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第98話 秘湯秘録

 と、勇ましく言ってはみたものの。


 王室地竜での強行軍は、私たちの身体(と主にお尻)に深刻なダメージを与えていた。


 グラント山の(ふもと)


 辺りには鼻をつく硫黄の匂いと熱気が立ち込めている。


「休火山って聞いてたけど、これもう絶対活性化してるよね……」


 私は地竜の輿(こし)の上で、ドロドロに溶けながら呟いた。


 この一週間、まともに体を洗えていない。


 肌は汗と砂埃でベトベト、髪はゴワゴワ、全身の筋肉が悲鳴を上げている。


「あぁ……お風呂に入りたい。広いお湯に浸かって、溶けたい……」


 私の切実な願いを聞いて、地図を見ていたレンさんがニヤリと笑った。


「ふふふ。お疲れですねパスティエール様。実はここから少し奥の岩場に、古くから獣人たちが傷を癒やす『秘湯』があるんですよぉ」


「「「な、なんですってぇ!」」」


 私とヒルダさん、そしてセリナの声が見事に重なった。


 提案は全会一致で採用。


 ただし、あくまでここは魔獣も現れる危険な場所だ。


 まずは私たち女性陣が入浴し、その間は男性陣が周囲の警戒と見張りをすることになった。


 案内されたのは、巨大な岩壁に囲まれた天然の露天風呂だった。


「この一番風呂、僭越ながら私がいただきますわーっ!」


「ああっ、パスティエール様!言葉遣いは丁寧なのに、行動が伴っておりませんわ!服を脱ぎ散らかさない!令嬢としての品位を……!」


 岩陰に湧き出す、エメラルドグリーンの透き通ったお湯。鼻をくすぐる、どこか懐かしい硫黄の香り。

 セリナたちも後から温泉に入ってくる。


「すごいです、パスティエール様! 本当に温泉ですわ!」


「落ち着いて、セリナ。気持ちはわかるけど、いきなり飛び込んじゃダメよ」


 はやる気持ちを抑え、私はセリナとヒルダさんを制した。一週間分の汗と砂埃、汚れた体のまま浸かるなんて、温泉に失礼だもの。


 私たちは、まずは丁寧に「かけ湯」をして体を慣らす。それから、持ち込んだ石鹸を泡立てて、お互いの背中を流し合った。


 ゴワゴワだった髪が指通りを取り戻し、肌にこびりついた汚れが落ちていくたび、魂が浄化されていくような心地がする。


「よし……準備完了!」


 真っさらになった体で、私たちはついに、夢にまで見た湯船へと足を踏み入れた。


 ザブーンッ!!


「ふあぁぁぁ~~~……生き返るぅぅ……」


 少し熱めのお湯が、強張った筋肉を芯からほぐしていく。極楽だ。ここは天国だ。


「まったくパスティエール様ったら、そんなにハシャいで」


 セリナが長い髪をアップにまとめて入ってくる。


「いいお湯だねぇ。染みるわぁ」


 レンさんも長いキセルを岩場に置いて、肩まで浸かる。


「ふふ、まさかこんなところで温泉に入れるとは思いませんでした」


 ヒルダさんも、豊満な肢体を惜しげもなく披露しながら最後に入ってくる。


 岩風呂から見上げる空は高く、風の音が心地よい。


 この開放感、そしてこの湯けむり。


 気づけば、私はリズムを口ずさんでいた。


『――ふふんふ ふん ふん ふん♪――』


「パスティエール様の新曲ですか?」


 セリナが嬉しそうに聞いてくる。私は構わず、手ぬぐいを頭に乗せて歌い出した。


『――良い湯だね~♪ ふふふん♪――』


『――ここはグラント~♪ 火山の湯~♪――』


 私の歌声には、自然と魔力が乗っている。


 その歌声がお湯に溶け込み、真っ白な湯気を震わせた、その時だった。


 ボワンッ!!


 湯気の中から、ポン、ポン、ポンと、五つの小さな影が飛び出した。


「なっ……!? 魔獣!?」


 レンさんが警戒の声を上げる。


 現れたのは、半透明の小人のような姿をした、五体の精霊たちだった。


 けれど、その姿はどこかおかしい。


 中央に立つ精霊は、せいたかのっぽで、どこか不機嫌そうな面構え。


 その隣には、眼鏡をかけて、動きが体操選手のようにキレッキレな奴。


 さらに、ツルツルの頭にちょび髭を生やし、時折「ヘックシュン!」とくしゃみをしては、妙に色っぽいポーズをとる奴。


 首を長く伸ばし、アゴを突き出す奇妙なポーズを高速で繰り返すひょうきんな奴。


 そして最後は、居眠りしている太っちょの精霊だ。


「せ、精霊様っ!?」


(……なんか全員、どっかで見たことあるような……!)


 私は目を疑った。レンさんが震える声で叫ぶ。


「ま、まさか……精霊の顕現(けんげん)に立ち会えるなんてっ! しかもあのお姿は伝説の『温泉五大精霊』様でありんすか!?」


 リーダー格の精霊が、私に向かって手を挙げた。


『オイッス!』


 ……私にははっきりと、そう聞こえた。


「オ、オイッス!」


 私が返すと、精霊たちは満足げに頷き、私の歌に合わせて踊りだした。


『――ふふんふ ふん ふん ふん♪――』


 精霊たちだけじゃない。土の精霊も、周りの木々の木霊(こだま)たちも、みんな一緒になって合いの手を入れてくる。ポルカも楽しそうにくるくる回っている。


『――ふふんふ ふん ふん ふん♪――』


 なんだこれ、すごい一体感。


 歌い終わると、精霊たちはビシッと完璧なポーズを決めた。


 そしてリーダー精霊が満足そうに頷き、私に近づいてきた。


『うむ。良い歌だったぞ、人間』


「ありがとうございます!」


『ところでな……山が、詰まっておる』


「え?」


『悪い気が溜まって、マグマの流れが便秘気味じゃ。お湯の質も悪くなっておる。早く“詰まり”を取ってくれんと、山が爆発してまうぞ』


「な、なるほど……!」


 表現はコミカルだけど、事態は深刻だ。


 きっと侵蝕者の瘴気が、火山のエネルギー循環を物理的に阻害しているんだろう。


 リーダー精霊は、私の頭にポンと手を置いた。 カッと、温かい光が私の体を包む。


『こんなに楽しく歌ったのは数千年ぶりだ。礼に(わし)らの加護を授けよう』


「ありがとうございます! もしかして温泉が湧き出る加護とか!? それとも音楽の加護ですか!?」


『いいや。『七転八起(ななころびやおき)の加護』じゃ』


「なんでさ!?」


 私は思わずツッコミを入れた。


「そこは素直に温泉に関する加護でよくないですか!?」


 けれど、精霊たちはニカッと笑うだけだ。


 別れ際、五人の精霊たちは湯船の縁に整列し、一斉に私を指差した。


『歯ぁ磨けよー!』


『風邪ひくなよー!』


『宿題やれよー!』


 ドボォーン!!


 五体は盛大に水しぶきを上げてお湯の中に消え、後には黄金色に輝く最高品質の温泉だけが残された。


「結局、加護の効果は聞けずじまいだし……」


 一時間後。


 温泉から上がった私たちに、カイルが不思議そうに聞いてきた。


「なんか凄まじい騒ぎだったな? また歌ってたのか?」


「ええ、まあ……ちょっとした『リサイタル』をね」


 私は曖昧(あいまい)に笑って誤魔化した。


 けれど、効果は絶大だった。


 精霊たちが残してくれたエネルギーのおかげで、私たちの肌はツヤツヤ、魔力も体力も一二〇%回復。男性陣の筋肉痛も一瞬で消え去ったようだ。


「ふぁ~、さっぱりしたぁ!」


 私は腰に手を当てて、果実水を一気飲みした。


 ちなみに、クラウス先生が氷の精霊魔術でみんなの飲み物を冷やしてくれていた。さすが出来る男。


「さて、行くか」


 ゼガ隊長が、湯上がりの濡れた髪をかき上げて、火山を見据えた。


 先ほどまでの疲労感はもうない。

 山鳴りは激しくなっているが、今の私たちなら怖くない。


「行こう。今度こそ、助け出す!」


 謎の加護とリフレッシュした体で、私たちは意気揚々と灼熱の迷宮(ダンジョン)へと足を踏み入れた。


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