101.こもごも
「まあ、カズヤが眠ってる間にも、色んなコトが穏便に、進んだって訳だ」
笑いながらロバートが1年間の出来事を話し始めた。
「ガートルード卿は、ジャララバとの戦いで相当の戦績を挙げたのを認められて、生き返りを許されたんだ」
アンデッドは永遠に生きられる、という利点がある。が、ガートルード卿は己の死に納得していなかったので、今一度人の生をやり直す選択をした。
しかし、卿の騎乗竜ブランシュは蘇生を望まなかった、という。
一時的に人間の姿に戻った彼(ブランシュは男だった)は、「卿の竜騎士としての力量に対し、もはや私では力不足だろう」と。
「ブランシュは、自分がガートルード卿を守り切れなかった、と思っていたようだ。俺のオオミジマでの戦いや、ガルガロンとの戦いを見聞きし、俺の方が蘇った卿の騎乗竜に相応しいと、推してくれた」
オーガストは、ロバートの話に静かに付け足した。
「そっか……。でも、もったいないような気もするけどな」ポツリと零した和哉に、ロバートが「そうなんだよなぁ」と同意する。
「竜の年齢は、見た目じゃ人間には分からん。ブランシュは、亡くなった当時、既にオーガスト達のおっ母さんよりもかなり年長だったみたいでな。けど、人間の姿になったあいつは、どう見ても20代半ば、って感じでよ。だから、まだまだ働けるんじゃないのかって言ったんだけどよ」
「竜は化けられるから。人間になる時は、成体の竜なら自分の一番いい状態の時に変化するもん」
エルウィンディアの答えに、和哉はへえ、と彼女を見た。
「じゃあ、エルは今の姿が一番なんだ?」
「あっ、あたしはぁ、まだ成体じゃないから……」エルウィンディアは己の若さゆえの実力の無さを、和哉と出会った時から相当気にしているようだ。
真っ赤な顔で口籠った妹を援護するように、オーガストが言った。
「幼体の竜は、人間の姿になっても実年齢が反映される。まだそれだけの経験を積んでいないからな」
「ふうん。——でも、エルが若いからって、別に俺は不満じゃないけどな」
自分も、竜騎士としてはまだまだ経験不足だった。思ったことを伝えた和哉に、エルウィンディアは再度飛び付いて来た。
「あっりがとうっ!! カズヤっ!! やっぱ、カズヤのそういうとこ、あたし大好きっ!!」
飼い猫ならぬ飼い竜の大胆なスキンシップに、和哉はベッドにまた引っくり返される。
顔の上に、エルウィンディアの青緑の長い髪がバサァっと被さった。
「ぶっ、はっ!! 分かったから、エルっ!! ちょ、ちょっと退いて……」
「もーっ、ほんとにほんとに、カズヤが寝ちゃってる間、寂しかったんだよ?」
ゴロゴロと喉を鳴らしそうな勢いのエルウィンディアが、和哉の首元に頭を強く擦り付ける。
これのどこが、猫と違うんだろう? と、和哉が迷惑半分、可愛い半分で困っていると。
いきなりエルウィンディアの身体が浮き上がった。
「にゃっ!?」
「いい加減にしろ、エル。カズヤはまだ本調子じゃない」
オーガストが、甘ったれる妹の革ベストの後ろ襟を掴んで引き剥がしてくれた。
「ええーっ、いいじゃんこれくらいっ!!」摘まれたままムクれるエルウィンディアに、ジンが一言。
「お邪魔猫竜」
本物の猫よろしくシャーッと威嚇して、エルウィンディアはオーガストの手を振り払い、ジンを引っ掻きに掛かる。
ジンは竜の爪をひょいと交わすと、エルウィンディアの脛に踵蹴りを当てた。
見事に決まった一撃に、竜の娘が転がる。その間に、ジンは和哉のベッドから距離を取った。
「もーっ、あったま来たっ!! グレイレッド殿下の姫君だからって、容赦しないからねっ!!」
「私は一度も、容赦した覚えはない」
ジンのオレンジゴールドの唇から、いつもよりも冷淡な声が零れた。
「上等だわっ」ふんっ、と鼻を鳴らしたエルウィンディアが、背のロングソード二本を抜いた。
一触即発。殺気立つ女子二人に、カタリナが顔を怒らせた。
怒鳴るだろうと思った途端。
「こおら娘っ子どもっ!! 病室で何を騒いでおるかぁっ!!」
聞き覚えのある大喝が、別方向から飛び込んで来た。
和哉は驚いて、エルウィンディアの剣の後ろから声の方を見た。
「クラリスっ!!」
ハーフエルフの大賢者は、扉口に仁王立ちになり、齢300歳とは思えぬ若々しい端正な顔を怒りに歪めている。
和哉が笑い掛けると、クラリスは一瞬だけ、峻厳な表情を解いた。
「殿下の執事から和哉が目覚めたと聞いてな。——エルウィンディアっ、無粋なものをさっさと終わんかっ。バカモンがっ」
ズカズカと入って来たクラリスに怒られて、ドラゴン娘は、意外にも大人しく剣を背に戻した。
「月光姫は、もう少し分別があると思うとったがな。まあ、いい。二人共席を外して、頭を冷やして来いっ」
「……ごめんなさい」消え入るような声で言ったエルウィンディアの肩を、オーガストがぽん、と叩き、連れ出した。
「そろそろ、奥方様がお茶の支度をして待ってるかもだわさ」
カタリナは、ジンに微笑んで片目を瞑る。
促されたジンは、黙ってクラリスに頭を下げると、炎の魔女と共に和哉の寝室から出て行った。
「あーあ。可哀そう、ジン」ぼそりと言ったのは、成り行きを傍観していたメルティだった。
「カズヤが目覚めるのを誰よりも心待ちにしていたのは、ジンなのに」
えっ? そうなんだ? と、和哉は内心でドキドキする。
エルウィンディアの乱入でうっかり忘れかけていたが、そう言えば、和哉が目覚めた時のジンは、別人のように柔らかな表情だった。
——やっぱあれって、俺のことが好きだから?
「あ、あのさ……」
後を追いかけて、ジンに色々と問いたい。
掛けていたシーツを剥ごうとした和哉を、クラリスが遮った。
「仕方なかろうがっ。アホ竜娘と同レベルでケンカしおったのだから、今はカズヤの側に置いておくわけにはいかんじゃろ。——それよりカズヤ、おまえさん目が覚めて何か食ったのかの?」
クラリスに問われ、初めて和哉は自分が何も飲食していないのを思い出した。
途端。
グーっ、と盛大に腹の虫が鳴いた。
ロバートとデュエル、メルティにコハルまでもが吹き出した。
うわあ・・・(>人<;)
めっちゃめちゃ久しぶりの更新になってしまいました。
見てくれている方ももういらっしゃらないかもですが、ご来店くださった方には感謝申し上げますm(_ _)m
なんだかんだあって、ここまで引っ張ってしまいましたが、細々と書いておりました〜
完結を諦めたわけではありませんっ。
もし宜しかったら、もう少しお付き合いくださいまし。




