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第47話 喧騒の作戦会議

 『静寂(シジマ)作戦』


 ギルドの作戦室で、あまりにも壮大で、あまりにも無謀な作戦の骨子が、今まさに産声を上げた。


ギルドマスターが協力を約束してくれた今、この作戦はもはや机上の空論ではない。実現すべき現実となったのだ。


「……ふぅ」

 ギルドマスターは、私たちが立案した作戦の無謀さに、改めて深いため息をついた。


「しかし、この作戦は、私一人だけで決められる話ではありませんね」


 彼女は、部屋の扉に手をかけながら、それでもわずかな可能性に賭けるように、静かに言った。


「この作戦の肝……陽動、設営、遊撃。それを実行するのは、現場で命を張る冒険者たちです。彼らの同意と、本気の協力が無ければ、この作戦は一日も持たずに破綻するでしょう」


 母が静かに頷く。

「ええ、承知しています」


ギルドマスターは頷き、部下の一人に命じた。


「今すぐ、各部隊のリーダー格を集めてください!戦闘、工兵、斥候、全ての部門からです!『辺境伯家からの最重要作戦会議である』と!」


 部屋の空気が一変した。


 それから一時間もしないうちに、重厚な作戦室は、汗と鉄と、そして強烈な『疑念』の匂いで満たされた。


 ギルドマスターの号令で集められたのは、このケルドのギルドを実質的に動かしている、各部門のリーダー格とされる十数人の屈強な冒険者たちだった。


 以前、ギルドで私たちに「響谷」の恐ろしさを生々しく語ってくれた、片腕を失ったドワーフの戦士さんや、犬獣人の斥候さんの姿も見える。


 そして、その中心……職人たちを代表する席には、ひときわ大きな体躯を持つ、この道五十年というドワーフの鍛冶師が、不機嫌そうに腕を組んで座っていた。彼こそが、工房のまとめ役、“頑固”のグレンさん、その人だった。


 円卓を囲んだ彼らは、ただならぬ雰囲気を感じ取り、上座に座る私たちと、壁に新たに貼り出された『増幅砲』の概念図を、交互に睨みつけている。


 私の心臓が、痛いほど速く鼓動を打つ。ここが、本当の正念場だった。


 アルフレッド先生が、静かに咳払いをして、地図の前へ進み出た。


「皆さん、お集まりいただき感謝します。本日、皆さんを招集したのは他でもありません。我々が立案した、あの『響谷』を攻略するための、唯一無二の作戦を共有するためです」


 先生が、壁の地図を指し示す。

「結論から申し上げます。我々は、あの峡谷の呪いの元凶……瘴気の中心部を、このお方の『歌』の力で、直接鎮静化させます」


 シン、と静まり返っていた部屋の空気が、その一言で、明確な敵意へと変わった。


「……歌、だと?」

 誰かが、嘲るように呟いた。


「おいおい、ギルドマスター。俺たちは、そこの学者先生の与太話を聞くために集められたのか?」


「俺たちを、あの地獄に送り込んで、子守歌でも聞かせようってのか?」


「正気かよ!あの呪いのど真ん中に、このお嬢ちゃんを連れて行くってのか!」


 ヤジと怒号が、一斉に先生に浴びせられる。


 先生が口を開こうとした、その時。


 私は、震える膝を両手で叩き、席を立った。

「……本気です!」


 私の精一杯の大声が、怒号を切り裂いた。


 冒険者たちの視線が、一斉に私に突き刺さる。怖い。足がすくむ。でも、ここで引いたら何も始まらない。


 私は、彼らをまっすぐに見つめ返した。

「子守歌なんかじゃありません。私の歌には……あの『呪い』を打ち払う力があるんです。皆さんが命懸けで繋いでくれた道の先で、私が必ず、あの場所を浄化してみせます。だから……!」


「お嬢ちゃん、口で言うのは簡単だぜ」


 片腕のドワーフが、私の言葉を遮るように言った。


「だがな、あそこは地獄だ。歌うどころか、立っていることさえできねえ場所なんだよ」


 先生が、私を庇うように一歩前に出て、冷静に引き取った。


「ええ、存じています。ですから、パスティエール様は峡谷の入り口から動きません。皆さんにやっていただくのは、その歌声を目標まで届けるための『道』を作ることです」


 先生は、ペトラが先ほど描いたばかりの『増幅砲』のラフスケッチを指し示した。


「そのための『道』が、この全長五十メートルにも及ぶ『超指向性(ちょうしこうせい)歌声増幅砲(うたごえぞうふくほう)』です。基点を峡谷の入り口に置き、これを峡谷内部へと連結・設置し、呪いの中心部に向けて歌声を直接届けます」


 その、あまりにも荒唐無稽な作戦内容に、冒険者たちの怒号は、今度は冷ややかな嘲笑へと変わった。


 そこで初めて、腕を組んでいたグレンさんが、地響きのような声で口を開いた。


「……ふん。面白い絵を描きやがる。だがな、先生。仮に、仮にだ。そんな馬鹿げた『筒』を作るとしよう。どうやって作る?あの呪いのど真ん中で、どうやって作業をする?答えろ!」


「そうだ!」


 片腕のドワーフ戦士さんが、失った腕の付け根を激しく叩きながら叫んだ。


「あの谷は言葉そのものが歪むんだ!そんな中で指示通りに大掛かりな装置の設置なんでできっこないだろう!」


 犬獣人の斥候さんも、苦痛に顔を歪める。


「そ、そうです!あの谷は、この僕の耳でも、音の出どころが掴めないんです。物理的な音と、幻聴が混じり合って……あんな場所で、まともに立っていられるわけがないですよ!」


 部屋のボルテージが、最高潮に達する。


 それは、この作戦が、机上の空論どころか、彼らに再びあの恐怖を味わわせる無謀な計画でしかないと、突きつけるものだった。


 その時だった。

「その対策については、既に答えが出ています」


 先生が、彼らの反論を、冷静な一言で制した。


「対策は三重で行います。まず『言葉のゆがみ』について、仲間との意思疎通はすべてハンドサインで行うことを徹底します。また、『増幅砲』の設置作業はこれからペトラ君に詳細な指示書を作成してもらいます。組み立てに協力いただける方は指示書通りに組み立てを行ってください」


 先生は続ける。


「そして音自体の防御については、彼女からアイデアを説明させましょう。技術指揮官となるペトラ君」


 先生に促され、ペトラがおずおずと前に進み出ると、懐のスケッチブックを再び開き、新たな構想図を描きながら説明を始めた。


「『耳栓兜』……。あの呪いの原因が音であるなら、物理的な衝撃はこれで……ある程度は防げるはず……!」


 グレンさんが、そのスケッチを覗き込み、眉をひそめる。


「……ほう。鉛に、緩衝材か。悪くねえ発想だが、所詮は絵だ。あの『幻惑の呪い』は、こんな付け焼き刃じゃ、どうにもならん」


「―――ええ。ですから、三重なのです」


 先生は、今度は私に視線を送った。


 私は大きく息を吸い込み、もう一度、彼らの前に進み出た。


「物理的な防御は、耳栓兜が担当します。そしてさらに……私の精霊魔術で、皆さんの耳を守ります!」


 私の言葉に、グレンさんが片眉を上げた。


「なに?」


「峡谷に入る直前に、私が水の精霊にお願いして、峡谷内にいる皆さんの耳元に、音を遮る『水のヴェール』を纏わせてもらいます。水は、音を大きく減衰させます」


 私は胸に手を当て、誓うように言った。


「絶対に、皆さんを無駄死になんてさせません。呪いの力を、皆さんが耐えられるレベルまで、必ず弱めてみせます!……だから、私に賭けてください!」


 部屋を支配していた『疑念』の空気が、ほんの少し、『可能性』の匂いに変わったのがわかった。


 その瞬間を、ギルドマスターは見逃さなかった。彼女は、テーブルを拳で叩き、全員の注意を引きつける。


「異論はそこまでですね、我々がやることは決まりました!」


 ギルドマスターは、冒険者たちを見渡し、各部隊の編成を発表し始めた。


「作戦は三つの部隊に分かれます!まずは『第一部隊』、ゴーレムの誘導と引き付け役です!」


 彼女は、片腕のドワーフ戦士さんや、屈強な剣士たちを指差す。


「皆さんは私と来ていただきます!峡谷の奥深くで、とにかく派手に暴れまわっていただきます!忌々しいゴーレムの目を、全部こちらに引きつけます!」


「「「おう!!」」」

 戦士たちの瞳に、闘志の火が宿る。


「次に『第三部隊』、遊撃です!」


 彼女は、獣人の斥候さんや、弓兵たちを指名する。


「皆さんは、第二部隊を守っていただきます!陽動をすり抜けてくるゴーレムどもを、罠でもなんでも駆使して徹底的に足止めしてください!作業員に指一本触れさせてはなりませんぞ!」


 斥候たちは、音もなく、しかし強く頷いた。


 そして最後に、母が、静かに立ち上がった。

「そして、最も困難な『第二部隊』」


 母の冷静な視線が、グレンさんを含む職人たちと、荷運びが得意な冒険者たちに向けられる。


「この部隊は、ペトラを技術指揮官、我が隊の護衛隊長を警備指揮官とし、ギルドの工兵部隊と合同で編成します。峡谷内部へ『増幅砲』のパーツを搬入し、設営を完了させる、この作戦の心臓部です」


 全員の視線が、グレンさんとペトラに集まる。


 グレンさんは、腕を組んだまま、フン、と鼻を鳴らした。


「……技術指揮官が、こんな小さな嬢ちゃんだとはな」


 彼は、ペトラが描いた『増幅砲』のラフスケッチを、値踏みするようにじっと見つめる。


「ペトラ、と言ったか。この『耳栓兜』、百個以上は必要になるぞ。それに、この五十メートルの『増幅砲』……。こんな夢物語を実現できる合金は、この工房には存在しねえ」


 その言葉に、ペトラは、一歩も引かなかった。


「だから、作るんです。あなたたちの腕で」


 グレンさんは、その答えを聞くと、ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。


「……ふん。面白え。嬢ちゃん、その『絵』が本物になるか、わしの経験で試してやる。工房の連中には、俺から話を通しとく。だが、覚悟しとけよ。わしらは、口先だけの棟梁の言うことは聞かねえタチでな」


 それは、この無謀な作戦の成否を握る、ペトラさんとグレンさん……二人の天才職人の、これから始まる挑戦の合図のように、私には感じられた。


 先生が、興奮を抑えるように、全員に告げた。


「作戦決行は、七日後!それまでに、第一、第三部隊は連携訓練と、呪いへの耐性訓練を開始!第二部隊と工房は、『耳栓兜』の量産と、『増幅砲』の建造を完了させねばなりません!」


 ギルドマスターが、部屋の扉を力強く開け放った。


「お聞きになりましたか、皆さん!ぼやぼやしている暇はありません!ただちに訓練と準備に取り掛かってください!」


「「「おおおおおっ!!」」」


 地響きのような雄叫びと共に、冒険者たちが作戦室から駆け出していく。


 ケルドの街全体が、今、この瞬間、決戦に向けて一つの巨大な歯車として、ギシリと音を立てて動き出した。


 私にできるのは、この七日間、最高の鎮魂歌を紡ぎ出すこと。


 そして、命を懸けてくれる仲間たちを、心の底から信じることだけだった。

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