第105話 ー『家族のための最初のプロジェクト』
第105話 ー『家族のための最初のプロジェクト』
2026年7月7日(火)——午前9時0分。
丸の内·キサラギ・アセット・マネジメント本社ビル——十階·大会議室。
丸の内の火曜日の朝は、いつもより活気に満ちていた。十階の大会議室は、書類、タブレット、そして湯気の立つコーヒーカップで埋め尽くされている。壁のプロジェクターには、キサラギ・アセット・マネジメントの物件の位置を示すポイントが打たれた日本地図が映し出されている。東京、大阪、名古屋、福岡、札幌、そして沖縄。しかし今朝、焦点は一つの都市に絞られていた。大阪だ。
樹はテーブルの上座に座り、右側に冴、左側にレイナ、部屋の隅には記録を取る準備をした志織、そして彩芽がオフィスからビデオ会議で参加している。雰囲気はプロフェッショナルで真剣だ。これは普通の会議ではない。これは樹が父と話したビジョンへの第一歩だ。
冴がプロジェクターの前に立ち、タブレットを手に、自信を持ってプレゼンテーションを始めた。
「……おはようございます、皆さん。本日は、キサラギ・アセット・マネジメントのホスピタリティビジョンの基盤となる最初のプロジェクト、大阪ホテルプロジェクトについてご説明いたします。」
樹は頷き、続けるよう促した。
冴がタブレットの画面を操作すると、日本地図が大阪·難波エリアの詳細な画像に変わった。「……プロジェクトの所在地は大阪の難波、観光とエンターテイメントの中心地です。購入した物件はクラシックな建築様式の古い建物で、以前は小さなホテルとして使用されていましたが、五年間閉鎖されています。」
樹はその建物を思い出した。剥がれ始めたレンガの壁、雑草が生い茂った庭、そして修理が必要な屋根。しかし彼はその可能性も覚えていた。近代的な建物にはない個性だ。
「……このホテルのコンセプトは、」冴が続ける。「……空虚な超高級ホテルではありません。伝統的な日本のホスピタリティと現代的な快適さを融合させたホテルを建設したいと考えています。単に大阪にたまたま建っているだけの異質な建物ではなく、街の一部となるホテルを。」
樹は小さく微笑んだ。冴のプレゼンテーションは、彼が何日も考えていたことを反映していた。
左側に座るレイナがタブレットを開いた。「……財務面では、このプロジェクトには物件の取得と改修に約三十億円の初期投資が必要です。年間運営費は約五億円と見込まれています。」
樹はその数字に驚かなかった。予想通りだ。「……投資収益率の予測は?」
レイナは鋭い目で樹を見た。「……このホテルを適切に運営すれば、長期的には年間八%から十%の投資収益率が見込めます。しかし……」彼女は言葉を止め、読み解くのが難しい表情で樹を見た。「……あなたは最大のリターンを追求しているわけではないですよね?」
樹は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。「……数十年持続するホテルを建てたいんだ。数年で利益を上げて売却するようなものじゃない。」
レイナは頷いた。その答えを予想していたかのように。「……それは投資の世界では珍しいアプローチです、如月さん。でも……敬意を表します。」
ビデオ会議で参加している彩芽が、プロフェッショナルな口調で付け加えた。「……法務面では、全ての書類を確認済みです。物件所有者との契約は完了し、改修許可は申請中です。法的な障害はありません。」
樹は満足そうに頷いた。「……よし。運営面はどうか?」
冴が次のスライドを開いた。「……プロフェッショナルなホテル運営会社と協力します。彼らが日常業務を担当しますが、私たちは品質基準とホテルのコンセプトを監督します。」
樹はしばらく考えた。「……このホテルに地域のアイデンティティを持たせたい。素晴らしい建物だけでなく、大阪を反映した食事、サービス、そして体験を。」
冴がタブレットにメモした。「……大阪の文化を理解している地元のシェフやインテリアデザイナーと協力できます。」
レイナが付け加えた。「……マーケティング面では、本格的な日本の体験を求める国内外の観光客をターゲットにできます。」
樹は頷いた。「……そのアイデア、いいね。」
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午前11時0分——十階·大会議室·休憩。
プレゼンテーションの後、全員が短い休憩を取った。冴とレイナは技術的な詳細について話し合い、志織は決定事項を全て記録していた。樹は窓のそばに立ち、目の前に広がる東京の景色を見つめていた。
冴が近づき、温かい微笑みを浮かべて彼の隣に立った。
「……如月さん、このプロジェクトに深く関心をお持ちのようですね。」
樹は振り返り、小さく微笑んだ。「……これは、より大きなものへの第一歩だ。」
冴は眉を上げた。「……どういう意味ですか?」
樹は窓の外の景色を見つめた。「……日本全国にホテルネットワークを構築したいんだ。お金を生み出すためだけじゃない。人々が大切にされていると感じられる場所を作るために。そして……」彼は言葉を止め、適切な言葉を探した。「……それを正しい方法でやりたい。」
冴は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。「……それは美しいビジョンですね、如月さん。」
樹は答えなかった。ただ冴を見つめ、説明できない温かさを感じた。
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午後1時0分——十階·大会議室·プレゼンテーション再開。
休憩後、冴はより具体的な詳細でプレゼンテーションを続けた。インテリアデザイン、施設、そしてターゲット市場について。樹は注意深く聞き、時折質問をした。
「……インテリアデザインについては、」冴が言った。「……日本のクラシック建築を理解している建築家を推薦します。元の建物の個性を保ちつつ、モダンな要素を加えたい。」
樹は頷いた。「……賛成だ。この建物が魂を失ってほしくない。」
レイナが付け加えた。「……マーケティング面では、旅行代理店やオンラインプラットフォームと協力して観光客を呼び込めます。」
樹はしばらく考えた。「……このホテルを、富裕層だけではなく、国内の観光客——家族連れ、カップル、一人旅——にも訪れてほしい。」
冴がタブレットにメモした。「……プレミアム品質を維持しつつ、料金を競争力のあるものに調整できます。」
樹は微笑んだ。「……良いアイデアだ、冴さん。」
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午後3時0分——十階·大会議室·閉会。
プレゼンテーションが終了し、全員が書類を片付け始めた。冴とレイナは次のステップについて話し合い、志織は決定事項を全て記録していた。
「……如月さん。」冴が立ち上がりながら言った。「……すぐに改修作業を始めます。今週中に建築家と業者に連絡します。」
樹は頷いた。「……ありがとうございます、冴さん。」
レイナも立ち上がった。「……このプロジェクトの財務報告書を作成します。数日中にお送りします。」
樹は微笑んだ。「……ありがとうございます、レイナさん。」
全員が部屋を出て行き、樹と志織が残された。
「……如月さん。」志織が温かい微笑みを浮かべて言った。「……これは大きな一歩ですね。」
樹は頷き、心の中で決意が育つのを感じた。「……ああ。でも、これはまだ始まりに過ぎない。」
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午後5時0分——十階·社長室·莉々香からの電話。
樹が社長椅子に座った時、スマホが震えた。莉々香からの着信だ。
彼は電話に出た。
「莉々香? どうした?」
「……樹! 大阪にホテルを建ててるって聞いたよ!」電話の向こうの莉々香の声は興奮していた。「……うちの会社がこのプロジェクトに興味を持ち始めてる!」
樹は瞬いた。「……うちの会社? ルミエール・アーツが?」
「……そう! エンターテインメント、プロモーション、ブランディング——協力の可能性を見てるんだ! 大きなチャンスになるかもしれない!」
樹はしばらく考えた。このホテルプロジェクトがエンターテインメント業界の注目を集めるとは思っていなかった。しかし考えれば考えるほど、理にかなっていた。大阪のプレミアムブティックホテルは、イベント、撮影、プロモーションに最適な場所になるかもしれない。
「……君も関わりたいのか、莉々香?」
「……もちろん! プロモーションとブランディングを手伝えるよ! この業界のコネはたくさんあるんだ!」
樹は微笑んだ。「……わかった。詳細を送るよ。」
莉々香は笑った。明るく温かな笑い声だ。「……ありがとう、樹! 一緒に仕事ができるのを楽しみにしてる!」
電話が切れた。
樹はしばらくスマホを見つめ、そして机の上に置いた。大阪のホテルプロジェクトは、彼の想像以上に早く発展し始めていた。
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午後6時0分——Zeekr 9X Mansoryの中·帰路。
樹はZeekrの中に座り、色が変わり始めた夕方の空を見つめていた。手には、さっきシステムから届いた通知が表示されたスマホ。
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【構築】
【日本国内プロジェクト: 01】
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【所在地: 大阪】
【進捗: 5%】
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樹はその画面を見つめ、小さく微笑んだ。システムがこのようにプロジェクトの進捗を表示したのは初めてだ。金額としてではなく、建設として。
「……これはまだ始まりに過ぎない。」
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【次話 第106話——『東京を離れる前に』】
樹は大阪への旅の準備をする。冴はエグゼクティブパートナーとして、志織はパーソナルアシスタントとして、レイナは投資面で同行する。莉々香は同行しない。樹は意図的に旅が「全てのヒロインが参加する」ものにならないようにしている。家族は彼を送り出す。正則からのシンプルな言葉と共に。「帰ってくるのを忘れるな。」——それは何十億円もの契約書よりも意味深な言葉だった。
【第106話へ続く……】




