第58話 ー『最後の五十億円』
第58話 ー『最後の五十億円』
2026年5月24日(日)——午後4時30分。
丸の内·キサラギ・アセット・マネジメント本社ビル——十階。
樹、志織、そしてレイナが京都から戻ると、社長室の空気はいつもと違っていた。京都の静けさがまだ彼らの肌に染みついているせいかもしれない。あるいは、この旅が終わりに近づいているという意識のせいかもしれない。樹は社長椅子に座り、システムの残高を表示するスマホの画面を見つめた。
【残り目標額: 四十七億円】
【残り時間: 1:30:00】
「……四十七億。残り二時間を切った。」
樹は小声で呟き、忍び寄る重圧を感じていた。これがウェルスイベント09最後の買い物だ。これが終われば目標は達成される。しかし心に引っかかるものがあった。
彼はこれまで自分を助けてくれた全ての人々のことを考えていた。冴——最初からずっとそばにいてくれた。莉々香——明るさと温かさをもたらしてくれた。澪——本当のビジネスの世界を教えてくれた。レイナ——保護と知恵を提供してくれた。彩芽——全てを合法的に安全に保ってくれた。そして志織——彼の日常生活の要となってくれた。
彼らは皆、お金では買えないものを彼に与えてくれた。
樹は天井を見上げ、そして静かに——ほとんど囁くように——言った。
「……ねえ、システム。」
予告なくウィンドウが彼の前に現れた。きらめくエフェクトもなく、ただシンプルなテキストが空中に浮かんだ。
【はい、ホスト?】
「……彼らに車を贈ってもいいか? プレゼントとして。彩芽さん、澪さん、レイナさん、それに冴さんに。」
数秒の沈黙。
【ホストは他人への贈り物として車を購入することをお尋ねですか?】
「……ああ。快適で多機能なやつ。超ハイエンド·ラグジュアリー仕様で。」
【他人への贈り物は許可されています。その贈り物が利益を得る目的で使用されたり、転売されたりしない限り、ルールに適合します。】
樹は安堵の息を吐いた。「……良かった。」
【ただしホストは覚えておくべきです。これらの車は、それぞれの性格に合わせてカスタマイズされなければなりません。単なる高価な車ではなく、彼らに語りかける車であるべきです。】
樹は小さく微笑んだ。「……分かっている。」
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午後5時0分——丸の内·プレミアムカーショールーム。
樹は時間を無駄にしなかった。東京の大手プレミアムカーディーラーに電話し、カタログと仕様書を一時間以内にオフィスへ送るよう依頼した。その会話を聞いていた志織は、好奇心を持って眉を上げた。
「……如月さん、何を計画されているのですか?」
樹は謎めいた微笑みを浮かべた。「……後で分かるよ。」
志織はそれ以上尋ねなかったが、口元に小さな微笑みを浮かべて樹を見つめた。
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午後5時30分——十階·社長室。
ディーラーからのカタログがメールで次々と届き始めた。樹は一つ一つ開き、それぞれにぴったりの車を探した。志織が隣に座り、仕様の分析を手伝った。
「久遠冴には——」樹はカタログを見た。「——エレガントで、プロフェッショナルで、目立ちすぎないやつ。彼女は仕事でよく移動するから、快適さと信頼性が優先だ。」
志織は頷いた。「……メルセデス·マイバッハ Sクラスをお勧めします。エレガントで快適、経営者の間で評判も良いです。価格は約三千五百万円。」
樹はその写真を見た。漆黒で、エレガントなライン、豪華な革の内装。「……完璧だ。一台注文してくれ。色は黒、内装はクリーム。」
志織はタブレットにメモした。「……承知しました。」
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午後5時45分——十階·社長室。
「桜庭澪には——」樹は次のカタログを開いた。「——モダンで、最先端の技術が詰まっていて、彼女の革新的な性格を反映するやつ。彼女はスタートアップのCEOだから、車は未来のビジョンを体現するものでなければ。」
志織はカタログを見た。「……ポルシェ·タイカン·ターボ Sをお勧めします。卓越した性能と最先端の技術を備えた電気自動車です。価格は約三千万円。」
樹はその写真を見た。メタリックブルー、空力的なライン、大型タッチスクリーンのインテリア。「……完璧だ。色はメタリックブルー、内装はカーボンアクセントの黒。」
志織はメモした。「……承知しました。」
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午後6時0分——十階·社長室。
「西園寺レイナには——」樹は別のカタログを開いた。「——エレガントで、威厳があり、強い存在感のあるやつ。彼女は投資界のリーダーだから、車は権威と知恵を反映するべきだ。」
志織はカタログを見た。「……ベントレー·フライング·スパーをお勧めします。豪華で威厳があり、強いオーラを放ちます。価格は約四千万円。」
樹はその写真を見た。クロムアクセントの漆黒、マホガニーのインテリア、エレガントなウッドのディテール。「……完璧だ。色は漆黒、内装はゴールドステッチのマホガニー。」
志織はメモした。「……承知しました。」
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午後6時15分——十階·社長室。
「神崎彩芽には——」樹は最後のカタログを開いた。「——断固として、プロフェッショナルで、でも快適なやつ。彼女は忙しい弁護士で、クライアントのためによく移動するから、実用的でありながらステータスも示せる車がいい。」
志織はカタログを見た。「……レクサス LS 500hをお勧めします。エレガントで効率的、日本のプロフェッショナルの間で強い評価を得ています。価格は約二千五百万円。」
樹はその写真を見た。パールホワイト、シャープなライン、濃い色のウッドのインテリア。「……完璧だ。色はパールホワイト、内装はブラウンステッチのダークウッド。」
志織はメモした。「……承知しました。」
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午後6時30分——十階·社長室。
樹は作成した注文リストを見つめた。
· 冴:メルセデス·マイバッハ Sクラス —— 三千五百万円
· 澪:ポルシェ·タイカン·ターボ S —— 三千万円
· レイナ:ベントレー·フライング·スパー —— 四千万円
· 彩芽:レクサス LS 500h —— 二千五百万円
· 合計:一億三千万円
「……まだ四十五億七千万円残ってる。」
志織は微笑んだ。「……残り目標のための最終購入リストをまとめました。」
樹はそのリストを見た。大阪のブティックホテル、名古屋のオフィスビル、福岡の物流施設、そして札幌の商業施設。
「……これ全部か?」
「ええ。これで全国規模のビジネスネットワークが完成します——日本各地の物件が相互に連携するエコシステムです。単なる資産ではなく、生態系です。」
樹は頷いた。「……全部買おう。」
志織はタブレットにメモした。「……承知しました。」
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午後7時0分——十階·大会議室。
彩芽がタブレットを手に、グレーのブレザー、断固としたプロフェッショナルな表情で到着した。彼女は樹の向かいの椅子に座った。
「如月さん、全ての最終購入の書類を確認しました。全て合法で、規則に適合しています。」
樹は頷いた。「……良かった。」
「もう一つあります。」彩芽はタブレットを開き、準備しておいた書類を表示した。「この物件ネットワークの所有権構造をまとめました。全てキサラギ·アセット·マネジメントを親会社として統合されています。」
樹はその書類を見た。複雑だが、よく整理されている。
「……ありがとうございます、彩芽さん。」
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午後7時30分——十階·社長室。
澪が速足で到着した。黒いブレザー、真剣な表情。樹を見るとそれがわずかに和らいだ。
「如月さん、全ての新規物件の技術統合を確認しました。システムは二週間以内に一つのプラットフォームで接続されます。」
樹は微笑んだ。「……良かった。」
「それから——」澪は優しい眼差しで樹を見た。「——このプロジェクトを私に任せてくれてありがとう。」
樹は頷いた。「……君を信頼しているよ、澪さん。」
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午後8時0分——十階·社長室。
レイナが優雅な足取りで入ってきた。謎めいた微笑みを浮かべて。
「如月さん、全ての新規物件の投資戦略をまとめました。このポートフォリオは今後五年で大幅に成長します。」
樹は頷いた。「……君を信頼しているよ、レイナさん。」
レイナは微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。
「……あなたは本当にいつも私を驚かせます。」
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午後8時30分——十階·社長室。
冴が静かな足取りで到着した。クリーム色のブレザー、優しい微笑み。
「如月さん、全ての新規物件の運営書類を確認しました。全て稼働準備が整っています。」
樹は微笑んだ。「……ありがとうございます、冴さん。」
冴は優しい眼差しで樹を見た。
「……あなたを誇りに思います、如月さん。」
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午後9時0分——十階·大会議室。
全員が集まった。樹、志織、彩芽、澪、レイナ、そして冴。かつて空っぽだった大会議室は、今や固いチームのエネルギーと熱意で満ちている。
樹はテーブルの前に立ち、感謝の気持ちで彼ら全員を見つめた。
「……何て言えばいいのか分からない。」
全員が微笑みながら彼を見つめている。
「……皆さんは、私が想像もしなかったことを成し遂げるのを助けてくれました。解雇されたサラリーマンから……これです。」樹は微笑んだ。「……皆さんなしではできなかったでしょう。」
冴は微笑んだ。「……私たちはあなたのためにここにいます。」
莉々香が隅から手を振った。「私も! 私も手伝ったよ!」
全員が笑った。
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午後9時30分——十階·社長室。
ウィンドウが彼の前に現れた。このウェルスイベントで最後となる。
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【目標: 三百億円 —— 達成】
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樹はそのウィンドウを見つめ、小さく微笑んだ。
「……終わった。」
【報酬: 五百億円 —— 追加】
【新残高: 一千四十五億六千四百八十万円】
樹はその数字を見た。一千四十五億円。もう驚かなかった。ただ……受け入れた。
「……ありがとう、システム。」
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【クエスト09 —— 完了】
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ウィンドウが消えた。
樹は立ち上がり、窓辺へ歩き、目の前に広がる東京の夜景を見つめた。
背後では、彼の人生の一部となった六人の女性たちが、想像もしなかった達成を祝って、話し続け、笑い続けている。
そして樹——ただ静かに暮らしたいだけの元サラリーマン——は、夜空に向かって微笑んだ。
「……これはまだ始まりに過ぎない。」
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【次話 第59話——『三百億円の終着点』】
クエスト09が時間通りに完了した。樹は五百億円の報酬と特別な贈り物を受け取る。志織を正社員として迎えるというものだ。樹は志織が「報酬」だと冗談を言い、志織は「社員」と呼ばれる方が好きだと答える。システムは新機能を開放する。ファミリー統合システム。
【第59話へ続く……】




