第50話 あざと可愛い決起集会
私が壇上へ一歩踏み出すと、広場に集まった全ての冒険者さんたちの視線が、私に突き刺さる。息をのむような静寂。夕暮れの風の音だけが聞こえる。
けれど、私が何かを言う前に、ギルドマスターが一歩前に進み出た。
彼女は、集まった冒険者さんたち…彼女が率いるギルドの仲間たちを、厳しい、しかしどこか仲間を思いやるような眼差しで見渡した。そして、戦場を知る指揮官としての、重く、落ち着いた声で語り始めた。
「皆さん。…いよいよ明日、我々は『響谷』へ挑みます」
広場に、ゴクリと唾を飲む音が響く。
ギルドマスターは、作戦の困難さを、一切包み隠さずに語り始めた。
「作戦は三つの部隊に分かれます。陽動、設営、遊撃。どれ一つ欠けても成功はありません。そして、忘れないでください。第一部隊、第二部隊、第三部隊、その全てが、あの忌まわしい『幻惑の呪い』の只中で活動することになります。安全な場所など、どこにもありません」
彼女は、冒険者さんたちが手に持つ『耳栓兜』に視線を移す。
「対策は用意されています。ペトラ殿が開発したこの『耳栓兜』。そして、パスティエール様による『水のヴェール』。これで呪いの力は減衰されます。ですが、無効化されるわけではありません。苦痛は必ず伴うでしょう。連携は、声ではなくハンドサインと、アルフレッド殿が作成された指示書によって行います。峡谷内では、一瞬の油断、一つの確認ミスが、自分だけでなく、仲間全員の命取りになることを、肝に銘じてください」
そして、彼女は最も重要な時間を告げた。
「さらに、パスティエール様の『水のヴェール』が我々を守ってくれる時間は、わずか三十分。この時間内に、第二部隊は砲の設置を完了させ、第一・第三部隊はそれぞれの持ち場を死守しなければなりません。…これは、無謀な賭けです。成功する保証など、どこにもない。しかし、我々には、このケルドを守るためには、これしか道がないのです」
ギルドマスターは、静かに、しかし一人ひとりの目を見るように、強く言い放った。
「…生きて帰れる保証はありません。それでも、このケルドのために、そして自らの誇りのために戦う覚悟のある者だけ、明朝、日の出と共に、ここへ集まってください。…来る者は拒みません。ですが去る者を私は決して責めません。……明朝の決断を待つ」
厳しいけれど誠実な言葉。それは、甘い希望ではなく、冷徹な現実を突きつけ、それでもなお戦う意志があるのかを問う、指揮官としての覚悟の言葉だった。
広場は重い沈黙に包まれ、誰もが、改めて作戦の重さと、自らの命の重さを噛みしめているのが、『瞳』で視える彼らの揺れる旋律から伝わってきた。
その重い沈黙を破るように、今度は母が、静かに壇上へ進み出た。
夕陽を背にした母の姿は、まるで戦いの女神のように凛としていて、冒険者さんたちの間に漂っていた動揺と不安が、わずかに静まっていくのがわかった。
母は、穏やかで、しかし辺境伯代理としての威厳に満ちた声で語り始めた。
「ケルドの勇猛なる皆さん。ゼノン辺境伯家当主代行、エリアーナ・ゼノンです。皆さんの勇気に、心からの敬意を表します」
母は、ギルドマスターが示した厳しい現実とは対照的に、「信頼」を語った。
「作戦は困難を極めるでしょう。ギルドマスターが言われた通りです。しかし、私は皆さんの力を信じています。この七日間、皆さんが文字通り血の滲むような訓練を重ね、この作戦のためだけに己を磨き上げてきたことを、私はこの目で見てきました。第一部隊の、決して崩れぬ盾となるであろう粘り強さ。第三部隊の、音もなく敵を翻弄する精密さ。そして第二部隊の、あの過酷な状況下でも任務を遂行しようとする不屈の精神。その全てが、この作戦を成功へと導く、必要不可欠な鍵となるでしょう」
そして、母は、辺境伯代理として、彼らが最も聞きたかったであろう言葉を、はっきりと告げた。
「そして、この無謀とも言える作戦に、自らの命を懸けてくださる皆さんに対し、ゼノン家は最大限の報酬をお約束します。作戦が成功した暁には、参加者全員に功労金として金貨五枚をお約束します。」
その言葉に、広場が大きくどよめいた。冒険者さんたちの顔に、驚きと、そして隠しきれない期待の色が浮かぶ。
「ご、5枚だって!?」
「半年遊んで暮らせるぞ……」
「さらに、特に功績のあった部隊、個人には、特別功労金も用意しましょう。皆さんの働きに、必ずや報いてみせます。これは、辺境伯家の名誉に懸けた、絶対的な約束です」
どよめきは、やがて興奮のざわめきへと変わった。『瞳』で視える冒険者さんたちの旋律に、現実的な、しかし力強い「希望」と「意欲」の色が加わったのがわかった。
お金や名誉だけではない。自分たちの命懸けの働きが、正当に評価され、報われるという約束。それが、彼らの折れかかった心を、再び強く支えようとしていた。
母は、自らの役割と覚悟を改めて示す。
「私は、峡谷の入り口、砲の基部にて、皆さんがこの『増幅砲』に注ぎ込むであろう膨大な魔力を『調律』し、パスティエールの歌が持つ力を最大限に引き出します。そして、我が娘を守る、最後の盾となります。私の背中は、皆さんにお預けします。そして、皆さんの背中は、この私が必ず守ります」
最後に、母は、そのラピスラズリの瞳で、広場にいる全員を射抜くように、力強く呼びかけた。
「ゼノン辺境伯領の民として、ケルドの守り手として、共にこの難局を乗り越えましょう!我々の結束こそが、勝利への唯一の道です!」
母の言葉は、ギルドマスターが突きつけた厳しい現実と、それでもなお戦う理由…報酬と誇り、そして仲間との絆を、冒険者さんたちの心に深く刻み込んだ。
広場の空気は、もはや単なる不安や恐怖ではない。困難に立ち向かう者だけが持つ、静かで、しかし燃えるような決意の色に染まっていた。
そして、ついに、私の番が来た。
母に、そっと背中を押され、私は壇上の中央へと進み出る。
何百という屈強な大人たちの視線が一斉に私に突き刺さる。その重圧に、さっきまでの決意が揺らぎそうになる。怖い。足が震える。声が、ちゃんと出るだろうか。
(しっかりしなきゃ…!)
私は、ぎゅっと拳を握りしめた。
ギルドマスターが『覚悟』を語ってくれた。お母様が『覚信頼』を示してくれた。なら、私の役目は、この戦いの本当の意味…なぜ私たちが、こんなにも危険な賭けをするのか、その『心』を伝えることだ。
(…ちょっとくらいぶりっ子しとこう?みんな、怖い顔してるんだもん…)
私は、震える声を振り絞って、呼びかけた。
「あ、あの…みなさん…!」
私の、まだ幼い声は、夕暮れの広場に、か細く響いた。けれど、さっきまでの喧騒が嘘のように、皆が静かに耳を澄ませてくれた。
「私は、剣も使えませんし、むずかしい魔術も、使えません…。先生や、お母様みたいに、作戦を考えたりもできません…」
私は、わざと不安そうに視線を泳がせ、両手でスカートの裾をぎゅっと握りしめた。少し内股気味に。
そして、うるうると涙を浮かべた瞳で、広場にいる屈強な冒険者さんたちを、一人ひとり見渡すように見上げた。
(よし、一番怖そうなドワーフの戦士さんの顔が、さらに困ってる!グレンさんも、ちょっとだけ眉を下げてくれた気がする!)
「でも…」
私は、今度は、はっきりと声を続けた。
「歌なら、歌えます…!あの谷で、ずっと泣いている、悲しい声を、慰めてあげるための歌が、歌えます…!だから、この戦いは、ゴーレムをやっつけるためだけじゃなくて、苦しんでいる誰かを、助けてあげるための、優しい戦いなんです…!」
私は、目を潤ませながら、胸の前で両手をぎゅっと組んだ。
「なので…どうか、みなさんの力を、私に貸してくださいっ!私が、その優しい歌を届けるための『道』を、どうか、守ってください!お願いします!」
私は、その場で、この世の誰よりも深く、小さな体で、ぺこりとお辞儀をした。どうか、私の想いが、届きますように、と祈りながら。
広場は、一瞬、時が止まったかのように、静まり返った。
「……あざと可愛いですわ、パスティエール様」
背後でセリナがぼそりと呟くのが聞こえた気がしたが、私は無視して顔を上げる。
夕暮れの風が、私の髪を揺らす音だけが聞こえる。
その静寂を破ったのは、工房から来ていた、グレンさんの野太い声だった。
「……ちくしょうめ。こんなもん、誰が断れるってんだ!」
その一言が、まるでダムの決壊の合図だった。
静寂は、次の瞬間、地鳴りのような、割れんばかりの雄叫びによって、一気に爆発した!
「「「うおおおおおおおおっ!!!任せろ、嬢ちゃん!!!」」」
「姫様の道は、俺たちが切り拓くぞ!」
「三十分だろ?やってやらあ!」
「報酬もたんまり貰わねえとな!」
「ケルドの意地、見せてやるぜ!」
「歌姫様のために、死んでやらあ!」
武器を打ち鳴らす音、仲間と肩を叩き合う音、そして、恐怖を振り払い、明日への希望を叫ぶ声!
ケルドの街の心は、この瞬間、完全に、力強く、一つになった!私の『瞳』には、広場全体が、燃えるような決意の赤い旋律と、仲間を信じる温かい黄金の旋律で、キラキラと輝いて見えた!
私は、込み上げてくる熱いものをぐっとこらえ、その魂の叫びに応えるように、そっと息を吸い込んだ。そして、明日、あの谷の中心に届けるための鎮魂歌の、一番優しくて、一番大切な一節を、そっと口ずさんだ。
それは、寄り添うための歌。
私たちの戦いが、ただの破壊ではなく、救いであることを願う、私の祈りの歌だった。
その短い旋律が、夕暮れの空に溶けていくのを、広場にいる誰もが、静かに聞き入っていた。
こうして、運命の夜が明ける。
いざ、決戦の地、『響谷』へ――。




