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第20話 セリナの決意

 深淵の森から帰還した数日後。城は、戦いの後処理と、今回の異常事態に対する対応に追われていた。


「精霊の顕現と、『浸食者』の再侵攻…。ライナス、あなたは正式な報告書を国へ。わたくしは魔導院へ直接連絡を入れます」


 父上の執務室で、母上が厳しい顔で指示を飛ばす。


「パスティエールの歌の件は、まだ公にはしません。いずれ兵士や領民の間で噂になるでしょうが、その時は、わたくしの血統魔法『調律』を色濃く継いだ、という形を取りましょう。…もっとも、今度はカエルス公爵家から、厄介な探りが入るかもしれませんが」


 母上はそう言うと、私に向き直った。


「パスティエール。あなたは当面、歌う時の魔力放出を完全にコントロールできるようになること。そして、泉の精霊から授かったという『加護』が、どのような力なのかを自分なりに調べておくこと。よろしいですわね?」


「はい、母上!」


 私が戦いの後処理に直接関わることはなかったけれど、その影響は、思わぬ形で私の元へ届いていた。


「パスティエール様、またお手紙と贈り物が届いております」


 セリナが毎日、抱えきれないほどの量の手紙や、手作りの人形、綺麗なお花などを運んでくるのだ。あの戦いで私の歌を聴いた兵士さんや、その家族の方々からのお礼らしかった。その一つ一つに込められた温かい旋律に、私の胸はじんわりと温かくなる。


 そんなある日のこと。

 いつものように私の世話を焼いていたセリナが、意を決したように、私の前で深く頭を下げた。


「パスティエール様。お願いがございます。わたくしも、アルフレッド先生の魔術の訓練に参加させてはいただけないでしょうか」


 その言葉は、いつものおどおどした彼女からは想像もつかないほど、力強い響きを持っていた。


「今のわたくしのままでは、パスティエール様のお役に立てません。森へ向かわれるお姿を、ただ見送ることしかできなかった自分が、不甲斐なくて…!」


 ちょうどそこへ通りかかった母上が、その言葉を耳にして、静かに首を横に振った。


「セリナ、あなたの忠誠心は認めます。ですが、あなたは侍女。そこまで強くならずとも、あなたの務めは果たせますわ」


「しかし、エリアーナ様の侍女の方々は、皆、熟練の魔術師でもあると伺っております!」


 セリナの食い下がるような言葉に、母上は少しだけ目を見開いた。


「…母上。私も、セリナと一緒に訓練がしたいです」


 私も、セリナの隣に立って、母上を見上げた。私の初めての友達。彼女が、自分の無力さに涙を流すのは、もう見たくない。


 私とセリナの真剣な眼差しに、母上は小さくため息をつくと、やがて「…分かりました」と、その願いを許してくれた。


 翌日の魔術の授業。

「…というわけで、今日からセリナも授業に参加することになりました!」


「セリナです!よろしくお願いいたします、アルフレッド先生!」


 私の紹介に、セリナは深く、深く頭を下げる。


 ふむ、と先生は頷いた。

「パスティエール様の訓練は、引き続き基礎魔術の習熟と、歌による魔力放出の制御、そして泉の精霊の加護の検証と、盛り沢山ですな」


 そして、先生はセリナの方を向いた。


「セリナ殿は、基礎魔術の心得は?」


「は、はい!これまでのパスティエール様の授業を拝見し、夜間に独学で…!」


 その言葉に、私は驚いた。


「では、見せてみなさい」

 先生に促され、セリナは緊張した面持ちで、基礎魔術を一つずつ実践していく。


 『強化』は、まだおぼつかない。けれど、『付与』は木剣にうっすらとオーラを纏わせ、『障壁』は私のものよりずっと分厚い壁を作り、『感知』は部屋の隅々まで魔力を広げ、そして『放出』は、ビー玉くらいの大きさの、しっかりとした魔力球を作り出してみせたのだ。


(うそ…!いつの間に、こんなに…!?)

 私よりも、ずっと、ずっと上手いじゃない。ショックで固まる私をよそに、先生は「ほう…独学でここまでとは、大したものですな」と感心している。


「よろしい。セリナ殿には、基礎魔術の訓練と並行して、精霊魔術もお教えしましょう」


「は、はいっ!」


 目を輝かせるセリナ。


(あのドジっ子だったセリナが…)


 私がそんなことを考えていた、その時だった。


「では、セリナ殿も『水滴』の術から。詠唱なさい」


「は、はい!『イサイリス(水の精霊よ)オィアット!(応えよ!)アガウウウス(#!%?-¥)イムガウクジ(恵みの雫を)ウレアイ!(与えよ!)』」


(…ん?)


 一生懸命に詠唱するセリナ。そして、術が完成した瞬間。

 ぽちゃん。


 私の頭の上で、冷たい水の感触が弾けた。セリナが作り出した水の玉が、なぜか私の頭上に現れ、びしょ濡れになったのだ。


「ひゃあああ!?も、も、申し訳ございません、パスティエール様!!」


 顔面蒼白で、わたわたとハンカチを取り出すセリナ。


「あはははは!ぜんぜん、だいじょーぶ!」


 びしょ濡れのまま、私は大声で笑った。


 よかった。私の知ってる、いつものセリナだ。

 前言撤回。やっぱり、この子、私がしっかり見ててあげないとダメみたい。



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