤだってのは事実だしよ」
ロバートが苦笑いの顔のままで言った。
「それと。やっぱりアレクサンダー陛下としては、ガルガロンの件がでかいやな」
「うむ、確かに。——実はの、正直ガルガロンの件ではおぬしに無理をさせたと、わしは反省しておったんじゃ」
大賢者は、バツが悪そうに白髪頭を杖の先で軽く掻いた。
「カズヤには特殊技『食べる』があるのでガルガロン討伐は楽勝、と、内心高を括っておった。だが、さすがに彼奴は上位魔族じゃった。カズヤの『食べる』を持ってしても、片付けるのは難しかったんじゃな……」
一年も眠り続けた和哉に心底驚いた、と、クラリスは続けた。
「万が一にも、という不安は、無い訳ではなかったがの。カズヤは御使い様方に好かれておるようじゃし、ジン姫も大丈夫と言うておったしの。じゃが、御使い様とても万能ではないのじゃろう。カズヤが目覚めるまでにこれ程の時間を要したのだから」
生粋のこの星の住人は、御使い達の真の姿を知らない。 大賢者クラリスと言えど、教えられることはないだろう。だが、ハーフエルフとして人間の倍の齢を生きているクラリスは、もしかしたら、ナリディア達の正体に薄々気が付いているのかもしれない。
御使い達の、和哉に対する『調整とメンテナンス』がバレるのは宜しくない。
どうにか誤魔化そうと和哉が答えるより先に、ロバートが軽く言った。
「なあに、カズヤが一年も寝こけてたのは、単に食べ過ぎだろうさ。腹一杯以上に食べちまったんで、起きるのが嫌になってたんだろ」
金髪の元ロンドンっ子は、クラリスに見えない角度で左手を上げてみせた。
白髪の大賢者が、年齢が全く分からない若々しい顔を僅か険しくした。
和哉はどきり、とする。
が。
「……ま、そうじゃな。色々と詮索してみたところで、結局わしの手に負えん話になるじゃろうて。——ところで」
和哉は、クラリスがあっさり話題を変えてくれたことに内心ほっとする。
「カズヤ。アレクサンダー陛下とノブトの婚礼が済んだら、早速また魔物退治に向かわなければならん。腹を括っておけよ」
「——は? 何それっ!?」
和哉はクラリスとロバートの顔を、交互に見てしまった。
飛び飛びですが、そおーっと更新します・・・




