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第72話 二人の来訪者

 翌朝。


 私たちは、王都の別邸前で、帰りの馬車に荷物を積み込んでいた。


 昨日の謁見の間での重苦しい空気とは打って変わり、全員の表情は晴れやかだ。父上は「肩の荷が下りた!」と、朝から豪快に笑っている。


「父上!母上!」


 出発の準備をしていると、学園からレオ兄様とギル兄様が見送りに駆けつけてくれた。


「気をつけて帰るんだよ、パスティ」


 レオ兄様が、優しく私の頭を撫でてくれる。


「君の勇気ある行動、本当に誇りに思うよ。僕たちも学園で、もっと知識と力をつける。次に会う時を楽しみにしているからね」


「おうよ!次に会う時までに、俺もすげぇ剣技を編み出しとくからな!」


 ギル兄様は私の肩をバンバンと叩くと、後ろに控えていたカイルに向かって指を突きつけた。


「おい、そこのチビ!お前もだぞ!次に会う時までにもっと腕上げとけよ!俺が直々に鍛えてやるからな!」


「へんっ、チビって言うな!望むところだ!」


 カイルも負けじと言い返し、二人はバチバチと火花を散らす。やれやれ、この二人は相変わらずだ。


 今回の帰還には、アルフレッド先生は同行しない。魔導院が派遣する調査団との調整や、レオ兄様とギル兄様の護衛も兼ねて、しばらく王都に残ることになったのだ。


「パスティエール様。私がいない間も、魔術の鍛錬は怠りませぬよう。面白い本があったら送りますからな」


「はい、先生。……お兄様たちのこと、よろしくお願いします」


 私は先生と、二人の兄に深く頭を下げた。


 別れを惜しみつつ、私たちは馬車に乗り込んだ。御者の合図で、馬車がゆっくりと動き出す。


「行ってらっしゃい!」


「気をつけてな!」


 手を振る兄たちの姿が、だんだんと小さくなっていく。私は窓から身を乗り出して、姿が見えなくなるまで手を振り返した。


 王都を離れ、見慣れた辺境への道を戻る馬車の中。


 流れる景色を眺めながら、私は昨日のオリオン陛下の言葉を反芻していた。


『君の知性が、道を拓いたのだ。自信を持ちなさい』


 その言葉が、私の胸を温かく満たしてくれる。私は自分で考え、行動し、未来を切り拓くことができるんだ。


 そんなことを考えていると、休憩の時間になった。


 私は、この隙に「ある確認」をすることにした。 御者や護衛たちが休憩している隙を見て、こっそりと荷台の奥にかかっていた古びた毛布をめくる。


「……よし、あった」


 そこには、土気色の粘土と歪んだ金属の塊が横たわっていた。あの時、母上の熱波で機能を停止した、旧式の戦闘用オートマタだ。関節は焼け焦げ、装甲はひび割れているが、原型は留めている。


(ふふふ、ペトラへの最高のお土産! あの子、きっと目を輝かせるわ!)


 私はニヤリと笑い、毛布を元通りに戻した。


 三週間後。


 私たちの馬車は、ついにゼノン辺境伯領の領都、アイアン・フォルトに到着した。


 見慣れた武骨な灰色の城壁が、夕日に照らされている。王都の華やかさとは対照的なその姿が、今はひどく懐かしく、温かく感じられた。


「帰ってきた……」


 城門をくぐり、本城の前で馬車を降りると、懐かしい顔ぶれが出迎えてくれた。


「フン。王都の狸ども相手に、よく吠えてきたようだな」


 留守を預かっていたお爺様が、ぶっきらぼうだが満足げに父上の肩を叩く。


「ただいま戻りました、お義父様。……ご心配をおかけしました」


 母上も、いつもの優雅な笑顔で挨拶をする。


 そして、使用人たちの中に、待ちきれない様子でそわそわしている、亜麻色の髪の少女の姿があった。


「おかえりなさい、パスティエール様!」


 ペトラだ!私は駆け寄って彼女の手を取った。


「ただいま、ペトラ!元気だった?」


「うん!それより王都はどうだった?すごいドレスとか着た?王子様とかいた?」


 目を輝かせて質問攻めにしてくるペトラに、私はニヤリと笑い、耳打ちをした。


「ドレスよりすごいものを持ってきたわよ。……あとでこっそり、私の部屋に来て!絶対に驚くから」


「え、何なに?魔導具?」


 ペトラは期待に胸を膨らませている。反応が楽しみだ。


 王都での激動の日々から、久しぶりに日常が戻ってきた。


 数日後、ペトラは私の部屋で、秘密のお土産――戦闘用オートマタの残骸――を前に、興奮のあまり奇声を上げていた。


「すっごい!これ、本物の軍用オートマタ!?しかも魔導院製!?どこで手に入れたの!?っていうか、これどうやって動いてたの!?」


 彼女は工具片手に、オートマタの関節をいじり回したり、ひび割れた装甲の隙間から内部を覗き込んだりと大忙しだ。


 私たちがキャーキャーと騒いでいると、突然、部屋の扉が開いた。


「騒がしいですわね、二人とも。何事ですか?」


「「ひいっ!?」」


 現れたのは、母上だった。私たちは完全に油断していた。


 母上の視線が、部屋の中央に鎮座する「土気色の鉄屑」に注がれる。


(お、終わった……! 絶対に怒られる……!)


 私が冷や汗をダラダラ流しながら言い訳を考え始めた、その時。母上は意外な反応を見せた。


「あら。懐かしいですわね、この旧式の駆動系」


「……え?」


 母上は怒るどころか、興味深そうにオートマタの残骸に近づき、しげしげと観察し始めた。


「ペトラ。そこの動力炉の術式は、わたくしの魔術で完全に焼き切れていますが、関節部分の魔力伝達構造は見る価値がありますよ。当時の魔導院の流行り廃りがよく分かります」


「えっ、ほ、本当ですかエリアーナ様!? ここの配線、どうなってるんですか!?」


「ここはですね、効率よりも耐久性を重視した設計でして……」


 なんと、母上は元魔導卿としての知識を披露し、ペトラへの技術指導を始めてしまったのだ。二人は専門用語で盛り上がり、私のことなど完全に忘れている。


(母上……楽しそう……)


 そこへ、お茶の用意をしたセリナが入ってきた。


「……皆様、お熱心なところ失礼いたします。お茶をお持ちしました」


 セリナはテーブルにティーセットを置くと、ふと思い出したように懐から、ハンカチに包まれた小さな物体を取り出した。


「そういえば、ペトラ様。以前ケルドの遺跡で、ゴーレムの残骸の中にこのような綺麗な石が落ちていましたので、拾っておいたのですが……。何かの素材に使えたりしますでしょうか?」


 セリナがハンカチを開くと、そこには鈍く赤黒い光を放つ、握り拳大の結晶体が現れた。


「……ん?」


 ペトラが興味を惹かれた様子で、その石を手に取る。


「綺麗な石、だね。でも、ただの石じゃなさそう……。微かだけど、すごく奇妙な魔力の波長が残ってる。それに……」


 ペトラは工具箱からルーペを取り出し、石の表面を拡大して覗き込んだ。次の瞬間、彼女は息を呑んだ。


「嘘……これ、傷じゃない!術式だ!びっしりと、石の表面全体に刻印されてる!」


「えっ、術式!?それって……」


 私が覗き込むと、ペトラは興奮気味にまくし立てた。


「見て、パスティ!この複雑な幾何学模様!さっきエリアーナ様に教えてもらった王都の機械の回路とは、根本的な設計思想が全然違うよ!こっちの方がずっと複雑で、密度が高い……。もしかして、これがおとぎ話に出てくるような、本物の『古代の技術』なのかも……!」


 ペトラの目が、今までにないほどギラギラと輝いている。


「現代の魔導技術オートマタ」と「未知の古代技術の塊」。二つのとんでもない研究材料を前に、技術者の魂に火がついたようだ。


「ありがとうパスティ!ありがとうセリナさん!私、しばらく工房にこもるから!ご飯はいらないからね!」


 ペトラは二つの「お宝」を抱え込むと、嵐のように部屋を飛び出していった。


 残された私たちは、顔を見合わせて苦笑するしかなかった。


 ――あ、ちなみに。


 この後、我に返った母上に「危ないものを持ち込むんじゃありません!」と、きっちり正座で説教されたことは言うまでもない。


 しかし、そんな平穏な時間は長くは続かなかった。


 その日の午後、城に早馬が到着したのだ。


「王都からの調査団、まもなく到着!」


 その報せに、城内の空気が一変する。ついに来たのだ。


 私たちは急いで支度を整え、城門で出迎えることになった。


 間もなく、地響きと共に、王都の紋章を掲げた数台の馬車と、武装した騎兵たちからなる、ものものしい隊列が姿を現した。これが、魔導院の特別調査団だ。


 馬車が城門の前で停止し、先頭の馬車から、代表者として二人の人物が降り立った。


 一人は、神経質そうな眼鏡をかけた、線の細い人間の青年魔術師だった。


 魔導院の制服の上から、カエルス公爵家の紋章が大きく刺繍されたマントを羽織り、冷たく他人を見下すような目で、事務的に一礼する。


「カエルス公爵閣下の命により、調査団の監視役として参りました、クラウス・フォン・ベルンシュタインと申します。以後、お見知りおきを」


 その声には、感情の抑揚が一切なかった。


 そして、もう一人は――対照的に、見るからに怪しげな人物だった。


 全身を黒い羽毛に覆われた、直立するカラスの獣人。くたびれた革のコートを羽織り、人間で言えば中年くらいの、気だるげな雰囲気を漂わせている。


 カラスの獣人は、翼と一体化した腕を面倒くさそうに振って、あくび混じりに言った。


「カァ……。やれやれ、遠路はるばるご苦労なこって。俺はクロウ。魔導王の旦那から、案内役兼調査員を仰せつかった。ま、気楽にやろうや、お嬢ちゃん」


 その飄々とした態度に、私は呆気にとられた。


(え、この人が、魔導王陛下の直属……? どう見ても、ただのやる気のないおじさんなんだけど……)


 冷徹な監視役クラウスと、飄々とした調査員クロウ。


 あまりに対照的な「二人の来訪者」と、私たちは緊張した面持ちで対峙した。 辺境を舞台にした、新たな波乱の幕開けだった。

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