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第80話 残される歌声

 断髪の決意から数時間後。


 私たち東方遠征組の主要メンバーは、お爺様の案内で、領都アイアン・フォルトの冒険者ギルド支部、ギルドマスターの部屋を訪れていた。


「で、今日はなんの用だ?ガレオスの爺さんよ!」


 部屋に入るなり、立派な髭を編み込んだドワーフの男性、ギルドマスターのドルガンさんが大声で迎えてくれた。以前、お爺様とギターの素材の相談に来た時以来の再会だ。


「フン。相変わらず声がデカいな、ドルガン」


 お爺様は慣れた様子で応じると、単刀直入に本題を切り出した。


「……というわけで、身分を隠して東へ行かねばならん。こやつらの登録を頼む」


 お爺様が、私たち五人を指し示す。


 ドルガンさんは、顎髭を撫でながら私たちをじろじろと値踏みした。


「辺境伯家の頼みとあっちゃ断れねぇが……全員『鉄級(アイアンクラス)』ってのは無理があるぜ。特にそこのデカイ(ヘクター)のと弓使い(ヒルダ)。どう見てもカタギじゃねぇ。歴戦の雰囲気が出ちまってる。新米のフリなんざ、逆に怪しまれるだけだ」


 ドルガンさんの指摘に、ヘクター隊長たちが苦笑する。確かに、筋骨隆々で古傷のあるヘクターさんと、鋭い眼光で周囲を警戒しているヒルダさんは、どう見てもベテランだ。


「……ならば、どうすればいい?」


 ヘクターさんの問いに、ドルガンさんはニヤリと笑った。


「簡単なことさ。リーダー格のあんただけでも、せめて『銀級(シルバークラス)』には上げとけ。なぁに、ここら辺の厄介な魔獣を数体狩ってくりゃ、特例で昇格させてやるよ」


 なるほど、実績を作ればいいということか。


「……承知した。どのみち物資の準備や引き継ぎに二週間はかかる。その間に、パーティとしての連携訓練も兼ねて、その『試験』を受けよう」


 ヘクターさんが力強く頷いた。


「了解です。私の弓の調整もしておきたいですしね」


 ヒルダさんも涼しい顔で同意する。


 これは、魔術を封じられたクラウス様やセリナが、実戦形式で戦い方を模索する良い機会にもなるはずだ。


「話が早くて助かるぜ。ああ、それと……」


 ドルガンさんは、声を潜めた。


「東へ行くなら、登録用紙に『魔術師』とは書くなよ。向こうじゃ命取りだ」


「忠告、感謝する」


 ギルドでの用事を終え、私はその足でブロックさんの工房へと向かった。


「パスティエール様!待ってたよ!」


 工房に入るなり、目の下にクマを作ったペトラが飛び出してきた。彼女は、私の無惨なショートカット姿を見て目を丸くした。


「うわっ、マジで切ったんだ!思い切ったねー!」


「えへへ、似合う?」


「うん、悪くないんじゃない?カイルも惚れ直すかもよ?」


 ペトラはニシシと笑いながら、依頼していた茶色の染色薬を渡してくれた。


「それよりお嬢、見てよこれ!ついに試作品ができたの!」


 ペトラが興奮気味に指差したのは、大きなラッパのようなものがついた、奇妙な機械だった。


「これって、もしかして……蓄音機!?完成したの?」


「そう!記録板の素材に苦戦したけど、魔獣の素材を加工したら、うまくいったの!」


 ペトラは目を輝かせながら、私にマイクのような部分を向けた。


「あとで、歌ってみてよ!テストしたいの!」


 私は、ペトラの熱意に応えて、集音管に向かって一曲、心を込めて歌った。


 録音が終わり、ペトラが慎重に再生用の針を記録板に落とす。

 ジジッ、というノイズの後、蓄音機から私の歌声が流れ出した。少し歪んではいるけれど、確かに私の声だ。


「やった……!大成功!」


 ペトラが歓声を上げ、私も思わず拍手した。


「これで、パスティエール様がいなくても、いつでも歌が聴けるね!」


 ペトラのその言葉に、改めてまた長旅に出るのだと気づく。


 私が領地を離れても、私の歌はここに残る。


 この発明は、きっと残される母上やお爺様、そして領民たちの心の支えになるはずだ。


「……ありがとう、ペトラ。最高の贈り物だよ」


 私が礼を言うと、ペトラは照れくさそうに鼻をこすった。


「ま、まだ試作品だけどね!ギターの改良も継続中だし、オートマタの研究はやっぱり難儀してるよ……」


  その夜。城の一室で、私たちは見送りの父上同席のもと、登録用紙を前に最後の確認を行っていた。


「役割は、これで決定だな」


 父上が確認する。声には寂しさが滲むが、その表情は領主としての覚悟に満ちていた。


 ヘクター(リーダー):槍使い。

 ヒルダ:弓使い。

 カイル:剣士。

 セリナ:武闘家。

 クラウス:薬師。

 そして私:見習いの雑用係。


「……あの、クラウス様」


 私が話しかけると、クラウス様がぴしゃりと遮った。


「……いけません。冒険者の仲間うちで、そのような敬称は不自然です。様付けは禁止です」


「あ、ごめんなさい……クラウス、さん?……先生?」


「……まあ、薬師の『先生』なら不自然ではないでしょう」


 クラウスさんが眼鏡を押し上げた。


「ああ。それに、パスティには新しい『名』が必要だ。」


 敬称を捨て、偽名を名乗る。それは、貴族としての自分たちを完全に殺す作業だった。


 私は改めて、これから始まる旅の過酷さと、皆の覚悟の重さを実感し、身を引き締めた。


 父上の言葉に、私は頷いた。


 パスティエール・ゼノン。その名は、この領地に置いていく。


 私はペンを取り、登録用紙の名前欄に、少し震える手で新しい名を書き込んだ。


 ――『テオ』。


 パスティエールの響きを借りた、どこにでもいる少年の名。


「よし。私、いえ僕は今日からテオだ。見習い冒険者のテオ」


 その瞬間、私は貴族令嬢ではなくなった。


 それを見て、ヘクターさんがニカっと笑い、私の頭をガシガシと撫でた。


「へっ、よろしく頼むぜ、ボウズ?」


 その言葉と手荒い扱いは、彼なりの「覚悟を決めた同志」への挨拶だった。


「ふふ、お嬢……いえ、『テオ』くん。可愛い荷物持ちがいたものね」


 ヒルダさんも、いつものクールな表情を少し崩して微笑んだ。


 そして、ずっと黙っていたカイルが、ぶっきらぼうに口を開いた。


「……ふん、まあ、悪くねぇ名前だな。よろしくな、テオ」


 そう言って差し出された拳に、私は自分の拳をコツンと合わせた。


 セリナは、少し寂しそうに、でも誇らしげに微笑んでいる。


「テオ……君。身の回りのお世話は、これまで通りわたくしに……あ、いえ。……アタシに任せな?」


 慣れないぶっきらぼうな口調を使おうとして、耳まで真っ赤にするセリナに、思わずみんなが吹き出した。


 私も、短くなった髪を揺らし、男の子っぽく笑って見せた。


「うん!任せてよ、リーダー、みんな!」


 こうして、私たちの長い長い旅の準備は整った。


 明日、私たちは慣れ親しんだ故郷を後にする。世界を救うための、名もなき冒険者として。

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