表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/40

第21話 兄様の帰省と、二度目の壮行会

 大陸歴684年、静寂(せいじゃく)の月


 年の瀬が近づき、王都の魔術学園から、レオナルド兄様が長期休暇で帰省してきた。


 一年ぶりに会う兄様は、少しだけ背が伸びて、纏う雰囲気がさらに大人びていた。けれど、私を見るなり「パスティ!」と顔を輝かせ、力いっぱい抱きしめてくれるところは、昔と少しも変わらない、優しい兄様のままだった。


「兄様、学園はどうですか?」

「ああ、とても刺激的だよ。世界は広いと、改めて思い知らされる毎日だ」


 兄様は、暖炉の前で、王都での生活について色々と話してくれた。


「そういえば、先日の魔獣の襲撃と、この領地で精霊が顕現したという話は、学園でも大きな話題になっていたよ。さすがは父上と母上だ、と皆が噂していた」


「わ、私のことは…?」


「パスティのことかい?いや、パスティについての噂は聞かないな。父上が情報を統制しているんだろう」


 その言葉に、私は少しだけほっとした。

 年が明ければ、今度はギルバート兄様が王都へ旅立つ。


「よし、セリナ!ギル兄様のためにも、最高の壮行会を計画しますわよ!」


「はい、パスティエール様!」


 私とセリナは、レオ兄様の時よりもさらにグレードアップした壮行会の準備に取り掛かった。


 壮行会の夜。

 私は、この日のために練習を重ねてきた、新しい歌を披露した。二人の兄の旅立ちと、輝かしい未来を祝福する歌。最近、アルフレッド先生との訓練で少しだけ掴めてきた、歌に魔力を乗せる感覚。今日は、気持ち多めに、感謝と祈りの気持ちを込めて歌う。


 私の『瞳』には、歌声から生まれた金色の光が、レオ兄様とギル兄様の体に、すうっと吸い込まれていくのが視えた。


「…ん?」


 私の歌が終わった後、レオ兄様が不思議そうな顔で自分の手のひらを見つめている。


「どうしたんだい、兄貴?」


「いや…気のせいかもしれないが、ほんの少しだけ、体の中の魔力が増えたような…。」


「そうか?俺は全然わかんねえや」


 ギル兄様は、けろりとしている。その違いが何なのか、まだ私には分からなかった。


 翌日の武術訓練には、帰省中のレオ兄様も特別に参加してくれた。


「よし、まずは俺とやろうぜ、兄貴!」


 ギル兄様が、訓練用の木剣を手に、レオ兄様に向かっていく。


 二人の模擬戦は、まさしく好対照だった。『身体強化』と『魔力付与』で威力を高めた木剣を力任せに振り回すギル兄様に対し、レオ兄様は『放出』による魔力弾で牽制し、『障壁』で攻撃を受け流し、『身体強化』した体捌きでひらりとかわす。


 一撃ももらうことなく、ギル兄様が疲れてきたところを見計らい、その首筋にそっと木剣を当てて、スマートに勝利を収めた。


「次は君かい、パスティ?」


「はい!お手合わせ、お願いしますわ!」

と私は返事をし、半身の構えで腰を落とす。


「剣は使わないのかい?」


「この体では、剣に振り回されてしまいますから。素手でいきますわ」


「分かった。では僕も素手で行こう」


 しかし、結果は惨敗だった。『身体強化』を駆使して俊敏に動き回る私に対し、レオ兄様は的確な打撃でいなし、時には『障壁』を空中に作り出して足場にし、予測不能な角度から攻撃してくる。私はこてんぱんにやられ、「さすがはレオ兄様ですわ…」と、ばたんきゅう、と大の字に倒れた。


「では、最後はセリナ、君の番だ。君も訓練しているんだろう?」


 レオ兄様の言葉に、セリナは「め、滅相もございません!」とぶんぶん首を振る。


 けれど、「パスティエールのためにも、自分の実力を知っておくのは良いことだよ」という兄様の言葉に、覚悟を決めた顔になった。


「…分かりました。ですが、このままで失礼いたします。こちらの服装の方が、わたくしにとっては実戦に近いので」


 セリナは、侍女服のまま、訓練用の木剣を構えた。

 二人の模擬戦は、これまでのものとは空気が違った。


 レオ兄様が先に仕掛ける。正面からの突撃と見せかけ、背後に隠していた魔力弾を放つ。


 しかし、セリナはそのフェイントに引っかからない。冷静に魔力弾を木剣で弾くと、『障壁』を足場に頭上から振り下ろされた兄様の剣を、体捌きで鋭く受け流した。


 着地したレオ兄様は、休むことなく追撃する。流れるようなステップでセリナの背後に回り込み、足元を狙って鋭い一閃。対するセリナは、ヒイと悲鳴をあげながらも、必死の形相でその斬撃を木剣の腹で受け止めた。


 一度距離が離れる。レオ兄様は、今度は木剣に魔力を付与し、その刃先を数センチ伸ばして突きを放った。予測より長いリーチに、セリナは完全に反応が遅れる。しかし、彼女は咄嗟に体を捻り、肩を掠めるだけの最小限の動きでそれを回避した。


「「おお…」」

 私とギル兄様は、そのレベルの高い攻防に、ただ唖然とする。


 レオ兄様が多彩な魔術で攻め立て、セリナがそれを必死の気迫で凌ぎきる。何度かその攻防が繰り返された後、レオ兄様は感心したように息をついた。


「…なるほど、守りが堅いな。だが、攻めてこないと君も勝てないよ」


 レオ兄様の挑発に、セリナが初めて攻めに転じた。しかし、護身が主体の彼女の攻撃は、少しだけ動きが固い。その愚直な横薙ぎを、兄様が一歩下がってかわし、がら空きになった胴体にカウンターを入れようとした、その瞬間だった。


 ひらり、と。セリナの侍女服のスカートが翻った。

 そして、その中から、数発の小さな魔力弾が撃ち出されたのだ。


「なっ!?」


 予期せぬ場所からの攻撃と、それ以上に、うら若き乙女のスカートの中が露わになったことへの羞恥心からか、レオ兄様の動きが、コンマ数秒、確かに固まった。


 その隙を、セリナは見逃さない。何発かの魔力弾が兄様の体に命中し、体勢が崩れたところへ、彼女は一気に間合いを詰め、その木剣を兄様の頭上で、ぴたり、と寸止めしてみせた。


 静まり返る訓練場。

 魔力弾は『身体強化』で防いだようで、兄様に怪我はなかった。けれど、勝敗は明らかだった。


「…まいった。僕の負けだ」

 潔く負けを認めるレオ兄様。


「…セリナ、強すぎない?」

 私が呆然と呟くと、セリナはいつもの彼女に戻って、はにかみながら、満面の笑みでこう言った。


「私が負けたらパスティエール様が殺されるという覚悟で頑張りました!」


「…セリナの愛が重い」

と、どん引きする私であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ