第62話 【幕間】工房とひらめき
わたしの名前は、ペトラ。
宿場町リベルの孤児院で育った、十一歳のハーフドワーフ。それが、昨日までの私。
そして今日から、わたしは「パスティエール様預かりで辺境伯様の食客兼見習鍛冶師」として一室を与えられた。
わたしは、パスティエール様のお父さん…ライナス辺境伯の計らいで、この街で一番大きな鍛冶工房の門をくぐっていた。
「ガハハ!まさかライナス様が、こんなチビの嬢ちゃんを直々に『食客』として預かり、うちに見習いに出すとはな!」
出迎えてくれたのは、工房の主、ブロック親方。パスティエール様の『ちびギター』を作ったっていう、ドワーフの職人さんだ。
ケルドのグレン親方に負けないくらい立派な髭をしてる。
「ケルドでとんでもない『大砲』を作ったって噂は聞いたが…うちのやり方は厳しいぞ!」
「よろしく、親方。…ペトラです」
わたしは、ぶっきらぼうに頭を下げた。
工房の中を見渡して、わたしは息を呑んだ。
(すごい…!)
ケルドの工房も設備は整ってた。でも、ここはレベルが違う。辺境伯お抱えだけあって、炉の規模も、備え付けられた工具の精密さも、山と積まれた鉱石の質も、何もかもが…!
(ここなら、わたしの『ひらめき』を全部試せるかも…!)
胸が、炉の火みたいに熱くなった。
ブロック親方は、工房の一角にある、少し古びた作業台を指さした。
「嬢ちゃんには、まずそこをくれてやる。だが、見習いは見習いだ。まずは工房の掃除と、そこの鉱石の選別からやってもらうぞ!」
「……うす」
返事をしたわたしは、さっそく自分の荷物をその作業台に広げた。荷物って言っても、汚れた工具袋だけ。
わたしは、その工具袋から、二つのモノを大切に取り出した。
一つは、ケルドの響谷で手に入れた、『響木(ひびきぎ)』の欠片。黄金色の木目が、工房の薄暗い光を吸い込んで、不思議な温かみを放っている。
もう一つは、グレン親方が最後にくれた、『黄銅』と、『魔導銀』の小さなサンプル片。
あれは、地獄みたいな三日間だった。
作戦決行まで時間がない中で、わたしの無茶な設計の『増幅砲』を実現するための合金が見つからない。
グレン親方も、工房の職人さんたちも、みんな諦めかけてた。
あの時、わたしの心を繋ぎとめてくれたのは、パスティエール様だった。
彼女は、リベルの孤児院で、わたしのガラクタを、初めて「すごい」って言ってくれた。あの『瞳』は本物だ。彼女は、わたしの技術の「理屈」を、ちゃんと理解してくれた。
だから、わたしも彼女の「理屈のわからない力」を信じてみた。
『魔導銀』
人の手では絶対に作れない、極まれに発掘される希少な鉱石。
パスティエール様の不思議な歌が生み出した水が、ただの銀を『魔導銀』に変えた。
あれは、『理屈』じゃない。でも、金属の性質を変えた。
(パスティエール様の歌は、すごい…)
わたしは、自分の作業台の横に、パスティエール様から借りてきた『ちびギター』をそっと置いた。
ブロック親方の仕事は確かだ。作りは頑丈だし、音も悪くない。
でも。
(ダメだ。これじゃ、パスティの歌の力の、一割も引き出せてない)
シルヴァでのコンサート。
あの時、パスティエール様の歌声は、彼女の胸にいたチビ精霊のポルカと『共鳴』して広場中に響き渡った。
ケルドの『増幅砲』は、ただ無理やり声を遠くまで届けただけ、ポルカの『共鳴』には遠く及ばない。
(パスティエール様の声をポルカが『共鳴』させるなら、私はこのギターの音をもっと精密に。もっと効率よく、『共鳴』させる機構を組み上げる!)
わたしは、新しい羊皮紙を広げ、夢中で設計図を描き始めた。
まず、『響木』をボディに使うのは当然。
問題は、どうやってパスティの魔力とギターの音を『共鳴』させるか。
(ケルドの砲身みたいに、魔力と『共鳴』するための『魔力の通り道』が必要だ)
(『魔導銀』が理想だけど、パスティエール様にあんな危険なことを何度もさせられない…!)
(それに、砲身と違って楽器にあんな強度はいらない)
(『魔導銀』の代わりになる、魔力を通しやすい素材なら?『銀』や『銅』…この工房にある素材でも試せるんじゃないか?)
(そうだ!『響木』の持ち手から内側にかけて、『純銀』で魔力の経路を施してみよう!)
(銀なら『魔導銀』ほどじゃなくても魔力は通すはずだ)
(先生から教わった基礎魔術…《付与》。あれは時間経過で魔力が抜けちゃうから、いま私がこの響木に魔力付与しても意味はない…)
(でも、パスティエール様本人が演奏中に魔力付与をし続けるなら…?)
(この『銀の経路』が魔力の通り道になれば、パスティエール様の魔力が、スムーズに楽器全体に行き渡り響木の共鳴を強めてくれるはず!)
(いける…!わたしは、最高の『器(楽器)』を作る。パスティエール様とポルカなら、きっとそれに応えてくれる!)
わたしは、パスティエール様とポルカの、あのコンサートでの輝きを信じて、設計図を完成させた。
「ん?嬢ちゃん、そりゃ何だ。姫様の新しい楽器か?」
いつの間にか、ブロック親方が、わたしの描いた設計図を背後から覗き込んでいた。
「…いや、俺が作ったのとは構造が違う。この内側の模様は何だ?」
わたしは、興奮を抑えきれずに、親方に向き直った。
「これはね親方!『響木』と『銀の回路』を使って、パスティエール様の魔力と『共鳴』させるための、新しい『魔導楽器』の設計図だよ!」
ブロック親方は、その突拍子もない設計図を、腕組みをしながらじっと見つめていた。
「…ほう。『銀の回路』だと?確かに、上等な剣や鎧にゃあ、《付与》の効果を高めるために銀で魔力経路を刻む技術はあるが…」
「まさか、その技術を楽器に応用しようと考えるたぁ、お前さん、面白いことを思いつく。しかも、ケルドの『大砲』といい、この発想といい、独学でそこまでたどり着くとはな」
「…『魔導楽器』か。実にドワーフらしい、無謀な挑戦だ」
親方は、ニヤリと笑った。
「だがな、嬢ちゃん。デカい夢を語る前に、まずは足元を固めるもんだ。見習いの仕事は、工房の掃除と、そこの鉄鉱石の選別からだ!」
「むっ!見てなって!絶対、パスティエール様が驚くような、世界で一番すごい楽器、作ってやるんだから!」
わたしはぶつぶつ文句を言いながらも、設計図を大切にしまい、意気揚々と工房の隅に山積みされた鉄鉱石の選別作業に取り掛かった。
(パスティエール様のため、そして、グレン親方との約束のためにも!)
わたしの新しい挑戦が、今、始まった。
ペトラ ステータスシート(一章終了時点)
■基本情報
名前:ペトラ
性別:女
年齢:11歳(パスティエールより4歳年上)
誕生日:不明(孤児のため)
種族:ハーフドワーフ(人間とドワーフのハーフ)
髪色:茶色(手入れ無精でボサボサ)
髪型:邪魔にならないよう適当に束ねているか、短め。
肌色:健康的だが、工房にこもっているため煤や油汚れがついていることが多い。
性格:
ぶっきらぼうで人見知り。職人気質で、興味のない人間や事象にはドライ。
根っからの「魔導工学オタク」。機械や魔道具の構造について語り出すと早口になり止まらない。
自分の技術を理解し、価値を認めてくれたパスティエールには、技術者としての忠誠だけでなく、年下の主君を守る姉のような責任感も持ち合わせている。
人となり:
宿場町リベルの孤児院出身。
「シジマ作戦」の技術指揮官として、グレン率いる工房のドワーフたちと協力し、『超指向性歌声増幅砲』を完成させた実績を持つ。
第1章終了後は、パスティエールの「食客(専属技師)」として領都の城に滞在。領都のブロック親方の工房に見習いとして在籍している。
■基礎魔術の熟練度
いわゆる「魔術師」としての能力は低いが、「魔導技師」としての専門能力に特化している。
・身体強化:【低】
戦闘訓練は受けていない。ただしハーフドワーフの血により、徹夜作業に耐えうる頑丈さはある。
・魔力付与:【低】
自身の魔力で強力な付与を行うことはできないが、「魔力が通りやすい回路(溝)」を物質に刻む技術は天才的。
※「魔導銀」の生成に関しては、ペトラの理論(冷却水に魔力を込める)と、パスティエールの歌(規格外の魔力水生成)が合わさった結果の「共同作業(事故)」である。この事実はグレンにより最高機密扱いとされている。
・魔力障壁:【不可】
使えない。
・魔力関知:【高(対物質)】
鉱物の純度や、魔道具の回路の欠陥を見抜く「解析・鑑定」に近い能力を持つ。
・魔力弾:【不可】
使えない。
■習得技能:【魔導工学(発明)】
既存の魔術理論と物理的な機構を組み合わせる発想力。
パスティエールの「前世の知識(科学知識)」を、この世界の「魔術理論」で翻訳・実現できる唯一の通訳者。
1章時点での代表作:
『自律駆動式小鳥』:歯車とバネで動くおもちゃ。
『超指向性歌声増幅砲』:黄銅と魔導銀を組み合わせた、パスティエールの歌を増幅・指向性発射する兵器級の音響装置。
『耳栓兜』:特定の周波数の音波を遮断する兜。
■加護
なし
加護は持たないが、その頭脳と手先で「パスティエール(加護持ち)」の力を物理的に形にする、文明の担い手。




