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第95話 咆哮×咆哮

 第二試合の決着と共に、闘技場を支配していた静寂が破られた。


 玉座のような観覧席から、巨大な影が立ち上がる。


 獣王レオニダス。


『さあ、ついに……ついにこの時が来たァァァッ!!』


 実況の猿獣人が絶叫する。


『側近二人を退けた人間たち!だが、絶望するのはここからだ!我らが王!地上最強の生物!獣王レオニダス様の御成(おな)りだァァァッ!!』


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!


 観客席から地響きのようなストンピングが巻き起こる。


 獣王は楽しそうに笑いながら、私たちの前に仁王立ちした。


 側近二人が倒されたことへの怒りなど微塵もない。むしろ、強い獲物が目の前に現れたことを喜ぶ捕食者の目だ。


 彼は左手だけを前に突き出し、右手を腰の後ろに回した。


「……ハンデをくれてやろう。左手だけで戦ってやる!」


 その瞬間、世界が変わった。


 ドッ!!


 獣王を中心に、爆発的な魔力が渦巻いたのだ。

 ただ立っているだけなのに、まるで巨大な山が迫ってくるような威圧感。


「パスティエール様、下がっていてください!俺とカイルで道をこじ開ける!」


 ヘクターさんが叫ぶ。


「行くぞ、カイル!」


「応ッ!」


 二人が同時に動いた。


 私は後方から歌を紡ぐ、出し惜しみなんてしない!


『――凍てつく星の 深き嘆きに――』


 聖教国で判明した『祈祷術』の仕組み、この星そのものの精霊の力を借りる『星の精霊魔術』。


 私の歌が二人の身体能力を底上げする。


 カイルは神速の踏み込みで右から、ヘクターさんは剛槍を構えて左から。完璧な挟撃!


 キィンッ!


 カイルの剣が獣王の喉元に迫る。


 しかし、獣王はあくびを噛み殺しながら、左手の親指と人差し指だけで、カイルの剣身をつまんで止めた。


「なっ……!?」


「遅い」


 パァン!


 デコピンのような指弾き。それだけでカイルが吹き飛ばされる。


 同時に、ヘクターさんの剛槍が横薙ぎに襲いかかるが、獣王は首をわずかに傾けるだけで回避。


「軽い」


『――小さな(あかり)を ひとつ(とも)そう――』


「なら、これならどうだッ!」


 ヘクターさんが至近距離で精霊魔術を発動させる。

「堅き土の精霊よ……『岩石の弾丸(ロック・バレット)』!」


 手先から、圧縮された岩塊が弾丸となって射出される。ゼロ距離射撃!


 獣王は避けなかった。


 ガリィッ!!


「ば、馬鹿な……!?」


 獣王は、岩石の弾丸を正面から噛み砕いたのだ。


「歯ごたえが足りんな!全力でこいっ!」


『み、見たかァァァッ!岩をも砕く強靭な顎!これぞ獣王!岩などおやつ代わりだァァッ!!』


 実況が煽り、会場が沸く。


 獣王はニヤリと笑い、大きく息を吸い込んだ。


 肺が限界まで膨らみ、周囲の空気が吸い寄せられる。


『――偽りの祈りは もう要らな――マズい!』


「みんな、防御して!!」


 私が叫ぶと同時だった。


「グオオオオオオオオォォォォォッ!!!」


 咆哮。


 ただの大声ではない。『魔力』を乗せた、指向性の衝撃波だ!


 ドゴォォォォン!!!


 空気が爆ぜた。


 カイルとヘクターさんが、木の葉のように吹き飛ばされ、闘技場の壁に激突して崩れ落ちる。


 後方の私も、内臓を揺さぶるような音圧に必死に耐える。


(音圧だけで、これ!?まるで音響兵器だよ!)


 砂煙の中、悠然と歩く足音が近づいてくる。


「残るは小さいの、お前だけか」


 目の前に、巨大な影が落ちる。


 逃げ場はない。丸太のような左腕が、私の頭上へ振り下ろされる。死ぬ。普通なら、絶対に死ぬ一撃。


「パスティエール様ァァァッ!!」 遠くでセリナの悲鳴が聞こえた。


 ――でも、私は信じている。私のこれまでの全てを!


 私は足を止め、腰を落とし、『身体強化(ブースト)』を全力で発動し、肺いっぱいに空気を溜めて――歌う。


『――思い出して あなたの 本当の音色(こえ)を――』


 ドォォォォォン!!!


 激突音が、闘技場を揺らした。


『け、決着かァァァ!?小娘が潰されたァァ……ンンッ!?』


 砂煙が晴れた時。


 そこに立っていたのは、獣王の巨大な拳を、頭上で交差させた小さな両腕で受け止めている私だった。


「……ほう?」


 獣王の目が驚きに見開かれる。


 私の腕の骨はミシミシと悲鳴を上げている。激痛が走る。

 でも、歌は止めない!


『――響け 星の調律(シンフォニア)!――』


 『自己回復』が即座に発動し、砕けかけた骨と筋肉を瞬時に修復していく。


 私はニカッと笑い、獣王を睨み上げた。


「お爺様仕込みの体術……ナメないで!」


 私は踏み込む。


 ステップを踏み、クルリと回転しながら歌い出す。


 ここからは、私の独壇場(ステージ)だ!


『――ラララ、ステップ、ターン、風より軽く――』


 フワリ。


 私の体は、まるで重力を失ったかのように軽やかに宙を舞い、獣王の裏拳を紙一重でかわす。


『――だけど拳は、金剛(ダイヤ)の輝き――』


 回避と同時に、私の小さな拳が獣王の懐へと潜り込む。


 『星の精霊魔術――『超・身体強化(オーバー・ブースト)』――』!


 可愛い歌詞とは裏腹に、私の拳には岩をも砕く超硬度の魔力が込められている。


 ズドンッ!!


 私の拳が獣王の腹筋に突き刺さる。


「ぬぅっ!?」


 獣王がわずかに顔をしかめる。硬い!まるで鉄板だ。


『――痛いの痛いの、お空の彼方に飛んでいけ――』


 歌い続けることで、私の拳のダメージは即座に癒える。


 『星の精霊魔術――『超・回復(オーバー・リカバリー)』――』!


 殴る、壊れる、治る、殴る!

 回復と攻撃を同時に回す、狂気の舞踏連撃。


「ガハハハハ!!面白い!魔術師かと思えば、まさかの肉体派か!気に入ったぞ!!」


 獣王が歓喜の声を上げ、さらに加速する。


 一撃の重さは向こうが上。一発でもまともに喰らえば即死。


 でも、当たらない。


 私の歌が、リズムが、世界を支配しているから!


『し、信じられねぇ!あの小さい人間が、獣王様と殴り合ってるぞォ!?』


『なんだあの歌は!?動きが読めねぇ!』


 観客席がどよめく中、セリナの声が響く。


「いけっ!いけぇぇぇッ!パスティエール様ぁぁっ!!そのままブッ飛ばすのですわぁぁっ!!」


(セリナ、言葉遣いが!でもありがとう!)


 獣王との殴り合いは互角。いや、体力差で私がジリ貧だ。


 決定打が必要だ。


 獣王が距離を詰め、「これで終わりだ!」と大きく息を吸い込む。


 また来る、至近距離での咆哮!


(今だ!)


 私は懐のポルカに手を伸ばした!


「いくよ、ポルカ!『逆位相(アンチ・フェーズ)』!」


 ポルカが『キュイッ!』と鋭く鳴き、危険を知らせるように真っ赤な光を点滅させる。


 獣王が咆哮を放った瞬間――。


 「フッ……」


 彼の口から出た衝撃波が、ポルカの放った逆波形の音とぶつかり、ふっと消失した。


「なっ!?声が……消えた!?」


 獣王が驚愕に目を見開く。


 その隙、逃す私じゃない!真似させてもらうね!


 ポルカが私の手の中で激しく回転し、さらに強い光を放つ。


 くらえッ!『爆音波(ソニック・ブラスト)』!!


 「「がぉー!!!!!!!(照れ)」」

 ズガァァァァァンッ!!!


 ポルカによって増幅された私の大声が、音波となって至近距離で炸裂する。


 しかし、これはトドメじゃない。獣王の巨体を揺るがし、体勢を崩すための崩し技!


「ぐ、ぬぅっ……!?」


 獣王が顔をしかめ、たたらを踏む。


 その強靭な足腰が、体勢を立て直そうと地面を捉え――


 ガシィッ!!


 その足首を、何者かが掴んだ。


「……逃がす、かよォッ!!」

「なにっ!?」


 獣王が足元を見る。


 そこにいたのは、先ほどの咆哮でボロボロになり、血まみれになりながらも這いずってきたカイルだった。


 意識は朦朧としているはず。それでも、その指は食らいついた獣の(あぎと)のように、獣王の足をロックして離さない。


「行けぇぇぇッ!パスティィィィッ!!」


 カイルの絶叫が、私の背中を押す。


 ありがとう、カイル!


 私はありったけの魔力を右の拳に一点集中させる。


 すると、ポルカが私の手からふわりと離れた。


 『ピュイィィィ!』


 ポルカは私の右腕の周りを、まるで衛星のようにクルクルと旋回し始めた。その光は赤から、眩い黄金色へと変化し、期待と興奮を表すようにチカチカと高速で瞬いている。


 私の魔力と、ポルカの魔力が共鳴する。


 これが、私と、ポルカと、カイル……みんなで繋いだ、勝利への一打だ!


『――砕け、貫け、魂の鉄拳んんんッ!!!――』


 私の小さな拳が、金色の光の尾を引いて突き出される。


 ポルカもまた、流星のように私の拳と並走し、その威力を極限まで高める!


 獣王の目が、私の拳に宿る異常な密度の魔力を捉えた。


 回避は不可能。


 左手一本での防御では、衝撃を殺しきれない。


 獣王の本能が、理性を凌駕したのだろう、彼は咄嗟に、腰の後ろに封印していた「右手」を前に出し、両の掌を合わせて私の拳を受け止めた。


 ドゴォォォォォォン!!!


 重厚な衝撃音が響き渡り、獣王の足元の石畳がクモの巣状に砕け散った。


 凄まじい風圧が吹き荒れ、砂煙が晴れていく。


 静寂。


 誰もが息を呑んで、その光景を見つめる。


 そこには、腰を落として踏ん張る獣王の姿があった。


 そして、その胸の前には――私の小さな拳を、「両の手」でがっちりと包み込んで受け止めている姿があった。


 獣王は、自分の両手の中に収まった私の拳を見つめ、数秒間沈黙した後。


 ハッとしたように両手を開き、ニヤリと笑った。


「……カカッ。つい、うっかり右手を使ってしまったわ」


 彼は両手を広げ、足元で力尽きているカイルと、拳を突き出したままの私を交互に見た。


 ポルカが私の肩に戻り、「プワァ、プワァ」と柔らかい桜色の光を灯して、誇らしげに上下に揺れている。


 獣王は闘技場の空に向かって、高らかに宣言した。


「ガハハハハ!!俺の負けだ!見事だ人間たちよ、貴様らの牙、確かに俺の喉元に届いたぞ!」


 その瞬間。


 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ!


 観客席から、割れんばかりのストンピングと大歓声が巻き起こった。


 そこに侮蔑の色はない。強者を称える、純粋な熱狂だった。


 私は肩で息をしながら、ポルカを掲げて観客に応えた。


 ポルカも嬉しそうに、キラキラと七色の光を撒き散らして飛び回る。


 やった……勝った!


 セリナが涙目で駆け寄ってくるのが見える。


 獣王レオニダスは豪快に笑いながら近づいてくると、私の頭を乱暴に、でもどこか認められたように撫で回した。


(いたいいたたっ!ガイア魔導卿といい獣人は撫でるのが好きなのか!?)

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