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第89話 星の調律

 体が鉛のように重い。


 指一本動かせない。


 呼吸をするたびに、ドス黒く濁った空気が肺を焼き、心を蝕んでいく。


 これが『神聖領域(ホーリー・フィールド)』。


 その名とは裏腹に、恐怖と服従を強制する、人の心を踏みにじる暴力的な魔力。


(違う。こんなの絶対、神様の光じゃない……!)


 私は、歯を食いしばって意識を保った。


 ラクスで、マリアさんが見せてくれた祈りは、もっと無垢で、綺麗で、温かかった。


 こんな、人を押し潰すような重圧なんかじゃない!


 目の前では、ヘクターさんがギースに首を掴まれ、宙に吊るされている。カイルも、ヒルダさんも、僧兵たちに押さえつけられている。


 誰も動けない。


 絶望が、広場を支配していた。


(……アステリア様……)


 私は、心の奥底で叫んだ。


(もし本当にあなたに祈りが届くと言うなら!あなたが神だと言うのなら!あなたの声を聞かせて! あなたは、こんな悲しいこと望んでないよね!?)


 その瞬間。


 カッ、と視界が白く染まった。


 音が消え、時が止まる。


 重力も、痛みも、恐怖も消え失せた。


 私は、どこまでも続く白い空間に漂っていた。


 その暗闇の奥から、どこか懐かしさを感じる、温かな「光」が現れた。


「あなたが……アステリア様?」


 私が問いかけると、その光は優しく明滅し、頭の中に直接響くような声で答えた。


『それも私の名の一つです、パスティエール』


 その声を聞いた瞬間、記憶の扉が開いた。


「わたし、あなたを知ってる。私がこの世界に転生した時に、会ってる」


 あの日、何もない暗闇の中で、私をこの世界へと導いてくれた、あの優しい声。


『私はこの星の精霊。星そのものの意志です。また会えて嬉しくおもいます。あなたの今までの活躍は、ちゃんと見ていましたよ』


 やっぱり。


 アステリア様は神様であり、この星を守る精霊様だったんだ。


「星の精霊様……!今、あなたの力を悪用してる人たちがいるの!みんなを傷つけて、恐怖で支配してる。でも……私の力じゃどうしようも出来なくて……!」


 私は悔しさに唇を噛んだ。


 仲間を助けたい。でも、あの圧倒的な暴力の前では、私は無力な子供でしかない。


 けれど、光は優しく私を包み込んだ。


『歌いなさい、パスティエール』


「え……?」


『あなたは無力ではありません。あなたは既に、私の加護を授かっているのですから』


 光が、私の右目に触れた。


 熱い。焼けるように熱い。


 その熱と共に、膨大な情報と「理解」が私の中に流れ込んでくる。


『さあ、今こそ、その真名を解き放ちなさい』


 ああ、そうか。


 この『瞳』は、ただ魔力を見るだけのものではなかったのだ。


 ズレてしまった(ことわり)を直し、歪んでしまった魔力をあるべき姿に戻す。


 この星から授かった、世界を調律する力。


 その名は――『星の調律(シンフォニア)』。


 バチッ!!


 世界に色が戻った。


 重圧はまだ続いている。けれど、もう体は重くない。


 私は、大地を踏みしめ、ゆっくりと立ち上がった。


 広場でただ一人、立ち上がる小さな影。


 バルコニーの大司教が目を見開く。


「なっ、なぜ動ける!? 神の重圧の中で!」


 私は大聖堂を見据え、背中の背嚢から『ちびギター』を取り出した。


 ポルカ。私の相棒。


 今こそ、君の本当の力を見せる時だ。


「いくよ、ポルカ! 私たちの歌で、希望(ハッピーエンド)を紡ぎましょう!」


 私の呼びかけに応えるように、懐から飛び出したポルカがまばゆい光を放った。


 ――キュイィィン!


 空高く舞い上がったポルカが鳴いた。それはただの鳴き声ではない。空気そのものを震わせる、「音の精霊」としての咆哮。


 私は弦をストロークする。


 ――ジャララン


 指先が弦を一本一本弾き、重なり合った和音が、波紋のように広がる。


 本来なら小さな音。


 しかし、その音色はポルカの力で爆発的に増幅され、重苦しい空気を切り裂いて、大聖堂の鐘の音すらもかき消すほどに響き渡った。


 私は紡ぐ。


 この歪んだ世界を、あるべき姿に戻すための歌を。


 静かな祈りが、徐々に熱を帯び、力強い旋律へと変わっていく。


『――凍てつく星の 深き嘆きに――』


 私の歌声は、ポルカの共鳴によって何百倍にも増幅され、広場を越え、聖都の隅々まで染み渡っていった。


『――小さな(あかり)を ひとつ(とも)そう――』


 すると、どうだろう。


 私の歌声に応えるように、周囲の空間がざわめき始めた。


 石畳の隙間から、ぽこぽこと小さな土人形のような『大地の精霊』たちが顔を出し、楽しげにリズムを取り始めた。


『――偽りの祈りは もう要らない――』


 空からは、ふわふわとした綿菓子のような『雲の精霊』たちが降りてきて、私の周りをダンスするように旋回する。


『――思い出して あなたの 本当の音色(こえ)を――』


 さらに、きらきらと輝く『光の精霊』たちが無数に現れ、まるでライブ会場のように、広場を幻想的に彩り始めた。


『――聞こえるでしょう? 大地の鼓動 風のささやき 水の歌――』


(視える……! みんな、私の歌を聞きに来てくれてる!?)


『――鎖に繋がれた 悲しい夢を今こそ解き放て 魂の共鳴

――』


 世界中の精霊たちが、私の歌に歓喜し、力を貸してくれている!


 歌に乗せた魔力が、空間に干渉する。


『――響け 星の調律(シンフォニア)!――』


 キンッ!


 澄んだ音が、世界に響いた。


 次の瞬間、空間を支配していた『神聖領域』に、ピキピキと亀裂が入った。


『――闇を裂き 降り注げ (あかつき)の歌――』


 精霊たちの応援を受けて、私はありったけの想いを込めて、歌い上げる。


 私の『瞳』には、世界を覆う魔力の流れがはっきりと見えていた。


 ――みんなを縛り付ける「黒いノイズ」。


 ――ギースたちを暴走させている「赤いノイズ」。


 それらは全て、アステリア様の光を歪めて作られた不協和音だ。


 だから、直す。私の歌で、正しい波長に上書きする!


『――傷ついた羽を 優しく抱いて――』


『――すべての命に ただ 祝福あれ――』


 パリンッ!!


 世界が割れる音がした。


 黒いノイズがガラスのように砕け散り、私の体から、そして集まった精霊たちから、どこまでも澄んだ「金色の光」が溢れ出した。


『――傷つきし者に癒やしを 迷える者に道標(みちしるべ)を――』


 光の波紋が広がり、広場の民衆を、そして仲間たちを包み込んだ。


 変化は劇的だった。


 人々を押し潰していた恐怖と重圧が浄化され、代わりに温かい陽だまりのような活力が身体に満ちていく。


 みんなの傷だらけの体が、瞬く間に回復していく。


『――さあ目覚めよ 真実の旋律(おと) ここは誰もが愛される星――』


 逆に、大聖堂のどす黒い光は霧散し、ギースや僧兵たちを包んでいた赤い強化のオーラが強制的に剥がれ落ちた。


 彼らの肉体を無理やり膨張させていた歪んだ魔力が、私の歌によって「正しい状態」へと調律されたのだ。


「なっ、なんだ……!? 力が、抜ける……!?」


 ギースが初めて動揺を見せ、膝をつく。


 僧兵たちも、遮断されていた痛覚が一気に戻り、傷の痛みにうずくまった。


『――降り注ぐ 金色の雨 悲しみを洗い流して――』


 呆然と私を見つめる群衆の中から、誰かの呟きが漏れた。


「……聞こえるか? 美しい歌声だ」


「あの子から……金色の光が……」


 一人の老女が、涙を流して私を拝んだ。


「ああ……、『歌の御使い(みつかい)様』が降りてきなさった……」


 その言葉はさざ波のように広がり、広場は驚嘆と感動に包まれた。


『――自由の翼 今 高らかに――』


『――行こう 輝く未来(あした)へ――!』


「……身体中から力が、湧いてきやがる!」


 ヘクターさんが、自身を掴んでいたギースの腕を振りほどいた。


 今のヘクターさんの身体能力は、私の歌で限界以上に強化されている。


「うぉぉぉぉ!!」


 咆哮と共に、ヘクターさんが渾身の頭突きをギースに叩き込んだ。


 ゴガンッ!!


 『祈祷術』の強化が消えたギースは、たたらを踏んで数歩後退する。


「みんな、いまのうちに地下へ!」


 私は合図を送り、仲間たちと共に迷わず奈落の穴へと身を躍らせた。


「逃がすかァァ!!」


 ギースもまた、獣のような形相で穴へと飛び込んでくる。

 落下。


 『身体強化』を駆使し、私たちは無事に着地した。


 そこには、既に救出されたマリアさんとハンス司祭の姿があった。


 直後、ギースがドォォンと着地し、土煙を上げて迫ってくる。


「しつこいぜ!」


 カイルが舌打ちする。


 私たちは、奥にある古代の水門へと走った。


 今の私なら、できる。


 水門の前に立ち、今度は泉の精霊へと呼び掛ける。


(お願い、泉の精霊様!力を貸して!)


 私の呼びかけに、ポルカが再度共鳴する。


『――ぽつり ぽつり 雨音のステップ――』


『――水たまり 映る 泣き虫な空――』


 私の歌声に合わせて、何もない空間に、きらきらと輝く水の玉が生まれ始めた。


 実際には、ぽつり、ぽつり、なんてレベルじゃない。


 加護の力で、何万、何億という水の玉が、一瞬にして空間を埋め尽くしていく。


『――ほら 手のひらに 集めた雫――』


『――きらめく 魔法の カケラにして――』


(視える…!水の精霊たち)


 私の『瞳』には、無数の小さな水の精霊たちが、歓声を上げながら私の周りを飛び回っているのが見えた。


 準備はいい?いくよ!


『――涙のあとには、虹がかかるよ!――』


『――悲しみさえも 輝く宝石(ジュエル)――』


 私は指先まで意識して、その場でくるりとターンを決めた。


 その瞬間、空間を埋め尽くしていた無数の水滴が一斉に弾け、一つの巨大なエネルギーへと収束する。


『――空に描こう、七色のアーチ!――』


『――届けて 彼方へ ハッピー・スプラッシュ!――』


 最後のフレーズと共に、私は水門に向けて両手を突き出した。


 『水滴(ウォーター・ドロップ)


 本来ならコップ一杯の水を生むだけの初級精霊魔術。


 けれど、私の歌と精霊の熱狂が合わさった時、それは災害級の激流へと変わる。


 ゴウゥゥゥッ!!


 瞬間、爆発的な水量が噴き出した。


「なっ!?」


 迫っていたギースが、鉄砲水のような水圧に押し戻される。


 そして、その水圧は錆びついた古代の水門をもこじ開けた。


 ギギギ、ドォォォン!!


 扉が吹き飛び、外へと続く水路が開く。


「乗って!」


 私たちは、水路に放置されていた舟に飛び乗った。


 激流が舟を押し流す。


「おのれェェェッ!!」


 濁流の向こうで、ギースが悔しげに叫んでいるのが見えた。


 舟はウォータースライダーのように加速し、聖都の地下から一気に排出された。


 視界が開ける。


 目の前には、白銀の雪山と、自由への道が広がっていた。

異端審問官ギース ステータスシート


■基本情報

名前:ギース

性別:男

年齢:42歳

誕生日:大陸暦643年、氷雪の月

種族:人間

髪型:スキンヘッド

肌色:浅黒い(祈祷術発動時はドス黒い金属色に変色)


性格:

 聖教会の教義を絶対視する狂信者であり、神に背く者を「汚物」「鼠」と呼び、慈悲なく排除する冷酷な性格。「力こそが正義」「敗北は罪」という信念を持ち、自身の肉体を神に捧げる武器(神の剣・神の盾)として極限まで鍛え上げている。


 遠距離攻撃や小細工を「軟弱」と嫌い、圧倒的な暴力で敵を粉砕することに悦びを感じる戦闘狂でもある。


人となり:

 聖教国エリュシオンの「異端審問官」。教会への盲目的な忠誠と、常軌を逸した身体能力を買われ、教会の闇の仕事(異端者の捕縛・拷問・処刑)を一手に引き受けている。


 マリアたちの処刑を執行しようとしたが、パスティエールたちの介入により阻止される。圧倒的なフィジカルと防御力でヘクターらを追い詰めたが、パスティエールの「星の調律」により強化を無効化され、激流に飲まれて敗北した。


■基礎魔術の熟練度

 本来は魔術師としての素養を持っていたが、それを全て捨て去り、筋肉の密度と硬度を高めることだけに全魔力を注ぎ込む「異形」のスタイル。


・身体強化:【極意】

 聖教国独自の技術「祈祷術」と、自身の狂気的な自己暗示により、人体の限界を超えた強化が可能。筋肉を異常膨張させ、皮膚を鋼鉄以上の硬度に変える。刃を通さず、打撃を無効化し、素手で岩盤を粉砕する。


・魔力付与:【不得意】

 体外の物質に魔力を付与することはしない。己の肉体のみを信じている。


・魔力障壁:【特殊】

 体外に障壁を展開することはしない。代わりに、魔力を皮膚と筋肉の繊維に練り込むことで、肉体そのものを「生きた城壁」と化している。


・魔力関知:【不可】

 繊細な魔力操作や索敵は不要と考えている。敵の攻撃は「避ける」のではなく「受けて弾く」スタイルであるため、感知能力は低い。


・魔力弾:【不可】

 魔力を体外に放出することはできない。全ての魔力は体内で循環させ、肉体の維持と強化のみに使用される。


■習得魔術

 祈祷術プライヤー・アーツ

 聖教国独自の術式。長い詠唱と信仰心によって発動する。


 ・《神聖身体強化ホーリー・ブースト》:筋力増大、防御力強化。


 ・《痛覚遮断ペイン・カット》:暗示により、痛覚を完全にシャットダウンする。


■加護

 なし(自称:神の加護)

 本人はアステリアの加護を受けていると信じているが、実際は祈祷術によって無理やり力を搾取しているに過ぎない。

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