第54話 黄金の調律
私の魂が、震える。
『超指向性歌声増幅砲』の伝声管に向けて、私はその全ての始まりを告げるように、祈りの歌を紡ぎ始めた。
『――清らかなる光よ、今こそ天より降り注ぎ――』
私の歌声が、伝声管を通して砲身内部へと流れ込み始めた、その瞬間だった。
母上の鋭い号令が、広場に響き渡る!
「『魔力付与』、開始!!」
先生は、既に砲身から伸びる魔力注入管へと駆け寄っていた。
その顔には、魔力枯渇による疲労と焦燥が滲んでいる。だが、瞳に宿るのは、この作戦を絶対に成功させるという、揺るぎない覚悟の光だった。
他の魔術師たちも同様だ。ゴーレムの攻撃を紙一重でかわし、あるいは兵士と連携して敵を引き剥がし、一斉に持ち場へと走る。中には、既に傷を負い、足を引きずっている者もいた。
「「「―――おおおおぉぉぉッ!!!」」」
先生と魔術師たちが、一斉に魔力注入管に魔力を流し込む!
彼らから紡がれるそれぞれの属性、それぞれの個性が反映された色とりどりの光が、握りしめた管を通して『増幅砲』の内部へと、まるで激流のように注ぎ込まれていく!
私の『瞳』には、その光景が驚くべきスペクタクルとして視えていた。
赤、青、緑、黄色、紫……ありとあらゆる色の、荒々しい魔力の奔流!
それらは互いにぶつかり合い、反発し合い、まるで制御不能の嵐のように砲身内部で激しく渦巻いている!
(ダメだ……!このままでは魔力が暴走して、砲身そのものが爆発してしまう……!)
その時。
母上が、そっと目を閉じ、祈るように両手を合わせた。
そして、その白魚のような両手を、慈しむかのように熱を帯びた砲身の基部に添えたのだ。
次の瞬間、母上の体から、清らかで、神々しく、それでいてどこまでも強力な、純粋な黄金色の魔力が溢れ出した!
それは、太陽の光が凝縮されたかのような、圧倒的な光量と純度。その光が、母上の手を通して砲身内部へと流れ込んでいく。
母上の黄金の光は、まるで熟練の指揮者が荒れ狂うオーケストラを導くように、内部で渦巻く魔力の奔流を、優しく、しかし有無を言わせぬ力強さで包み込み、一つへと『調律』していく!
赤は燃えるような決意の色に。
青は揺るがぬ信念の色に。
緑は仲間を想う優しさの色に……。
全ての魔力が、その個性を失うことなく、しかし完璧な調和をもって、巨大な一つの黄金色の奔流へと昇華されていく!
ドクンッ……!
砲身全体が、まるで巨大な生き物が鼓動を始めたかのように脈打ち、力強く振動し始めた。
(すごい……!これが母上の本当の力……!カエルス公爵家に伝わる『調律』の血統魔法……!みんなの想いが、バラバラだった力が、今、一つになっていく……!)
私は、そのあまりにも荘厳で美しい光景に息を呑んだ。
私の歌声は、まるで泉から湧き出る清流のように、伝声管を通して黄金の奔流と融合した。
母上が完璧に調律した巨大な魔力を、私の鎮魂歌の旋律に乗せて、さらに深く、深く注ぎ込んでいく。
私の歌声が核となり、仲間たちの魔力と想いが翼となり、このケルドの人々の願いが追い風となる。
『――眠れ……眠れ……哀しき調べよ――』
それは、力でねじ伏せるための歌じゃない。
峡谷の奥で泣いている、あの悲痛な声に語りかけるように。あなたの苦しみはもう終わりだと、優しく伝えるための歌。
『――遠き日の……光を……夢見て――』
私の歌声が、砲身に宿った全ての魔力を一つに束ね、そのエネルギーは最高潮に達した。今にも溢れ出さんばかりの光が、砲身の先端に集中していく。
『――安らかに……眠れ!――』
最後のフレーズを歌い終えた瞬間!
そのエネルギーは、全長五十メートルの先、峡谷内部の目標地点付近に設置された砲口から、ついに解き放たれた!
ズドォォォォォン!!!
それは、もはや光の波紋などという生易しいものではない。
目に見えるほどの巨大な、黄金色の光の槍!
私の歌声そのものが形となったかのような、清らかで、温かく、そしてどこまでも力強い光の奔流となって、夜明け前の薄紫色の空を切り裂き、峡谷の奥深く……瘴気が最も濃く渦巻く中心核へと向かって、真っ直ぐに飛んで行った!
ゴォォォォォ!!!
広場にいた全員が、息を呑んだ。
希望の光。仲間たちの命と想いを乗せた、最後の希望。
光の槍が瘴気の中心部に到達する、まさにその直前!
まるで、私たちの意思を察知していたかのように、峡谷の中心部から、凄まじい「拒絶の意思」が放たれた!
キィィィィィィィィィ!!!!
これまでとは比較にならないほど強烈な不協和音と共に、禍々しい紫色の巨大な衝撃波が、まるで巨大な怪物が最後の咆哮を上げるかのように、黄金の槍を迎撃せんと放たれたのだ!
「まずい!」
先生の叫びが響く。
金色の光の槍と、紫色の音響波が、峡谷の中ほどで激しく衝突した!
光と闇、調和と不協和!
まるで神話の戦いのような、凄まじいエネルギーの激突!空間が、熱せられたガラスのようにぐにゃりと歪むのが『瞳』で視えた!
そして、次の瞬間!
黄金の槍は、真正面からの衝突によって、軌道を大きく逸らされてしまったのだ!
目標であったはずの瘴気の中心核を大きく外れ、虚しくも、峡谷の硬い岩壁へと突き刺さった!
ズガァァァァァァァァン!!!
天地がひっくり返るかのような、凄まじい大爆発!
光の槍が突き刺さった岩壁が、まるで砂糖菓子のように砕け散り、巨大な岩盤が轟音と共に崩落していく!
「ああっ……!」
セリナの悲鳴が聞こえる。
だが、絶望はそれだけでは終わらなかった。
中心核が放った紫色の音響波の余波が、今まさに、峡谷入り口にいる私たちにも襲いかかってきたのだ!
「総員防御!!」
母上の絶叫とほぼ同時に、禍々しい紫色の衝撃波が、私たちを飲み込んだ!
ガガガガガッ!!
護衛兵さんたちの盾に亀裂が走り、母上の『障壁』も激しく明滅し、今にも砕け散りそうだ!魔力を付与していた魔術師たちが、衝撃に耐えきれず次々と吹き飛ばされる!
「うぐっ……!」
私も、セリナも、その衝撃波の圧力だけで地面に這いつくばらされた。全身が激しく打ち付けられたかのような激痛。肺が潰れるかのような圧迫感に、呼吸さえままならない。
「……失敗、か……!?」
先生が、崩落する岩壁と、吹き飛ばされた魔術師たちを見て、絶望の声を上げる。彼の顔は、魔力消耗と衝撃のせいで鉛色に染まっていた。
峡谷内部からも、水のヴェールが消えた上に今の衝撃波を受け、混乱した仲間たちの叫び声や、ゴーレムの新たな駆動音が聞こえてくるような気がした……!
失敗?
私たちの全力が弾かれてしまった……。作戦は、失敗したんだ……。
希望の光は、一瞬にして打ち砕かれた。残ったのは、深い絶望と、無力感だけ。
もう、ダメなのかもしれない……。
そう思って、心が折れそうになった、その時だった。
(……みつけて、お願い)
私の耳には、まだ聞こえていた。
あの瘴気の中心から響いてくる、か細いけれど、確かに助けを求める声が!
ここで諦めるわけにはいかない!私が、諦めるわけにはいかないんだ!
「いいえ!まだです!!」
私は、地面に伏せたまま、ありったけの声を振り絞って叫んだ!
その声は、絶望に支配されかけた広場に、一筋の火を灯した。
母上がハッと息を呑む。
彼女の顔は魔力の消耗で真っ白になり、唇からは血が滲んでいる。それでも、その瞳は私の言葉を受け止め、再び燃え上がり始めた。
「……そうね。まだよ!」
母上は、残った魔術師さんたちを鼓舞するように、血を吐くような、けれど決して諦めない強い声で叫んだ!
「パスティエール!もう一度歌いなさい!」
「パスティエール様!私もまだいけますぞ!」
先生が、片膝をつきながらも、再び砲身から伸びる管を掴んだ!その手は震えているが、瞳には燃え盛るような決意の炎が宿っている。
「おう!やってやらあ!」
「姫様の歌を、無駄にはさせん!」
吹き飛ばされながらも、まだ意識のある魔術師たちが、次々と立ち上がる。
私は這うようにして、再び伝声管の前へと戻った。
体中の骨が軋むように痛い。喉も、もう限界に近い。魔力も底をつきかけている。
けれど、心の炎はまだ消えていない!
「『魔力付与』、再開!!」
母上の檄に応え、残った魔術師たちが最後の魔力を振り絞る!
再び、色とりどりの魔力が砲身へと注ぎ込まれていく!
その勢いは、先ほどよりも明らかに弱い。けれど、そこには彼らの魂そのものが込められているようだった。
母上も、顔面蒼白になりながら、まるで自らの命を削るかのように、さらに強力な黄金色の魔力を放ち、先ほどよりも強引に、荒々しくエネルギーを調律していく!
砲身が、限界を超えたエネルギーの集束に、ギリギリと悲鳴を上げるのが『瞳』で視えた!今にも砕け散ってしまいそうだ……!
(お願い、耐えて……!みんなの想いを、届けるまで……!)
砲身が、今にも爆発しそうなほど眩い光を放った、その瞬間!
母上が、息も絶え絶えに、私に向かって叫んだ!
「パスティ……エール……!今……!!」
私は、涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、峡谷の奥を見据えた。
残る全ての魔力と、仲間たちの想い、ケルドの人々の願い、その全てを振り絞って。
第一射よりもさらに強く、さらに切実に。 魂からの「鎮魂歌」を、叫ぶように、歌い放った!
『――眠れェェェェッ!!!!!――』
私の魂の叫びが、限界を超えた黄金色のエネルギーと完全に融合する!
今度こそ!!届いてくれ!
ドゴォォォォォォォォォォォン!!!
もはや発射音というより、爆発音に近い衝撃。
視界が白一色に染まるほどの、極大の光の槍が放たれた!
発射の反動で砲身が大きくしなり、バキン!という音と共に表面に大きな亀裂が入る!もう、もたない……!この一撃が、本当に最後だ!
再び、峡谷の中心核から、紫色の巨大な音響波が放たれる!
だが、今度の光の槍は、その抵抗など意にも介さない!
私たちの全ての想いを乗せた光は、まるで怒れる太陽のように、紫色の闇を力ずくで突き破り、ねじ伏せ、今度こそ瘴気の中心核へ――あの声の元へと、深々と突き刺さった!!
グォォォォォォォォォォォン!!!!!!!
中心核が、断末魔のような、あるいは歓喜のような絶叫を上げた!
凄まじい衝撃波が峡谷全体を揺るがす。
「きゃあああっ!」
セリナの悲鳴!母上が最後の力で展開した障壁が、かろうじて私たちを守ってくれた。
絶叫は、長くは続かなかった。
光の槍が突き刺さった中心部から、まるで墨を水に落としたように、禍々しい紫色の瘴気が急速にその色を失っていくのが『瞳』で視えた。
ドス黒い紫から、深い藍へ。藍から、物悲しい灰色へ。
そして最後には、まるで夜明け前の空のような、淡く、儚い、白銀色の光へと変わっていったのだ。
あれほど激しく私たちを襲っていた呪いの余波も、完全に止んだ。
代わりに、その白銀色の光の中心から、まるで壊れたオルゴールがゆっくりと正しい音色を取り戻していくような、微かで、けれど美しい旋律が、聞こえ始めたような気がした……。
広場は、静まり返っていた。
誰もが、目の前で起こった信じられない光景と、訪れた奇妙な静寂に、ただ呆然としている。ゴーレムたちも動きを停止しており、峡谷内部からの戦闘音も、いつの間にか完全に止んでいた。
「パスティエール様!!」
全ての力を歌に注ぎ込み、私は糸が切れた人形のように、その場に膝から崩れ落ちた。
セリナが泣きながら駆け寄ってきて、ぐったりとした私を支えてくれる。彼女の頬にも涙が流れている。
峡谷に、奇妙な、そしてどこか物悲しい静寂が訪れた。
瘴気は薄れ、呪いの攻撃性も消えたようだ。
けれど、中心部からは、あの不思議な、悲しげな旋律がまだ微かに聞こえ続けている。
作戦は、本当に成功したの……?それとも……?
何より、あの衝撃波を受け、さらにゴーレムとの激戦を繰り広げていた峡谷内部の仲間たち――ペトラや、グレンさんや、ギルドマスターたちの安否は……?
先生が、遠眼鏡を取り出し、必死に峡谷内部の様子を窺おうとしている。
彼の顔には、希望と不安が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。けれど、薄まったとはいえ、まだ淡く漂う灰色の瘴気のせいで、中の様子は、はっきりとは見えない――。




