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第81話 泥臭い初陣

 翌日、私たちは、領都の商店街へと向かった。


 空は高く晴れ渡り、活気ある喧騒が耳に届く。


 私は胸元をそっと押さえた。そこには、服の下に隠れたポルカがいる。


(ポルカ、ここからはお外に出ちゃダメだよ。クラウス先生たちにも内緒だからね)


 心の中で語りかけると、懐から「フォン……」という、私にだけ伝わる微かな振動が返ってきた。


ポルカも、これからの旅が遊びではないことを理解してくれているようだ。


 まずは形から入るということで、私たちは中古の武具屋や古着屋を回り、装備を整えた。


 私の頭は軽く、首筋を撫でる風が少し心細いけれど、それ以上に「新しい私」への期待で胸が高鳴っていた。


「さて、まずは形から入るとするか」


 先頭を歩くヘクターさんが、ニカっと笑って振り返った。


「今の俺たちの格好じゃ、どこからどう見ても『お忍びの騎士様一行』だ。これじゃあ聖教国の国境どころか、王都の門すら潜れねぇ」


 確かにその通りだ。ヘクターさんとヒルダさんは、紋章こそ外しているものの、仕立ての良い領軍の鎧や軍服を身に着けている。


 カイルも同様だし、クラウスさんに至っては、魔導院の刺繍が入った上等なローブ姿だ。


 セリナの侍女服も論外だし、私の服も、動きやすいとはいえ生地の質が良すぎる。


「目指すは『そこそこ腕の立つ、中堅傭兵(ちゅうけんようへい)崩れの冒険者パーティ』だ。新品ピカピカの装備じゃ箔がつかねぇ。質流れ品や中古を扱う武具屋を回るぞ」


「了解です、リーダー」


 ヒルダさんが涼しい顔で応じ、私たちは裏通りの少し薄暗いエリアへと足を踏み入れた。


 最初に訪れたのは、埃と鉄錆の匂いが充満する、古びた武具屋だった。


 店主の偏屈そうなドワーフ爺さんに、ヘクターさんが慣れた口調で交渉を始める。


「親父さん、頑丈で使い込まれた革鎧はあるか?実用一点張りで頼む」


「……フン。奥の壁にかかってるやつを勝手に見な」


 私たちは山積みにされた中古の防具を漁り始めた。


 ヘクターさんは、自身の巨大な体躯に合う、傷だらけだが手入れの行き届いたブレストプレートを選び出した。


 領軍の甲冑とは違う、鉄と革の無骨な重みが、彼を「頼れる傭兵の兄貴分」へと変えていく。


 ヒルダさんは、動きやすさを重視した軽量のチェストガードと、森に溶け込むような深緑色のマントを選んだ。弓を引く動作を邪魔しないよう、肩周りの調整を念入りに確認している。


「……おい、テオ。俺はこれにするぜ」


 カイルが持ってきたのは、少し錆が浮いた鉄の肩当てがついた、ツギハギだらけの革鎧だった。


「ちょっとボロすぎない?」


「バカ言え。この傷がいいんだよ。歴戦の戦士っぽく見えるだろ?」


 カイルは得意げに鼻を鳴らした。どうやら彼なりに「強そうな冒険者」のイメージがあるらしい。


 セリナは、動きやすさを最優先にした拳闘士風(けんとうしふう)の軽装を選んだ。身体のラインが出過ぎないよう、上からダボっとしたチュニックを重ねる。髪の毛は無造作に後ろに束ねている。


 次は道具屋と古着屋だ。ここでの難関は、クラウスさんだった。


「……合理的ではありませんね」


 彼は、店先に並ぶ粗末な麻の服を指でつまみ上げ、眉間にしわを寄せている。


「魔導士のローブは、魔力耐性や防汚加工が施された機能的な衣服です。それを脱いで、このようなただの布切れを纏うなど……」


「諦めな、先生」


 ヘクターさんが、クラウスさんの背中をバンと叩く。


「向こうじゃ『精霊魔術』を使う魔術師ってだけで白い目で見られるんだ。その立派なローブは『私を焼いてください』って看板を背負ってるようなもんだぜ」


「ぐっ……致し方ありませんか」


 クラウスさんは渋々ローブを脱ぎ、地味な茶色のチュニックと、ズボンに着替えた。そして、腰には大量のポーチがついたベルトを巻き、肩からは大きな革の鞄を提げる。


 眼鏡をくいっと押し上げるその姿は、魔導院のエリート官僚から、一気に「理屈っぽい旅の薬師」へと変貌を遂げた。意外と似合っている。


「……ふむ。ポケットが多いのは悪くありませんね。これなら試薬や道具を分類して収納できます」


 どうやら満更でもないようだ。


 そして最後は、私だ。


 私は、男の子用のシャツと、膝丈のズボン、そして少し大きめのブーツを選んだ。素材はゴワゴワとした麻と革。肌触りは決して良くないけれど、とても丈夫そうだ。


 試着室の鏡を見る。


 そこに映っていたのは、短く不揃いな髪をした、どこにでもいそうな少年だった。


「……うん。悪くないかも」


 私は袖をまくり上げ、大きな背負い袋を確認する。


 中には水筒や毛布、着替えなどの必需品が入っている。


 そして、一番底には――私の相棒である『ちびギター』。


 ただし、ペトラにお願いして、分厚い油紙と薄汚れた布でぐるぐる巻きにし、一見するとただの棒きれか、工具の束にしか見えないように偽装してある。


(聖教国を抜けるまでは隠し通さなきゃ)


 ずっしりとしたその重みが、肩に食い込む。


 これが、冒険の重み。テオとしての、最初の重みだ。


「よしっ!」


 私は自分の頬をパンと叩き、店を出た。


「おっ、似合ってるじゃねぇか、テオ」


 ヘクターさんがニカっと笑う。ヒルダさんも「可愛い弟分ができたみたい」と微笑んでくれた。


 支払いは、父上から渡された活動資金で行ったが、ヘクターさんの値切りテクニックのおかげで、かなり安く抑えることができた。


「予算は限られているからな。無駄遣いは厳禁だぞ、みんな」


 そう言って笑うヘクターさんは、すっかり頼れるリーダーの顔になっていた。


 装備を整えた私たちは、再び冒険者ギルドへと戻った。今度は裏口からではなく、正面の大きな扉から堂々と入る。


 むわっとした熱気と喧騒。昼間から酒を煽る荒くれ者たち。その視線が、新入りの私たちに突き刺さる。


「おい見ろよ」


「デカブツと優男、それに女と子供か?」


「おままごとじゃねぇんだぞ」


 ヒソヒソという嘲笑交じりの声が聞こえてくるが、ヘクターさんは意に介さず、カウンターへと進んだ。


 受付嬢から渡された登録用紙に、必要事項を記入していく。


 リーダー:ヘクター(槍使い)

 メンバー:ヒルダ(弓使い)、カイル(剣士)、セリナ(拳闘士)、クラウス(薬師)、テオ(荷物持ち)


 そして、一番上の欄。『パーティ名』。


「……で、パーティー名はどうする?リーダー」


 カイルが尋ねる。ヘクターさんは腕を組んで唸った。


「俺はそういうセンスねぇんだよなぁ。『鉄壁団』とかどうだ?」


「ダサいです。却下」


 ヒルダさんが即答で切り捨てる。


「じゃあ、『疾風怒濤』とか……」とカイル。


「子どもっぽいですね。却下」とクラウス先生。


「『お嬢様親衛隊』……は、ダメですよね」とセリナ。


 みんなの視線が、最後に私に集まる。


「テオ、何かいい案はないか?」


 私はペンを握り、少し考えた。


 私たちは6人。それぞれ特技も、性格もバラバラだ。


 でも、だからこそ、噛み合った時はきっと素晴らしい力が生まれるはず。


 まるで、異なる楽器が集まって一つの曲を奏でるように。


「……『六重奏(セクステット)』」


 私はポツリと言った。


「僕たち六人が、それぞれ違う役割で、一つの目的を成し遂げる……みたいな意味で。……どうかな?」


 一瞬の沈黙の後、ヘクターさんが「ほう」と感心したように唸った。


「『セクステット』……。なんか響きがインテリっぽくてカッコいいじゃねぇか!初めて聞いたけど……おしゃれだな!」


「ふむ。六人の連携を重んじる、という意味では合理的で良い名前ですね」


 クラウス先生も眼鏡を光らせて賛同してくれた。


「よし、決まりだ! 今日から俺たちは『六重奏(セクステット)』だ!」


 全員が笑顔で頷く。


 こうして、冒険者パーティ『六重奏(セクステット)』は結成された。


 登録を済ませると、すぐにギルドマスターのドルガンさんから呼び出しがかかった。


「おう、装備も揃って、それらしいツラ構えになってきたじゃねえか」


 ドルガンさんは満足げに頷くと、一枚の依頼書をカウンターに置いた。


「早速だが、初仕事だ。本来なら鉄級(アイアンクラス)のお前さんらには回さねぇ案件だが、実力テストも兼ねて特別にな」


 依頼内容は『森狼(フォレスト・ウルフ)の群れの討伐』。


 場所は領都から半日ほどの距離にある「深淵(しんえん)の森」の浅瀬。最近数が増えすぎて、街道に出没し始めているらしい。


「数は十数匹。リーダーであるヘクターの実力なら造作もねぇだろうが、今回は『パーティとしての連携』を見せてもらう。特に精霊魔術無しでどう立ち回るか、だな」


「承知しました。……やってやろうじゃねぇか」


 ヘクターさんが依頼書を掴み取る。


 私たちは気合を入れ直し、ギルドを後にした。


 森への道中、歩きながらクラウス様による「青空教室」が始まった。


 議題は、『魔力隠蔽(コンシール)』についてだ。


「いいですか、テオ君。聖教国では、魔力そのものは罪になりません。人間であれば誰しも生命力として魔力を持っていますからね」


 クラウス様は、薬草が入った鞄の位置を直しながら説明する。


「しかし、君の魔力量は子供にしては異常なほど多い。そのままでは、聖教国の検問や、勘の鋭い聖職者に『異端の力』を持っていると目をつけられかねません」


「……じゃあ、どうすれば?」


「隠すのです。完全に消すのではなく、魔力を体内に留め、薄い膜のように循環させる。あくまで『一般人レベル』に見えるように偽装する技術……それが『魔力隠蔽(コンシール)』です」


 クラウス様の指導の下、私は移動中も常に魔力を薄く保つコントロールの特訓を始めた。


(……ポルカ、君もだよ。一緒に隠れんぼしよう)


 私はこっそりと、懐のポルカにもイメージを送る。ポルカは私の意図を察し、その存在感を極限まで薄くし、私の魔力波長に同調させてくれた。


「一方で、自らの体内の魔力を循環させる『身体強化(ブースト)』や『魔力感知(ソナー)』といった基礎魔術は、聖教国においても武術の一環、あるいは個人の資質として許容されています」


「なるほど。じゃあ、俺やカイル、セリナはいつも通り戦えるってことだな」


 ヘクターさんが確認する。


「ええ。ただし、過度な魔力放出や、不自然なほど強力な障壁などは避けるべきでしょう。あくまで『腕の立つ戦士』の範疇に留めるのが無難です」


「問題は、私です」


 クラウス様がため息をつく。


「攻撃手段を失った魔術師など、ただの案山子(かかし)です」


「そこで『薬師』の出番だろう?先生」


 ヘクターさんがニヤリと笑う。


「ええ。……幸い、道具屋で面白いものをいくつか仕入れましたからね」


 クラウス様は鞄をポンと叩き、不敵に笑った。その笑顔が少しマッドサイエンティストっぽくて、私は少しおかしくてクスっとした。


 森に入ると、空気は一変した。


 木々のざわめき、獣の臭気。


 私は『瞳』を凝らし、周囲の魔力の旋律に集中する。


 すると、懐のポルカが「ジジジ……」とごく僅かに震え出した。


(……うん、来てる)


 ポルカの震えと、私の『瞳』が捉える不協和音がリンクする。茂みの奥に、殺意の旋律。


 しかし、私はただの「荷物持ち」だ。指示なんて出せないし、出してはいけない。


 私は、怯えた子供を演じながら、ヘクターさんの袖をクイッと引いた。


「リ、リーダー……あっちの茂み、なんか変な音がする……」


 私の言葉に、ヘクターさんの目の色が変わる。彼は私の「勘」を疑わなかった。


「……総員、右翼警戒!」


 ヘクターさんが短く告げた直後。

 ザッ!


 茂みから、数匹の森狼が飛び出してきた。


グルルルァッ!


「待ち伏せか!迎え撃て!」


 戦闘が始まった。


 ヘクターさんが長槍を構え、前に出る。


 カイルが剣を抜き、セリナが腰を落として構える。ヒルダさんは素早く木の上に登り、射撃位置を確保した。クラウス様と私は、円陣の中央だ。


「フンッ!」


 ヘクターさんの槍が唸りを上げ、先頭の一匹を薙ぎ払う。


 凄まじい膂力だ。魔力による『身体強化(ブースト)』を、筋肉の動きに合わせて無駄なく乗せているのが分かる。


「せいっ!」


 カイルも負けじと剣を振るう。お爺様との特訓の成果か、剣筋が鋭くなっている。


 しかし、狼たちは素早い。一撃をかわし、別の個体が死角から襲いかかってくる。


「くっ、数が多い!」


 セリナが回し蹴りで一匹を吹き飛ばすが、すぐに二匹目が彼女の足元に噛み付こうとする。


「させません!」


 セリナは咄嗟に『身体強化』を脚に集中させ、空中で身をひねって躱す。


 そこへ、上空から矢が降り注ぐ。


 ヒュッ、ドスッ!


 ヒルダさんの矢が、セリナを狙っていた狼の眉間を正確に射抜いた。


「ナイス、ヒルダ!」


 だが、戦況は膠着していた。決定打となる範囲攻撃がないため、ジリ貧になりつつある。


「先生!何か手はねぇのか!」


 ヘクターさんの叫びに、クラウスさんが鞄から小瓶を取り出した。


「あります!……皆さん、鼻をつまんで!」


 彼が投げた瓶が、狼たちの密集地帯で割れる。


 ボフンッ!という音と共に、紫色のアヤシイ煙が充満した。


「ギャンッ!?キャンキャンッ!」


 煙を吸い込んだ狼たちが、鼻を押さえるようにしてのたうち回る。


「うおっ、くっさ!?なんだこれ!」


 カイルが顔をしかめる。強烈な刺激臭だ。嗅覚の鋭い狼には効果てきめんだろう。


「『悪臭玉』です。刺激性の香草を濃縮したものらしいです。さあ、怯んでいる隙に!」


「げぇ、えげつねぇ……だが、効いてる!」


 狼たちの連携が崩れた。


 私は、戦場の隅で荷物を抱えて震えるフリをしながら、戦況を見守る。


(……後ろ!)


 カイルの背後に、別の狼が忍び寄る旋律が見えた。


「カイル兄ちゃん、後ろ!」


 私は悲鳴のように叫んだ。


 カイルは反射的に振り返り、飛びかかってきた狼を剣の腹で弾き飛ばした。


「って、危ねぇ!サンキュ、テオ!」


 私の役割はこれだ。


 戦う力はないけれど、誰よりも早く「危険」に気づくことができる。それを、あくまで「勘のいい子供」として伝えること。


 ヘクターさんたちは、私の不器用な警告を即座に拾い上げ、熟練の動きで対処していった。


 戦闘終了後。


「……ふぅ。終わったか」


 ヘクターさんが槍についた血糊を払い、私の頭をガシガシと撫でた。


「助かったぜ、テオ。お前、いい耳してるな」


「へへ、怖かったけど……音が聞こえたから」


「その『ビビり』の才能は、戦士としての長生きの秘訣だ。大事にしろよ」


 ヘクターさんはニカっと笑った。


 クラウス様も眼鏡を押し上げながら頷く。


「魔力感知を使わずに気配を読むとは……野生の勘というやつでしょうか。興味深い」


(バレてない、バレてない……)


 私は内心で安堵の息を吐いた。


 それからの二週間は、まさに怒涛の日々だった。


 私たちは毎日ギルドに通い、近隣での依頼を片っ端からこなしていった。


 「薬草採取」では、クラウス様の植物知識が爆発し、依頼された量の三倍ものレア薬草を持ち帰って受付嬢を驚かせた。


 「害獣駆除」では、ヒルダさんの精密射撃が火を噴き、巨大ネズミを一匹も逃さずに仕留めてみせた。


 連戦の中で、派手な魔術を使わない戦い方にも慣れ、パーティの連携は日に日に洗練されていった。


「あの『六重奏セクステット』ってパーティ、新入りにしちゃやけに手際がいいぞ」


「ああ、あのデカブツの槍使いと、凄腕の弓使いが引っ張ってるんだろ?」


 と、ギルド内でも噂になるほどだ。


 そして、出発予定日の前日。


 私たちは、ドルガンさんからの直接指名依頼――事実上の「銀級昇格試験」に挑んでいた。


 ターゲットは岩場の主、鉄甲亀(アイアン・タートル)


 体長三メートルを超える巨大な亀で、その甲羅は鉄よりも硬いと言われている。


 通常なら、高火力の精霊魔術で焼き尽くすか、大勢で囲んで疲弊させるのがセオリーだ。しかし、今の私たちはそれができない。


「硬いな。俺の槍でも、表面を削るのがやっとだ」


 ヘクターさんが、痺れる手を振る。カイルの剣など、刃が欠けそうだ。


「精霊魔術が使えれば、一発なのに……!」


 セリナが悔しげに言う。


「焦るな」


 クラウス様が、冷静に戦況を見つめていた。彼の鞄からは、怪しげな緑色の液体が入った瓶が取り出されている。


「固いなら脆くすればいい。巨大蟻の蟻酸です、ヒルダさん、あそこを狙えますか?」


 先生が指差したのは、甲羅の継ぎ目、首の付け根あたりのわずかな隙間だ。


「任せて。針の穴でも通してみせるわ」


 ヒルダさんが、矢じりに小瓶を括り付けた特殊な矢をつがえる。


「テオ、タイミングを頼む!」


 ヘクターさんが叫ぶ。


 私は『瞳』を凝らす。亀の呼吸、魔力の循環。防御のために首を引っ込めようとする筋肉の動き。その一瞬の「緩み」を見逃さない。


 旋律が、最高潮に達する。


「――今!!」


 私の声と同時に、ヒルダさんの矢が放たれた。


 ヒュンッ!


 矢は吸い込まれるように甲羅の継ぎ目に突き刺さり、小瓶が砕け散る。中に入っていた強力な酸が、甲羅の結合部をジュワジュワと溶かし始めた。


「グオオオッ!?」


 鉄甲亀が苦痛に悲鳴を上げ、身をよじる。


「カイル、セリナ!一点集中!」


 ヘクターさんの号令一下。


 ヘクターさんの渾身の突き。カイルの振り下ろし。セリナの跳び蹴り。


 三人の一撃が、酸で脆くなった一点に同時に叩き込まれる。


 バキィィィィンッ!!


 凄まじい破砕音と共に、鉄壁の甲羅が砕け散り、巨大な亀は沈黙した。


「……やったか?」


 砂煙が晴れる中、私たちは顔を見合わせた。


 そして、勝利を確信し、全員でハイタッチを交わした。


「へっ、見たか!俺たちの勝ちだ!」


「アタシたちの連携、完璧だったわ!」


 歓喜の輪の中で、私は確かな手応えを感じていた。これなら、いける。この仲間たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。


 その夜、ギルドの酒場。


「乾杯!」


 私たちは、鉄甲亀討伐の報酬と、特例での「銀級(シルバークラス)」昇格を祝って祝杯を挙げていた。


「よっ、期待の新人!」


「やるじゃねぇか、『六重奏セクステット』!」


 周囲の冒険者たちも、私たちの実力を認め、口々に声をかけてくる。


 私たちは、紛れもない一端の冒険者パーティとして認められたのだ。


 翌朝


 大陸歴685年、霜降(しもおり)の月


 空気が凍てつくように冷たい。


 私たちは、厚手の外套をしっかりと羽織り、静かに領都の門をくぐった。


 街道沿いにある乗合馬車の発着場へ向かう足取りに合わせて、白い吐息が空に溶けていく。


 見送りはいない。父上やお爺様とは、城で別れを済ませてきた。ここからは、誰の助けもない、自分たちだけの旅だ。


 王都行きの武骨な大型馬車に乗り込み、ガタゴトと車輪が回り始める。


 私は窓から顔を出し、冷たい風を受けながら、朝霧に霞むアイアン・フォルトの街並みを目に焼き付けた。


 さようなら、パスティエール・ゼノン。


 行ってきます、私の故郷。


 見習い冒険者テオと、パーティ『六重奏セクステット』の、長く険しい冬の旅が、今、始まったのだ。

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