第64話 【幕間】中庭ランラン♪ランチ
領都アイアン・フォルトに帰還してから、一週間が過ぎた。
私の生活は、領地視察の旅に出る前と、少しだけ変わった。
午前中の座学、午後の母上との貴族作法、夕方の魔術訓練に加え、新たに「仲間たち」との時間が組み込まれたのだ。
技術オタクのハーフドワーフ、ペトラ。
褐色黒髪ツンデレ見習い剣士、カイル。
父上の計らいで、二人は「辺境伯預かりの食客」として城に滞在し、ペトラはブロック親方の工房へ「見習い通い」、カイルはお爺様とアルフレッド先生よる「地獄の特訓」に明け暮れる日々を送っている。
そして、そんな訓練漬けの毎日を送る二人を癒すため、私はある晴れた日の昼食時、一つの提案をした。
「たまには外で食べましょう!」
というわけで、私たちは城の中庭の芝生に大きな敷物を広げ、ピクニックランチの真っ最中だった。
「んー!このお肉美味しい!さすが辺境、お肉も活きがいいわね!」
私は、行儀悪く魔獣の肉のサンドイッチをモグモグと頬張る。口の周りは、もちろんソースだらけだ。
「もう、パスティエール様。はしたのうございますわ」
呆れたように言いながらも、その声は嬉しそうだ。セリナが慣れた手つきでハンカチを取り出し、私の口の周りを優しく拭いてくれる。
私は、そんなセリナの髪をじーっと見つめた。
いつもなら綺麗に結い上げているはずのお団子ヘアなのに、今日は栗色の髪が、重力に逆らうようにツンツンと逆立っている。まるで箒か何かのようだ。
「ねえセリナ、今朝から思ってたんだけど、なんで髪の毛がそんなに逆立ってるの?ヘビメタなの?」
セリナは顔を真っ赤にして、逆立った髪を必死に手で押さえつけようとしながら答える。
「へ、ヘビメタ!?ヘビメタがなにかは存じあげませんが、これは……乙女の秘密です!」
しかし、彼女が押さえつけた髪は「ぴょん!」「ぴょん!」と、元気よく元の角度に戻ってしまう。
(乙女の秘密……?なにそれ???)
私は首を傾げた。
「…疲れた…もう指一本動かせねえ…」
私たちのやり取りなど耳に入らない様子で、カイルが芝生の上に大の字で延びていた。
彼は、この数週間、午前中はお爺様から剣術の基礎を、午後はアルフレッド先生から『身体強化』の基礎を、文字通り地獄のような個人訓練でみっちり「しごかれて」いる。
今も、朝の訓練が終わったばかりで、疲労困憊の極みといった様子だ。
「聞いてよパスティエール様!あの『響木』に、ケルドで閃いた『銀の回路』を施す設計だけどね、パスティエール様の魔力とポルカの『共鳴』を効率よく伝達するには、弦の振動を拾う『駒』の材質も重要で…!」
一方、ペトラはランチには一切手を付けず、目の下に濃いクマを作りながら、羊皮紙を広げて興奮気味に捲し立てている。
(あー、私のギター設計してくれてるんだ!嬉しいなぁ、でもきっと休憩も取らずに暴走してそう…)
ペトラは、夢中で設計図の説明をしていたが、ふと我に返り、大の字で伸びているカイルに視線を移した。
「…そういえばさ、わたしはパスティエール様がわたしの作った絡繰を誉めてくれたから、孤児院飛び出して着いてきちゃったんだけど…。ねえ、カイル。あんたは、なんで突然ついて行くなんて言いだしたのさ?」
ペトラのぶしつけな質問に、私とセリナの動きが止まる。
「…あ?ンだよ急に…」
カイルは、面倒くさそうに片目を開けた。
「いや、あんた、シルヴァにいた方が気楽だったでしょ。バルガス隊長にも可愛がられてたみたいだし」
カイルは、むくりと起き上がると、ぶっきらぼうに答えた。
「…フン。あそこで一生、ただの見習いで終わるのが、なんか急に……つまらねぇって思っただけだ」
「…それに、チビの歌を聞いて、ビビった。あんなことできるなんてよ。でもチビは弱そうだったから、誰かが守ってやらなくちゃって…」
「パスティエール様、とお呼びなさい」
セリナが、逆立った髪のまま、プンプンと鋭いツッコミを入れる。
「でも私もそこまで弱くないよ!『身体強化』なら得意なんだから!」
私はそう言うと、いつもは常時薄く展開している魔力を、全身に全力で行き渡らせた。淡い光が、私の体を包む。
「ちっこい魔獣ならワンパンよっ!」
私は拳を握り、その場で「シュッシュッ!」と、大人の目にも止まらないような凄い速さでシャドーボクシングをしてみせた。
「……は?」
カイルは私のパンチを見て、言葉を失っていた。
「えっ…速っ…!?」
「あー、それ。そういえばこないだ、パスティエール様とガレオス様が素手で模擬戦闘してるところ見たけど、なんか2人とも人間の動きじゃなかったよね。魔獣が暴れてるのかと思ったわ。訓練場の地面えぐれてたもんねー」
ペトラも面白そうに笑う。
カイルは呆然するが、すぐに顔を赤くして怒鳴った。
「…う、うるさい!速くても打たれ弱いだろ!どっちにしろ危なっかしいんだよ!とにかく!お前みたいな『すげぇ力』を持ってる奴が、くだらねえ魔獣なんかにやられねえように…俺が、お前の剣になってやる!」
(うわぁ、相変わらずのツンツンっぷり。でもお姉さんにはマルッとお見通しよ!今は私の方が年下だけど。)
カイルのツンを再認識した私は、大の字でふて寝を再開しようとする彼の、ボロボロの服に気づいた。
(って、…カイルの服ボロボロじゃない…。シルヴァから着てる訓練着、もうクタクタよ。)
私は、セリナにごにょごにょと耳打ちする。
「セリナ、アレ持ってきて頂戴?」
「はいっ、今すぐ!」
セリナが嬉々として頷き、ダッシュで真新しい服を持ってきた。ギルバート兄様のお下がりだ。
「カイル!ちょっと服がボロボロすぎるから、これ着て!」
「あ?やだよ、なんで今…」
「うわ、確かにボロボロ。ちょっとこっち来なよ、脱がすの手伝ってあげるから!」
ペトラも面白がって加担する。
「ささ、カイル様。こちらへ。わたくしがお着替えをお手伝いいたしますわ」とセリナもニッコリ。
「お、おい!よせ!自分でできる!いい加減にしろよ!」
結局、女子3人に囲まれて遊ばれ、カイルは強引に新しい服に着せ替えさせられた。顔を真っ赤にして芝生に再び突っ伏すカイル。
(うんうん!やっぱり素材が良いから、シンプルな服でも映えるわね!)
皆がランチを食べ終わった、穏やかな昼下がり。私は『ちびギター』を取り出した。
「カイルもペトラもお疲れみたいだし、セリナも。少しお昼寝しましょう。子守歌、歌ってあげる」
私は、子守歌を歌い始める。
午前中の疲労と、心地よい歌声に抗えず、カイルは文句を言う間もなくすやすやと夢心地になっていく。
ペトラも、設計図を握りしめたまま、カイルの隣ですやすやと寝息を立て始めた。
私は歌いながら、そっと胸元のポルカを撫でた。
(ふふ、ポルカも気持ちよかった?みんなお疲れみたいだね)
胸元のポルカが、私の語りかけに応えるように「キラン!」と温かく、楽しそうに光る。
ポルカは、私の胸元からふわりと抜け出すと、私の肩の周りを楽しそうにクルクルと二、三周し、また胸元にそっと戻っていった。
セリナは眠そうなのを我慢してるのか、潤んだ瞳でこちらを見ている。
(もう、眠たいなら素直に眠ればいいのに)
と思ったが、『瞳』で見るセリナから感じる旋律は――
『♪尊い……尊い……マジ尊い……』
あ、これ見ちゃだめなやつだと、私は『瞳』をそっ閉じした。
穏やかな中庭。私の優しい歌声と、ポルカの微かな光。
疲れ果てて眠る二人と、うっとりするセリナ。
私たちの、新しい日常が、ゆっくりと時を刻んでいた。
パスティエール・ゼノン
ステータスシート(一章終了時点)
■基本情報
名前:パスティエール・ゼノン
性別:女
年齢:7歳
誕生日:大陸暦678年、花咲の月
種族:人間(ゼノン辺境伯家・長女)
髪色:パステルピンク(ふわふわと揺れる)
髪型:セミロング、ポニーテール、サイドテール、ハーフアップ、三つ編みツインテール等
肌色:健康的
性格:
天真爛漫で愛らしく、領民や兵士にも分け隔てなく接する心優しい「天使」。努力家で、年齢離れした聡明さと行動力を持つ。
前世は売れない歌手兼裏方スタッフ。精神年齢は大人で、アイドルや可愛いものが大好き。前世知識で内政無双を夢見るが、そもそもそんな知識を持っていなかった!楽器や音楽の知識は人並み以上。
人となり:
「歌」への情熱と未練を原動力に生きている。
家族や侍女のセリナから溺愛されている。
前世の後悔から「大切なものを守りたい」という意志が強く、危険な場所へも躊躇なく飛び込む芯の強さを持つ。
■基礎魔術の熟練度
通常の魔術師とは異なり、極端な才能の偏りがある。
・身体強化:【極めて高い(常時発動)】
無意識レベルで魔力を循環させ、常時身体能力を底上げしている。7歳にして兄と徒手格闘で渡り合えるほどの身体能力を持つ。
・魔力付与:【苦手】
包丁に付与して人参が気持ち切りやすくなる程度。実戦では役に立たない。
・魔力障壁:【苦手】
シャボン玉のように脆く、指で突けば弾けるレベル。実戦では役に立たない。
・魔力関知:【不可(代替能力あり)】
魔力を体外に薄く広げることができないため、通常の感知魔術は使えない。
ただし、固有能力である『瞳』によって、視覚的に魔力や音、感情、瘴気などを詳細に捉えることができるため、実質的な索敵能力は達人級以上。
・魔力放出:【不可(通常時)】
手から魔力弾を放とうとしても霧散してしまう。
※例外:「歌」に乗せることで、桁外れの魔力を広範囲に放出・干渉させることが可能(攻撃的な放出ではなく、調律や浄化の性質が強い)。
■習得魔術
水の精霊魔術:『水滴』
通常の精霊言語による詠唱では発動しない。
歌詞の意味を理解し、感情を込めて「歌う」ことで発動可能。歌って踊ることで、無数の水球を生み出すなど応用も利く。
■血統魔法
『調律』
母方のカエルス公爵家が保有している血統魔法。元の能力は「魔力の流れに干渉し、複数の魔術の威力や効果を増幅・調律する指揮者のような能力。」であったが、『???の加護』の影響から特殊な形で発露している。
■加護
『???の加護』:『瞳』
転生時に謎の声から授かった力。世界の「音」と「魔力」を光や旋律として視覚的に捉えることができる。嘘や感情の機微、瘴気の発生源、精霊の姿などを視る心眼。
『泉の精霊の加護』
深淵の森で瘴気を浄化し、泉の精霊から授かった。
水の精霊が常に側に寄り添い、歌による魔術行使を補助してくれる。
『豊漁の加護』
港町サザンで海の魔獣を退け、豊漁と凪の精霊から授かった。
パスティエールは言葉通り魚が大漁に捕れる加護と勘違いしているが、実際は人との出会いや精霊との出会いなど、自身が成長できる機会が訪れることが増える加護。
ポルカ ステータスシート(一章終了時点)
■基本情報
名前:ポルカ
種族:精霊
※通常の自然発生した精霊とは異なり、消滅しかけた精霊の残滓が、パスティエールの歌と魔力、そして感謝の祈りによって再構成され、新たな個体として誕生した存在。
年齢:0歳(ケルドの「響谷」で誕生して数ヶ月)
外見:
基本は、手のひらサイズの「光の球体」。
感情や状況によって光の色や点滅の仕方が変わる。
普段はパスティエールのドレスの胸元や、髪の中に潜り込んで同化していることが多い。
性格:
天真爛漫で人懐っこい。名前の由来通り、楽しい時は「ポルカ」の舞曲のようにピョコピョコと弾むような動きを見せる。
パスティエールの歌が大好きで、彼女が歌うと嬉しそうに激しく明滅して踊り出す。
危機察知能力が高く、敵意や瘴気に対しては敏感に反応し、主人を守ろうとする意志を見せる。
コミュニケーション:
人語は話せない。
「チリン」「ティリロ」といった鈴のような音や、光の明滅、振動(パスティエールの胸元でトクンと鳴るなど)で感情を伝える。パスティエールとは意思疎通ができている。
■能力・特性
まだ生まれたてで力は弱いが、パスティエールとリンクすることで特殊な効果を発揮する。
『魔力共鳴・増幅』
パスティエールの魔力に常時接続されており、彼女が歌(魔法)を使う際、その魔力効率を補助・増幅する役割を果たす。
ペトラの「魔導銀」生成の際も、パスティエールの魔力を水に定着させるための触媒のような働きをした。
『感情・敵意探知』
周囲の感情や悪意、瘴気の発生を感知するセンサー。
楽しい時は「黄金色」や「明るい白」、危険や敵意を感じると「赤」や「激しい点滅」で警告する。
『精霊の守護』
具体的な防御結界などはまだ張れないが、パスティエールの魔力を安定させ、外部からの精神干渉や瘴気の影響を和らげるフィルターの役割を果たしている。
■経歴・背景
誕生:
遺跡の街ケルドの「響谷」にて。
谷に満ちていた瘴気が浄化された際、消滅しようとしていた古き精霊の最後の一欠片が、パスティエールの歌声に惹かれて留まり、彼女の魔力を受けて新生した。
命名:
領都への帰路の馬車内で、パスティエールの胸元で楽しげに跳ねる光の様子が、前世の軽快な舞曲「ポルカ」のリズムに似ていたことから名付けられた。
現在:
パスティエールと片時も離れず共に行動している。周囲からは「精霊憑き」の証として、畏敬と守護の対象として認識されている。
■加護(パスティエールへ与えている影響)
『精霊視の強化』
パスティエールの『瞳』の能力と連動し、より鮮明に魔力や精霊の姿を視覚化させる補助を行っている。
『魔術制御の安定』
まだ未熟なパスティエールの魔力放出を、内側からコントロールする調整弁の役割を担う。




