第21話 兄様の帰省と、二度目の壮行会
大陸歴684年、静寂の月
年の瀬が近づき、王都の魔術学園から、レオナルド兄様が長期休暇で帰省してきた。
一年ぶりに会う兄様は、少しだけ背が伸びて、纏う雰囲気がさらに大人びていた。けれど、私を見るなり「パスティ!」と顔を輝かせ、力いっぱい抱きしめてくれるところは、昔と少しも変わらない、優しい兄様のままだった。
「兄様、学園はどうですか?」
「ああ、とても刺激的だよ。世界は広いと、改めて思い知らされる毎日だ」
兄様は、暖炉の前で、王都での生活について色々と話してくれた。
「そういえば、先日の魔獣の襲撃と、この領地で精霊が顕現したという話は、学園でも大きな話題になっていたよ。さすがは父上と母上だ、と皆が噂していた」
「わ、私のことは…?」
「パスティのことかい?いや、パスティについての噂は聞かないな。父上が情報を統制しているんだろう」
その言葉に、私は少しだけほっとした。
年が明ければ、今度はギルバート兄様が王都へ旅立つ。
「よし、セリナ!ギル兄様のためにも、最高の壮行会を計画しますわよ!」
「はい、パスティエール様!」
私とセリナは、レオ兄様の時よりもさらにグレードアップした壮行会の準備に取り掛かった。
壮行会の夜。
私は、この日のために練習を重ねてきた、新しい歌を披露した。二人の兄の旅立ちと、輝かしい未来を祝福する歌。最近、アルフレッド先生との訓練で少しだけ掴めてきた、歌に魔力を乗せる感覚。今日は、気持ち多めに、感謝と祈りの気持ちを込めて歌う。
私の『瞳』には、歌声から生まれた金色の光が、レオ兄様とギル兄様の体に、すうっと吸い込まれていくのが視えた。
「…ん?」
私の歌が終わった後、レオ兄様が不思議そうな顔で自分の手のひらを見つめている。
「どうしたんだい、兄貴?」
「いや…気のせいかもしれないが、ほんの少しだけ、体の中の魔力が増えたような…。」
「そうか?俺は全然わかんねえや」
ギル兄様は、けろりとしている。その違いが何なのか、まだ私には分からなかった。
翌日の武術訓練には、帰省中のレオ兄様も特別に参加してくれた。
「よし、まずは俺とやろうぜ、兄貴!」
ギル兄様が、訓練用の木剣を手に、レオ兄様に向かっていく。
二人の模擬戦は、まさしく好対照だった。『身体強化』と『魔力付与』で威力を高めた木剣を力任せに振り回すギル兄様に対し、レオ兄様は『放出』による魔力弾で牽制し、『障壁』で攻撃を受け流し、『身体強化』した体捌きでひらりとかわす。
一撃ももらうことなく、ギル兄様が疲れてきたところを見計らい、その首筋にそっと木剣を当てて、スマートに勝利を収めた。
「次は君かい、パスティ?」
「はい!お手合わせ、お願いしますわ!」
と私は返事をし、半身の構えで腰を落とす。
「剣は使わないのかい?」
「この体では、剣に振り回されてしまいますから。素手でいきますわ」
「分かった。では僕も素手で行こう」
しかし、結果は惨敗だった。『身体強化』を駆使して俊敏に動き回る私に対し、レオ兄様は的確な打撃でいなし、時には『障壁』を空中に作り出して足場にし、予測不能な角度から攻撃してくる。私はこてんぱんにやられ、「さすがはレオ兄様ですわ…」と、ばたんきゅう、と大の字に倒れた。
「では、最後はセリナ、君の番だ。君も訓練しているんだろう?」
レオ兄様の言葉に、セリナは「め、滅相もございません!」とぶんぶん首を振る。
けれど、「パスティエールのためにも、自分の実力を知っておくのは良いことだよ」という兄様の言葉に、覚悟を決めた顔になった。
「…分かりました。ですが、このままで失礼いたします。こちらの服装の方が、わたくしにとっては実戦に近いので」
セリナは、侍女服のまま、訓練用の木剣を構えた。
二人の模擬戦は、これまでのものとは空気が違った。
レオ兄様が先に仕掛ける。正面からの突撃と見せかけ、背後に隠していた魔力弾を放つ。
しかし、セリナはそのフェイントに引っかからない。冷静に魔力弾を木剣で弾くと、『障壁』を足場に頭上から振り下ろされた兄様の剣を、体捌きで鋭く受け流した。
着地したレオ兄様は、休むことなく追撃する。流れるようなステップでセリナの背後に回り込み、足元を狙って鋭い一閃。対するセリナは、ヒイと悲鳴をあげながらも、必死の形相でその斬撃を木剣の腹で受け止めた。
一度距離が離れる。レオ兄様は、今度は木剣に魔力を付与し、その刃先を数センチ伸ばして突きを放った。予測より長いリーチに、セリナは完全に反応が遅れる。しかし、彼女は咄嗟に体を捻り、肩を掠めるだけの最小限の動きでそれを回避した。
「「おお…」」
私とギル兄様は、そのレベルの高い攻防に、ただ唖然とする。
レオ兄様が多彩な魔術で攻め立て、セリナがそれを必死の気迫で凌ぎきる。何度かその攻防が繰り返された後、レオ兄様は感心したように息をついた。
「…なるほど、守りが堅いな。だが、攻めてこないと君も勝てないよ」
レオ兄様の挑発に、セリナが初めて攻めに転じた。しかし、護身が主体の彼女の攻撃は、少しだけ動きが固い。その愚直な横薙ぎを、兄様が一歩下がってかわし、がら空きになった胴体にカウンターを入れようとした、その瞬間だった。
ひらり、と。セリナの侍女服のスカートが翻った。
そして、その中から、数発の小さな魔力弾が撃ち出されたのだ。
「なっ!?」
予期せぬ場所からの攻撃と、それ以上に、うら若き乙女のスカートの中が露わになったことへの羞恥心からか、レオ兄様の動きが、コンマ数秒、確かに固まった。
その隙を、セリナは見逃さない。何発かの魔力弾が兄様の体に命中し、体勢が崩れたところへ、彼女は一気に間合いを詰め、その木剣を兄様の頭上で、ぴたり、と寸止めしてみせた。
静まり返る訓練場。
魔力弾は『身体強化』で防いだようで、兄様に怪我はなかった。けれど、勝敗は明らかだった。
「…まいった。僕の負けだ」
潔く負けを認めるレオ兄様。
「…セリナ、強すぎない?」
私が呆然と呟くと、セリナはいつもの彼女に戻って、はにかみながら、満面の笑みでこう言った。
「私が負けたらパスティエール様が殺されるという覚悟で頑張りました!」
「…セリナの愛が重い」
と、どん引きする私であった。




