10.闘い済んで
ボスのお宝は、《毒蔓の根》という、これを加工して防具にすれば毒攻撃が完璧に防げるというレアアイテムと、《モンスターの涙》という、レアだが何に使用されるのか、よくわからないシロモノだった。
が、それより大きかったのは、《たべる》アビリティーを獲得した和哉の成長だった。
エンカウント率100パーの男は、帰りも当然、わんさかとモンスターを惹きつける。
そこで和哉とロバートが考えた技が、毒噴霧だった。
帰りの道に、和哉が先頭に立って毒を吐きながら進めば、ザコモンスターは強力な毒によって近付いて来ないか、近付いたとしても、動けなくなる。
ただ、この作戦の難点は、和哉が撒いた毒霧の中に、他のメンバーも突っ込んで行かなければ帰れない、というところだった。
「和哉に、予め毒消去の特技を使って貰えば、大丈夫だろう」
ロバートの乱暴な提案に、カタリナとジンが異を唱えた。
「バカかあんたはっ。毒消去は、毒状態にならなきゃ技は掛けられないんだよっ」
「掛かって、その都度消去していたら、面倒臭い」
結局、和哉以外は外套のフードまでをすっぽり被り、極力毒を浴びないように歩くこととなった。
さらに、それでも吸い込んでしまった場合を考慮して、和哉は吐く毒を弱めに調節する。
おかげで、ポイズン・ドッグ辺りのレベルが比較的高い敵とは、どうしても遭遇することになった。
それでも、とっぷり陽が暮れてしまう前にはどうにか村へ帰還出来た。
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今日1日でいろいろな技やら魔法やらを覚え過ぎた和哉は、村へ着くなり、そのまま宿屋のベッドへ直行しようとした。
が、ロバートがそれを阻んだ。
「まあ、気持は分かるが、ここはもうちっと頑張って、依頼人への報告と報酬が先だな」
日中出ていた冒険者が、それぞれの依頼やお宝を売りに出歩く中を、和哉はずるずると大男の剣士に引き摺られて教会へと向かった。
女性二人は、ロバートが追加したメンバーということもあり、一緒に報告に行く義務はナシ、ということで、早々に自宅へと引き上げた。
引き摺られて入った教会の中も、結構な混雑だった。
南村の依頼の殆どが教会経由で出されているため、冒険者がこなした依頼は、全て神父が報告を聞くことになっていた。
10人程が並んだ列の最後尾についた和哉とロバートは、手近のベンチに座って順番待ちをした。使い古した座り心地の良い木のベンチに尻を落とした途端、和哉はさっさと睡魔に攫われる。
「おーい、寝るなー」と、遠くでロバートが呼んだ気がしたが、和哉の意識は、すぐに暗黒の宇宙空間に運ばれていった。
――そうだ。
この場所は、最初にナリディアと出会った場所だ。
和哉は、はっ、と眠気が飛んだ。
飛んだが、まだ眠りの中なのが、何とも妙だった。
もしかして、ナリディアから自分に用があるのか?
「ナリディア?」確信した和哉は、空間に向かって、月天使を呼ぶ。
「はあい。」
何処からか、あのきゃぴっとしたアニメ少女声が、答えた。
姿は見えないが、そこに居るのは間違いない。和哉は続けた。
「あのさっ!! 俺異世界に来る時に、かなりレベルはチートにしてくれって、頼んだよね?」
初手レベルが17だったこと。
おまけに、持ってたのが木の剣。
魔法習得はゼロで、戦闘技術も初心者だった。
「あれれぇ? 確かに、お伺いしましたけど、どのような方法のチートかは、ご指示頂きませんでしたよね?」
ナリディアの声は、全く悪びれていない。
「なので、ここはひとつっ!! 他の方では到底真似出来ない《チート》な技とレベルアップ方法で、和哉さまを盛りたてようと」
「……で、モンスターを《たべる》なわけ?」
例えるなら。
本日のナリディア特性おしながき。
つきだしのナメクジから始まって、小鉢が火トカゲ、焼き物が毒蔓モンスターの懐石料理は、正直、グロさとエグさで大泣きせざる得なかった。
思い出して、聊かどころではなく憤慨する和哉に、「ちょおっと、大変な技なのは、私としても反省点です」と、ナリディアは声を落とした。
「……今からでも、この《チート》技、取り消し出来ねえの?」
「無理でぇす」きゃぴりんっ、と、否定してくれたナリディアに、和哉はぶん殴りたい衝動を覚えた。
「じゃ、俺、これからずっと、モンスター喰わなきゃレベルアップ出来ねぇのかよっ!?」
冗談じゃあない。
ちまちま敵を倒してレベルアップ――といっても、和哉にはもうひとつの厄介技・エンカウント100パーがあるのだが――するのも、性格的に好みじゃない。
が、モンスターを《たべる》コマンドを考えたら、ちまちまレベルアップの方がなんぼかマシだった。
「……あ、そっか」そこでハタ、と、和哉は気が付いた。
「無理に喰わなきゃいいのか」
「はーいっ。その通りっ。」とナリディア。
「ただし、エンカウントしても、《たべる》でなければ何にも貰えないボスキャラも、これから出てきますう。それはもう、和哉さま用のボスキャラですから。本日は、それをお伝えに」
「――はあ?」寝耳に水、だった。
なんだよそいつら? と和哉が聞き返す前に、ナリディアが「あ、もうそろそろ順番ですぅ」と、消えてしまった。
「――って、待てって!! こらっ、ナリディアっ!!」
自分で上げた声に起こされた和哉は、そこが村の教会だったことを、ぼんやり思い出した。
隣に座ったロバートが、困った顔をして和哉を見下ろしている。
「……おっ、俺、なん、か……?」
ずっこけていた座り方を直し、和哉は、ロバートと、すぐ前にいた神父を交互に見た。
「あ――まあ。他の方も、もういらっしゃいませんし。今のは、私としては、聞かなかったことに」
「あ、申し訳ありません。神父様」
ロバートと神父のやり取りに、和哉は一瞬何が起きたのか分からなった。が、自分の夢の尻尾と、最後に叫んだ言葉を思い出して、みるみる青ざめた。
「わっ……、わりぃ、俺っ……、なんか、」
「聞き流してくれるってから、もう忘れろって」ロバートは、少しぎこちない笑みを向けてくれた。
「それで。カズヤと俺のレベルとスキルなんすけど?」
話を切り替えたロバートに、神父がにこやかに頷いた。
「依頼のボス討伐が完了しましたので、当初の予定のアップレベル5は、メンバーの方々それぞれに入ります。その他は、カタリナさんに火・炎系の魔法のレベル52が、ジンには神官戦士レベルが5プラス15、追加効果で、ミスリル鞭のカウンター撃ちが入ります。ロバートさんには剣士レベル上級の下と、腕力50、魔力は……10で変わりませんね。追加効果が剣技《抜き打ち》が入ります」
メンバーがそれぞれ相当なレベルアップをしているのを聞いて、和哉は、これは大変な仕事をやらされたのだと、改めて思った。
神父が、和哉に向き直った。
「カズヤさんには、他の方々と同じくレベル+5と、特技、《たべる》による追加レベル25、特技《毒噴射》、特技《癒し》、特技《石化解除》、特技《毒解除》、特技《両生類の壁歩き》、癒しの魔法レベル5。炎の魔法レベル16、炎防御魔法レベル18、が入ります」
確かに、《たべる》はチート技だった。
他の方法で、たった1日でこんなにレベルアップ出来る方法は、多分無い。
和哉は、モンスターを《たべる》気色悪さは置いとくとして、これだけの収穫があったのは、先程怒鳴ってしまったが、やはりナリディアに感謝すべきなのだろうと、反省した。
思わずにやついてしまった和哉に、神父が神妙な顔で言った。
「レベルアップと特技については、以上です。で、これはご相談なんですが……」
神父は、自分では治せない、石化した冒険者達の治療を、和哉に頼んだ。
和哉にしてみればお安い御用だ。
すぐにでも、と腰を浮かしたところが、ロバートに止められた。
「それについてだが、安直に石化を解かない方が賢明だな」
「……なんで?」
困っている人がいて、自分の能力が役に立つ。和哉の思考からすれば、さっさと治すのが当たり前だ。
が、ロバートは、こう、和哉を諭した。
「カズヤはここへ来てまだほんの何十時間だ。だから知らねえだろうが、この世界には、こんな村ばっかりじゃあなくって、王国もあって、貴族や王族がいる。そいつらは、ただ居るんじゃあなくって、お互いに助け合ったり喧嘩したり……、つまり、あっちでの『外交』をやってる訳だ。
当然外交が上手く行かなけりゃ、武力のぶつかり合いもある。その時に、特殊技を持ってる、レベルの高い人間が居たら、絶対自分の側に取り込もうとするだろう。ま、中には、王侯貴族に引き立てられて、都でいい暮らしをしたいって冒険者も居る。でも、俺は、カズヤは、どうもそっちの人間じゃねえ気がしてる。――どうだ?」
つまり。
ここで、他の誰もが治すのが困難な《石化》をいとも簡単に和哉が解けば、それがたちまち噂となり、王侯貴族の耳に届き、和哉を陣営に招き入れんとする輩が出る、という訳だ。
一旦上流の連中に抱え込まれると、おいそれと簡単に冒険者には戻れない。
どちらを選ぶかは和哉次第だが。
で。
和哉は、ロバートの言った通り、『自由な冒険者』を取った。
《石化》していたアリのメンバーは、予め教会の1か所の部屋へ集められた。
目覚めた時に和哉の姿を見ないよう、神父が用意した《眠り粉》を、ゆっくり部屋に広がるように香炉にくべて充満させる。こうすれば、《石化》が解けても《眠り粉》の効果で、暫くは目覚めない。
ボスモンスターを《たべた》ことで、和哉はスリープの魔法にも耐性が出来ていたので、《眠り粉》の充満した室内でも、平気で動き回れた。
一人ひとりの《石化》を解除し、最後に部屋の扉を閉めた。
アリ達が《石化》が解けて《眠り粉》の効果が切れて目が覚めた翌朝には、この奇跡は日天使フィディアの賜物、ということになっていた。




