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第23話 二人の兄の旅立ちと、私の五年計画

 大陸歴685年、萌芽(ほうが)の月


 年が明け、ついにギルバート兄様も王都の魔術学園へと旅立つ日がやってきた。


 門前には、去年、レオ兄様を見送った時と全く同じ光景が広がっている。


「兄貴のことは俺に任せとけ!」

「ギルバート、あまり羽目(はめ)を外しすぎるでないぞ」


 すでに学園の制服が少しだけ(さま)になってきたレオ兄様が、不安そうな父の肩を叩く。二人の兄が揃って王都へ行ってしまう。その事実に、私の胸は寂しさでいっぱいだった。


「パスティ、いい子にしてろよ!次に帰ってくる時までには、もっと強くなってっからな!」


 ギル兄様は、わしゃわしゃと私の頭を力強く撫でると、レオ兄様と共に馬車に乗り込んでいった。


 遠ざかっていく馬車を見送りながら、私は指を折る。私が十二歳になって、あの学園へ行くまで、あと五年。


 その日から、私は自分の「五年計画」を立てることにした。いわば、魔術学園入学までのロードマップだ。


 自室の机に大きな羊皮紙を広げ、セリナに手伝ってもらいながら、思いつく限りの目標を書き出していく。


 一つ目は、もちろん、今の日課の継続。

 午前中の座学。午後の母上との貴族作法。夕方の父上との武術訓練。そして、夜のアルフレッド先生との魔術訓練。どれ一つ、おろそかにはできない。


 二つ目は、領内の視察。

 机の上の地図を眺める。私はまだ、この城と領都アイアン・フォルトの周りしか知らない。この辺境伯領がどれだけ広くて、どんな人々が暮らしているのか、自分の目で見ておきたかった。


(セリナと、冒険者の護衛でも雇えば行けるかしら…?いや、さすがに七歳の子供の我儘は通らないわよね…)


 三つ目は、将来の進路。

 辺境伯令嬢として、学園を卒業した後はどうなるのだろう。結婚?領地経営の手伝い?


(…いっそ、この世界でアイドルデビューでもしてみる?)

 脳裏に、前世で舞台袖から見つめた、キラキラ輝く少女たちの姿が浮かぶ。


(いやいや、そもそもそんな職業があるのか、それで食べていけるのかも分からないじゃない…)


 一人でぶつぶつと呟く私を、セリナが不思議そうな顔で見つめていた。


 そして四つ目、最も重い課題が『侵蝕者』の件だ。

 あの日以来、両親はそのことについて何も言わない。けれど、国と魔導院に報告が上がっている以上、いずれ私にも何かしらの動きが求められるはずだ。その時に備えなければ。


 そんなことを考えていたある日、私の「領内を視察したい」という計画は、思わぬ形で実現することになった。


 夕食の席で、私は勇気を振り絞って、父上と母上に切り出したのだ。


「父上、母上。わたくし、この領地のことを、もっと知りたいのです。人々が暮らす街や村を、この目で見て回りとうございます」


 私の真剣な訴えに、父上は「なんと殊勝な…!」と感動で目を潤ませている。母上は、少し驚いたように目を見開いたが、やがて「あらあら」と優雅に微笑んだ。


「良い心がけですわ、パスティエール。領主の血を引く者は、己が守るべき土地と民を、誰よりも深く知らねばなりませんものね」


「では…!」


「ええ、許可しましょう。良い機会です。座学の先生はお休みになりますが、わたくしとアルフレッド先生が付き添います。作法と魔術の授業は、旅の途中でも続けましょう」


「やったー…ですわ…」

 ちぇ、作法はサボれると思ったのにな。


 結局、私のささやかな冒険は、大人たちにがっちり固められた、大規模な視察旅行へと姿を変えてしまった。護衛として屈強な兵士が十名、身の回りのお世話をしてくれる侍女が三名。もちろん、その中には私の専属侍女であるセリナも含まれている。


 後日、母上とアルフレッド先生が、私のために地図を広げて、旅の行程を説明してくれた。


「旅の行程は、領内をぐるりと一周する壮大なものになります」


 母上が、地図の上を優雅な指先でなぞっていく。


「まず、領都アイアン・フォルトから南下し、海沿いの街『港町サザン』へ。ここでは、漁業と製塩がどのように領を支えているかを学びます」


 漁業!おいしいお魚が食べられるのでは?楽しみ。


「次に、海沿いを東へ向かい、隣の領地との境にある『領境の街ライムス』。ここでは、他領との交易の重要性を肌で感じてもらいましょう」


 隣の領地とな、関係性を予習しとくか?確か国内最大の食料生産地だったはず。


「ライムスから内陸を北上すると、交通の要所である『宿場町リベル』があります。様々な人や物資が行き交う、商業の中心ですな」と先生が続く。


 商業の中心!もしかしたら楽器もあるかも!かも!


「さらに北上を続け、未開の地である遺跡群の手前にある『遺跡の街ケルド』。ここでは、古代の歴史と、開拓の最前線に立つ人々の暮らしを学びます」


 古代遺跡ってなに?ダンジョン?ダンジョンなのか?


「そして最後に、西へ進み、深淵の森に面した『森の扉の街シルヴァ』を訪れ、領都へと帰還します。ここは、我が領地の最も危険な防衛線。戦う人々の覚悟を、その目に焼き付けなさい」


 また魔獣との戦いがあるかも、気を引き締めなければ。

 ふんすっ!


 壮大な旅の計画に、私の胸は高鳴った。

 まだ見ぬ世界への期待に、私の心は大きく、大きく膨らんでいた。


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