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第73話 歓迎なき晩餐会

 王都からの調査団が到着したその日の夕刻。


 城では、彼らを歓迎するための晩餐会が開かれていた。


 別棟の大広間からは、長旅の疲れを癒やす調査団の一般団員――魔導師や護衛兵たち――が、辺境の珍味や酒に舌鼓を打ち、賑やかに語り合う声が漏れ聞こえてくる。辺境伯家としてできる限りの、精一杯のおもてなしだ。


 けれど、本館のダイニングホール。代表者である二人の使者と、私たち家族が顔を合わせるその場所の空気は、「歓迎」とは程遠い、重苦しいものだった。


「……お口に合いませんかな、ベルンシュタイン殿」


 上座に座る父上が、ほとんど料理に手を付けていないクラウス様に声をかけた。


 監視役のクラウス・フォン・ベルンシュタインは、ナイフとフォークを置くと、姿勢を正して父上に向き直った。神経質そうな眼鏡の奥の瞳は、氷のように冷ややかだ。


「いえ。結構なお味です、辺境伯閣下」


 言葉は丁寧だが、その声には何の感情もこもっていない。


「ただ、私は食事を楽しむためにここに来たわけではありませんので。……早速ですが、今後の調査方針について確認させていただきたい」


「……よかろう。食事をしながらで構わん」


 父上も、ワイングラスを置いて表情を引き締める。


「まず、閣下が国に提出された報告書についてです」


 クラウス様は、懐から書類の束を取り出し、テーブルの上に広げた。


「『精霊の顕現』、そして『古代の災厄に関する警告』……。これらは、本当に公的な記録として提出されたものなのですか?」


「いかにも。私が直接見聞きし、また娘の証言を元に作成した事実だ」


「事実、ですか」


 クラウス様は、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「魔導院の記録によれば、精霊の自然顕現は過去数百年間、一度も確認されていません。現代の魔導学において、精霊とは術式によって喚起されるエネルギー体であり、自意識を持って人に語りかけるなど、魔導の理に反するにも程がある」


 彼は、まるで出来の悪い生徒を諭す教師のような口調で続けた。


「辺境の過酷な環境が、人々の集団幻覚を引き起こした。あるいは……幼い令嬢の『夢物語』を、大人が真に受けてしまった。そう考えるのが合理的かと」


 ダンッ! 父上が拳でテーブルを叩いた。グラスの水が跳ねる。


「貴様……! 我々が嘘の報告をしたとでも言うつもりか、若造!」


「私は可能性の話をしているだけです。客観的な証拠が何一つない以上、疑うのは当然でしょう」


 一歩も引かないクラウス様。場の空気は完全に凍りついた。


「あらあら。お二人とも、少し熱くなりすぎではありませんこと?」


 その時、母上が優雅に微笑みながら、スッと二人の間に割って入った。


 笑顔だ。完璧な貴族夫人の笑顔だ。けれど、その背後には、魔力が陽炎のように揺らめいている気がする。


「まずは温かいお食事を召し上がってからになさいな? ……冷めますわよ?」


 母上の無言の圧力に、さすがのクラウス様も少し気圧されたように口を閉ざした。父上も「フン」と鼻息を荒くして椅子に座り直す。


 私は、黙ってその様子を観察していた。


 私の『瞳』には、クラウス様から発せられる旋律が、まるで氷の刃のように鋭く、硬く、張り詰めているのが視えた。彼は本気で、私たちの報告を「非合理的な妄言」だと信じているのだ。


 一方、もう一人の使者――カラス獣人のクロウ様はといえば。


「カァーッ、うめぇ! やっぱり肉は骨付きに限るねぇ!」


 この重苦しい空気を完全に無視して、魔獣のスペアリブにかぶりついていた。


 鳥の獣人さんを見るのは初めてだけれど、翼と一体化した腕の関節部分にある器用な指を使って、上手にナイフを扱っている。


 彼の旋律は、風のように掴みどころがないけれど、その根底には、魔導王陛下やガイア様と似た、温かい色がある気がした。


「まーまー、旦那方もそう熱くなりなさんな。飯が不味くなるぜ」


 クロウ様は骨を皿に放り投げると、ナプキンで(くちばし)を拭いながら、飄々とした口調で言った。


 そして、隣に座るクラウス様の肩を、油で汚れた翼(指?)でバンバンと叩いた。


「お堅いねぇ、エリート様は。現場じゃ教科書通りにいかないことばかりだぜ? ちっとは頭を柔らかくしねぇと、長生きできねぇぞ」


 クラウス様は、露骨に不快そうな顔で肩を払った。


「……触らないでいただきたい。私は事実と論理に基づき、合理的に判断するだけです。魔導学を無視した妄言に惑わされるわけにはいきませんから」


 ――妄言。 その言葉が、私の胸にチクリと刺さる。


 結局、晩餐会は終始ピリピリした空気のまま終了した。


 食後、私たちはサロンに場所を移し、具体的な調査方針を話し合うことになった。


「私の提案はこうです」


 クラウス様が、領地の地図を広げて指し示す。


「まずは、過去に『精霊が顕現した』とされる場所――泉や、南の港町を巡回し、魔力残滓などの検証を行います。本当に精霊が現れたのなら、何らかの痕跡が残っているはずですから」


 彼はあくまで、「報告書の嘘を暴く」つもりなのだ。 父上が反論する。


「悠長なことを! それよりも、現在進行形で被害が出ている場所を優先すべきだ。原因不明の不作が続く農村や、魔獣の変異が報告された地域へ向かうべきだろう!」


「ですが、不作や魔獣の変異は自然現象としても説明がつきます。優先順位としては……」


「カァ……。めんどくせぇなぁ」

 二人の議論を、クロウ様があくび混じりに遮った。


「両方行けばいいじゃねぇか。どっちにしろ、領内を回るんだろ? まずは近場で、不作が続いてるっていう村から見て回ろうぜ。大将(魔導王)も、今の状況を気に掛けてたからな」


 魔導王陛下の意向と言われては、クラウス様も反論しづらいようだ。


「……分かりました。では、明日は北部の農村へ向かいましょう」と渋々承諾した。


 調査場所が決まったところで、私は意を決して手を挙げた。


「あの! 私も調査に行きます!」


「は?」

 クラウス様が眉をひそめて私を見た。


「何を言っているのです、ゼノン令嬢。これはピクニックではありません。危険な魔獣が出る可能性もあるのですよ? 子供の遊びではない」


「遊びじゃありません! 私が……私が唯一の『証言者』だからです!」


 私はクラウス様の冷たい目を真っ直ぐに見返した。


「精霊の声を聞いたのも、異変の気配を感じられるのも、私だけです。私が同行しなければ、調査の意味がありません!」


「……非合理的だ。足手まといになるだけでしょう」


「連れて行ってやってくれ、ベルンシュタイン殿」

 父上が口添えしてくれた。


「娘の言う通りだ。彼女の『感覚』は、今回の件の鍵を握っている」


「それに、護衛なら心配いらねぇよ」

 クロウ様がニヤリと笑って、腰の短剣を軽く叩いた。


「俺もいるし、辺境伯家の精鋭もつくんだろ? お嬢ちゃん一人守れねぇで、何が調査団だ」


 ここまで言われて、クラウス様は渋い顔で折れた。


「……分かりました。ですが、私の指示には絶対に従っていただきます。勝手な行動は許しません」


 こうして、明日からの調査に、私も同行することが決まった。


 ちなみに、ペトラは「工房から離れたくない!」と断固拒否したため、お城で留守番だ。王都から持ち帰ったオートマタの残骸の解析に、私のギター制作と大忙しらしい。頼りにしてるよ、ペトラ。


 その夜、自分の部屋のベッドの中で、私はクラウス様の冷たい視線を思い出していた。


『魔導学を無視した妄言』


 悔しい。何も見ていないくせに、決めつけないでよ。


 絶対に、認めさせてやる。私が見たものは、聞いたことは、真実だって!


 私はギュッと拳を握りしめ、明日に向けて気合を入れ直した。

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