↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

老人の短編

嵐の目玉焼き

作者: 瀧元用管
掲載日:2026/07/19

004 嵐の目玉焼き

太平洋沿岸に残された、最後の高耐候性住宅。

分厚い強化ガラスの向こうでは、巨大化した台風が街を飲み込もうと咆哮している。部屋の中は薄暗く、非常電源で動く小さなキッチンだけが、ぼんやりと淡い光を放っていた。


フライパンを握る俺は、もう八十七歳だ。この家に住んで五十年。

卵を割り入れると、フライパンが「ジュッ」と短く鳴いた。

少し焦げた縁が、俺の好みだ。

合成米を釜で炊き、去年自分で干したワカメで味噌汁を作る。


台風がどれだけ暴れようと、俺は朝食を欠かさない。朝は、朝だ。

かつて、この地球がまだ「普通」だった頃。

妻と二人の子供、四人で食卓を囲んだあの朝を思い出す。台風の予報に騒ぎながら、子供たちは怖がりつつも笑っていた。

「ねえ、今日の台風、パパの目玉焼きより強いかな!」

あの笑い声と、焦げた卵の匂い。

だが、あの嵐の日、避難の途中で……。

それ以来、俺はこの家から動かない。移住勧告? 知ったことか。

俺は台風が来るたびに、過去の朝の匂いを、家族の気配を、この目玉焼きの中に閉じ込めて焼いている。


灰色に塗りつぶされた未来の地球で、人間が縮こまって生きているとしても、それでも夜は明け、卵を割る時間は来る。


この台風も、いつか必ず去る。

もし誰かがこの家を見つけたら、俺がここで、台風の咆哮に負けじと目玉焼きを焼いていたことを知ってくれ。

ただそれだけで、俺の朝は無駄じゃなかったと思える。


さて、できた。

いつも通り、焦げた縁の目玉焼き。

……いただきます。

老人が箸を伸ばした瞬間、嵐の目玉が通り過ぎたのか、外の咆哮が嘘のように消え、静寂が訪れた。

その静けさの中で、老人は一口、自分だけの朝食を口に運んだ。

外が再び騒がしくなるまで、あと数分。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。